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妻に合わせてもらえぬ夫

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【 侍従テオの視点 】


ヒヒーン

馬の嘶きが聞こえると、私の主人はスッと立ち上がり執務室を出て行く。
主人は正面玄関辺りが見える場所まで移動すると馬車を確認する。

「……はぁ」

ミュローノ家の馬車ではなかった。
主人はまた執務室に戻って仕事を始めた。

風で書類が飛ばないように少しだけ窓を開けている。主人の妻アンジェリーナ様が 主人の叔母あたる子爵夫人に会いに行って3日ほど経ってから毎日だ。

風が強い日や雨の日は閉めるが、ソワソワと落ち着かず、数十分に一度 身体を解すフリをして部屋を出て外を確認する。


続々と若奥様が注文した品が届き始め、若奥様の長期不在の中で本人から手紙が届いた。

「ウィリアム様、若奥様からお手紙です」

主人の鋭い視線が執事ウィリアムに刺さった。

ウィリアムは封を開け読むと、メイドをつかまえた。

「若奥様宛に届いていた服や靴をヤンヌ邸に送るので開梱して詰め直してください」

「かしこまりました」

主人はプライドからか、何が書いてあるのか聞けないでいた。だから代わりに聞いてみた。

「ウィリアムさん、何と書いてありますか」

「届いた服や靴を送って欲しいということと、まだしばらく帰れそうにないという内容です」

主人へのメッセージはないのかと 見せてもらうことにした。

「みせてもらっても?」

「どうぞ」

「……」

確かにそれしか書いてなかった。



数日後、主人は恋人ヴァイオレット嬢に会い宿に籠ったが、1時間ほどで出てきた。
以前は私を一旦屋敷に帰し2人は宿泊していた。
不倫旅行から戻った後の逢瀬からは泊まることは無くなったので、待機するようになった。
女は不満気な顔をしていた。


すっかり主人は 毎日到着する馬車や手紙を気にして過ごし、恋人とはセックスのためだけに会うようになった。
なかなか戻らない若奥様に使用人達も不安になった。


主人が子爵夫人宛に手紙を送った。

「叔母上のところへ向かう用意をしておいてくれ」

「かしこまりました」

届いた返事は断りの手紙だった。

“マクセルのリハビリが始まったので新たな滞在者は障となるでしょう”

断られてしまった。


その後も到着する馬車を気にする生活を続けていて3ヶ月が過ぎ、もうヤンヌ子爵夫人から再度断られていた。

ある日、外の馬車を見て険しい顔になった。
そして直ぐウィリアムがやってきた。

「ローランド様、バリヤス嬢がいらしております」

約束は無い。
多分不満が溜まって文句を言いに来たのだろう。

主人と一緒にエントランスに行くと、女は微笑んだ。

「ローランド様、全然構ってくれないから寂しくて来てしまいました」

「そうか。お茶を飲むか」

「はい」

居間まで向かう最中、物色するかのように内装や絵画や置物などを見ている。
この女は主人の前と主人以外の相手では態度が違うのが分かった。かなり横柄な女なのだろう。


メイドがお茶を淹れると、女は“退がっていいわ”と言った。
メイドは頭を少し下げて主人の指示を待った。

「退がらなくていい」

「かしこまりました」

女は拳を握りしめたが 直ぐに気を取り直した。

「ローランド様、お屋敷の中と庭園を案内してくださいますか」

「何か用事があって来たのだろう?」

「だから…寂しくて」

「妻がいる家に押しかけてくるのはルール違反じゃないのか」

「最近のローランド様は変です。デートらしきデートもないですし。私はただ確かめたかったのです」

「…妻が不在中でも良くない。帰ってくれないか」

「ローランド様っ」


女を部屋から出すと やはり豹変した。

「チッ なんなのよ」

ローランド様の前だけ猫を被っている女はブツブツ言いながら帰った。




【 ローランドの視点 】

妻アンジェリーナが叔母上のところへ行ってから既に4ヶ月を過ぎていた。

昨日は恥ずかしいところを見られた。
アンジェリーナの部屋に行きベッドに横たわると いい香りがした。これが妻の香りなのかと思った途端に勃ってしまい自分で処理をし そのまま眠ってしまった。
起きた時には拭うのに使ったハンカチが消えていた。メイドが回収して洗濯したのだろう。


記憶を失くした妻とすれ違ったあの日から俺はおかしくなった。たった数秒…

『それで、王女様の輿入れの際は……』

何故だかヴァイオレットとの会話がどうでもよく思えてきてしまった。

あの日すれ違った後、ドアの向こうでメイドと話す妻の言葉に囚われているせいか。

『もう宿に?』

『外を彷徨く気分じゃなくてな』

ヴァイオレットを迎えに行き、宿に直行して交わった。

『来週 レーヴで新作が出るそうです。きっと綺麗なのでしょうね』

つまり買って欲しいと言う意味だ。旅行の時にプレゼントをしたばかりなのに。

『そろそろ帰ろう』

『え?泊まらないのですか?』

『毎回泊まらなくてもいいだろう。仕事も徐々に増えて来ているから難しいんだ』

何故か苛立って宿に入って1時間経たずに帰ることにした。


翌週、レーヴの前を通りかかり店を覗いてみることにした。

パーティに身につけて行くような華やかなネックレスとイヤリングだった。

『いらっしゃいませ』

私の瞳の色にしても仕方ないな。

『赤い石でしか出していないのか』

『赤と青の2種になっております』

『ダイアモンドにして欲しいのだが』

『価格がだいぶ変わってしまいますが』

『構わない。仕上がったら品物と請求書と一緒にミュローノ家に届けてくれ』

『かしこまりました』

その後も、ヴァイオレットから誘いの手紙が届くと 迎えに行き宿で交わり 彼女を送り届けた。



「ローランド、久しぶり」

「招待ありがとう」

彼は学友のエドワード。公爵家で宰相の息子だ。

「奥方は、」

「叔母のところに行っていて、もう4ヶ月になるんだ」

「知ってるよ。奥方は素敵なレディに生まれ変わったのだな」

「え?」

「ヤンヌ子爵家で恩人として滞在してるんだろう?
記憶喪失なんだって?昔のアンジェリーナは跡形もなくなって気さくで優しくて別人だと評判みたいだな。子爵家がパーティに連れて行っていて、話題の人だよ。

昔の彼女なら男爵家の子息子女とは話さないだろう?今じゃ身分関係なく好意的に話してくれるらしいし、記憶が無い分 話題が限られてしまうが、視点が面白くて変わったことに詳しくなっているらしい。

小さな子供の相手もするし年配の方からも受けがいい。最初から今のアンジェリーナだったら どの家門も欲しがっただろうな。忘れたことなんか覚えなおせばいいだけだ。
それに美貌もスタイルも変わっていない。いや、寧ろ表情豊かで無邪気な笑顔を見たら私でも惚れるよ。

記憶が無いからダンスも踊れなくなったらしいが、身体が覚えているのだろう。練習中と言っていたが筋がいい。アンジェリーナが拙く踊る様子に誰もが目を奪われていた。妻と同伴していなければダンスに誘ったのだが、うちの妻は嫉妬深くてね。話しかけることも叶わなかったよ」

は?

「アンジェリーナに会ったのか」

「親類の婚約パーティに呼ばれて行ったら子爵夫妻と一緒に来ていたよ。子爵、普通に歩いていたぞ。ベッドの住人だと聞いていたが、アンジェリーナが子爵を奮い立たせてサポートしたらしい。“閣下”“リーナ”と呼び合っていた。

泊まりで参加している男数人と男爵家の令嬢1人と一緒に遠乗りに出て楽しんでいた。その日の夜は男達が興奮していたな。私も疲れているなんて言わないで参加すれば良かったよ」


もう限界だ。






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