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釣り合わない

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どうしてか、あれから領主様は3日に一度訪れて、ルカスと遊ぶ。滞在時間が短い時は作った料理を持ってきて、長い時は食材も持って料理人を連れてくる。
先触れというより、会った日にルカスと次の約束をしてしまう。
勉強に役立ちそうな本や寝かし付け用の絵本も買い与えてくださった。

ルカスも領主様も楽しそうなので、私はその間に別のことを済ませたりしている。
孤児院への寄付のためにシンプルな子供服を買って刺繍をしたりリボンを付けたり、最近始めた内職をしていた。

ルカスが昼寝をした時に領主様が言い辛そうに“困っているのですか?”と尋ねたことがあった。
少し時間ができたから 挑戦しているだけですと答えると、“困ったら直ぐに言ってください、私とルカスは友達ですから”と真剣な顔をして私の手を握った。

領主様は忙しいのではないかと思って、ルカスへの気遣いを遠慮したこともあったが、“悪いところは直します”と言い始めたので もう言わないことにした。


いつの間にかルカスは4歳の誕生日を迎え、領主様が祝ってくださった。

「おじさん、僕、おじさんのお家に遊びに行きたい」

「いいぞ」

「駄目です」
 
「ママ?」

「この方は貴族で偉い方なのよ。
ここではお友達でいられるかもしれないけど、外に出たら他人ひとの目があるの。どんな誤解をされるか分からないし、これ以上お仕事の邪魔をしてはいけないわ」

「分かりました」

「ミリア様、屋敷に来るくらい いいではありませんか」

「子爵様は私達のことをご存知なのでしょう?子爵様のためにも申し上げているのです」

「ですが 私はその様な噂は信じておりません。貴女とルカスを見ていれば分かります。貴女は言われている様なことをする人ではありません」

「……信じてくださるのは有り難いのですが、他大勢が公爵様のことを信じています。その方々が判断するのです。子爵様にも私達にも良いことはありません」

「……」

「ママ、何のこと?」

「私達は平民で、子爵様とはかなり身分が違うの。身分のことは教えたから何となく分かるでしょう?このお家の中なら隠せるけど、外に出たらそうはいかないわ」

「オシノビ」

「え?」

「変身してオシノビすればいいよ」

「“変装”ね。でもパルフェールでは子爵様は有名過ぎて変装もバレてしまうわ」

「パルフェールじゃなければいいってこと?」

「ちがっ、」

「そうだな、ルカス。変装して一番近い隣の領地にお忍びしよう」

「わあ!冒険!」

「子爵様!」

「バレたら二度としませんから」

「ママ、お願い」

「……」


2人からの懇願に負けて了承してしまった。“変装道具は後で送ります”なんて言い残して急いで帰ってしまった。

もっと細かく確認しておけば良かった。


2週間後。

ゴトゴトゴトゴト

「パパ、あれ何?」

「あそこは食器を作っている工房だよ」

「そっか、お皿も誰かが作ってるんだよね。
ママのお気に入り 売ってるかな」

「お気に入り?」

「水色とかで絵が描かれたカップを時々使ってはニコニコしてるの」

「そうか。水色か」

「ルカス、座席に座りなさい」

「大丈夫ですよ。私の膝の上なら落とすことはありません」

「ママもパパのお膝に乗れば?」

「ル、ルカスっ」

「そうだよな。ママを仲間外れにしたら可哀想だな」

「子爵様っ」

「クリスと呼んでくれミリア。私達は裕福な平民の家族で、私とミリアは夫婦なのだから。
突然だとボロが出やすいから 出発した時から始めようと言ったじゃないか」

「…はい」

子爵様は外出用の服を私とルカスの分を用意してくださった。そして結婚指輪も。別れた奥様のだろうと恐縮しながら拝借した。少し大きい。

クリストフ・パルフェール子爵は3度離縁している。いずれも不妊によるものらしい。

最初の妻は、5年経っても妊娠しなかったので、当時の伯爵夫妻が離縁させて新しい妻を用意した。2人目の妻も妊娠せず、プレッシャーに負けて3年経たずに離縁を申し出た。3人目の妻も妊娠せず、妻も子を望んでいたので離縁となった。
その後、伯爵夫妻の選んだ妾を2人迎えてみたが どちらも妊娠せず、入れ替えようという話が持ち上がったときに父親の伯爵が馬車の事故で歩けなくなった。

自身が爵位を継いだ折に 妾にお金を渡して関係を清算し、そのまま独身でいるのだと説明を受けた。
片方だけ相手のことを知っているのは嫌だろうと教えてくださった。

彼は、不妊は自分のせいだから無駄に妻を迎えたくない、煩かった両親は爵位を譲ったので好きにしなさいと言ったので 実子に拘る必要はないと言い切った。
今までの妻や妾は全員ご両親の選んだ令嬢で、彼にとって義務でしかない。彼も仕方なく子作りをしたのだろう。私も元夫との閨事は義務だったから気持ちは分かる。

いずれ養子を迎えるつもりらしい。


途中、観光しながら休憩もして、目的地に到着した。

「クリス様…ここって」

「ん? 一番良い宿だよ」

そうじゃなくて、何で泊まりなんですか!

「一泊旅行とは知りませんでした」

「サリー達には3日後に帰るって言っておいた」

「……」


更に案内された部屋は家族部屋だった。
ソファやテーブルと椅子の置かれた部屋と寝室が2部屋。ルカスは嬉しそうにしている。

「私はこっちの小さな寝室を使うから、ミリアとルカスはあっちの寝室を使ってくれ」

「僕、今日はパパと寝たい」

「ルカス!」

「良いじゃないか。男同士、話しながら寝よう。それに内部屋なのだから安心だろう?」

「ママ、いいでしょう?お願い」

「分かりました」

うちの子、この旅が終わっても領主様をパパと呼びそうで怖いわ。



翌朝、朝食が運ばれたので2人を起こしに隣の寝室へ入ると領主様の上でルカスが寝ていた。

重くないのかしら。

近寄って領主様を起こした。

「領主様、朝食です」

「……」

「領主様」

瞼の下の眼球が動いているし、息遣いも変わった。
起きたはずなのに寝たフリ?

……まさかね。

「クリス様、朝食ですよ」

愛称呼びするとパチっと瞼を開けて微笑んだ。

「おはよう、ミリア」

「……ルカス、おはよう」

「スー スー」

「ルカス、起きて」

「ママ」

「ご飯よ」

「だっこ」

もう重いんだけどな。

「はいはい」

「ルカス、もうパパの抱っこは飽きたのか?」

「!!」

「悲しいな」

「パパのだっこで行く」

「良い子だ」

領主様はルカスを抱っこしてルカスの顔を洗ってあげると、椅子に座らせて自身も顔を洗いに行った。
戻ってくると揃って食事をした。

「ルカス、今日は陶芸で有名な町へ行こう」

「昨日通った?」

「あそこは工房で、今日は売っている店だよ。割れ物だから走ったり後ろや横を確認せず動いたりしてはいけないよ。触れる時も気を付けないと。弁償は容易いが、職人の心を傷つけてしまう」

「どうして傷付くの?」

「彼らが一生懸命に作った作品だからだよ。
もしルカスが誰かに喜んで欲しくて一生懸命ウサギの木彫りを作ったとしよう。それなのに不注意な人が落として耳を折られたら悲しいだろう?」

「悲しい」

「だから気を付けるんだ。いいね?」

「気を付ける!」

「ルカスは優しくて良い子だな」

こんな人がルカスの実の父親だったら…

「ミリア、もう一杯 茶を飲むか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

私ったら、何を考えているのかしら。
私はもう平民だし、出産経験もある子連れなのよ。
とても釣り合わないわ。



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