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刻まれていない証
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「おぎゃー!おぎゃー!」
「おめでとうございます、男の子でございます」
「やっと…」
婚姻してから6年目に授かった我が子。
悪阻は重く、地獄の日々。
陣痛が始まってから産まれるまで2日半かかった。
いっそのこと殺して欲しいと思うくらい辛かった。
ようやく報われる…そう思ったのに。
処置が終わり清掃や着替えが終わると夫が入室し、医師と一緒に赤ちゃんを入念に調べ始めた。
口の中、眼球、耳の中や裏、頭皮、指の間、股間やお尻まで。
「無いな」
「はい」
「産後はどのくらい待てば普通に生活させられる?」
「2ヶ月はみたほうがよろしいかと」
夫は医師と話し終えるとメイドと家令に命じた。
「ミリアと子を離れに移し、カレンを本邸に移せ」
「…かしこまりました」
「クレイ、急いで公爵夫人の部屋を改装して、完了次第カレンに与えるように」
「かしこまりました」
は? どういうこと!?
「レイモンド様、何故私達が離れに!?」
問いかける私に冷たい目を向けた。
「たった今、お前の不貞が明らかになったからだ。
この子どもは私の子ではない。
2ヶ月間だけ離れに滞在することを許してやろう。
その後は子を連れて実家に戻るなり好きにするがいい」
「この子は貴方の子です!」
「我がローゼス家の血を引く者は例外なく 体に紋様が現れる。特に男系血族で繋いできたローゼス家の男児は紋様を色濃く刻まれて産まれる。なのにお前の産んだ子には無い。顔も色も一つも似ていない。その子はお前の不貞の証だ」
「不貞などしておりません!」
「どう否定しようと現に証の無い子がここに居るのだから結論は変わらない。
2ヶ月後には引き摺ってでも追い出すぞ。そうなる前に荷物を纏めておくんだな」
「レイモンド様!」
「“公爵様”と呼べ。もう婚姻関係も解消だ。自ら出て行かないときは無一文で放り出すからな。自主的に出ていくのであれば代々受け継がれてきた宝飾品を除いてお前に与えた物はくれてやる」
「……」
「会うことはほぼ無いだろうが、今からカレンが正妻だ。無礼な真似はするなよ」
夫は部屋から去った。
直ぐに荷物が纏められ、車椅子に乗せられて離れに移された。ここは妾カレンが暮らしていた場所だ。
「あら、公爵夫人。
いえ、もう違ったわね」
「……」
「レイモンド様のお子は私が産むわ。
安心して2ヶ月後に出て行ってね」
「……」
「顔色が悪いわね。お大事に」
カレンは満面の笑みで本邸に向かった。
「奥……ミリア様。今から2ヶ月間、ミリア様のお世話をいたします。乳母は付きませんが、妹の世話をしておりましたので、お力になれるはずです」
「ありがとう、サリー」
サリーはローゼス公爵家の中で一番下っ端のメイドだ。ローゼス家の遠縁にあたる男爵の不義の子で、引き取られたものの、あまりにも男爵夫人との折り合いが悪かった。
サリーは男爵家を出たが、歳の離れた妹は男爵家に預けられたまま。サリーには妹を養う力はなかったので置いてくるしかなかった。
進学は諦めて15歳からメイドとしてローゼス家で働き始めた。先輩メイドに虐められているときに助けたこともある子だった。
「ミリア様、2ヶ月はあっという間です。ご実家と連絡を取りませんか?」
「それしかないわね」
実父ジョセフ・ペナ伯爵は男尊女卑の強い人だ。
母は父に怯えながら息を潜めて生きている。
きっと手紙を出しても無駄だろうことは分かっていた。
手紙を出したその日に返事が返ってきた。
“公爵から事情を聞いた。
出来損ないのクセに他の男に股を開くとは。
離縁に応じるなら支援金は返さなくていいと公爵様は仰った。だから離縁届に署名をした。これ以上 公爵様に迷惑をかけることは許さない。
ペナ家でもお前と不義の子を受け入れるつもりはない。2人ともペナ家の籍にも入れない。当然屋敷にも入れることはない。平民として野垂れ死ぬがいい”
手紙を握りしめた。
分かりきっていたのに 頬に涙が伝う。
「ミリア様、お子の名前をお決めください」
「……」
「私と妹を雇っていただけますか」
「私は平民になったのよ」
「ですが、私達姉妹を雇っても平民として暮らしていける財産をお持ちです」
「財産?」
「ローゼス家の代々受け継がれてきた宝飾品を除いても、お金に代えられる物ばかりです。それにご実家から結婚祝いの宝石などもございます。
ドレスも扇子も帽子も、髪飾りやネックレスやイヤリングや指輪、ブローチや宝石箱でさえ売れます。
こんなにあれば、家を買ってメイドを2人つけても平民の暮らしなら一生困りません。私、御者もできます。馬も馬車も買って維持できます」
「……」
「いい領主のいる領地があります。移住しませんか?」
「本気?」
「はい」
選択肢は無いものね。
「いいわ」
「では、お支度をします。旅費を捻出しますので一つ売って参ります」
「3つ売って、“ヴィグール”に行ってきて。
外観を抑えた質の良い馬車と馬を用意させて。実用的なものがいいわ。屋根の上とかに荷物が積めて いざという時に車中泊が楽な馬車だといいわ。“買い取り”だと言うのよ。
他にも長旅に必要そうなものを積ませて。女と産まれたばかりの赤ちゃんを乗せると言うのよ。馬は訓練済みの若い馬にしてね。
服も買ってきてちょうだい。貴女と妹の分も買ってきて。量は控えめにね。到着したら本格的に購入するから。
あと、“オーブ”に行って、その領地の物件を調べさせて。馬車をしまえて馬を飼えて、庭付きがいいわ。貴女達用の使用人部屋が2つ予備1つ、私の部屋と子供部屋、居間、あとは水回りと収納ね。
決まったらトイレやお風呂やキッチンは古ければ改装させて。“元貴族が赤ちゃん連れで住む”と言えば察してもらえるわ。
到着したら住めるようになっていると嬉しいわね」
「では、先にオーブへ行ってきます」
オーブは服や日用品など広く扱い、土地や建物も扱う商会で調査業務にも強い。ヴィグールは運送や傭兵を扱う商会だ。
私の胸の中は複数の感情が渦巻く荒れた海のようだけど、この子を抱えて生きていかなくてはならない。…独りなら死を選んだだろう。あの公爵夫人の部屋を血で染めたはずだ。
私のために、この子のために、すべきことをするだけ。
「おめでとうございます、男の子でございます」
「やっと…」
婚姻してから6年目に授かった我が子。
悪阻は重く、地獄の日々。
陣痛が始まってから産まれるまで2日半かかった。
いっそのこと殺して欲しいと思うくらい辛かった。
ようやく報われる…そう思ったのに。
処置が終わり清掃や着替えが終わると夫が入室し、医師と一緒に赤ちゃんを入念に調べ始めた。
口の中、眼球、耳の中や裏、頭皮、指の間、股間やお尻まで。
「無いな」
「はい」
「産後はどのくらい待てば普通に生活させられる?」
「2ヶ月はみたほうがよろしいかと」
夫は医師と話し終えるとメイドと家令に命じた。
「ミリアと子を離れに移し、カレンを本邸に移せ」
「…かしこまりました」
「クレイ、急いで公爵夫人の部屋を改装して、完了次第カレンに与えるように」
「かしこまりました」
は? どういうこと!?
「レイモンド様、何故私達が離れに!?」
問いかける私に冷たい目を向けた。
「たった今、お前の不貞が明らかになったからだ。
この子どもは私の子ではない。
2ヶ月間だけ離れに滞在することを許してやろう。
その後は子を連れて実家に戻るなり好きにするがいい」
「この子は貴方の子です!」
「我がローゼス家の血を引く者は例外なく 体に紋様が現れる。特に男系血族で繋いできたローゼス家の男児は紋様を色濃く刻まれて産まれる。なのにお前の産んだ子には無い。顔も色も一つも似ていない。その子はお前の不貞の証だ」
「不貞などしておりません!」
「どう否定しようと現に証の無い子がここに居るのだから結論は変わらない。
2ヶ月後には引き摺ってでも追い出すぞ。そうなる前に荷物を纏めておくんだな」
「レイモンド様!」
「“公爵様”と呼べ。もう婚姻関係も解消だ。自ら出て行かないときは無一文で放り出すからな。自主的に出ていくのであれば代々受け継がれてきた宝飾品を除いてお前に与えた物はくれてやる」
「……」
「会うことはほぼ無いだろうが、今からカレンが正妻だ。無礼な真似はするなよ」
夫は部屋から去った。
直ぐに荷物が纏められ、車椅子に乗せられて離れに移された。ここは妾カレンが暮らしていた場所だ。
「あら、公爵夫人。
いえ、もう違ったわね」
「……」
「レイモンド様のお子は私が産むわ。
安心して2ヶ月後に出て行ってね」
「……」
「顔色が悪いわね。お大事に」
カレンは満面の笑みで本邸に向かった。
「奥……ミリア様。今から2ヶ月間、ミリア様のお世話をいたします。乳母は付きませんが、妹の世話をしておりましたので、お力になれるはずです」
「ありがとう、サリー」
サリーはローゼス公爵家の中で一番下っ端のメイドだ。ローゼス家の遠縁にあたる男爵の不義の子で、引き取られたものの、あまりにも男爵夫人との折り合いが悪かった。
サリーは男爵家を出たが、歳の離れた妹は男爵家に預けられたまま。サリーには妹を養う力はなかったので置いてくるしかなかった。
進学は諦めて15歳からメイドとしてローゼス家で働き始めた。先輩メイドに虐められているときに助けたこともある子だった。
「ミリア様、2ヶ月はあっという間です。ご実家と連絡を取りませんか?」
「それしかないわね」
実父ジョセフ・ペナ伯爵は男尊女卑の強い人だ。
母は父に怯えながら息を潜めて生きている。
きっと手紙を出しても無駄だろうことは分かっていた。
手紙を出したその日に返事が返ってきた。
“公爵から事情を聞いた。
出来損ないのクセに他の男に股を開くとは。
離縁に応じるなら支援金は返さなくていいと公爵様は仰った。だから離縁届に署名をした。これ以上 公爵様に迷惑をかけることは許さない。
ペナ家でもお前と不義の子を受け入れるつもりはない。2人ともペナ家の籍にも入れない。当然屋敷にも入れることはない。平民として野垂れ死ぬがいい”
手紙を握りしめた。
分かりきっていたのに 頬に涙が伝う。
「ミリア様、お子の名前をお決めください」
「……」
「私と妹を雇っていただけますか」
「私は平民になったのよ」
「ですが、私達姉妹を雇っても平民として暮らしていける財産をお持ちです」
「財産?」
「ローゼス家の代々受け継がれてきた宝飾品を除いても、お金に代えられる物ばかりです。それにご実家から結婚祝いの宝石などもございます。
ドレスも扇子も帽子も、髪飾りやネックレスやイヤリングや指輪、ブローチや宝石箱でさえ売れます。
こんなにあれば、家を買ってメイドを2人つけても平民の暮らしなら一生困りません。私、御者もできます。馬も馬車も買って維持できます」
「……」
「いい領主のいる領地があります。移住しませんか?」
「本気?」
「はい」
選択肢は無いものね。
「いいわ」
「では、お支度をします。旅費を捻出しますので一つ売って参ります」
「3つ売って、“ヴィグール”に行ってきて。
外観を抑えた質の良い馬車と馬を用意させて。実用的なものがいいわ。屋根の上とかに荷物が積めて いざという時に車中泊が楽な馬車だといいわ。“買い取り”だと言うのよ。
他にも長旅に必要そうなものを積ませて。女と産まれたばかりの赤ちゃんを乗せると言うのよ。馬は訓練済みの若い馬にしてね。
服も買ってきてちょうだい。貴女と妹の分も買ってきて。量は控えめにね。到着したら本格的に購入するから。
あと、“オーブ”に行って、その領地の物件を調べさせて。馬車をしまえて馬を飼えて、庭付きがいいわ。貴女達用の使用人部屋が2つ予備1つ、私の部屋と子供部屋、居間、あとは水回りと収納ね。
決まったらトイレやお風呂やキッチンは古ければ改装させて。“元貴族が赤ちゃん連れで住む”と言えば察してもらえるわ。
到着したら住めるようになっていると嬉しいわね」
「では、先にオーブへ行ってきます」
オーブは服や日用品など広く扱い、土地や建物も扱う商会で調査業務にも強い。ヴィグールは運送や傭兵を扱う商会だ。
私の胸の中は複数の感情が渦巻く荒れた海のようだけど、この子を抱えて生きていかなくてはならない。…独りなら死を選んだだろう。あの公爵夫人の部屋を血で染めたはずだ。
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