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【レティシア】劣等感の代償

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【 レティシアの視点 】

その後、正式に婚約は破棄された。
お父様達はお姉様に会わせてもらえないらしい。

ある日、見知らぬ人達が屋敷にやってきた。
部屋から出してもらい面会することになった。

「郊外で小さな病院を営むヒンデスといいます。
レティシアさん、入院が決まりました。行きましょう」

「え!?」

お父様とお母様は何も言わずに見つめている。

「嫌!嫌よ!」

暴れると縛られて荷馬車に放り込まれた。


病院に到着すると液体を飲まされ、30分ほど経つと下腹部に激痛が走った。

「助けて!痛い!痛い!!」

散々痛みにもがき、最終的には意識を失った。
目覚めると痛みに効く薬湯だと言われて飲んだ。本当だった。

痛み止めが必要なくなった頃、医者から説明を受けた。

「この病院は内密に処置が必要な患者を受け付けています。レティシアさんの場合は子爵夫妻の依頼で堕胎をしました。もうお腹に胎児はおりません。強制的に流産させたのです」

「まさか…」

「もうすぐお屋敷に帰ることが叶いますが、当面は妊娠を避けてください」

「……」

婚約破棄されたからいらなかったけど、相談もなく無理矢理流産させるなんて酷すぎる。



その後、屋敷に帰ると中は静まり返っていた。
ガランとしていて絵画や壺なども飾っていなかった。

「誰かー!」

何で誰も出迎えないの?

居間も誰も居らず、執務室へ行くとソファに横たわったお父様がいた。

「お父様」

「……」

「誰もいないのです、メイド達はどうしたのですか」

「全員解雇した」

「え!?」

「おまえが請求されていた慰謝料を払い、アルフレッド殿が請求された慰謝料を半分弁済したからな。この屋敷は売却済みだ。売れる物は全部売った」

「では引っ越すのですか」

「領地に戻るだけだ。細々と暮らせば何とかなる」

「ち、小さなお屋敷を借りれば…」

「何処に」

「王都です」

「王都にいてどうする。無駄に金がかかるだけだ」

「社交とか」

「まだ自分が社交を望めると思っているのか?」

「だって」

「おまえはゴミだ。有害のゴミだ。それでも娘だから見捨てることができなかった」

「酷い!」

「ケンブル子爵家は縁戚の誰かに継いでもらうことにした」

「私は?」

「領地で隔離する」

「そんな!」

「修道院に預けようかと思ったが先方に迷惑かと思って止めた。

小さな小屋に住まわせて、1日に一度だけ食糧と必要な物を届けさせる。
火の起こし方も教えるから水を汲んで自分で沸かせ。掃除も洗濯も全て自分でやるんだ。やらなくていいのは買い出しと食事を作ることだけ。
怪我の治療はするが病気の治療はしない。健康には気を付けなさい」

「嘘ですよね?」

「敷地から出たら二度と住まわせないし面倒も見ない。領民には知らせるから騙せないぞ」

「信じられない」

「出発は2日後だ」


自室はガランとしていてほとんど何も残っていなかった。宝石もドレスも何も無い。

「どうして…」

いつも褒められるのはお姉様だった。
お祖父様もお父様も 期待はお姉様にしか掛けていなかった。それは先に生まれただけだから。理不尽だと思った。

だからお姉様が大好きな男の子をとった。
私は可愛かったら。唯一の取り柄だったから。
簡単に男の子は私に夢中になった。
“私はノアくんが大好きだけど、お姉ちゃんは違うみたい。本当はノアくんのお兄ちゃんが好きなんだって”
たったそれだけで一変した。

男の子が私を好きだと知ってお姉様はこっそり泣いていた。私の心はスッとした。

10歳のお披露目パーティで可愛く着飾ったのに、親戚のおじ様達はお姉様を褒める。
だからお姉様の婚約者をとった。

お茶会に出るようになるとやっぱりお姉様と比べられた。“レティシア様はまだ難しいみたいね”
お姉様みたいに上手に踊れなくて馬鹿にされた。
だからまたお姉様の婚約者をとった。

学園に入学すると教師達にお姉様と比べられた。
“エレノアさんは優秀だったから、妹のレティシアさんにも期待していたのに”
だからまたお姉様の婚約者をとった。


そして伯爵家のアルフレッド様との婚約。
伯爵がお姉様を褒めた。

『エレノア嬢のような優秀な跡継ぎなら、うちの愚息を安心して預けられます。ところで、レティシア嬢に婚約者は?』

『ガスタ男爵令息です』

『そうですか。
レティシア嬢は最終学年ですね。エレノア嬢は二位で卒業でしたが、レティシア嬢もきっと良い成績で卒業するのでしょうね』

『レティシアはとても無理ですよ』

『今からでも少しでも順位が上がるよう頑張らせた方がいいですよ。確かに可愛らしいとは思いますがそれだけではねぇ。ガスタ男爵家は平凡ではあっても厳格な面を持っています。今のような生活は望めないでしょう。賢く慎ましく躾けた方がいいですよ』


だからお姉様の婚約者を誘惑した。伯爵令息というところも良かったけど、私を侮辱したあの伯爵に思い知らせたかった。私を馬鹿にするとどうなるか。

私が悪いんじゃないわ。私を蔑むから悪いのよ。



領地に到着するとお母様を屋敷に降ろして、私とメイドを連れて森を抜けた先の何もない場所に連れてこられた。ポツンと柵で囲われた小屋があるだけ。

「一通り、レティシアに教えてやってくれ」

「かしこまりました。
では、レティシア様、バケツをお持ちください」

「え?」

「水はこの先の川から汲みます」

「本気なの!?」

「大雨が降るのを待ちますか?」

「……」

最悪だった。

バケツいっぱいにすると重いし溢れる。少ないと往復しなくてはいけない。

火起こし、湯沸かし、洗濯、掃除と教わった。

「これが着替えなの?」

思いっきり平民服だった。しかも粗末だった。

「一人で着替えることになります。掃除洗濯水汲みのことを考えるとその服が適切です。
では夕食と明日の朝の分を置いていきます。
スープは鍋に三杯分あります。温めてもそのままでもお好きにどうぞ。ただし、火をかけたら絶対に目を離してはいけません。運が良ければスープが無くなり焦げを落とす肉体労働が増えるだけ、運が悪ければ火に包まれて焼死です。焼死は辛いらしいですよ」

そう言って帰ってしまった。すぐに暗くなり窓を閉めた。小さな鍋にスープ。カゴの中にはパンと干した果物と干した肉、それだけだった。
ジャムとかチーズとかもない。

「これじゃ貧しい平民じゃない…あ」

スープ鍋の中に虫が落ちてしまった。
食べる気にもなれずスープは捨てた。

やることもなくて寝ることにした。


翌朝、あちこち体が痛い。硬いベッドのせいだ。
お腹も空いている。

お茶のための水 手を洗う水 顔を洗う水だけで一回運んだ分がなくなる。
あの後 花摘みのために三往復もした。
お風呂に入るとしたら何往復しなくてはいけないのだろう。

パンを食べて水を飲んだ。そしてテーブルの上を拭く。そっか。拭き掃除も水が必要か。
洗濯は川でやろうかな。
問題は排泄受けのバケツを掃除しなくてはならないこと。あまりにも辛くて外ですることにした。それが間違いだった。

川に落ちた。泳げないのに…何で深いの…。



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