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翌朝、リタと部屋で食事を済ませて、互いに傷の消毒をして新しい包帯に交換した。
大した傷ではないけど、服に血を滲ませないためだ。矢が少しかすめ、浅い傷を負っていた。
「やはり、マディスンであの者達をまいて迂回路を進むべきでした」
「でもナディア様が危なかったじゃない。私、ナディア様が好きなの。怒るとすごく怖いけど」
「“イレーヌ!こっちに来なさい!”」
「ふふっ…止めて リタ…ナディア様にそっくりじゃない。不敬よ」
「私もあのお方は好きです。完璧な王太子妃といった雰囲気の方がイレーヌ様の前では口煩い母親のようになって面白いです。王太子にさえ向けない慈愛の目でイレーヌ様を見つめていますし。乗馬も狩もそれなりにお上手でした。
イレーヌ様、バロス領に隣接するゾルディア王国が攻め入って来るかもしれません。勝手ながら、昨晩ノヴァを放ちました」
「どっちに?」
「猶予がありませんのでブクリエです」
「会ったことも無いのよ?」
「いえ。従兄王子のリアム様が会いに何度かいらっしゃっております」
「え!? いつ?」
「潜入訓練ついでにイレーヌ様が2歳の頃にいらっしゃいました」
「それ、リアム従兄様が11歳のころじゃないの」
「はい。眠っているイレーヌ様を朝まで抱っこして帰りました」
「何度かって何回?」
「最低 年に1度」
「はい?」
「眠ったイレーヌ様を抱っこなさって、その時にイレーヌ様が目を開けたのです。目が合ったリアム様は連れて帰ろうとなさいました。
嫁ぐ直前も眠るイレーヌ様を朝まで抱っこなさって、嫁に行かせたくないと泣いておられました」
「睡眠薬でも盛った?」
「まさか。何故かリアム様が抱っこなさる時はイレーヌ様は起きませんでした。目を開けたのは2歳の一度きりです。
アンベール様もレーニエ様も最初の潜入の時にイレーヌ様に会いにいらっしゃいました。セラフィン様はエルドラドまでいらっしゃいました」
「従兄王子全員じゃない」
「ルフレーでのこともご存知です。リアム様は忍び込んでは王妃と王子達に嫌がらせをして帰っていきました。
いらっしゃる度に“あいつら殺す?”と仰るので 大姫様がお止めになりました」
リタの言う大姫様はお母様のことだ。
「お母様…大変だったのね」
「イレーヌ様に懸想をしていた公子は難がありました。エルドラドの末王女は既成事実でイレーヌ様の嫁ぎ先を奪ったつもりですが、あれはリアム様の工作です」
「どういうこと?」
「公子は女性を痛め付けて快感を得る癖がございます」
「え?」
「大人しく従順な美女が公子の理想です。
異母兄妹に逆らわず虐められるイレーヌ様に目を付けていたのです」
「…危なかったわ」
「従って、公子は末王女は好みではありません。末王女は生意気で我儘で自分は世界で一番高貴な女と信じています。イレーヌ様の足元にも及ばない容姿をして、特技も何もない頭の悪い無能のくせに、まったく不思議なことです」
「リタ…」
「失礼しました。
公子は仕方なく真っ暗にして使用人に妻となった末王女を抱かせているそうです。子が誰に似るのか楽しみにしているようだと手紙に書かれておりました」
「えっ…いいの?」
「駄目です。
エルドラドの貴族法は、血筋を偽ると大罪で処罰されます。実家と婚家の格差にもよりますが、いくら王族でも公爵家の血筋を偽ると除籍されるはずです。本人も彼女の子孫も“王族の血が流れている”と口にすることは一生できなくなります。
離縁をされて子と共に追い出されます。罰で除籍されたら公費は使えませんし、離宮など国有の建物に住まわせることはできません。
王妃の実家を頼り、田舎で生涯軟禁生活を送ることになるでしょう」
「あの子に似た子なら?」
「何故、痛め付けて快感を得ることがお好きだと思いますか?」
「分からないわ」
「公子は領地での乗馬の際、事故に遭い睾丸を両方失くしております」
「!!」
「末王女は国王陛下の誕生パーティで公子に接触し“イレーヌ様と結婚する方法がある”と嘘を吐きました。日時を決めていましたのでノヴァを飛ばしてリアム様に報告しました。
リアム様は急いで入国し、密会の夜に公子と末王女の飲み物に馬に使う鎮静剤を垂らし眠らせました。2人を寝室へ運び服を脱がせました」
「まさか!?」
「いえ、リアム様のお供が公子の代役を果たして純潔を奪いました。公子は勃起障害もございますので既成事実は不可能なのです。
ですが 既成事実を認め末王女を娶りました」
「でも、公子の体の秘密が公になれば 既成事実が嘘だとバレて騒ぎになるはずよ」
「“王女に薬を盛られた。異変は感じたが、結局反応しなかった。王女も飲んだようなので薬の効き目が切れるまで部屋から出るなと忠告をして 自分は部屋を出て自室で眠った。
翌朝、騒ぎになっていて、王女と下男がベッドで眠っていた。下男とメイドの証言で、王女が閨事の命令をしたことが分かったので、王女の秘密を守るために 相手は私だと主張する王女に同意した。
だが私は事故で繁殖能力も無いし勃たない。血まで偽られたら これ以上庇えない”
ということにしようと屋敷中で口裏を合わせたみたいです。成功して王女を追い出せたら金一封を屋敷で働く者全員に配るそうです」
「初めから自分じゃないと騒がなかったのね。
既成事実を認めなければ良かったのに」
「そうなりますと誰が相手だったのか公爵邸に調査が入ります。公子は知られたくないご趣味を満喫する道具が揃ったお部屋をお持ちです。
他にも都合の悪いことがあったのでしょう。
それに公爵邸にいた誰かなのは確実で、咎を受けない保証はありません。ですので末王女を引き受けることにしたのでしょう。
その後のことは復讐のためです。実際の相手が公子でも下男でも末王女が純潔を捧げた家門に イレーヌ様をお迎えできませんので。
おそらく、不能の件も公にならないと思います。
血を偽っただけでなく、最初の既成事実も末王女の企だと公になるのは避けたいはずです。
ですので単に浮気相手の子だと思わずに公子の子としてしまったことにして出来るだけ処罰に温情をかける気でしょう」
「ある意味、あの子は私の恩人ね。私が公子と婚姻していたら拷問部屋に連れて行かれたのでしょうから」
「確かに」
「ノヴァを飛ばしてそんな情報交換をしていたのね」
ノヴァはブクリエの国鳥で賢く長距離飛行が可能だ。伝書鳥として使っている。
「まだ妊娠初期で、めでたい一報は何ヶ月も先です」
「でもリアム従兄様はそんなに会いにいらしていたのに、何故話をしてくださらなかったのかしら」
「目を開けたイレーヌ様を見て連れて帰りたいと粘っていらしたので、その時に大姫様が 寝てる間にしか会ってはならないとリアム様に仰ったのです」
ドレスを着て髪を結い、薄化粧を終えたところでノックが聞こえた。
リタが応対すると、
「イレーヌ様、辺境伯が面会を求めています」
「通して差し上げて」
「かしこまりました」
ドアを全開し、招き入れるとテオドール様とよく似た顔の勇ましい雰囲気の男性が入室し、私とリタの前で跪いた。
大した傷ではないけど、服に血を滲ませないためだ。矢が少しかすめ、浅い傷を負っていた。
「やはり、マディスンであの者達をまいて迂回路を進むべきでした」
「でもナディア様が危なかったじゃない。私、ナディア様が好きなの。怒るとすごく怖いけど」
「“イレーヌ!こっちに来なさい!”」
「ふふっ…止めて リタ…ナディア様にそっくりじゃない。不敬よ」
「私もあのお方は好きです。完璧な王太子妃といった雰囲気の方がイレーヌ様の前では口煩い母親のようになって面白いです。王太子にさえ向けない慈愛の目でイレーヌ様を見つめていますし。乗馬も狩もそれなりにお上手でした。
イレーヌ様、バロス領に隣接するゾルディア王国が攻め入って来るかもしれません。勝手ながら、昨晩ノヴァを放ちました」
「どっちに?」
「猶予がありませんのでブクリエです」
「会ったことも無いのよ?」
「いえ。従兄王子のリアム様が会いに何度かいらっしゃっております」
「え!? いつ?」
「潜入訓練ついでにイレーヌ様が2歳の頃にいらっしゃいました」
「それ、リアム従兄様が11歳のころじゃないの」
「はい。眠っているイレーヌ様を朝まで抱っこして帰りました」
「何度かって何回?」
「最低 年に1度」
「はい?」
「眠ったイレーヌ様を抱っこなさって、その時にイレーヌ様が目を開けたのです。目が合ったリアム様は連れて帰ろうとなさいました。
嫁ぐ直前も眠るイレーヌ様を朝まで抱っこなさって、嫁に行かせたくないと泣いておられました」
「睡眠薬でも盛った?」
「まさか。何故かリアム様が抱っこなさる時はイレーヌ様は起きませんでした。目を開けたのは2歳の一度きりです。
アンベール様もレーニエ様も最初の潜入の時にイレーヌ様に会いにいらっしゃいました。セラフィン様はエルドラドまでいらっしゃいました」
「従兄王子全員じゃない」
「ルフレーでのこともご存知です。リアム様は忍び込んでは王妃と王子達に嫌がらせをして帰っていきました。
いらっしゃる度に“あいつら殺す?”と仰るので 大姫様がお止めになりました」
リタの言う大姫様はお母様のことだ。
「お母様…大変だったのね」
「イレーヌ様に懸想をしていた公子は難がありました。エルドラドの末王女は既成事実でイレーヌ様の嫁ぎ先を奪ったつもりですが、あれはリアム様の工作です」
「どういうこと?」
「公子は女性を痛め付けて快感を得る癖がございます」
「え?」
「大人しく従順な美女が公子の理想です。
異母兄妹に逆らわず虐められるイレーヌ様に目を付けていたのです」
「…危なかったわ」
「従って、公子は末王女は好みではありません。末王女は生意気で我儘で自分は世界で一番高貴な女と信じています。イレーヌ様の足元にも及ばない容姿をして、特技も何もない頭の悪い無能のくせに、まったく不思議なことです」
「リタ…」
「失礼しました。
公子は仕方なく真っ暗にして使用人に妻となった末王女を抱かせているそうです。子が誰に似るのか楽しみにしているようだと手紙に書かれておりました」
「えっ…いいの?」
「駄目です。
エルドラドの貴族法は、血筋を偽ると大罪で処罰されます。実家と婚家の格差にもよりますが、いくら王族でも公爵家の血筋を偽ると除籍されるはずです。本人も彼女の子孫も“王族の血が流れている”と口にすることは一生できなくなります。
離縁をされて子と共に追い出されます。罰で除籍されたら公費は使えませんし、離宮など国有の建物に住まわせることはできません。
王妃の実家を頼り、田舎で生涯軟禁生活を送ることになるでしょう」
「あの子に似た子なら?」
「何故、痛め付けて快感を得ることがお好きだと思いますか?」
「分からないわ」
「公子は領地での乗馬の際、事故に遭い睾丸を両方失くしております」
「!!」
「末王女は国王陛下の誕生パーティで公子に接触し“イレーヌ様と結婚する方法がある”と嘘を吐きました。日時を決めていましたのでノヴァを飛ばしてリアム様に報告しました。
リアム様は急いで入国し、密会の夜に公子と末王女の飲み物に馬に使う鎮静剤を垂らし眠らせました。2人を寝室へ運び服を脱がせました」
「まさか!?」
「いえ、リアム様のお供が公子の代役を果たして純潔を奪いました。公子は勃起障害もございますので既成事実は不可能なのです。
ですが 既成事実を認め末王女を娶りました」
「でも、公子の体の秘密が公になれば 既成事実が嘘だとバレて騒ぎになるはずよ」
「“王女に薬を盛られた。異変は感じたが、結局反応しなかった。王女も飲んだようなので薬の効き目が切れるまで部屋から出るなと忠告をして 自分は部屋を出て自室で眠った。
翌朝、騒ぎになっていて、王女と下男がベッドで眠っていた。下男とメイドの証言で、王女が閨事の命令をしたことが分かったので、王女の秘密を守るために 相手は私だと主張する王女に同意した。
だが私は事故で繁殖能力も無いし勃たない。血まで偽られたら これ以上庇えない”
ということにしようと屋敷中で口裏を合わせたみたいです。成功して王女を追い出せたら金一封を屋敷で働く者全員に配るそうです」
「初めから自分じゃないと騒がなかったのね。
既成事実を認めなければ良かったのに」
「そうなりますと誰が相手だったのか公爵邸に調査が入ります。公子は知られたくないご趣味を満喫する道具が揃ったお部屋をお持ちです。
他にも都合の悪いことがあったのでしょう。
それに公爵邸にいた誰かなのは確実で、咎を受けない保証はありません。ですので末王女を引き受けることにしたのでしょう。
その後のことは復讐のためです。実際の相手が公子でも下男でも末王女が純潔を捧げた家門に イレーヌ様をお迎えできませんので。
おそらく、不能の件も公にならないと思います。
血を偽っただけでなく、最初の既成事実も末王女の企だと公になるのは避けたいはずです。
ですので単に浮気相手の子だと思わずに公子の子としてしまったことにして出来るだけ処罰に温情をかける気でしょう」
「ある意味、あの子は私の恩人ね。私が公子と婚姻していたら拷問部屋に連れて行かれたのでしょうから」
「確かに」
「ノヴァを飛ばしてそんな情報交換をしていたのね」
ノヴァはブクリエの国鳥で賢く長距離飛行が可能だ。伝書鳥として使っている。
「まだ妊娠初期で、めでたい一報は何ヶ月も先です」
「でもリアム従兄様はそんなに会いにいらしていたのに、何故話をしてくださらなかったのかしら」
「目を開けたイレーヌ様を見て連れて帰りたいと粘っていらしたので、その時に大姫様が 寝てる間にしか会ってはならないとリアム様に仰ったのです」
ドレスを着て髪を結い、薄化粧を終えたところでノックが聞こえた。
リタが応対すると、
「イレーヌ様、辺境伯が面会を求めています」
「通して差し上げて」
「かしこまりました」
ドアを全開し、招き入れるとテオドール様とよく似た顔の勇ましい雰囲気の男性が入室し、私とリタの前で跪いた。
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