ミゼラブルの雫

玖莉李夢 心寧

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五話 知る者

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 どうしたら、どうしたら良い?


  今も尚自分の隣で笑みを絶やさないそいつは、俺の動揺に更に笑みを深めた後、席を繋げて教科書を共有させてくれていた。



  一体何を企んでいる? どうして俺が雪斗だと知ってるんだ?



  つい教科書を読めるかどうか怪しい距離をとってしまう。



 「ほら、ひぃちゃん、そんな離れた教科書見えへんやろ? もっとこっちに寄りぃ」



  そう言ってそいつ、翔は俺の肩をグイッと寄せて、さっきまでとは格段に距離は近づいた。



  互いの肩が触れあってもおかしくない。


  授業中なため大声は挙げられない。ひそひそ声で対抗する。


 「大丈夫だから。それにひぃちゃんって何?」


 「姫さんやからひぃちゃんや」


  まさかの女扱いに内心イラッとする。雪斗だった時も1000年前の友たちにも女扱いされた記憶はない。ここの学校にいつチワワやポメラニアンに見える、男の娘みたいな容姿でもない。



  身長も雪斗の時よりもあり、170センチは超えている。妖怪の時は更に身長があるのだから、女と扱われるような身丈でもない。



 「はぁ? 俺姫って柄でも見た目でもないんだけど」



 「だってひぃちゃんごっつう優雅なんやもん。こう、貴族の姫が出すような雅な雰囲気がでてるゆうか」



  確かに昔から優雅だ雅だと言われてきたけれど、姫? そこは貴公子とかではないだろうか。


 「俺、姫って言う程華はないと思うんだけど」



 「せやかてひぃちゃんは華奢やし肌白くて綺麗やし髪長いし、雄々しいわけでもないやんけ?」



  男らしくない、だと? こちらはそっちよりも長く男として生きてるんだけど。

  むっとした態度が出ているのだろう、翔は面白い物をみたような顔をした。



 「そんな剥れんといてーな。それとも……雪ちゃんゆうた方がええか?」



  怪しい笑みをうかべる翔に俺は警戒心を解くことは出来ない。



 「何で知ってんの?何がしたいの、目的は何?」



 「やっぱり雪ちゃんやったんやね」



  こいつ、確信してなかったのか? それでずっと発破を掛けてたのか。



  変に反応するのではなかったと自分に悪態をつける。



  今の段階で俺の復讐を知られる訳にはいかない。敵か味方とも分からない相手に心を許して話せるはずがなかった。



  でも何故だろう。翔に対いて懐かしいと思えるのは。既視感を覚えるのは。



  そこでやっと今朝の夢を思い出す。夢の中で話していた相手も、金髪だった。口調も同じ関西弁だった。



  もしかしこいつなのか? 翔が夢に出てきたのは。



  夢というものは意味がある。特に陰陽師みたいな特殊な力を持っている者や俺みたいな格の違う大妖怪なら尚更。



  何かを暗示している場が多いが、これが吉と出るか凶でるか……。



 「授業が終わったら話がしたい」


 「ええよ。というか気づいとる? 口調、標準語に戻ってるで」


 「っ!」


  気付かかなかった。どれだけ余裕がなかったのだろう。いや、別にいいのか? 標準語を勉強しているっていう設定にしているわけなのだから。


 「別にええわぁ、今は標準語を勉強しているっていう事にしてるから」



  開き直った俺を見て、翔は声を出さないよう笑いを堪えていた。笑いたければ笑え!


  暫くして授業が終わり、すぐさま俺は翔を連れて教室を出た。次の授業をサボることになるが仕方がない。


  翔の目的が何か知るまで、気になって授業に集中できそうにない。俺にとって害になるものであれば、排除しなければならない。


  命は取らないが記憶を弄らなければない。結構面倒臭いからあまり使いたくないのだが。


 「そんなに急がなくても俺は逃げへんで、雪ちゃん」


 「雪ちゃんいうな! 仕方ないからひぃちゃんで許す」



  こんな人がいるところで雪ちゃん呼びは不味い。不本意だがひぃちゃん呼びを推奨する。


 「ほんまに注文が多いなぁ、ひぃちゃんは。で、どこで話をするきなんや?」


 「どこか人が寄り付かないところ」


 「それならこっちや、ついてきぃ」


  翔に連れてこられたところは、本当に人が寄り付きそうにないくらい静かだった。


  場所は校舎の裏側にある森の近く。通常は立ち入り禁止の区域らしいが、今の時間帯はばれる心配はないらしい。



  じめっとした空気は気持ち悪いが、この際仕方がない。


  人の気配が無いか探り、誰も居ないのを確認する。



 「で、何で俺が雪斗だって知ってるの? 何が目的なの?」


  じっと見つめると、翔は意を決したような顔をして話し出した。



 「俺、知っとったんや。雪斗が転校生の所為で制裁されることも、転校生に殺されることも、雪斗が再び学校に戻ってくることも、その目的も」



 「……え?」



  予想だにしなかった言葉に、俺は目を見開く。


  知っていた、とはどういう事だろう。いや、言葉の通りだろうけど、どうやって知ったというのだろう。



  転校生の所為で制裁されるのは誰にでも想像できることだ。なんせ生徒会の面々や学園屈指のイケメンといる時間は転校生の所為で多かった。


  でも翔は転校生に殺された、といった。転校生の所為というのではなく、転校生が直接手を下したのだと安易に示していた。


  学園の奴らは、俺の死を自殺だと思っている。俺が殺され所を見ていない限り、その言葉出てこない。


  しかし、俺が殺されたのは早朝。それも休みの日だ。学校は開いているが、学校にいる生徒は、部活動の朝練がある生徒だけだ。


  人通りもそんなになかったし、それこそ屋上の近くに来る人などそうそういない。それこそ、転校生があんな所にいたのかも謎だ。


 「何でだって顔しとるね。なぁ、ひぃちゃん。俺が特進コースの人間だって知っとる?」



  翔が特進コース? そうは見えない。


 「信じられないって顔せんといて、失敬やなぁ。まぁ、それは置いといて、特進コースがどんなコースか知っとる? 表向きのことじゃないで」


 「……知ってる。悪鬼怨霊魑魅魍魎を退治するための訓練をしてるんでしょ」



 「大正解や。まぁ、知っていてもおかしい事やないしな」



 「……? 皆知っているものなの?」



  それでは何故俺は知らなかったのだろう。



 「雪斗は高等部からの人間やし、知らんでもおかしいない。学園でも知ってるのは幼稚舎とか小学部からいる奴らは嫌でも知ることになるし、それからは暗黙の了解でそのことを口にせんの。大抵口にする奴らは中等部から入ってきたやつらやね」



  だから高等部からの俺が知らなくてもおかしくはないってわけか。


 「でも俺の事を知っている理由にはならないよ」



 「話はここからや。特進コースに入るには、当然魑魅魍魎に対抗する力がないと入ることができひん。ということはや、俺にも当然そういった力あるんや。その力いうんが、予知や」



  予知、だからか。それなら知っていてもおかしくない。



  それなら結構その予知の力は強いんじゃないか? 大抵予知は断片的に見えるだけで詳細は分からない。それに見たくて見れるものでもない。


 「まぁ安心し。この学園で俺ほど予知能力に優れとる奴はおらへんから、ひぃちゃんが雪ちゃんだとはばれてないと思うで。で、俺の目的やけど、ひぃちゃん面白いこと考えてるみたいやね」


  面白いことが復讐だとわかっているのだろうか。こいつは一体何がしたいんだ。困惑が俺の中で渦巻く。


 「俺もそれに協力させてくれへん?」


 「何を言ってるんだ。俺は何も面白ことなんて企んでない」


  思わず視線を逸らす。


 「復讐するためにあいつ等落とすんやろ? 俺結構役に立つと思うで。結構俺情報通なんよ。土御門より詳しい情報だってもっとる」



 「……何が狙いなんだ?」


  どうして協力なんてしようとするのか、俺が1000年間見てきた人間は何かしら下心があった。


  特に宮中の人間は顕著だった。醜くて反吐が出そうだったのを覚えている。


  晴明たちは下心を隠すどころか晒して俺に協力しようとする方だったけれど。


 「俺もな、復讐したいんよ」


 「……は?」


 「俺、雪ちゃんのこと好きやったんやで? 好きで意識してもいらいたくていつも声かけてたんや。雪ちゃんの未来を知ったとき、何とかしたいと思ったんよ。でもそれは敵わんかったわ。なんとかする前に土御門が雪ちゃんの傍におってこっちに牽制してくるは、転校生は邪魔するは、よく分からんブロックがかかるは、手を出すこともできんかった」



  ブロック……。ことわりに触れたんだろうな。晴明にもできないことが、翔にできるはずがないのだから仕方がないだろう。



 「晴明にも言ったけど、知っていたからと言って自分を責める必要はない。理に触れてしまえばどうにもできない。予知が得意な翔ならそのことはよく知ってるんじゃないか?」



 「分かっとる、分かっとるよ。だからこそ悔しいんや。それにあいつ等に対抗するだの力がないのも歯がゆかったわ。雪ちゃんの敵を討とうにも無駄死にして終わりじゃ意味ないねん。けど、雪ちゃんが復讐の為に学園に戻ってくる知ったとき、俺も協力しよう思ったん。詳しい方法は分からんかったけど、俺にも出来そうやて」



  まさかかつての友である晴明たち以外に俺の事を心配して助けようとしていた者がいたことに驚いた。



  翔の目に嘘はなく、本当に俺の事を思ってのことだとわかる。


 「それに、そうしたらひぃちゃん俺のこと、キャー翔カッコイイ! 抱いてー! ってなるやろ?」



 「なるわけないだろっ、アホ‼」



  ベシッと翔の頭を思いっきり強く叩く。



 「痛いわぁ! 愛の鞭が痛い! でもイイ!」



 「うっさいわボケ!」



  今度は溝内に肘鉄をくらわす。



 「グフッ」



  腹を押さえて翔に、俺は冷たい視線を送る。いい奴かもと見直した俺が馬鹿だった。最後の一言で全てが台無しになった。



 「う~、ほんま容赦あらへんなぁ、ひぃちゃんは」



  恨みがましく見られても俺は気にしない。



  すると、丁度良く授業が終わる鐘がなった。結構長い事話していたらしい。



 「ほら、そろそろ戻るよ。次の授業始まる。……それと、これからもよろしく?」



 「ひぃちゃん!」



  キラキラした目で見てくる翔に犬耳とぶんぶん揺れている尻尾が見えた気がした。


  この学園は犬が多すぎるのではないかと思いながらも、翔を引っ張り教室へと向かう。



  晴明は風紀委員の仕事が忙しそうで手を貸してもらうのには気が引けたが、翔ならば問題ないだろう。



  本人も情報通らしいしかなり力になるだろうしね。


  思わぬ所で協力者を得ることができた。これで復讐計画をより効率よく進めることができるだろう。


  幸先のよさに、俺は思わず口の端が上がっているのを感じた。
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