私の弟子は魔王様

玖莉李夢 心寧

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16話 逆戻りしました

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「ありぇ? どうなってりゅの?」


  口から零れる舌足らずな言葉に私は唖然とした。


  ほんの少しだけ回想しよう。


  ミリーの婚約者、ギルバートによる誘拐事件から早一カ月。もうじき寒くなるだろう季節がやってきた。


  和也の新居も無事片付けも終わり、生活も落ち着いた。今日はミリーにせがまれ、ミリーと買い物をすることとなっていた。


  目を覚ましてさぁ起きようと上半身を上げた時、私は視線の低さに首を傾げた。


  調度品がやけに大きく見える。一先ずベッドが降りようとするも足が床に届かない。今更だが着ていたパジャマもぶかぶかになっている。

 ちなみに普通の貴族の令嬢はネグリジェとかベビードールを着ているところなんだが、私は前世の影響もなれなくて実家から出た時にはすぐにパジャマに切り替えた。


  改めて自身をじっくりと見ていくと、自分の手の小ささに驚いた。まるで紅葉のようだ。


  そして冒頭の言葉に戻る。


  私はパジャマの上を引きずりながら姿見の鏡の前に立つ。


 「ちいしゃくなってりゅ(小さくなってる)」


  私は目の前に映る自分を凝視する。


  年の頃は一歳後半から二歳程。通常ならまだおむつも取れていない時期だ。言葉も盛んに喋るが二単語を繋げるくらいで、慣れている大人じゃないと言葉を聞き取るのも大変だ。


  鏡に映る自分の頬はもっちりとしていて弾力があり、いつまでも触っていたいくらいだ。何だかおもちも食べたくなってくるな。


  目も零れ落ちそうなほど大きく、体もまさに幼児体形でお腹がぽこっと出ていた。手もぷにぷにとしていて全体的に柔な体。


  うん、懐かしい姿だ。この頃は兎に角子どもフリをするのが大変だった。子どもらしくもない事をして気味悪がられ、虐待をされたり捨てられるのを畏れたから。


  幸いなことに両親、特に父親は子煩悩で残念なイケメンだったし、上の兄はド級のシスコンで現在進行形で私を甘やかし可愛がっているので杞憂ではあったが。


  多分あの人たちは私が乳児であった時にペラペラ喋っても天才だ神童だと言って大喜びしただろう。実際私が生ける伝説になった時、私の身を案じながらも感涙していた。


 「どうちよう……みりーがきちゃう」


  この姿をミリーに見られたどうなるか想像に難くない。このままお持ち帰りされる可能性だってある。


  その前にアルにどう説明するのだ? そもそもどうして私は幼女になってるんだ?


  何かおかしなものを飲食しただろうか? 昨夜の事を思い出していると思い当たる節があった。


  ベッドのサイドにある小さなテーブルを見るとやはりあった。薄紫色の液体が入っていた透明の空き瓶。


  和也に役に立つから持ち歩いておけと渡されたもので体には害はないと言っていたもの。


  匂いからして体力回復のポーションだった為、疲れている私を気遣って和也が発明した新しい体力回復のポーションだと思って昨夜喜んでなんだのを覚えている。


  これしか原因は無いはずだ。とういうかコレが一番怪しい。ミリーがくれたクッキーも怪しいが、ミリーなら堂々と幼女の姿になって欲しいと頼んでくるはずだ。こんなことで確信できる私も複雑だが。


  取りあえず部屋を出よう。どう説明してもいいか分からないが取りあえずアルに相談しないときっと私はミリーに拉致られる。


 「ひりゃけ(開け)」


  ドアノブに手が届かないため魔術を行使して扉を開ける。


  朝食を準備しているだろうアルの所へ向かう。


  台所で調理をする姿が見え、私はアルのもとに駆け寄りながら声をける。


 「ありゅ(アル)!」


  声を掛けられアル首を傾げた後、辺りを見渡して「気のせいかな?」と言って作業に戻った。


  何で気付かないかなぁ! 気配で誰かいるのは分かるだろうに何で視線が上にしかいっていないのか。下を見ろ、下を! これは元に戻ったらAランクの魔物や魔獣がうようよ居る暗黒の森に放り投げてサバイバルしてもおうかな。幾らAランクのアルでもきつい筈だ。


  私は苛立ちを露わにし、厳しく指導するときの殺気を向けて今度こそ聞こえるように声を張り上げる。


 「ありゅ(アル)!!」


 「はい! 師匠! ……?」


  アルは条件反射の様にビクリと肩を揺らした後違和感を感じたのか首を傾げて再び辺りを見渡す。


 「ちたよ(下よ)! ちた(下)!」


  私の言葉に視線を下に向けたアルは、私を視界に入れたとたん身を固め目を見開き、手に持っていた包丁を床に落とした。


 「あぶにゃい(危ない)!」


  思わず声を上げるも、幸い包丁はアルの足には刺さらなかったようだ。


  胸を撫で下ろし、アルを見ると何故か号泣していた。


 「どうちたの(どうしたの)?」


  恐る恐るアルに声を掛けると、絶望したようにアルは頭を抱えて天を仰いだ。


 「師匠が……師匠が俺の居ないところで俺のじゃない子どもを作っていたなんて……!」


  何を言っているのかと思いながらじっと見ていると、アルは私の顔を凝視した。


 「それに師匠に似てこんなに可愛いなんて……! 一体誰の子なんだ……? いや、誰の子どもでも嫁にはだしませんけど」


 「あのちゃあ(あのさぁ)、おちちゅいてくれりゅかちら(落ち着いてくれるかしら)?」


  アルは私の言葉が聞こえていないのか、思考に浸ったかと思うと私に近づき、私と同じ目線になるようにしゃがんだ。


 「お嬢ちゃんのお名前教えてくれるかな?」


  満面の優しい笑顔を浮かべながら、これまた優しい声色で話しかけてきた。


 「でぃあにゃよ(ディアナよ)」


 「お嬢ちゃんのお母さんの名前じゃなくてお嬢ちゃんのお名前教えて欲しいなぁ。後出来ればお父さんも教えてほしいな、今後の為にも」


  父親の聞いてどうするつもりだ、と思うところだがこの際無視しよう。


 「だかりゃ(だから)、でぃあにゃ(ディアナ)! でぃあにゃはわたち(ディアナは私)! ありゅのちちょうのでぃあにゃ(アルの師匠のディアナ)! あちゃおきたりゃこどものちゅがたになっちぇたの(朝起きたら子どもになってたの)!」


  私の言葉に半信半疑なのか訝し気な顔をするアル。


 「ちょうこはあるわ(証拠はあるわ)! ありゅ、でぃあにゃにちゅいてなにかしゅちゅもんちていなちゃい(ディアナについて何か質問しなさい)! できればありゅとでぃあなにゃしかわからにゃいのね(出来ればアルとディアナにしかわからないのね)!」


  そこで聞かれたのは、私がアルを拾った日はいつかという事だった。確かにこれはディアナとアルしか知らない。


  私がその日どんな天気でどんな状況でアルを拾ったのか、目覚めてからの事も事細かに話す。


  話を聞いていくうちにアルの顔は真剣なものとなり、「確かに師匠しか知らないですね」と納得気に頷いた。
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