私の弟子は魔王様

玖莉李夢 心寧

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3話 鍛錬を開始しました

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 アルを拾って早2週間がたった。

  まだ痩せ細っているが、拾った時よりはマシになったことだけは宣言したい。体調も大分落ち着いてきたため、鍛錬が行える。

  鍛錬をしつつしっかりと食事をとれば肉付きも良くなり、年相応に見えていく事だろう。

  後はメンタルのケアも必要だ。彼には自尊心というものが殆どない。散々虐げられてきたアルがそうなっても仕方がないことだった。

  自信を持たせることが一番なのだが、未だ慣れない環境に怯えているアルにそんなことができるだろうか。


 「できるか、じゃなくてやるしかないのよね……」


  自分の甘い考えに思わず自嘲する。

  子どもが精神面で成長するのは、自身が認められた時だ。頑張りを認めたり、褒めたりすることで子どもは自信を持っていく。自分が認められれば次は周囲を認め、色んな人に優しく接することもできるのだ。


  ゲームのアルはそんな心優しいなどと言った言葉とは縁遠かったが、完璧に冷酷であったかというとそうでもない。


  ゲームのヒロインであるリリーと出会い、心を癒された時のスチルで見た彼の表情はとても穏やかで優しい笑みを浮かべていた。


  これはヒロインに魔王ルートに行ってもらうように仕組むべきなのだろうかとさえ思ってしまう。でもそれでは私の死亡フラグは回避できないからやらないけれど。


  ゲームで知るアルは、一見クールだがどこか落ち着きがあって物腰も柔らかいところもあったため、金髪碧眼であればゲームに出てくる王子に引きを取らないほど王子が似合うだろう。しかし、どちらかと言えばベタなキャラでいるような腹黒鬼畜メガネな宰相や賢者と言われた方がしっくりとくる。


  物腰が柔らかくたとえ笑みを浮かべていても何処か冷たく感じられる上に、腹の中で一体何を考えているのかも分からない。そんな彼はゲームで攻略するのはとても難しかった。


  今の弱弱しいアルがああなってしまうのだろうかと思うと何とかしなくてはと思ってしまう。


  今のアルははっきり言ってしまえば、とてつもなく可愛かった。子どもだからというのもあるが、彼が戸惑っている姿を見ているととても和むのだ。

  親心とはまた違ったものだが、すでに情が移っている事を嫌にでも自覚する。


 「まぁ子どもの本来の性質なんてそう簡単に変えられるものでもないのよね。ゲームでのアルが本来の性質かどうかはわからないけど」


  アルの性格はなるようになるしかないだろう。ゲーム、というよりこの世界のゲームに沿おうとする力が強ければ彼の性格はゲームの彼に近づくだろうし、そうでなければまた違った性格になるだけだ。


 「今は取りあえずアルの鍛錬を始めようかしら」


  身動きしやすい格好に着替えた私はアルを連れて外の広い庭に出た。


 「これから鍛錬を始めるわけなんだけど……、そうね、まずは基礎中の基礎、体力向上のために走り込みをしてもらおうかしら。庭の回りが大体100メートルだから……十周走って。今のあるにはそれが精一杯だとおもうから。距離は慣れ次第伸ばしていくわ」


 「分かりました」


  それから剣の握り方や素振り、戦う事よりもまずいかに己を守るか、後は読み書きができないという事でこの世界の文字を教え込んだ。呑み込みと覚えが早く、あっという間に吸収していくアルに思わず舌を巻く。



  これが天才というものだと実感する。あとは体力面があれば戦いの訓練や実践もすぐにできるだろうから申し分ない。


  予定よりも早く、私はこの世界における常識的な知識と魔術について教えることにした。


  知識も魔術についても、早い段階で学んでいた方が良いだろう。特に魔術は魔力のセーブの仕方や魔術に対する魔力量の調節や魔力の質を高めることが大切だ。と言っても私から魔術について教えられることは、こういった応用ができるなどといったくらいだろう。


  魔術を学ぶ上で、習得の仕方には二通りがある。それは、理論的か感覚的という事だ。

  私の場合は、感覚的という名のイメージ力で魔術を習得したようなものだ。日本に住んでいたこともあり、どうして火が燃えるのかなんてことも知っているので理論を展開できなくもないのだが、それを口で説明してこの世界の住人に理解してもらえるかというとまた別だ。

  この世界の人の理論の立て方はというと、魔術の文字ルーンにそれぞれの意味があり、それを組み合わせによる魔術の発動を研究することだ。根本的な理解の仕方が違うのである。


  はっきり言ってしまえば、私の挙げる理論の方が魔術の発動時間も早いうえに強力だ。しかしそれ以上に前世で培ったゲームのグラフィックなどの恩恵がある。というよりもその影響が大きい。


  そのため、こまごまとした理論を挙げるよりも私は感覚的にゲームの魔法などをイメージし魔術を使うため、感覚的すぎてそれを口で説明するのが下手な私が教えることはあまりできない。


  感じ方も人それぞれなため、感覚的に魔術を学んだ人には魔術を教えることはあまりできない。


  誰もが一度は理論を学ぶが、習得の仕方は人それぞれなのでアルがどのように魔術を収めるかは私でも分からない。


  強いて予想するならば、きっとアルは感覚的だと思われる。ゲームでは文字ルーン使う姿は見られなかった。


  日常的なことは生活して行く上で徐々に自然と覚えていくだろうし、魔術の本を読んでもらうことにした。


  ある意味投げやりと取られるだろうが、アルは賢いから問題ない。分からなくても自分から進んで聞きに来れる。


 「本当に出来のいい弟子で鼻が高いわ。さすが私の弟子よ。これからも頑張りなさい」


  私が微笑み、思わずアルの頭を撫でていると照れたようにアルは俯きながら頬を赤く染め、「はい」と返事をしてくれた。


  可愛いいやつめ、と言いそうになり私は笑み深めて更にアルの頭を撫で繰り返す。


  一週間、長いようだが短いこの期間でアルは不安はまだあるものの私に懐いてくれているようだった。


  初めて与えてもらった人の温もりが私だからかもしれない。彼が人間らしくなっていく事はとても喜ばしいことだが、反面彼は今まで虐げられていたことが異常であったことに気づきショックを受けるだろう。最悪、彼は憎しみを抱えて生きていく事になる。


 「アル、いつまでもいい子でいてね」


  思わず願望を言ってしまった私を、アルは読んでいた本から視線を上げて私を見た。


 「あの……」


  躊躇いがちにアルは言葉を紡ぐが、すぐに意を決したような顔をした。


 「師匠の言うようにいい子でいたら、僕はずっと師匠の側にいてもいいですか?」


  アルの言葉に私は思わず目を見開き言葉を詰まらせた。

  ずっと私がアルの側にいるのかと言われれば断言できなかったからだ。私は当初から彼が一人立ちできるまでしか側にいる気がない。


  情が移ったのは確かだが、自身の死亡フラグの件もある。彼の節目はこの世界で成人とさせれる16歳だ。

  その頃には彼も独り立ちして冒険者としてソロで活動するだろう。パーティーを組むかはある次第だが将来有望な彼は引く手数多だろう。

  とはいっても、その頃に彼が魔王になるはずなため、その対策の方を考えなくてはならないが。

 アルの今の世界は、私との生活場だけというあまりに狭すぎるものだ。そのうち彼には町にも行ってもらおうとも考えている。


 このままアルにとっての世界が私ではいけない。既に彼にとっての特別になっているとしても唯一無二にはなってはいけない。

 ここで、「いつまでも一緒にいるよ」と言ってはダメな気がした。だから私が言えるのは……。


 「私はアルとずっとはいられない」


 「僕を捨てるのですか?」


  アルの瞳が暗くなっていく。


 「違うわ。でも、アルの帰る場所になれる」


  アルはよく分からないと言う風に首を傾げた。


 「目覚め時にもいったけれど、私はアルが独り立ちできる16歳まで面倒を見るつもりよ。でも、いつまでも私と一緒にいたらアルはきっと後悔するわ。何故って顔、してるわね」


  でも後悔するだろう。確かに、ここは現実で今目の前にいるのもゲームのキャラではなくて生きた人間だ。でもどこかでゲームのキャラだとも思っている自分もいるのだ。


  それに私自身の最重要事項は私の死亡フラグ。たとえ可愛がっているアルだとしても、二の次三の次だ。そんな酷い私に執着しても良い事なんてない。


 「それにね、いつまでも私が師匠として傍にいたら甘えがでてアル自身の為にもならないでしょ? 可愛い子には旅をさせえよとも言うしね。まぁ、辛いことがあったりちょっと一休みした時は歓迎はするわ。私のただ一人の可愛い弟子で家族だもの」


  私の言葉にアルはほの暗い瞳は通常に戻っていたが、何とも言えないような顔をしていた。


 「この話はおしまいね。あ、そうだこの本もよんでみなさい」


  私は「魔術の応用」という本をアルに手渡し、自分の仕事に意識を向けた。


  仕事とはいっても、書簡に対する返事を書いているだけだが。


 「そう、あいつまたくるのね」


  そうぼやいていた私は気付かなかった。


 「僕が貴女の傍に居たいという意味は、そう言った意味ではないんですが……」


  アルが苦笑してそう呟いていたことなど、私は知る由もない。
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