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† 四の罪――現世(うつしよ)の邂逅(弐)

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 眠っているものだと思っていた三条の部屋に、突如として空気の乱れが生じた。
「夜歩きには目をつぶるとして、上司と同僚にあいさつもしないとは、感心できないなあ」
「んだよ、素通りしてやがったのかよ」
 疲れているとはいえ、急な来訪者に気を取られて見逃していたなんて、これが御用改めだったら、俺は呆気なく斬り捨てられていたことだろう。
「素通り、じゃないよね。帰宅するのに気配を消すなんて、ちょっと早めのクリスマスプレゼントでもくれる気かい、サンタさん。ま、君自身はともかく、あまりに濃すぎる連れの気配までは誤魔化せてなかったね」
「なんだ、男でも連れ込んでんのか」
「そ、そういうのじゃ……!」
「じゃ、どういうのかな? この数分間で、こたつの上にあったおじさんのおやつがなくなったんだけどー」
「ああ、あのちっさい空薬莢みたいなチョコか」
「ぼ、ぼくじゃないもん!」
「じゃあ誰かがやった、と。まあやましいことがねーなら開けてもいいっしょ」
「疑わしきは罰す、それがチーム多聞丸の掟。ま、信雄くんも言ってることだし、着替え中だったとしてもおじさんはいっさいの責任を負いません」
 それを言うなら掟じゃなくて風潮では、と是正させる暇も与えずに、今ふと思いついた設定を適用するこの百八十センチ超えの中年男性は、軽やかにスキップして、ドアノブに手をかけた。
「いやいや、エロ関連の問題何でも俺のせいにすんのマジやめ――って……え?」
 昼間ボコボコにされ過ぎて、座敷童でも視えるようになったのだろうか。少女らしさの欠片もない最低限の家具が整然と並ぶだけの寝室に、三条に抱きかかえられて眠る、小さな女の子のような何者かが増えていた。
「ああ、男をお持ち帰りした結果その子が産ま――」
「だまれ元二十六位」
 こわい。
「それにしてもかわいい子だねー。どこで誘拐してきたのかな」
「ちょっと、ドスドスしないでください。ってか、デカい。チョコ食べてやっと眠ったんだから」
 最近おかしいとは思っていたが、今日の彼女は特にキャラが不安定だ。生理だろうか?
「体格はしょうがないでしょー。って、やっぱおじさんのチョコは食べられちゃってたのね。にしても、最近のこういうの、よく出来てるねー」
 謎の幼女をまじまじと見つめ、頭に被っている触角のような飾り物をツンツンといじくる、百八十センチ超えの中年男性。
「あ、ちょっと……!」
 三条が制止したが、時すでに遅し。丸々とした目がゆっくりと開く。その、あまりに愛らしい顔立ちに、一同が思わず息を呑んだ瞬間――――
「なんじゃそちはーッ!? ぶ、無礼者め……吾輩は地獄元帥だぞ」
 飛び起きた彼女が多聞さんの手を振り払い、甲高い罵声を浴びせた。
「……えっとー、地獄元帥でハエっつーと、ベルゼなんとか?」
「そこまでわかるなら言ってあげなよ。あと、この子ハエっていうといじけちゃうんだ」
 困り笑いを浮かべる三条。
「ま、けっこーブラックな仕事だし、ちっちゃい生き物でも飼いたくなるのもわからんでもないなあ」
「動物禁止っすよー」
「えー、そうだっけー? まあ犬とか役に立ったりするじゃん」
「警察じゃないんで」
「そっかー。猫も?」
「アレルギーで戦闘に支障が出そうだから、とか? そういうのじゃねーすかね」
「ベルゼブブは?」
「まあ虫ぐらいなら」
「虫ではないわ! なにゆえここには吾輩も知らぬ阿呆しかおらんのだ。まさか、ご主人さまも存ぜぬというのならば、たっ……ただじゃおかぬぞッ!」
 まくし立てて、顔を近づけてくる。小学生ほどの体格だが、羽を小刻みに動かして、目線を合わせているようだ。語勢に反して、高度を維持するのに精一杯なのか、必死にプルプルしている様子が申し訳ないけど滑稽だった。
「ああ、あいつなら俺ん中だ」
「なっ――そち、喰ったのか……ご主人さまを喰いおったのかー!」

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