ありふれたチョコレート

秋川滝美

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1巻

1-3

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 瀬田が知ったら何を始めるかわからない、と言う彼女に、安海は黙って頷かざるを得なかった。
 瀬田が懐刀ふところがたなである相馬茅乃を簡単に手放すとは思えない。現に今まで何度も彼女の転属をはばんできた。その行為自体が、今回の強引な転属へと繋がったのだ。だからこそ、自分が去ることを知らせないでほしい。決算期という時期も悪い。これ以上の混乱はいらない。彼女のそんな主張はもっともだった。
 本来ならば直属の上司、しかも専務であり人事権を持つ瀬田に知らせぬまま異動させるなどあり得ない話だ。だが、そもそもこの異動自体があってはならないことなのだから、今更そんなことを言っても始まらない。
 相馬茅乃は、送別会はおろか、同僚への別れの言葉もなしに去るという。
 安海良一は、瀬田が彼女を絶対に離さなかった理由を見せつけられた気がした。
 穏やかそうな外見の内に、しっかりと存在する強さと理性。そして何よりも、組織を重んじる忠誠心。部下としてこれ以上望ましい個性はない。いや、部下としてだけではなく……
 それでも、安海良一は娘がかわいかった。この存在を瀬田のそばに置く限り、娘が瀬田を得ることはない。それを確信させられてしまう。
 すまない、親馬鹿だと笑ってくれ……と心の中でび続けるしかなかった。

「わかった。萩原君にはよく口止めしておく」
「よろしくお願いいたします」

 ルミが聞いたらまた大騒ぎになるんだろうな……。今度こそ、萩原部長が守秘義務を全うしてくれればいいけど……と思いながら、茅乃は社長室をあとにした。


    †


「嘘でしょ?」

 アパートのドアを開けた茅乃は、そこにルミがいるのを見てやれやれと首を振った。

「ルミ、もう夜十時だよ……いくらなんでも……」
「時間なんて知ったこっちゃないわ! なんでこんな急に、しかもあんな遠くに!!」
「どこまで漏れてる?」

 萩原は仕方がないとしても、ルミが知っているとなるとその情報はどこまで拡散しているのか。

「漏れてなんてない! いくらなんでも茅乃がかわいそうだって、部長がこっそり私にだけ教えてくれたの。送別会でもしてやれってポケットマネーまで押しつけてきたわ!」
「その『こっそり』は、人事部長としてはかなりまずいと思うけど」
「茅乃!」
「あーはいはい、ごめんなさい。ルミには言うつもりだったんだけど」
「いつ言うつもりだったの? 今日が何日か知ってる? 二月二十七日だよ。しかもあんた、明日有休取ってるよね!?」
「よくご存じでって当然だよね、人事部だし」
「そのままこそこそ引っ越して、三月一日に着任。入社以来のお付き合いだった私に、いつお知らせくださるのかしら!?」
「だから、明日にでも電話しようかなって……」

 言い終わる前に首を絞められた。本気ではないことはわかっていても、かなり苦しい。苦しくて涙が出そうになって、やめてくれと言おうとしてルミを見たら、彼女の方がなだそうそう……

ひどいよ……茅乃」
「ルミ……」

 茅乃の首から手を離すと、ルミは玄関に座り込んで本格的に泣き始めた。茅乃の馬鹿! と連呼しながら……
 こんなにも自分を心配してくれ、自分のために泣いてくれる友人がいるとはなんと幸せなことだろう。

「とりあえず、中に入りなよ……っていっても『絶賛荷造り中』だけどね」

 泣いているルミを立たせて、部屋の中に入れる。
 1DKの狭いアパートは、封をするばかりになった段ボールがあちこちに置かれ、座れる場所などベッドぐらいしかない。仕方なく、二人で並んでベッドに腰掛けた。

「ごめん、お茶も出せない」
「謝ることが違うでしょ!」

 鼻をすすりながらルミがまた怒る。化粧も崩れて、せっかくの美人が台無しだった。

「それもごめん。でも仕方がないんだ」
「茅乃はそれでいいの? 専務、何も知らないんでしょ?」
「あんたの上司が真面目に仕事してるなら知らないはず」
「してるに決まってるわよ。そうじゃなきゃとっくに大騒ぎになってる」
「そりゃそうだ」

 今日、ルミは珍しく萩原から直々に残業を言いつけられ、遅い時間まで引っ張られたらしい。
 特に急ぐような業務でもないのに、といぶかしんでいたら、周囲に人気ひとけがなくなったことを確認して萩原が耳打ちしてきたという。

「一日付けで札幌行きだ」

 万が一誰かに聞かれた場合の配慮からか、前置きどころか主語もなかったが、ルミにはわかった。それが茅乃が望んだ結末なのだと。しかも秘密裏に処理され、彼女の直属上司ですら知らぬ辞令なのだと。
『親戚の法事』と、あまりにも嘘くさい理由で出された有休申請の意味を悟る。本来なら異動休暇が許されるはずなのに、それを取ったら全てが明るみに出るからと、理由をこじつけて有休を願い出た。
 そんなところにまで気を配って消えようとする茅乃が痛ましくて、さすがに萩原も耐えかねたのだろう。

「それでも部長には言わずにいてくれたんだね」

 前回の転属願の流れから考えたら、本当に萩原がリークしないかはきわどい賭けだった。何とかそれに勝てたのは、やはり社長の圧力が強かったからだろうか。茅乃は、男の友情もけっこうもろい、と苦笑いを浮かべそうになる。

「違うよ。萩原部長はあんたの気持ちを優先してくれたんだと思う。そこまでして専務の出世を願うあんたの気持ちを踏みにじれるわけがないでしょ?」
「そっちか……」
「ただ口が軽いだけの男じゃないのよ、うちの部長だって」

 さもなければ人事部長なんてできるはずがない、とルミは言う。それは確かに正論だった。

「ご配慮感謝いたします、って伝えておいて」
「自分で言えばいいじゃない。会社行って、ついでに、社長の娘のおかげで北の彼方かなたに飛ばされましたって大声で叫べばいいじゃない!」
「台無しだよね~それじゃ」

 と、無理に笑えば、またルミの瞳から涙が流れる。

「泣きやんでよ。じゃないと、明日、目がれ上がって何事かと思われるよ。どこからバレるかわからないんだから、変な糸口作らないで」
「わかってるわよ! ちゃんと冷やして、いつもどおりの美人様で出勤するわ。何も知らない専務を一日中観察しててやるから、報告待ってなさい」

 いったい何の報告なのか……と茅乃はさらにむなしく笑いそうになる。
 何も知らないのだから、瀬田はいつもどおりに業務にはげみ、残り少なくなった営業部での仕事を存分にこなすだろう。報告すべきことなど、なにひとつ起こりそうもないではないか。

「何も知らなくても、あんたが休みだってだけで十分よ。一日いないだけでどうなるか、ちゃんとレポートしてやるわ。初めてでしょ、有休なんて取るの」
「そういえばそうかも。私、丈夫だから病気もしないしね」
「五年間で初めて、あんたがいない一日を過ごすわけよ、瀬田専務は。そのうえ、それはもうずっとこの先も続く。知らぬは本人ばかりなり、よ」
「いてもいなくても大して変わらないと思うけど」
「有休取るとき、なにか言われなかったの?」
「あーそれがねえ……」
「まさか、それも知らないの!?」

 茅乃が有休願を出した日、瀬田は会議と外回りが立て込んでいて、部内の書類を処理する時間がなかった。有休願は大抵部員たちが業務に支障がないよう調整したうえで出してくるのだから構わない、と思ったのだろう。
 瀬田は数名分重なった有休願をちらりと見るなり「押印しとけ」と茅乃に向かって部長印を放った。それをいいことに茅乃は、自分の有休願に自分で押印したのである。
 瀬田にしてみれば、今まで休んだことのない茅乃が有休を取ること自体、想定外だろう。


「呆れた……。人事部としては聞かなかったことにしておくわ」

 ルミはため息をついた。

「どこでも似たようなものでしょ? スルー奨励」
「またそれか。で、荷物はいつ……って明日に決まってるわね。もうほとんど荷造りも終わってるみたいだし」
「うん。朝一で」
「明日の夜は?」
「えっと……」
「かーやーのー!?」
「怒らないで!」
「怒るに決まってるでしょ! あんた、明日荷物出すなり飛行機に乗る気なのね!?」
「だって三月一日着任だし」
「だからって、こんなやり方ないでしょ!」
「一日付の辞令をさすがに当日まで部長の目に触れないようにはできないよ。遅くても明日の最終には内示される。そこまで止めるだけでも大変だったはずだし……。その時点で私がまだここにいたらすごくまずいと思わない?」

 四月の辞令に載るはずの部下の名前を三月辞令で見る。しかも札幌営業所への転勤辞令。その後の騒動は容易に想像できる。

「その後始末、うちの部長がするわけ?」
「多分ね」
「私も有休取ろうかな……」

 ルミは呟く。
 絶対に火の粉をかぶる。それは間違いない。あの瀬田の怒りが自分に向くことなど想像したくなかった。でもその火を真っ向から受けてでも、この騒動の結末を見届けたい気もした。
 瀬田がどんな顔でどんなことを言うのか、聞いてみたい。瀬田聡司が相馬茅乃にどれほどの想いを抱いていたのか知る絶好の機会である。

「やっぱり行く。行って見届ける!」
自虐的じぎゃくてきだねえ……」
「あんたほどじゃないわよ!」

 私の場合は自虐というより自己防衛だ、と茅乃は思う。動き始めた途端、一直線に悪い方に転がっていく自分のネガティブ思考。だがそれは、茅乃に言わせれば究極の護身術だ。常に最悪の状況を覚悟する限り、それ以上の現実が降ってきて傷つくことはない。
 普段の茅乃の言動は、他人から見れば自信たっぷりで何事にも動じないように見えるだろう。本当は自信なんてこれぽっちも持ってないくせに、あえてそうすることで、おびえて縮こまろうとする心を守ってきた。あらゆる事態に対応できるように日頃から準備をしていれば、高い評価を得ることもある。でも、それに慢心しないように自分に言い聞かせてきた。高い評価はたまたま偶然得た物で、そのまま成長しなければ評価は下がるばかりだ。
 瀬田にしても、今は自分を評価して特別な想いを抱いてくれているかもしれないが、それがいつまでも続くなんて考えるのは甘すぎる。
 そんなことを考えていた茅乃に、急にルミがたずねた。

「ねえ茅乃、あんたさ……どっかのお嬢様だって隠してるとか、ない?」

 珍しく言いよどんだかと思ったら、何をくやら……と茅乃は素で笑う。長い付き合いのルミは、茅乃が普通のサラリーマン家庭、典型的な中産階級出だって知っているはずなのに……

「大どんでん返し?」
「うん、まあ……安海家令嬢にはかなわなくても、そこそこの家柄とか資産とかあったらさ、ちょっとは勝負できそうじゃない? 足りない分は専務が自分でなんとかしそうだし」
「ご期待に添えなくて残念だけど、五代ぐらいさかのぼってもたぶん庶民だよ」
「そうか……そうだよねえ……」

 そしてまた、気の重い沈黙をしばらく続けて、諦めたようにルミが訊いた。

「明日、羽田からだよね? 何時の飛行機?」
「二時過ぎ」
「じゃあさ、私、時間休取って抜け出すから、お昼一緒に食べようよ」
「月末で忙しいのに、そんなの悪いよ」
「ちょっとぐらい抜け出さないと、明日は大やけどしそうだもの。羽田でお昼食べてそのまま見送ってあげるよ。花束とか用意する?」
「いらなーい。邪魔くさーい。みんな気軽に見送りに花束持っていくけど、あんなに邪魔なものはないよねー」
「そう言うと思った」

 茅乃の言葉でやっと笑ったルミは、しばらく絶賛荷造り中の部屋で過ごし、終電で帰っていった。
 正直、会社を抜け出してでも見送りに来てくれるというルミの気持ちがありがたかった。
 たった一人で、誰にも告げずに去るのは、あまりにも寂しい。一番別れを告げたい人には決して告げられない。それならば、彼と同じぐらい付き合いの長いルミに送られるのが最適だと思えた。


    †


「相馬はどこに行った?」

 昨日の業務報告書に目を通しながら、瀬田はいつもならとっくに席に着いているはずの部下を捜す。朝から姿を目にしていない。もしかしてどこかに直行したのだろうか……

「相馬さん、有休ですよ。ご存じなかったんですか?」

 京本が驚いたように言った。
 まさか、押印まで代行させているとは正面切っては言えない。そうだったな、と曖昧あいまいに頷いて記憶を辿たどる。そういえば、何枚か重なった有休願があった。その中に彼女の分もあったのだろう。自分の有休願を自分で押印するのはさすがにまずい、あとで説教しなければ……と苦い顔になりながら確認をする。

「支障はないんだろうな?」
「月締め業務は昨日終わらせてたみたいですし、商談予定もないし……」

 と、言いながら茅乃の予定表に目を走らせた京本はげんな顔になる。
 二月はびっしり埋まっていた茅乃の予定表は、三月に入るなりいきなり空欄になっていた。


 もう二月も末日だというのに転記を忘れたのだろうか。瀬田の次ぐらいに隙のない上司である相馬茅乃にしては珍しいことである。それとも、噂どおり四月転属をふまえて引継ぎでも始めるつもりだろうか……

「三月の予定、書き忘れているみたいです。珍しいですね」
「最近ちょっとごたついてたからな。それも含めて注意だな」

 何に含めるのだろう? と思ったときにはもう瀬田は営業部を出ていくところだった。懐刀ふところがたながいない営業部に長居は無用、と言わんばかりの上司に、京本は思わず苦笑した。


    †


「部長、私今日、時間休取ります」

 取っていいですか、ではなく、取ります、という言い切り口調の部下に、萩原は少し目を見張った。

「月末だってわかってて言ってるのか?」
「ええ、わかってます。明日が三月一日だってことも」

『三月一日』に力を込めて、ルミは萩原をにらみ付けるように言い放った。その強い視線の理由に思い至った萩原がため息をつく。

「……そう……か」
「四時間下さい。十一時に出て、昼休みを挟んで四時までに戻ります」

 止めたって聞くものか、とばかりに相変わらず強い視線を向けてくる部下が、どこに何をしに行くかは明白だ。
 それでは彼女は今から出発してしまうのか……と悪友の顔を思い出しながら、もう一度深いため息をつく。

「わかった。なんとかする」
「ありがとうございます。それと……」

 と言いながら、ルミは封筒を差し出した。

「なに?」
「昨日お預かりしたものです」

 中身は昨日萩原が手渡したポケットマネーだった。

「本人が必要ないって……。恐らく大変な目に遭うのは部長の方だから、そっちの慰労会いろうかいにあてるべきだそうです」

 どうせ他人の金なのだから、全部呑むなり歌うなりして使ってしまおう、というルミの提案は、あっけなく退しりぞけられた。残業明けに大泣きしてお腹がすいたと騒ぐルミのために、デリバリーで取ったピザの代金は茅乃の財布から出た。「明日の修羅場の先払い」と彼女は言った。
 ペットボトルから口呑みで飲んだコーラと照り焼きチキンのピザ。それが茅乃の送別会となり、萩原が出した軍資金は手つかずで戻された。

「そんなことを……」
「変ですよね。自分のお金で自分の送別会なんて」
「でも、いかにも彼女のやりそうなことだ」

 きっと茅乃は、送別会というよりも、最後に駆けつけてくれた友人に最大の感謝を込めて接待したのだろう。まったく、けなげにもほどがある。

「我が友ながら、大馬鹿者です」

 悔しいと表現していいような表情でルミは言った。ルミはルミで怒りを持てあましているように見える。これから起こるあれこれもあわせて、相当ならしが必要となりそうだ。

「じゃあ、これは受け取る。慰労会は多分、君も参加資格ありだ」

 そう言うと、萩原は封筒を上着の内ポケットに仕舞い込んだ。
 茅乃の転勤辞令は既に札幌に送られている。そしてそのことは午後の幹部会議で明かされる。会議終了とともに始まるだろう争乱に、ルミが巻き込まれないはずがない。きっと社に戻ったあたりのタイミングでつるし上げを食らうだろう。

「ごめんです。もういっそ今日は退社してもいいですか?」
「俺もそうしたいけどね」

 今日を逃れたところで、争乱が先延ばしにされるだけで、直撃を受けることに変わりはない。さっさとすませて傷をめ合う方が前向きだ、と暗黙の同意に至って、二人はそれぞれの業務に戻った。


    †


「ありがとう。気を付けて戻ってね」

 空港のレストランで食事をすませたあと、茅乃は笑って礼を言った。

「気を付けてはそっちだし、戻る途中より戻ってからの方が大変だし」

 とルミはふくれっつらである。
 次にこの美人のふくれっ面を見るのはいつになるだろう、と寂しく思いながら、茅乃は携帯で時間を確認する。

「そろそろ中に入らなきゃ……あ、いけない、忘れるところだった」

 茅乃は携帯を見て、アドレスと電話番号を変更したことを思い出した。

「赤外線送信していいかな?」

 断られることなど考えてもいないらしい茅乃は、すでに送信画面を呼び出している。ルミも慌てて自分の携帯をバッグから取り出した。

「もちろんだわよ! これ忘れたら、こっちから連絡できなくなってたってこと?」

 茅乃のことだ、よほどのことがなければ友人に泣きついてきたりしない。こちらから様子うかがいの電話でもしない限り、孤軍奮闘こぐんふんとうするに決まっている。

「ルミに連絡しないなんてこと、あり得ないでしょ」
「どうだか。今まであんたの方から連絡もらったのって数えるほどだよね」

 その「数えるほど」の最大の一件は、先の転属願騒ぎだ。あのレベルの問題が起こらない限り、茅乃の方から連絡なんてしてこない。ルミの方は、やれ男がどうした、仕事がどうしたと、ことあるごとに愚痴ぐちってきたのに。
 なんて情けない交友関係なんだろう……と、ルミは軽く自己嫌悪におちいった。
 ルミは苦々しい思いに任せて、下を向いたまま携帯を操作する友人の注意を引く。

「こっちの人、全部切ってくつもりなの?」

 頼りにならない友人も、使えない部下も、あの使えすぎる上司も……まとめて全て切るのか……

「切りはしないよ。営業所に電話してくれれば連絡は取れるじゃない」
「プライベートは? 専務もかけてこられなくなるんだよ?」
「かけてなんかこないよ。あってもスルー」
「嘘つき。できるぐらいなら番号変えたりしないよね」
「やな性格。性格の悪い美人って常道すぎる」

 それなら自己評価の低すぎる切れ者も常道なのか。自己評価と周囲の評価が全く一致しない相馬茅乃の存在は、デフォルトなのか。

「女王様タイプの性悪美人と、自信欠乏症の切れ者の組み合わせってありがちだよね」
「私は切れ者なんかじゃないよ。強いて言うなら大海たいかいを知ってるかわず、かな」

 知ってるから、正確に把握しているから、自分のテリトリーから出ないのだ。
 この場所なら勝つことも可能だ。完全勝利は無理だとしても負けずにいられる。けれど、ここから一歩出れば、戦うまでもなく負ける。それぐらい外の海は荒く激しい。そして、瀬田聡司は茅乃のテリトリーの外の男だ。今は同じ場所にいても、やがて出ていく。彼が戦い続けるために必要なパートナーは決して自分ではない。自分であってはならない。
 そう茅乃は語った。

「茅乃……」
「スルーできたらいいのにね。意外と根性なしだよ私。でも、ルミならしらを切り通せるよね?」

 瀬田に、茅乃の連絡先を隠し通せと言っているのだ。そんな根性が自分にあるだろうかとルミは自問する。結果は明白だ。

「そんなこと要求しないでよ!」
「じゃあ、ルミにも教えない方がいい?」
「ひどい!!」
「どっちなのよ」
「頑張る……」

 よろしく、と言ってルミの携帯に情報を送信し、茅乃はにっこり笑ってゲートを通り抜ける。腕にかけた、春間近の東京にはそぐわない分厚すぎるコートまでがもの哀しかった。その後ろ姿が視界から消えるまで見送って、きびすを返したところでルミの携帯が鳴った。萩原だった。

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