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4巻
4-3
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「相変わらず察しがいい。実はそのとおりなんだ。だが、兄貴にも親父にも、言ったところでわかっちゃもらえねえと思う。それでも……」
「誰かに聞いてもらいたかった、ってか?」
きよの後ろからぬっと出てきた清五郎に、彦之助は苦笑いで答えた。
「なんだ、清五郎もいたのか。まあでも、おまえの言うとおりだよ。ほかに思いつく相手がいなかった」
「泣き言を言う相手にしちゃ、姉ちゃんはおっかなすぎるぞ。慰めるどころか、ひとつでも間違ったことをしてるってわかったら、容赦なく尻をひっぱたく」
「清五郎!」
「ほらな、こんな具合だ」
思わずきよが振り上げた右手を見て、清五郎が大笑いで言った。だが、彦之助は平然と答える。
「それはおまえがおきよの弟だからさ。俺と兄貴だって同じ。さすがにぶったりしねえけど、すーぐ頭に血が上っちまう。やっぱり身内相手だと冷静沈着でばかりはいられねえってことよ」
「なんだ。ちゃんとわかってるんですね」
「もちろん。だからこそ、黙って文句を聞いといて、あとになって愚痴を吐きに来たってわけだ」
「そこまでわかってるなら、あんたが冷静になってわけを説きゃいいじゃねえか」
呆れたように言う清五郎に、彦之助が首を横に振る。
「あー無理無理。あんなに頭ごなしに文句を言われたら、黙ってるだけで精一杯。いったん口を開いたら最後、大喧嘩になっちまうよ」
「そんなに頭ごなしだったんですか?」
「おう。開口一番、なにやってんだこのとんちき! ときたもんだ」
「それはちょっと見てみたい気がする……とはいっても、俺が叱られるのはまっぴらだけど」
「俺だってまっぴらだが、実際に叱られちまった。それに俺自身、なんであんなこと引き受けちまったのかって後悔してる。まさかあんなにうまくいかねえとは思わなかった」
「で……どういう経緯だったんですか?」
「えーっと……俺、ちょいと離れてようか?」
いよいよ話が始まると思ったのか、清五郎が訊ねる。だが、彦之助は平然と答えた。
「かまやしねえよ。万が一、俺がおきよに尻をひっぱたかれそうになったら助けてくれ」
「しませんって!」
「そう願うよ。それでな……」
そこから始まったのは、『間が悪い』を絵に描いたような話だった。
一昨日の朝、彦之助は富岡八幡宮にお参りに行き、寺子屋で一緒だった友だちに出くわしたそうだ。
長らく会っていなかった友だちだが、朝一番で人も少なかったせいかなんとか見分けが付いた。久しぶりだな、などと挨拶を交わしたあと、お互いの近況を伝え合った結果、友だちの姉が病に伏していることを知った。
ちょうど花の季節だし、きれいな花を見たら元気が出るのではないか、ついでに旨いものでも食わせて精を付けてやりたい、と友だちは言ったそうだ。
とはいえ、その友だちも料理に長けているわけではない。当初は振売や煮売り屋で買った料理を重箱にでも詰め込んでいこうと考えていたらしいが、彦之助が親元に戻って弁当を作っていると聞いて考えを変えた。深川にこの店ありと名高い『千川』の料理を姉に食べさせてやりたい、と縋りつかれ、彦之助はやむなく引き受けた。幸いご褒美弁当用の料理は少し多めに用意してある。その友だちと姉の分ぐらいならなんとかなると思ったそうだ。
ところが、家に戻って弁当の支度をしかけたとき、その友だちが大慌てでやってきた。
しかも、いきなり土下座せんばかりの様子。驚き、どうしたことだと訊ねたところ、近隣の分も作ってくれと言う。
なんでも、引き戸を開けるなり「姉ちゃん『千川』の弁当が手に入るぜ! ご馳走を持って花見に行こう!」と叫んだ声が、隣の家にまで聞こえてしまい、『千川』の弁当たぁどういうこった、と問い詰められた挙げ句、自分たちにも食わせろ、と言われてしまったらしい。
友だちの父親は五年前に亡くなり、子どもふたりを養わねばと無理をした母親も二年前に逝ってしまった。隣人は残された友だちと姉を哀れに思い、なにかと面倒を見てくれた。懐が豊かではない姉弟に米や味噌を恵んでくれたし、振売が来れば自分たちが買うついでに姉弟の分のお菜を買ってくれることもあった。その隣人の頼みとあっては断ることなどできない。なんとかならないか、と駆けつけてきたというのだ。
彦之助はため息まじりに語る。
「俺はもともと金なんて取るつもりはなかったが、連れがそういうわけにはいかねえって言うから、与力様に納めるときの半分ぐらいの値を伝えたんだ。けど、そいつにしてみりゃそれすらけっこうな金額だったらしい。隣の親爺に、かかりは俺がまとめて払ってやるからって言われたんだとさ。こんなことならもっと安く言っとくんだった」
「後の祭りですね。それじゃあ、彦之助さんも断るに断れない……」
「そういうこと。おまけに隣の親爺はかみさんの分も欲しいっていうから合わせて四つ。もともと五つの注文だった弁当を九つ作ることになっちまった」
「ほとんど倍じゃないですか。それならお料理だって足りませんよね……」
「ああ。連れには先に注文を受けた分を拵えてからとは言ってあったんだ。それなら大急ぎで作り足せばなんとかなる。連れの分は夕方になっちまうかもしれねえが、夜桜も粋だろうって……。でも、あの日は昼前から雲行きが怪しかっただろ? 雨が降り出さねえうちに花を見せてやりたいなんて考えちまって、ついつい連れの分を先にしちまったんだ」
「確かに、夜には雨が降り出しましたね……」
「さらに悪いことに、与力様からも遣いが来た。いつもより早めに弁当を届けてくれって……」
「早めに?」
怪訝そうに訊ねたきよに、彦之助は両手の平を天に向けて答えた。
「考えることは誰しも同じ。その日のご褒美弁当をもらうのは軒並みひとり者で、みんなで弁当を持って花見に行こうってことになったらしい。で……」
「そっちも雨が降りそうだから早めに、ってことですか?」
「あたり。聞きつけた与力様が、今日は急ぎの仕事もないから早上がりしてもいい、弁当が届く時刻も繰り上げてやろうって。まったくあの与力様ときたら。部下思いなのはけっこうだが、振り回される身にもなってほしい」
その与力様のおかげで弁当作りという仕事ができたというのに、なんという言い草だろう。けれど、上田がそんな気配りをしなければすべてうまくいったはずだ。よりにもよってなぜこの日に……と彦之助は恨めしい気持ちになったに違いない。
できないとも言えず、慌てて料理を作り足した。冷まさねばならないとわかっていたから、少しでも長く置けるようにいつもより早く火から下ろしたせいで固さが残り、味だって十分には染みなかった。あまつさえ、ぎりぎりまで置いたせいで駆け足で届けに行く羽目に陥り、盛り付けまで崩れてしまった――それが、あの日のご褒美弁当が悪評を得た理由だった。
すべてを聞き終えた清五郎が、感心したように言う。
「なるほどな……それにしたって、長らく会ってもいなかった連れのためにそこまでするなんて、彦之助さんって案外男気があったんだな……」
「案外だなんて失礼でしょ! あんただって、彦之助さんと同じ立場になったら同じことをするかもしれないじゃない!」
「すまねえ。つい……」
「まあそう怒るな、おきよ。俺だって、自分でびっくりしてるぐらいだ。ただ、病気の姉さんに旨いものを食わせて精を付けてやりたいって言われたら……」
「にしたってさ……」
そこで清五郎は言葉を切った。おそらく、それでももともと頼まれていた弁当を後回しにしてまでやることじゃない、と言いたかったのだろう。きよだって同じ思いだ。だが、彦之助は十分わかっているようだし、これ以上言ったら、彦之助はやさぐれかねない。言葉を切って正解だった。
「まあでも、やってしまったことはやってしまったこと。これに懲りて安請け合いしないことですね」
「ああ。次からは気をつける」
「次?」
次もなにも、病の姉を抱えた友だちがそう何人もいるはずがない。次なんてないのに……と思っていると、彦之助は妙に自慢げに言った。
「あの日拵えた弁当は全部で九つ。もうちょっと暇があればちゃんとした弁当を、盛り付けも崩れねえまま届けられた。前もってわかってさえいれば十や十五ぐらいならいける」
「でも彦之助さん、あの弁当箱は与力様がわざわざ届けてくれたもんだぜ? よそに使うってのは具合が悪いんじゃねえか?」
「清五郎まで兄貴や親父と一緒のことを言うのか。わかってるさ。与力様以外の注文を受けるなら、弁当箱を誂えなきゃならない。だが、弁当箱さえあれば、俺はもっと手が広げられる。『千川』の儲けだって増えるじゃねえか」
「そのとおりかもしれませんけど、お弁当箱を誂えるにもお金はかかりますよ。もうちょっと考えてからのほうが……」
「それは心配ない」
彦之助は妙にきっぱり言い切る。なにか根拠があるのだろうか、と首を傾げる姉弟に、彦之助は得意満面に言った。
「弁当を届けた連れは破籠を作る職人なんだ。そいつから仕入れて、弁当箱込みの値段で売る」
「弁当箱込み……破籠ごと売りつけるってことですか?」
「ああ。与力様が誂えてくださった弁当箱は町人には立派すぎるが、破籠なら使い捨てにできる。俺は空になった弁当箱を取りに行く手間が省けるし、連れも俺も商いが広がって万々歳だ。なんならいくつかまとめて作っておいて、店売りしたっていい」
「店売り⁉ そこまで手を広げるのは早計です。ご褒美弁当にしたってまだ始めたばかりなんですよ。もうちょっと考えてからのほうが……」
「いやいや、商いは勢いが肝心だ。思い立ったことはどんどんやっていかないと」
彦之助はすっかりご褒美弁当以外の注文を受ける気になっている。これはもう、弥一郎に叱られて愚痴を聞いてほしかったというよりも、思いついた考えを誰かに聞かせたかっただけではないか、と疑うほどだった。
言うだけ言って気が済んだのか、彦之助は意気揚々と家に戻っていく。背を見送ったきよは、清五郎と顔を見合わせてため息を漏らした。
今の彦之助になにを言っても聞く耳は持たない。ただ、心配しなくても源太郎や弥一郎がきっと止めてくれる。こんな行き当たりばったりの思いつきがうまくいくはずがないのだから……
清五郎も首を左右に振りつつ言う。
「いやな予感しかしねえ。ただ俺たちにどうこうできる問題でもなさそうだ」
とりあえず帰ろう、と促され、先に立って歩き始めた弟を追う。
清五郎でさえ難しいとわかっているのに、なぜ彦之助にわからないのか。きよはもどかしさでいっぱいになっていた。
翌日も、その翌日も彦之助の様子に変わりはなかった。
その後、上田や同僚たちから弁当を注文される頻度も神崎が心配したほどは落ち込みもせず、二、三日に一度という状況が続いている。数そのものはいささか減ったように思えるが、このところ大きな事件が起こらず、手柄を立てる機会が減ったからだろう。
ところが、そのまま十日ほど過ぎ、親兄弟に諭されて考えを変えたのだ、と思いかけたある日、『千川』に大きな風呂敷包みを背負った男が現れた。
「彦之助さんはいるかい?」
その声を聞くなり、奥に続く通路から彦之助が飛び出してきた。
彦之助は朝から通路のへっついと裏の洗い場を行ったり来たりしていた。今日は弁当の注文も入っていないのにどうしたことかと思ったら、この男を待っていたらしい。どうりで、通路と板場を隔てる暖簾から顔を出しては様子を窺っていたわけだ。
「こら助次郎! 裏口に来いって言ったじゃねえか!」
「そういやそうだったな、こいつぁすまねえ」
「いいからとっとと裏に回れ!」
彦之助に蹴り出すようにされても、男は文句も言わずに店を出ていく。男はさほど大柄でもないのに、大きな風呂敷包みを楽々背負っているところを見ると、包みの中身は軽いものばかりなのかも……と思ったとたん、きよははっとした。
――あの人、この間彦之助さんが八幡様で会ったって言ってたお友だちなんじゃ……
風呂敷包みの中身が破籠なら、楽々背負えるのは当たり前だ。破籠を作るのにどれぐらい日がかかるのかは知らない。ただ、ひとつひとつはそれほどではないにしても、大風呂敷がいっぱいになるほどの数を揃えようと思ったら十日ぐらいはかかるだろう。
おそらく彦之助は、きよたちと話してすぐに破籠を注文した。源太郎や弥一郎の諫めすら聞かなかったのか、ときよは虚しくなる。
「なんてこと……」
俯いて呟いた声に、弥一郎が怪訝な顔になった。
「どうした、おきよ。あの男、彦之助の馴染みのようだが、おまえも知っているのか?」
「直接は知りませんが、たぶん彦之助さんのお友だちだと思います。破籠を作ってるっていう……」
「破籠? そういや彦之助の連れが破籠屋に弟子入りしたって聞いたことがある。名前も助次郎に間違いねえ。それにしても昼日中に、親方の目を盗んで連れに会いに来るなんて、とんでもねえやつだな」
弥一郎は渋い顔をしている。ちょうどやってきた源太郎も困ったように言う。
「助次郎は昔っから字は下手くそだし、算盤もからっきしだったって聞いたぞ。幸い手先が器用だから職人に向いてるってことで、姉ちゃんが知り合いの破籠屋に頼み込んだそうだ。姉ちゃんの顔を潰すようなことをしちゃいかんな……」
「お姉さん、ただでさえ病気なのに……」
「え?」
源太郎がぎょっとしたようにきよを見た。この様子だと、源太郎は助次郎の姉が病に伏していることを知らないらしい。おそらく弥一郎も……
「旦那さんはご存じなかったんですか?」
「初耳だ。たぶん弥一郎も知らねえよな?」
「ああ。むしろ、なんでおきよがそんなことを知ってるんだ?」
「彦之助さんから聞きました。この前、助次郎さんのお弁当を作ったときに……」
「あの弁当、助次郎の分だったのか⁉」
いきなり耳元で大声を出されてきよは仰天、人差し指を耳の穴に突っ込みながら答えた。
「助次郎さんがたまたま八幡様で出会った彦之助さんにお弁当を頼んだそうです。病気がちのお姉さんをなんとか元気づけたいって言われて、断るに断れなくなったって……」
「彦の野郎は、姉ちゃんって言葉に弱いからな。あいつはきっと兄貴じゃなくて姉さんが欲しかったんだろう」
それはどうだろうか、ときよは思う。おそらく京の修業先できよの姉であるせいの世話にならなかったら、これほどこだわることはなかった気がする。『姉が病がち』と聞いたとたん、京にいるせいを思い出し、いても立ってもいられなくなったのだろう。
いずれにしても、こんなことすら知らないのであれば、彦之助の謀について知っているわけがない。きっと彦之助はなにを言われても反論も説明もせず、すべてを胸に秘めたまま突っ走ったに違いない。
「おきよ、おまえさては、ほかにも知っていることがあるな?」
「あるなら教えてくれ。手が付けられねえことにならないうちに」
源太郎と弥一郎の両方に詰め寄られ、きよは言葉に詰まった。
彦之助には、内緒で進めてふたりをあっと言わせたい気持ちがあるような気がする。
その半面、源太郎や弥一郎の気持ちだってわかる。せっかく始めた弁当の仕事をしくじらせたくない一心なのだろう。
やむなくきよは、彦之助の謀についてふたりに話すことにした。
「手を広げたいってことか……」
弥一郎が遠くを見るような目をして言った。烈火のごとく怒ると思っていただけに、かなり意外だったが、源太郎も弥一郎と同じような反応だった。
「あいつだって男だ。いつまでも日雇いみたいなことはやってらんねえ、と思うのは無理もない。弁当だけしか任せてもらえないなら、その弁当の数を増やしたいって気持ちはあって当然だろうな」
「旦那さん……」
「そんなに目をまん丸にするんじゃねえよ。俺だって親の端くれ。日頃から、なんとかあいつの身が立つ術はねえかって考えちゃいるんだ」
「おふくろにもせっつかれるしな」
「まあな。それに弁当の数を増やすってのはあながち間違いじゃねえ。ただ、いたずらに手を広げて立ち行かなくなっちまうのは困る。せめてもうちょっと段取りを踏んでほしかった」
「え、じゃあ旦那さんは彦之助さんを止めないってことですか?」
「止めるもなにも、もう破籠は届いちまったんだろ? しかもあの風呂敷包みの大きさからしたら相当な数だ。だったらもう進むしかねえ。もしかしたら助次郎とつるんで弁当の注文もいくつか受けちまってるかもしれんし」
注文が増えて嬉しいのは彦之助も助次郎も同じだ。助次郎はずっと深川界隈で暮らしているから顔が広い。口だけは達者な男だから、あの手この手で注文取りをしたかもしれない、と源太郎は言う。
弥一郎は弥一郎で、渋い顔のまんまで頷く。
「少なくとも買っちまった破籠の分だけでも弁当を売らせなきゃなるまい。さもないと、破籠代すら支払えねえ。おふくろあたりが、それじゃあ助次郎に気の毒だからうちで払う、とか言い出したらことだ」
おふくろという言葉で、肩を落としつつも財布の紐を解くさとの姿が目に浮かぶ。彦之助がどんな失敗をしても、さとならとことん庇おうとするに違いない。
「さとなら言いかねんし、俺でも言うかもしれない。さすがに息子のやらかしで、よそ様に迷惑をかけるわけにはいかねえ」
「だよな……とどのつまり、うまくいくようにしてやるしかねえ。まったくあの馬鹿野郎は……」
ますます親子のため息が深くなる。それでも、なんとかして彦之助を助けようとする弥一郎と源太郎の姿が輝いて見える。やっぱり家族なんだな……と嬉しくなるきよだった。
「破籠を使うなら、弁当箱を使うご褒美弁当のありがたみはさほど減りゃしないだろう。あとは、こないだみてえに別注文を受けたせいで与力様に届ける分が不出来にならねえように目を光らせるしかねえ」
源太郎の言葉に、弥一郎はより一層口元を引き締める。さらに源太郎は続ける。
「とりあえず彦之助の目論見を聞いてくる。近頃は彦之助が使う分も含めて料理を仕込んでるから、弁当の数が増えるならこっちの仕込みも増やさねえと」
「だな。いつ、いくつの弁当を作るのか、きちんとした数字を寄越すよう伝えてくれ」
「わかった」
かくして源太郎は洗い場に向かい、残りの面々はまた手を動かし始める。
――よかった。旦那さんと板長さんが後押しするなら安心だ。彦之助さんも助次郎さんって人の商いも、きっとうまくいく……
ほっとしつつ、きよは沸いた湯に青菜を放った。
だがその安堵はものの半月で、あっさり消え去った。
「なんだってそんな無茶な数を引き受けたんだ!」
皐月に入ってすぐの昼八つ(午後二時)、板場に弥一郎の怒号が鳴り響いた。
相手はもちろん彦之助だが、本人は平気の平左、笑みまで浮かべている。
「たかだか十二、無茶なんかじゃねえよ」
「それは破籠だけの分で、与力様の注文が入ってねえ」
「いやいや、明日は与力様やお仲間からの注文はないよ。だからこそ……」
「ないってことはねえだろ。前に、次の八幡様の縁日に弁当を拵えてくれって遣いが来てたはずだ」
「え……」
そこで初めて彦之助が言葉に詰まった。しばらく考えていたあと、小さく息を呑む。
「そういやそうだった! 十日も前のことだったからすっかり忘れちまってた……」
「忘れちまってたじゃねえよ! 確か与力様たちの注文は八つ、破籠の分まであわせたら二十だぞ。そんな数をひとりで作れるのか⁉」
今すぐ、破籠のほうを断るなり数を減らすなりしてこい、なんなら丸ごと日延べでもいい、と弥一郎は凄む。だが、返ってきたのは彦之助の自信に満ちた言葉だった。
「大丈夫だ。数が増えたってやることが変わるわけじゃねえ。作った料理を弁当箱に詰め込むだけ、なんとでもなる」
弥一郎はさらに苛立ちを募らせる。
「作った料理って簡単に言うな! 明日は縁日、いつもの倍ほど仕込んでも天気がよけりゃ昼過ぎには売り切れて、夜に備えて仕込み直すぐらいだ。今だって、昼の書き入れ時が終わるなり仕込みにかかってるんだぞ。ぎりぎり与力様たちの注文はなんとかするが、それ以上に作る余裕なんてねえよ!」
「そんな……」
彦之助の顔が一気に青ざめた。無理もない。今までずっと『千川』で作った料理を使ってきたのだから、明日は無理だと言われたら戸惑うに決まっている。けれど、どう考えても悪いのは上田に届ける分を忘れてよそからの注文を受けた彦之助だった。
「どうしよう……」
「だから、さっさと断ってこいって……」
「そんなの無理だ。後から受けた十二のほうは、助次郎の親方がくれた注文なんだ。明日の夜に職人仲間の寄り合いがあって、助次郎の腕を披露がてらそこで出したいからって……」
真面目に修業に励んだおかげで、助次郎はひとり立ちが近いという。親方は助次郎のおかげで破籠の注文が増えそうだし、これからのことも考えて、助次郎の腕を披露がてら仲間たちに弁当を振る舞うことにしたという。
「助次郎の親方は、もうその話を仲間たちにしちまったらしい。明日弁当が出せなかった親方の顔は丸潰れ、助次郎だって腕を認められる機会がなくなっちまう。断るなら与力様のほう。褒美の弁当なんて一日ぐらい遅れたって……」
「ふざけんな!」
そこでまた、弥一郎の怒号が飛ぶ。
先に注文してきたのは上田たちだ。そもそも彦之助の弁当作りの仕事は、はじめに上田ありきの話なのにないがしろにするなんて許されない。本末転倒もいいところだった。
「与力様のほうだって、まとめて八つなんて今までなかったことだ。しかも十日も前に知らせが来てた。きっとなにか特別なわけがある。断れるわけがねえだろ!」
「そんな……」
彦之助が頭を抱えた。どちらも断れない。かといって仕込みまで含めてひとりで二十の弁当を作るのは無理難題だった。
「もうひとつ言っておくが、縁日の『千川』はいつだっててんてこ舞いだ。だからこそ、おまえが賄いを引き受けてくれたんだったよな? おまえが弁当にかかり切りになるなら、みんなが食うや食わずで働きっ放しになる。俺や親父はともかく、それじゃあ奉公人たちが哀れすぎるだろ」
彦之助の肩は、これ以上はないというほど落ちきっている。
縁日の賄いは、彦之助が自ら言い出したことだし、上田たちの弁当を引き受けるようになってからも手を抜くことなく作り続けてくれている。伊蔵も、お運びをしているとらも、どれほど忙しくても彦之助の賄いにありつけるなら、と頑張ったし、きよや清五郎も時折入っている上方風に味付けされた料理をとても楽しみにしている。
今回の彦之助のやらかしは、上田たち、助次郎とその親方に迷惑をかけるばかりか、『千川』の面々まで落胆させかねないものだった。
――こうなったら仕方がない……
きよは覚悟を決め、仏頂面をしている弥一郎に話しかけた。
「板長さん、私、明日一日彦之助さんの手伝いをしてもいいですか?」
「はあ⁉」
とんでもないことだ、と顔に書いてあった。もちろん、きよだって言う前からわかっている。けれど、それ以外に解決法を思いつかなかった。
実際のところ、彦之助、伊蔵、きよの三人がいつも以上に頑張って、弁当分の仕込みをするのが一番だとは思う。縁日で大忙しになるのがわかっていて、自分が板場から抜けるなんてありえない。
だが、きよが思うに彦之助には案外弱いところがある。普段は勢いよく走っているが、いったん躓いたらそのまま蹲って動けなくなるような危うさを感じる。おそらく『七嘉』にいる姉も同じように思ったからこそ、世話を焼かずにいられなかったのだろう。
今の彦之助は動揺しきっているし、注文を忘れていたことで自信をなくしているようにも見える。もしかしたら、今夜はしっかり眠れないかもしれない。
気持ちも身体も万全とは言えない状態で、二十もの弁当をひとりで作れるだろうか。彦之助が聞いたら腹を立てるだろうけど、とんでもないしくじりを重ねそうだ。
それぐらいなら誰か――軽口を叩きながら手を動かせる相手と一緒に仕事をしたほうがいい。うってつけなのは自分だ、ときよは考えたのである。
だが、さすがにそんな話を彦之助の前でするわけにはいかない。なんとか弥一郎を説き伏せる手はないか、と考えを巡らせる。
「彦之助さんはいつも、通路のへっついを使ってますが、それは板長さんの目が届くように、都度味見ができるように、ってことですよね?」
「そのとおりだ」
「明日は、板長さんの代わりに私に味見をさせてください。私がつきっきりになれば、裏の家で仕事ができます」
「そうすることになにか意味があるのか?」
「料理の仕込み云々以前に、『千川』には二十ものお弁当箱を広げる場所がありません。今までは盛り付けるときは洗い場に台を出してやってましたけど、そんなんじゃ到底無理。でも、旦那さんの家ならお座敷があるし、二口のへっついもある。七輪だっていくつもありますよね? 彦之助さんとふたりで朝からかかりきりになれば、お弁当に入れるお料理も賄いも作れると思います。もちろん、賄いは簡単なものになっちゃいますけど」
途中で止められないように一気に話したあと、きよは弥一郎の様子を窺う。『ふたりで』に込めた意味をなんとか汲み取ってくれないかと祈るばかりだった。
弥一郎の眉間にはいつも以上に深い皺ができている。それでも祈りが通じたのか、しばらくして「確かにひとりじゃねえほうがいいかもな……」という呟きが聞こえてきた。兄だけに、彦之助の質がわかっているのだろう。
そして弥一郎は、まっすぐにきよを見て訊ねた。
「自信はあるのか?」
「自信?」
「まちがいなく『千川』の味を守れるって自信だ。彦之助は未だに『千川』じゃなくて修業先で覚えた上方の味つけをねじ込んでくる」
「ねじ込んでくるって……それは彦之助さんの工夫で……」
「彦之助が考えた料理ならいい。だが、うっかりするともとから『千川』で出してる料理まで上方風にしちまってる。おきよは俺の代わりに、彦之助の勝手な味付けを『千川』の味に戻さなきゃならねえ。おまえにそれができるか?」
「誰かに聞いてもらいたかった、ってか?」
きよの後ろからぬっと出てきた清五郎に、彦之助は苦笑いで答えた。
「なんだ、清五郎もいたのか。まあでも、おまえの言うとおりだよ。ほかに思いつく相手がいなかった」
「泣き言を言う相手にしちゃ、姉ちゃんはおっかなすぎるぞ。慰めるどころか、ひとつでも間違ったことをしてるってわかったら、容赦なく尻をひっぱたく」
「清五郎!」
「ほらな、こんな具合だ」
思わずきよが振り上げた右手を見て、清五郎が大笑いで言った。だが、彦之助は平然と答える。
「それはおまえがおきよの弟だからさ。俺と兄貴だって同じ。さすがにぶったりしねえけど、すーぐ頭に血が上っちまう。やっぱり身内相手だと冷静沈着でばかりはいられねえってことよ」
「なんだ。ちゃんとわかってるんですね」
「もちろん。だからこそ、黙って文句を聞いといて、あとになって愚痴を吐きに来たってわけだ」
「そこまでわかってるなら、あんたが冷静になってわけを説きゃいいじゃねえか」
呆れたように言う清五郎に、彦之助が首を横に振る。
「あー無理無理。あんなに頭ごなしに文句を言われたら、黙ってるだけで精一杯。いったん口を開いたら最後、大喧嘩になっちまうよ」
「そんなに頭ごなしだったんですか?」
「おう。開口一番、なにやってんだこのとんちき! ときたもんだ」
「それはちょっと見てみたい気がする……とはいっても、俺が叱られるのはまっぴらだけど」
「俺だってまっぴらだが、実際に叱られちまった。それに俺自身、なんであんなこと引き受けちまったのかって後悔してる。まさかあんなにうまくいかねえとは思わなかった」
「で……どういう経緯だったんですか?」
「えーっと……俺、ちょいと離れてようか?」
いよいよ話が始まると思ったのか、清五郎が訊ねる。だが、彦之助は平然と答えた。
「かまやしねえよ。万が一、俺がおきよに尻をひっぱたかれそうになったら助けてくれ」
「しませんって!」
「そう願うよ。それでな……」
そこから始まったのは、『間が悪い』を絵に描いたような話だった。
一昨日の朝、彦之助は富岡八幡宮にお参りに行き、寺子屋で一緒だった友だちに出くわしたそうだ。
長らく会っていなかった友だちだが、朝一番で人も少なかったせいかなんとか見分けが付いた。久しぶりだな、などと挨拶を交わしたあと、お互いの近況を伝え合った結果、友だちの姉が病に伏していることを知った。
ちょうど花の季節だし、きれいな花を見たら元気が出るのではないか、ついでに旨いものでも食わせて精を付けてやりたい、と友だちは言ったそうだ。
とはいえ、その友だちも料理に長けているわけではない。当初は振売や煮売り屋で買った料理を重箱にでも詰め込んでいこうと考えていたらしいが、彦之助が親元に戻って弁当を作っていると聞いて考えを変えた。深川にこの店ありと名高い『千川』の料理を姉に食べさせてやりたい、と縋りつかれ、彦之助はやむなく引き受けた。幸いご褒美弁当用の料理は少し多めに用意してある。その友だちと姉の分ぐらいならなんとかなると思ったそうだ。
ところが、家に戻って弁当の支度をしかけたとき、その友だちが大慌てでやってきた。
しかも、いきなり土下座せんばかりの様子。驚き、どうしたことだと訊ねたところ、近隣の分も作ってくれと言う。
なんでも、引き戸を開けるなり「姉ちゃん『千川』の弁当が手に入るぜ! ご馳走を持って花見に行こう!」と叫んだ声が、隣の家にまで聞こえてしまい、『千川』の弁当たぁどういうこった、と問い詰められた挙げ句、自分たちにも食わせろ、と言われてしまったらしい。
友だちの父親は五年前に亡くなり、子どもふたりを養わねばと無理をした母親も二年前に逝ってしまった。隣人は残された友だちと姉を哀れに思い、なにかと面倒を見てくれた。懐が豊かではない姉弟に米や味噌を恵んでくれたし、振売が来れば自分たちが買うついでに姉弟の分のお菜を買ってくれることもあった。その隣人の頼みとあっては断ることなどできない。なんとかならないか、と駆けつけてきたというのだ。
彦之助はため息まじりに語る。
「俺はもともと金なんて取るつもりはなかったが、連れがそういうわけにはいかねえって言うから、与力様に納めるときの半分ぐらいの値を伝えたんだ。けど、そいつにしてみりゃそれすらけっこうな金額だったらしい。隣の親爺に、かかりは俺がまとめて払ってやるからって言われたんだとさ。こんなことならもっと安く言っとくんだった」
「後の祭りですね。それじゃあ、彦之助さんも断るに断れない……」
「そういうこと。おまけに隣の親爺はかみさんの分も欲しいっていうから合わせて四つ。もともと五つの注文だった弁当を九つ作ることになっちまった」
「ほとんど倍じゃないですか。それならお料理だって足りませんよね……」
「ああ。連れには先に注文を受けた分を拵えてからとは言ってあったんだ。それなら大急ぎで作り足せばなんとかなる。連れの分は夕方になっちまうかもしれねえが、夜桜も粋だろうって……。でも、あの日は昼前から雲行きが怪しかっただろ? 雨が降り出さねえうちに花を見せてやりたいなんて考えちまって、ついつい連れの分を先にしちまったんだ」
「確かに、夜には雨が降り出しましたね……」
「さらに悪いことに、与力様からも遣いが来た。いつもより早めに弁当を届けてくれって……」
「早めに?」
怪訝そうに訊ねたきよに、彦之助は両手の平を天に向けて答えた。
「考えることは誰しも同じ。その日のご褒美弁当をもらうのは軒並みひとり者で、みんなで弁当を持って花見に行こうってことになったらしい。で……」
「そっちも雨が降りそうだから早めに、ってことですか?」
「あたり。聞きつけた与力様が、今日は急ぎの仕事もないから早上がりしてもいい、弁当が届く時刻も繰り上げてやろうって。まったくあの与力様ときたら。部下思いなのはけっこうだが、振り回される身にもなってほしい」
その与力様のおかげで弁当作りという仕事ができたというのに、なんという言い草だろう。けれど、上田がそんな気配りをしなければすべてうまくいったはずだ。よりにもよってなぜこの日に……と彦之助は恨めしい気持ちになったに違いない。
できないとも言えず、慌てて料理を作り足した。冷まさねばならないとわかっていたから、少しでも長く置けるようにいつもより早く火から下ろしたせいで固さが残り、味だって十分には染みなかった。あまつさえ、ぎりぎりまで置いたせいで駆け足で届けに行く羽目に陥り、盛り付けまで崩れてしまった――それが、あの日のご褒美弁当が悪評を得た理由だった。
すべてを聞き終えた清五郎が、感心したように言う。
「なるほどな……それにしたって、長らく会ってもいなかった連れのためにそこまでするなんて、彦之助さんって案外男気があったんだな……」
「案外だなんて失礼でしょ! あんただって、彦之助さんと同じ立場になったら同じことをするかもしれないじゃない!」
「すまねえ。つい……」
「まあそう怒るな、おきよ。俺だって、自分でびっくりしてるぐらいだ。ただ、病気の姉さんに旨いものを食わせて精を付けてやりたいって言われたら……」
「にしたってさ……」
そこで清五郎は言葉を切った。おそらく、それでももともと頼まれていた弁当を後回しにしてまでやることじゃない、と言いたかったのだろう。きよだって同じ思いだ。だが、彦之助は十分わかっているようだし、これ以上言ったら、彦之助はやさぐれかねない。言葉を切って正解だった。
「まあでも、やってしまったことはやってしまったこと。これに懲りて安請け合いしないことですね」
「ああ。次からは気をつける」
「次?」
次もなにも、病の姉を抱えた友だちがそう何人もいるはずがない。次なんてないのに……と思っていると、彦之助は妙に自慢げに言った。
「あの日拵えた弁当は全部で九つ。もうちょっと暇があればちゃんとした弁当を、盛り付けも崩れねえまま届けられた。前もってわかってさえいれば十や十五ぐらいならいける」
「でも彦之助さん、あの弁当箱は与力様がわざわざ届けてくれたもんだぜ? よそに使うってのは具合が悪いんじゃねえか?」
「清五郎まで兄貴や親父と一緒のことを言うのか。わかってるさ。与力様以外の注文を受けるなら、弁当箱を誂えなきゃならない。だが、弁当箱さえあれば、俺はもっと手が広げられる。『千川』の儲けだって増えるじゃねえか」
「そのとおりかもしれませんけど、お弁当箱を誂えるにもお金はかかりますよ。もうちょっと考えてからのほうが……」
「それは心配ない」
彦之助は妙にきっぱり言い切る。なにか根拠があるのだろうか、と首を傾げる姉弟に、彦之助は得意満面に言った。
「弁当を届けた連れは破籠を作る職人なんだ。そいつから仕入れて、弁当箱込みの値段で売る」
「弁当箱込み……破籠ごと売りつけるってことですか?」
「ああ。与力様が誂えてくださった弁当箱は町人には立派すぎるが、破籠なら使い捨てにできる。俺は空になった弁当箱を取りに行く手間が省けるし、連れも俺も商いが広がって万々歳だ。なんならいくつかまとめて作っておいて、店売りしたっていい」
「店売り⁉ そこまで手を広げるのは早計です。ご褒美弁当にしたってまだ始めたばかりなんですよ。もうちょっと考えてからのほうが……」
「いやいや、商いは勢いが肝心だ。思い立ったことはどんどんやっていかないと」
彦之助はすっかりご褒美弁当以外の注文を受ける気になっている。これはもう、弥一郎に叱られて愚痴を聞いてほしかったというよりも、思いついた考えを誰かに聞かせたかっただけではないか、と疑うほどだった。
言うだけ言って気が済んだのか、彦之助は意気揚々と家に戻っていく。背を見送ったきよは、清五郎と顔を見合わせてため息を漏らした。
今の彦之助になにを言っても聞く耳は持たない。ただ、心配しなくても源太郎や弥一郎がきっと止めてくれる。こんな行き当たりばったりの思いつきがうまくいくはずがないのだから……
清五郎も首を左右に振りつつ言う。
「いやな予感しかしねえ。ただ俺たちにどうこうできる問題でもなさそうだ」
とりあえず帰ろう、と促され、先に立って歩き始めた弟を追う。
清五郎でさえ難しいとわかっているのに、なぜ彦之助にわからないのか。きよはもどかしさでいっぱいになっていた。
翌日も、その翌日も彦之助の様子に変わりはなかった。
その後、上田や同僚たちから弁当を注文される頻度も神崎が心配したほどは落ち込みもせず、二、三日に一度という状況が続いている。数そのものはいささか減ったように思えるが、このところ大きな事件が起こらず、手柄を立てる機会が減ったからだろう。
ところが、そのまま十日ほど過ぎ、親兄弟に諭されて考えを変えたのだ、と思いかけたある日、『千川』に大きな風呂敷包みを背負った男が現れた。
「彦之助さんはいるかい?」
その声を聞くなり、奥に続く通路から彦之助が飛び出してきた。
彦之助は朝から通路のへっついと裏の洗い場を行ったり来たりしていた。今日は弁当の注文も入っていないのにどうしたことかと思ったら、この男を待っていたらしい。どうりで、通路と板場を隔てる暖簾から顔を出しては様子を窺っていたわけだ。
「こら助次郎! 裏口に来いって言ったじゃねえか!」
「そういやそうだったな、こいつぁすまねえ」
「いいからとっとと裏に回れ!」
彦之助に蹴り出すようにされても、男は文句も言わずに店を出ていく。男はさほど大柄でもないのに、大きな風呂敷包みを楽々背負っているところを見ると、包みの中身は軽いものばかりなのかも……と思ったとたん、きよははっとした。
――あの人、この間彦之助さんが八幡様で会ったって言ってたお友だちなんじゃ……
風呂敷包みの中身が破籠なら、楽々背負えるのは当たり前だ。破籠を作るのにどれぐらい日がかかるのかは知らない。ただ、ひとつひとつはそれほどではないにしても、大風呂敷がいっぱいになるほどの数を揃えようと思ったら十日ぐらいはかかるだろう。
おそらく彦之助は、きよたちと話してすぐに破籠を注文した。源太郎や弥一郎の諫めすら聞かなかったのか、ときよは虚しくなる。
「なんてこと……」
俯いて呟いた声に、弥一郎が怪訝な顔になった。
「どうした、おきよ。あの男、彦之助の馴染みのようだが、おまえも知っているのか?」
「直接は知りませんが、たぶん彦之助さんのお友だちだと思います。破籠を作ってるっていう……」
「破籠? そういや彦之助の連れが破籠屋に弟子入りしたって聞いたことがある。名前も助次郎に間違いねえ。それにしても昼日中に、親方の目を盗んで連れに会いに来るなんて、とんでもねえやつだな」
弥一郎は渋い顔をしている。ちょうどやってきた源太郎も困ったように言う。
「助次郎は昔っから字は下手くそだし、算盤もからっきしだったって聞いたぞ。幸い手先が器用だから職人に向いてるってことで、姉ちゃんが知り合いの破籠屋に頼み込んだそうだ。姉ちゃんの顔を潰すようなことをしちゃいかんな……」
「お姉さん、ただでさえ病気なのに……」
「え?」
源太郎がぎょっとしたようにきよを見た。この様子だと、源太郎は助次郎の姉が病に伏していることを知らないらしい。おそらく弥一郎も……
「旦那さんはご存じなかったんですか?」
「初耳だ。たぶん弥一郎も知らねえよな?」
「ああ。むしろ、なんでおきよがそんなことを知ってるんだ?」
「彦之助さんから聞きました。この前、助次郎さんのお弁当を作ったときに……」
「あの弁当、助次郎の分だったのか⁉」
いきなり耳元で大声を出されてきよは仰天、人差し指を耳の穴に突っ込みながら答えた。
「助次郎さんがたまたま八幡様で出会った彦之助さんにお弁当を頼んだそうです。病気がちのお姉さんをなんとか元気づけたいって言われて、断るに断れなくなったって……」
「彦の野郎は、姉ちゃんって言葉に弱いからな。あいつはきっと兄貴じゃなくて姉さんが欲しかったんだろう」
それはどうだろうか、ときよは思う。おそらく京の修業先できよの姉であるせいの世話にならなかったら、これほどこだわることはなかった気がする。『姉が病がち』と聞いたとたん、京にいるせいを思い出し、いても立ってもいられなくなったのだろう。
いずれにしても、こんなことすら知らないのであれば、彦之助の謀について知っているわけがない。きっと彦之助はなにを言われても反論も説明もせず、すべてを胸に秘めたまま突っ走ったに違いない。
「おきよ、おまえさては、ほかにも知っていることがあるな?」
「あるなら教えてくれ。手が付けられねえことにならないうちに」
源太郎と弥一郎の両方に詰め寄られ、きよは言葉に詰まった。
彦之助には、内緒で進めてふたりをあっと言わせたい気持ちがあるような気がする。
その半面、源太郎や弥一郎の気持ちだってわかる。せっかく始めた弁当の仕事をしくじらせたくない一心なのだろう。
やむなくきよは、彦之助の謀についてふたりに話すことにした。
「手を広げたいってことか……」
弥一郎が遠くを見るような目をして言った。烈火のごとく怒ると思っていただけに、かなり意外だったが、源太郎も弥一郎と同じような反応だった。
「あいつだって男だ。いつまでも日雇いみたいなことはやってらんねえ、と思うのは無理もない。弁当だけしか任せてもらえないなら、その弁当の数を増やしたいって気持ちはあって当然だろうな」
「旦那さん……」
「そんなに目をまん丸にするんじゃねえよ。俺だって親の端くれ。日頃から、なんとかあいつの身が立つ術はねえかって考えちゃいるんだ」
「おふくろにもせっつかれるしな」
「まあな。それに弁当の数を増やすってのはあながち間違いじゃねえ。ただ、いたずらに手を広げて立ち行かなくなっちまうのは困る。せめてもうちょっと段取りを踏んでほしかった」
「え、じゃあ旦那さんは彦之助さんを止めないってことですか?」
「止めるもなにも、もう破籠は届いちまったんだろ? しかもあの風呂敷包みの大きさからしたら相当な数だ。だったらもう進むしかねえ。もしかしたら助次郎とつるんで弁当の注文もいくつか受けちまってるかもしれんし」
注文が増えて嬉しいのは彦之助も助次郎も同じだ。助次郎はずっと深川界隈で暮らしているから顔が広い。口だけは達者な男だから、あの手この手で注文取りをしたかもしれない、と源太郎は言う。
弥一郎は弥一郎で、渋い顔のまんまで頷く。
「少なくとも買っちまった破籠の分だけでも弁当を売らせなきゃなるまい。さもないと、破籠代すら支払えねえ。おふくろあたりが、それじゃあ助次郎に気の毒だからうちで払う、とか言い出したらことだ」
おふくろという言葉で、肩を落としつつも財布の紐を解くさとの姿が目に浮かぶ。彦之助がどんな失敗をしても、さとならとことん庇おうとするに違いない。
「さとなら言いかねんし、俺でも言うかもしれない。さすがに息子のやらかしで、よそ様に迷惑をかけるわけにはいかねえ」
「だよな……とどのつまり、うまくいくようにしてやるしかねえ。まったくあの馬鹿野郎は……」
ますます親子のため息が深くなる。それでも、なんとかして彦之助を助けようとする弥一郎と源太郎の姿が輝いて見える。やっぱり家族なんだな……と嬉しくなるきよだった。
「破籠を使うなら、弁当箱を使うご褒美弁当のありがたみはさほど減りゃしないだろう。あとは、こないだみてえに別注文を受けたせいで与力様に届ける分が不出来にならねえように目を光らせるしかねえ」
源太郎の言葉に、弥一郎はより一層口元を引き締める。さらに源太郎は続ける。
「とりあえず彦之助の目論見を聞いてくる。近頃は彦之助が使う分も含めて料理を仕込んでるから、弁当の数が増えるならこっちの仕込みも増やさねえと」
「だな。いつ、いくつの弁当を作るのか、きちんとした数字を寄越すよう伝えてくれ」
「わかった」
かくして源太郎は洗い場に向かい、残りの面々はまた手を動かし始める。
――よかった。旦那さんと板長さんが後押しするなら安心だ。彦之助さんも助次郎さんって人の商いも、きっとうまくいく……
ほっとしつつ、きよは沸いた湯に青菜を放った。
だがその安堵はものの半月で、あっさり消え去った。
「なんだってそんな無茶な数を引き受けたんだ!」
皐月に入ってすぐの昼八つ(午後二時)、板場に弥一郎の怒号が鳴り響いた。
相手はもちろん彦之助だが、本人は平気の平左、笑みまで浮かべている。
「たかだか十二、無茶なんかじゃねえよ」
「それは破籠だけの分で、与力様の注文が入ってねえ」
「いやいや、明日は与力様やお仲間からの注文はないよ。だからこそ……」
「ないってことはねえだろ。前に、次の八幡様の縁日に弁当を拵えてくれって遣いが来てたはずだ」
「え……」
そこで初めて彦之助が言葉に詰まった。しばらく考えていたあと、小さく息を呑む。
「そういやそうだった! 十日も前のことだったからすっかり忘れちまってた……」
「忘れちまってたじゃねえよ! 確か与力様たちの注文は八つ、破籠の分まであわせたら二十だぞ。そんな数をひとりで作れるのか⁉」
今すぐ、破籠のほうを断るなり数を減らすなりしてこい、なんなら丸ごと日延べでもいい、と弥一郎は凄む。だが、返ってきたのは彦之助の自信に満ちた言葉だった。
「大丈夫だ。数が増えたってやることが変わるわけじゃねえ。作った料理を弁当箱に詰め込むだけ、なんとでもなる」
弥一郎はさらに苛立ちを募らせる。
「作った料理って簡単に言うな! 明日は縁日、いつもの倍ほど仕込んでも天気がよけりゃ昼過ぎには売り切れて、夜に備えて仕込み直すぐらいだ。今だって、昼の書き入れ時が終わるなり仕込みにかかってるんだぞ。ぎりぎり与力様たちの注文はなんとかするが、それ以上に作る余裕なんてねえよ!」
「そんな……」
彦之助の顔が一気に青ざめた。無理もない。今までずっと『千川』で作った料理を使ってきたのだから、明日は無理だと言われたら戸惑うに決まっている。けれど、どう考えても悪いのは上田に届ける分を忘れてよそからの注文を受けた彦之助だった。
「どうしよう……」
「だから、さっさと断ってこいって……」
「そんなの無理だ。後から受けた十二のほうは、助次郎の親方がくれた注文なんだ。明日の夜に職人仲間の寄り合いがあって、助次郎の腕を披露がてらそこで出したいからって……」
真面目に修業に励んだおかげで、助次郎はひとり立ちが近いという。親方は助次郎のおかげで破籠の注文が増えそうだし、これからのことも考えて、助次郎の腕を披露がてら仲間たちに弁当を振る舞うことにしたという。
「助次郎の親方は、もうその話を仲間たちにしちまったらしい。明日弁当が出せなかった親方の顔は丸潰れ、助次郎だって腕を認められる機会がなくなっちまう。断るなら与力様のほう。褒美の弁当なんて一日ぐらい遅れたって……」
「ふざけんな!」
そこでまた、弥一郎の怒号が飛ぶ。
先に注文してきたのは上田たちだ。そもそも彦之助の弁当作りの仕事は、はじめに上田ありきの話なのにないがしろにするなんて許されない。本末転倒もいいところだった。
「与力様のほうだって、まとめて八つなんて今までなかったことだ。しかも十日も前に知らせが来てた。きっとなにか特別なわけがある。断れるわけがねえだろ!」
「そんな……」
彦之助が頭を抱えた。どちらも断れない。かといって仕込みまで含めてひとりで二十の弁当を作るのは無理難題だった。
「もうひとつ言っておくが、縁日の『千川』はいつだっててんてこ舞いだ。だからこそ、おまえが賄いを引き受けてくれたんだったよな? おまえが弁当にかかり切りになるなら、みんなが食うや食わずで働きっ放しになる。俺や親父はともかく、それじゃあ奉公人たちが哀れすぎるだろ」
彦之助の肩は、これ以上はないというほど落ちきっている。
縁日の賄いは、彦之助が自ら言い出したことだし、上田たちの弁当を引き受けるようになってからも手を抜くことなく作り続けてくれている。伊蔵も、お運びをしているとらも、どれほど忙しくても彦之助の賄いにありつけるなら、と頑張ったし、きよや清五郎も時折入っている上方風に味付けされた料理をとても楽しみにしている。
今回の彦之助のやらかしは、上田たち、助次郎とその親方に迷惑をかけるばかりか、『千川』の面々まで落胆させかねないものだった。
――こうなったら仕方がない……
きよは覚悟を決め、仏頂面をしている弥一郎に話しかけた。
「板長さん、私、明日一日彦之助さんの手伝いをしてもいいですか?」
「はあ⁉」
とんでもないことだ、と顔に書いてあった。もちろん、きよだって言う前からわかっている。けれど、それ以外に解決法を思いつかなかった。
実際のところ、彦之助、伊蔵、きよの三人がいつも以上に頑張って、弁当分の仕込みをするのが一番だとは思う。縁日で大忙しになるのがわかっていて、自分が板場から抜けるなんてありえない。
だが、きよが思うに彦之助には案外弱いところがある。普段は勢いよく走っているが、いったん躓いたらそのまま蹲って動けなくなるような危うさを感じる。おそらく『七嘉』にいる姉も同じように思ったからこそ、世話を焼かずにいられなかったのだろう。
今の彦之助は動揺しきっているし、注文を忘れていたことで自信をなくしているようにも見える。もしかしたら、今夜はしっかり眠れないかもしれない。
気持ちも身体も万全とは言えない状態で、二十もの弁当をひとりで作れるだろうか。彦之助が聞いたら腹を立てるだろうけど、とんでもないしくじりを重ねそうだ。
それぐらいなら誰か――軽口を叩きながら手を動かせる相手と一緒に仕事をしたほうがいい。うってつけなのは自分だ、ときよは考えたのである。
だが、さすがにそんな話を彦之助の前でするわけにはいかない。なんとか弥一郎を説き伏せる手はないか、と考えを巡らせる。
「彦之助さんはいつも、通路のへっついを使ってますが、それは板長さんの目が届くように、都度味見ができるように、ってことですよね?」
「そのとおりだ」
「明日は、板長さんの代わりに私に味見をさせてください。私がつきっきりになれば、裏の家で仕事ができます」
「そうすることになにか意味があるのか?」
「料理の仕込み云々以前に、『千川』には二十ものお弁当箱を広げる場所がありません。今までは盛り付けるときは洗い場に台を出してやってましたけど、そんなんじゃ到底無理。でも、旦那さんの家ならお座敷があるし、二口のへっついもある。七輪だっていくつもありますよね? 彦之助さんとふたりで朝からかかりきりになれば、お弁当に入れるお料理も賄いも作れると思います。もちろん、賄いは簡単なものになっちゃいますけど」
途中で止められないように一気に話したあと、きよは弥一郎の様子を窺う。『ふたりで』に込めた意味をなんとか汲み取ってくれないかと祈るばかりだった。
弥一郎の眉間にはいつも以上に深い皺ができている。それでも祈りが通じたのか、しばらくして「確かにひとりじゃねえほうがいいかもな……」という呟きが聞こえてきた。兄だけに、彦之助の質がわかっているのだろう。
そして弥一郎は、まっすぐにきよを見て訊ねた。
「自信はあるのか?」
「自信?」
「まちがいなく『千川』の味を守れるって自信だ。彦之助は未だに『千川』じゃなくて修業先で覚えた上方の味つけをねじ込んでくる」
「ねじ込んでくるって……それは彦之助さんの工夫で……」
「彦之助が考えた料理ならいい。だが、うっかりするともとから『千川』で出してる料理まで上方風にしちまってる。おきよは俺の代わりに、彦之助の勝手な味付けを『千川』の味に戻さなきゃならねえ。おまえにそれができるか?」
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