居酒屋ぼったくり

秋川滝美

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5巻

5-2

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「くーっ! いいねえ、この甘ーい香り!」

 焼き網の上でカワハギが徐々に乾き始めた。それにつれて、みりん干し特有の甘辛い匂いが広がっていく。その香りに陶然とうぜんとなりながら、トクは氷がたっぷり入れられたグラスを傾けた。

「おおーっと、こいつはちょっと予想外だな」
「え、どうかしましたか?」

 口に合わなかったのだろうか、と心配しながらトクの様子をうかがうと、彼はとても嬉しそうな顔をしていた。どうやら嫌いな味ではなかったらしい。

「なんていうかな、確かに燻製香がある。あるんだが、ちっとも嫌じゃない。俺は燻製香が苦手だとばっかり思い込んでたんだが、程度の問題だったんだな」

 若々しくて新緑みたいにさわやかな味だ、とトクは目を細める。

「ごくごくやっちまいたいところだが、それじゃあもったいねえ。ゆっくり味わうことにするよ」
「あら……」

 のどが渇いているだろうからと薄めの水割りにして出した。それでも、トクはその一杯を大事に味わいたいという。美音は、お酒を大事に思うトクの気持ちが嬉しかった。

「はい。お待たせしました!」

 皿にのせたカワハギは、尾が微妙によそを向いていて背骨と一直線になっていない。同じみりん干しなのに、あじいわしではあまり見られない姿に、美音はいつも笑ってしまう。このそっぽを向いた尾といい、とんがった口といい、叱られてすねている子どものように見える。そんなにいじけなくても、あなたの美味しさはちゃんとわかってるわよ、と言ってやりたくなるのだ。
 カワハギの美味しさの理解者であるトクは、喜び勇んで焼きたてのカワハギに箸を入れた。『魚辰うおたつ』のミチヤの折り紙付きなだけあって、身の柔らかさも、甘さと辛さのバランスも絶妙。しばらくは食べること以外に口を使う気になれないだろう。
 黙々と魚をほぐすトクを、ズッキーニの炒め物とどんぶり飯を食べ終えたリョウがうらやましそうに見ている。あれだけたくさん平らげたのに、まだ食べ足りないのかと美音はそこでも笑ってしまった。

「リョウや、そんなに羨ましそうに見てないで、あんたもカワハギをもらったらどうだい?」
「いや、いいっす。もう月末だから、俺はこれで精一杯。ズッキーニの炒め物がギリっす」
「そういや安いね、この炒め物……」

 ウメが品書きの値段を見て驚いている。もとから安心価格の『ぼったくり』にしても、かなり安い値段だった。ズッキーニの仕入れ価格がゼロなのだから当然である。

「頂き物なんだよ。だから大特価でご提供。よかったね、リョウちゃん」
「大感謝っす!」
「ズッキーニなんてどこからもらったんだい? ゴーヤならそこら中で余ってるだろうけどさ」

 昨年に続き、今年もウメのゴーヤは豊作。つい先日も届けてもらったばかりだった。だが、近隣でズッキーニを作っているうちなんて見たことがない。ウメが首を傾げるのも無理はなかった。

「それがですね……」

 そこで美音は、今日の午後の出来事を簡単に話した。その裏には、ツキミよりも年上であるウメに、熱中症には気をつけてほしいという思いがあった。

「熱中症かあ……あたしも気をつけないとねえ」
「今日はことさら暑かったからなあ……無理もねえよ」

 年がら年中外で仕事をしている俺たちですら、を上げそうになったぐらいだ、とトクも頷いている。だが、リョウだけは他のふたりとは違う反応を見せた。

「でも、あの川原の畑ってそろそろヤバイって聞いたけど、平気なんすか?」
「ヤバイってどういうこと?」
河川かせん管理上の問題とかなんとか、ニュースで言ってた気がするっす。許可を得てやってるならいいけど、今はあんまり許可も出ないって……」

 河川敷を無断で畑にしている人々については、ニュースやワイドショーで何度も取り上げられている。美音も見たことがあったが、それとツキミの畑を結びつけてはいなかった。

「古くからやってるところもあるから、なんとも言えないが……。そのツキミさんって人の畑はどのあたりだい?」

 トクによると、昔からずっと畑だったのなら占用許可が下りることもあるらしい。だが、馨がツキミの畑がある場所を説明すると、トクは大きなため息を漏らした。

「あー……あそこらの畑は全部、許可なしにやってるもんだよ。もっと上のほうに二、三、私有の畑があるが、そこから下手しもては勝手に作り始めたのばっかり。元々あった畑を見て、じゃあ自分たちもって思っちまったんだろうな。近頃じゃ、違法だから立ち退けって看板があっちこっちに立てられてる」
「そうだっけ……?」

 馨が首を傾げた。美音も同様に首を傾げる。
 川原に行くことは滅多にないし、前に馨と散歩に行ったときも畑自体に目が行ってしまい、そこに立てられている看板など気にもしなかった。

「最近、ゲリラ豪雨で急な増水があったりして、せん管理がうるさくなってきてる。川原をたがやすと地盤がゆるんで危ないし、違法の畑は強制的に撤去する方向みたいだな」

 あっちこっちの現場で足場を組んでいるトクは、公共事業にたずさわることも多い。現場のこぼれ話から拾ってくる情報の信憑性しんぴょうせいは高いので、おそらくこの情報も間違いないものだろう。

「じゃあ、ツキミさんの畑も……」
「たぶんアウトだな」
「そんな……」

 不法占拠は確かによくない。ツキミの後ろめたそうな様子からして、悪いことをしているという自覚もありそうだ。けれど、ツキミは自分の楽しみもさることながら、アレルギー体質である孫に安全な野菜を食べさせたくて畑をやっているはずだ。もしもあの畑が使えなくなったら、困ってしまうだろう。
 ――ツキミさん、大丈夫かしら……
 彼女がくれたズッキーニはまだいくつか残っている。その深い緑色に目をやりながら、美音は一心に煮込み料理を作っていたツキミに思いを巡らせた。


     †


 それから三日後の昼下がり、美音はいつものウォーキングの行き先を『スーパー呉竹くれたけ』から例の川原に変更した。特に買わなければならないものはなかったし、畑の撤去問題の成り行きも心配だったからだ。
『スーパー呉竹』よりも川原までのほうが距離がある。あまり暑いと辛いと思っていたが、幸いなことに空は灰色。雨が降り出しそうというほどでもなく、むしろ長い距離を歩くにはもってこいの天気だった。
 畑の手入れは朝からする人が多いと聞くし、先日ツキミからもらった野菜も朝ったばかりのものだと言っていた。おそらくツキミも畑仕事は午前中に済ませているのだろう。今行ってもいないかもしれない、と思いながらも、美音は川原に続く道をせっせと歩く。
 川沿いの道に辿り着き、確かこのあたりだったはず……と以前、大玉のトマトを感心して眺めた畑に行ってみると、そこにはたくさんの警告看板が立てられていた。
 書いてある内容は皆同じ、畑の撤去をうながすものだった。
 作ってはならないところに畑を作った人が悪い。そう言われてしまえばそれまでだが、ツキミの事情がわかっているだけに、美音はいたたまれない気持ちになってしまう。

「……」

 と、そのとき、何本も植えられたトマトの間からツキミがひょっこり現れた。道にたたずんで畑を眺めている美音を認めて、おや? という顔になる。

「ツキミさん! まだいらっしゃったんですね。こんにちは!」
「ああ、あんたかい。この前は本当に世話になったねえ」
「いいえ、ぜんぜん。こちらこそ、お野菜をたくさんいただいてありがたかったです」

 あの日、『本日のおすすめ』に入れたズッキーニと豚肉の炒め物は大人気で、常連たちが、本当にこんな値段でいいのか、なんて心配するほどだった。中には真っ赤に熟した大玉のトマトを見つけて、頼むから丸かじりさせてくれと言い出す者まで出てくる始末。
 頂き物のトマトの丸かじりでは、いかにうちが『ぼったくり』とはいえ値段のつけようがありませんでした、と美音は苦笑いとともに報告した。

「それは悪いことをしたねえ」
「とんでもないです。どれもすごく美味しくて、これならいっそ、お客さんからお金がいただけるように、ちゃんと仕入れさせていただこうかと思ったぐらいです」
「そりゃあいいや。野菜はれすぎて困ってるぐらいだし、あたしもいい小遣い稼ぎになるよ……と、言いたいところだけど……」

 そう言ったあと、ツキミは畑の周りにここぞとばかりに立てられている看板に目を移した。

「この畑は今年限り。来年になったらお役所が来て、ブルドーザーで潰しちまう……」

 あんたのところに納めるどころか、孫が食べる野菜も作れなくなってしまう、とツキミは肩を落とした。

「もともと、悪いことだとはわかってたんだ。わかってたけど、みんなやってるし、大丈夫だろうってさ。実際、何年もお目こぼしされてたし、このままいけるんじゃないかって甘いこと考えてた」
「ツキミさん……」
「川原の畑が撤去されたってのは、よそでも聞いた。川原をたがやしたら地盤も弱くなるんだってね。最近はよその場所で堤防が壊れて大きな水害になったこともあったし、役所だっていつまでも呑気に構えちゃいられないさ」

 しょうがないよ……と口では言いながら、ツキミは何度もため息をつく。

「どこか別の場所に移ることはできないんですか?」
「場所があればねえ……でも、都会じゃ空き地なんてそうそうありゃしない。そもそも地面が見えてるような土地は学校ぐらいじゃないのかねえ……。前に一度、校庭の隅っこでも使わせてもらえないかって掛け合ったんだけど、門前払いもいいとこだった」
「今は不審者も多いし、放課後や休みの日は生徒さんたちですら自由に出入りできないみたいですね。それに、学校って公共機関ですから、個人の畑を作るのはちょっと……」
「そうらしいね。ま、無農薬とか自然農法とかいう野菜も売ってないわけじゃないし、孫の分は買うしかない。あれは普通のに比べるとずいぶん割高だけど、背に腹は替えられない。娘夫婦だって裕福なわけじゃないから、少しでも助けてやりたいと思ってあたしが作ってたんだけど、畑がなくなるんじゃどうしようもないからさ」

 今まで作れただけでも御の字だと思わなきゃね、とツキミはまるで自分に言い聞かせるように語った。美音はそれ以上何も言えず、手助けできない無力感にさいなまれるばかりだった。


 その夜、『ぼったくり』には、ツキミが野菜をくれた日と同じく、ウメ、リョウ、トクの三人が座っていた。偶然にしても珍しい、と思っていたら、どうやら美音から話を聞いた馨がSNS上の『ぼったくりネット』に情報を流し、それを見た三人が店にやってきたということらしい。

「いや、俺たちもどうなったか気になってたし。あ、どうなったかじゃないっすね、これからどうするのか、か」

 リョウの言葉に、ウメもトクも頷く。本当にうちの常連さんたちは気のいい人ばかりだ、と美音はほっこり笑う。だが、馨はほっこりどころではなかった。

「お役所って血も涙もないよね! 事情ぐらい考えてくれてもいいのに!」

 馨は突き出しの切り干し大根の煮物が入った小鉢を三人に配りながら、ぷんぷん怒っている。大根の煮物は『ぼったくり』の人気メニューのひとつだが、春から秋口までの暑い季節は冷めても美味しい切り干し大根の煮物を喜ぶ客が多かった。
 切り干し大根と細切りの豚肉、人参をまとめて箸でつまみながら、ウメが痛ましげに言う。

「個々の事情なんて取り上げてたら切りがない。お孫さんを思う気持ちはわかるけど、どうしようもないよ」

 ウメにも孫はいる。アレルギー体質ではないけれど、怪我が多いので心配は絶えない。ツキミが孫を思う気持ちがわかるだけに、ウメも辛い気持ちになったのだろう。

「でも、馨ちゃんたちが感心するほど見事な畑が作れるなら、農家の出なんじゃないのかい? 子どもとか親戚が畑をやってたりしないのかねえ……」
「たぶん、やってないんでしょうね……」

 美音はちょっと考えたあと、そんな返事をした。もしそういう状況なら、わざわざ違法な畑作りをしなくてもいい。遠慮深く礼儀正しいツキミが、立ち退き勧告の看板を立てられてまで川原で畑を作り続けているという時点で、他に方法がなかったとしか思えなかった。

「そうだよね。親戚に農家がいるなら、力になってくれるだろうし……」

 既に農家をやめて土地を手放したか、うんと遠くに住んでいるか、そのどちらかだろうと馨も言う。美音にしても、ツキミの親族がアレルギー体質に悩む親子を見捨てるとは思いたくなかった。

「いずれにしても、川原の畑は風前の灯火ともしびっす。事情が事情だけに気の毒だけど、こればっかりは……」
「どこか他に野菜を作れる場所はないのかしら……」

 安心して食べさせられる野菜がなくなったら、ツキミはもちろん、娘さんも困り果てる。お孫さんだって、おばあちゃんの気持ちがたっぷりこもった野菜を食べられないのは、さぞや寂しいことだろう。
 みんなが同じ思いでいる中、ウメがぱっと顔を輝かせた。

「貸し農園とかはどうなのかね? ああいうところを借りれば……」
「ウメさん、貸し農園ってけっこう倍率高いっす。特に都内で使えるところとなったら週末のテニスコート並みの倍率じゃないっすか?」
「しかも近場にはねえ。バスに乗って畑に通うなんてやっかいすぎる。何より、ああいうところは年間契約とかが多いだろう? 前の人が農薬を使ってないとは限らねえ。そいつはちょっとまずかねえか?」
「そうかい……いい考えだと思ったんだけどねえ……」

 残留農薬、そしてそもそも申し込んでも当たらなければ使えない。リョウたちのテニスであれば、まあ仕方ない、また来週、で済むけれど、畑となるとそうはいかなかった。

「そこら中にプランターでも並べまくるしかねえな」
「とはいってもねえ……」

 プランターでズッキーニや大玉のトマトが作れるだろうか。どう考えても里芋は無理そうだ。たとえ作れたにしても、プランターから収穫できる量では足りないかもしれない。
 その日もツキミ一家を救う方法を見いだせないままに、常連たちは『ぼったくり』をあとにした。


     †


「あれ……?」

 小ぶりのガラス容器に入れられたスープを一口飲んで、いつも遅い時間に来る客――かなめが意外そうに呟いた。
 要が来るような時間になっても暑さは引かず、彼は現場帰りのトクにも負けないほどの汗を、額に浮かべていた。どうせきっ腹だろうし、酒を呑む前に何かお腹に入れてほしいと思った美音は、突き出しの代わりに冷製スープを出した。
 白っぽいスープに真緑のオクラの薄切りを浮かべた、目にもお腹にも涼しい一品。要は添えられた木匙きさじすくって口に運んだとたん、怪訝けげんな顔になった。

「ジャガイモだと思われました?」
「ああ。だってこの時期にこんなに白くて冷たいスープが出てきたら、誰だってそう思うだろう」
「そうですね。ビシソワーズは夏のご馳走ですものね。でも、それだけに皆さんあちこちでお飲みになってるかなあ……って」
「それで食材を変えてみた、ってわけか」
「そうなんです。実はそれ……」
「ちょっと待って、おれに当てさせて」

 そして要は、器の中身をじっくり眺めたあと、もう一匙スープを口に運んだ。

「うん、わかった。これ、里芋だ!」
「正解です。よくわかりましたね」
「ジャガイモに比べてとろみが強いし、トッピングがオクラだったから、たぶん和食材だろうなって」

 君はそういうところにこだわりを持っていそうだし、と要は笑う。
 そういうところってどういうところだ、と突っ込みたくなったが、いてもいい返事が返ってきそうにない。聞かぬが花だとばかりにスルーして、美音は『本日のおすすめ』の品書きを差し出した。

「えーっと……魚は昼に食ったし……」
「よかった。今日は、ちゃんとお昼を召し上がったんですね」

 魚を食べた、ということはおそらく定食だったのだろう。忙しさのあまり、昼食が食べられなかったり、簡単に済ませたりすることが多い要が、きちんと食事をしたと聞いて、美音はほっとした。だが、要がちゃんとした昼食を取った事情は、安心してばかりもいられないものだった。

「取引先と打ち合わせがあってね。本当は昼までに終わるはずだったんだけど、ぜんぜん話がつかなくてランチミーティング突入」

 昼時だから定食屋やファミレスは客で一杯。やむなくちょっと高そうな店に入って、打ち合わせを続けながら食事をしたものの、味わうどころではなかったのだと彼は言う。
 美音が安堵で漏らした息は、たちまちいつものため息に逆戻りである。

「ご飯もしっかり味わえないなんて、相変わらずお忙しいんですね……」
「しょうがないよ、もうぎりぎりだし」
「ぎりぎりって、もしかしたらあの?」
「そう、例のショッピングセンター」

『ぼったくり』から少し離れたところにあった社宅を取り壊し、新しいショッピングセンターを作ると聞いたのは昨年の秋のことだ。要はその工事に関わる仕事をしているらしい。あれから一年が過ぎて、建物の外観はすっかりできあがったように見える。オープンまであと一ヶ月半ほどのはずだが、まだ決めなければならないことがあるのか、と美音は意外な気がした。

「中身は固まったんだけど、外回りがね」

 実は建物の内部で仕様変更が相次いで、予算が足りなくなってきた。施主せしゅも外回りにかける予算を削らざるを得ないことはわかっているのだが、理想と現実の折り合いがつかない。さっさと決めて取りかかりたいのに、ちっとも進まないのだと要は嘆いた。

「特に屋上。元々の計画では、緑化推進ってことで屋上に大きな庭園を造ることになってたんだ。そうすれば客も一休みするために屋上まで上ってくれるだろうって。でもあれってかなり金がかかるんだよ。コストを抑えてなんとか形をつけることはできても、庭は造りっぱなしというわけにはいかない。あとの管理にもけっこう金がかかるんだよなあ……って施主も頭を抱えてる」

 施主の言うとおりに建てるのが仕事だけれど、予算にも工期にも限りはある。屋上緑化は流行だし、温暖化防止のためにも是非とも取り入れたいが、ない袖は振れない。それでも施主はさかんに環境保護を提唱している企業だけに諦めきれないのだろう。

「はあ……大変ですねえ……」
「まったくね。予算的には土を入れるので精一杯、植栽まではとてもじゃないけど……」
「土……」

 美音は思わず、手を止めた。昼食に魚を食べたという要は、先日のリョウと同じく、豚肉をたっぷり入れたズッキーニの炒め物を注文した。ズッキーニも、スープに使った里芋とオクラも、せっかく来たんだから持ってお帰りよ、とツキミが袋に詰めてくれたものである。

「あの……その土って、畑とかにも使えるものですか?」
「畑? ああ、野菜や花を作ったりできるかってこと? 木を植える予定だったんだから、たぶん大丈夫じゃないかな」
「じゃあ、農園として貸し出すとか……だめでしょうか? このあたりには市民農園がないし、使いたい人はきっといると思うんですよ。そしたら管理にお金もかからないんじゃ……?」

 全くゼロにはならないにしても、庭園の手入れよりは少なくて済みそうだと思う。なんといっても市民農園は、その『手入れ』をしたくて借りる人ばかりなのだから……
 美音の言葉を聞いて考え込んでいた要は、ほどなく頷いた。

「市民農園、それはありだな。でも、どうして急にそんなことを思いついたの?」

 君も野菜作りがしてみたいの? と真顔でかれ、美音は大きく首を横に振った。

「実は、川原で畑をやってる方がいらっしゃるんです。お孫さんがアレルギー体質だそうで、身体に負担をかけないように無農薬で野菜を作ってるんですって。でも、あの川原……」
「ああ、どこのことかはわかった。あそこは今年度中には強制撤去になるみたいだね」

 何度撤去をうながしても従わない人ばかり。これはもうどうしようもない、ということで行政側も一斉撤去という強硬策に出るらしい。要が聞いたところによると、おそらく年明け早々に実施されるだろうとのことだった。

「やっぱり……」
「それで君は、あそこの畑がなくなったら困る人がいる、他に場所はないかって探し回ってたってわけか」
「探し回ってたってほどじゃありませんけど……」
「でも君のことだから、あれこれ考えたんだろう? どこかに土地がないかなあ、なんてさ」
「図星です」
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