居酒屋ぼったくり

秋川滝美

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おかわり! 3

おかわり! 3-1

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 医師の息子



 真っ青な空に入道雲が立ち上る。
 その形はまるで有名タイヤメーカーのイメージキャラクターのようで、ぐっと近づいて目と鼻を書き込みたくなる。そうしてやれば自分の意志で動き出し、どこかに行ってくれるかもしれない。
 夏の盛りの象徴のような雲が姿を消すことで、少しでも暑さが和らいでくれないか、と祈ってしまう午後だった。
 ――畜生……こんなに暑いとまた熱中症の患者が増えちまう。あーもう、うろうろすんなって! 頼むからみんな、家でおとなしくしててくれよ!
 東京下町のとある商店街を歩きながら、太田幹人おおたみきとは心の中で悪態をつく。
 幹人はこの町で生まれ、この町で育った。今は仕事の関係で、町を出てひとり暮らしをしているが、子どものころからこの町には年輩者が多かった。
 ただ、昔は年輩者だった人たちが、今は本当の年寄りになっている。
 その事実が、病気や怪我の心配に直結して、幹人は心穏やかではいられない。暑い盛りに外を歩く年寄りを見るたびに、エアコンの効いた家にいてくれ、と思ってしまうのだ。
 この町の年寄りたちが若かったころと今では、暑さが全然違う。けれど彼らは頭ではわかっていても、買い物だのなんだのと外に出ることをやめられない。車でもあればまとめ買いをし、外出頻度を減らすことも可能だろうが、下手に充実した商店街があるがゆえに、車を持っていない者も多い。
 さらに高齢者が起こす交通事故が増えてきたこともあって、あえて運転しない年寄りも増えている気がする。そんな人たちにとって日々の買い物は欠かせないし、散歩だって家族以外の人と話をする貴重な機会として必要なのだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると、幹人の名を呼ぶ声が聞こえた。

「みっちゃんじゃねえか!」

 目を上げた先にいたのはヒロシ、『八百源やおげん』のあるじで、確かこの町の町内会長も務めているはずだ。幹人はぺこりと頭を下げる。

「あ、どうも……」
「久しぶりだな、みっちゃん。ずいぶん立派になって……昔は亮子りょうこさんそっくりだったけど、なんとなく親父さんに似てきたな! やっぱりぼうってのは、最終的には親父に似ちまうのかねえ……うちのも近頃、俺に似てきてさー。困ったもんだぜ」

 そう言いながらも、ちっとも困っているように見えないヒロシと少しだけ話をしたあと、幹人はまた歩き始める。この町に帰ってくるたびに、こんなふうに声をかけられる。いちいち長話をしていたら、いつまでたっても家に辿り着かない。しかもこの暑さである。年寄りの心配の前に、自分が熱中症で倒れかねなかった。
『太田医院』と書かれた看板の脇を通って裏に回る。そこに狭い階段があり、二階に上がったところが自宅の入り口だ。
 インターホンを押したあと、しみじみとドアを眺める。アパートよりは幾分マシ、という素っ気ないドアは、幹人が子どもだったころから変わっていない。ドアだけでなく建物自体も、祖父が建てたときからほとんど手が入れられていないはずだ。
 なにせ祖父も父も根っからの町医者だから、建物に手を入れることで診療に支障をきたすなんてあり得ない、改築のために休業なんてもってのほかだ、と考えたに違いない。さらに、そんな金があれば最新の医療機器を導入すると……
 その考えはわからないでもないが、この建物は日当たりの良さがあだになって、壁のクロスは日焼けで茶色くなっているし、歩くと床もぎしぎしいう。掃除は行き届いていているから清潔感はあるものの、見ていると複雑な思いに駆られる。医療機器だけではなく建物、とりわけ住居部分にもう少し金をかけてもいいのではないか――そんな気がしてくるのである。
 祖父はずいぶん前に亡くなったけれど、亡くなる直前まで診療を続けていた。ろくに旅行にも行けず、急患に備えて晩酌すら滅多にしない。このまま行けば、父もそんな人生になる。本当にそれでいいのだろうか……
 そんな疑問にさいなまれつつ待っていると、勢いよくドアが開き、母が顔を出した。

「おかえり、幹人!」
「ただいま。母さん、元気そうだね」
「元気じゃなきゃやってられないわ! 今日も朝から大忙し、ついさっき午前の診療が終わったところよ」
「さっき!? もうすぐ一時半だよ? 午前の診療は十二時までなんじゃ……」
「そうよ。でもこれでも今日はましなほう。休み明けとか休み前だと二時近くになっちゃうわ」
「午後は三時からだろ? それじゃあ休む暇もないじゃないか」
「仕方ないじゃない。患者さんを追い返すわけにもいかないし」

 こんなことには慣れっこだと母は言う。幹人も子どものころはそれが当たり前だと思っていたけれど、今は考え方が変わった。医者だってひとりの人間である。すべてを医療に捧げる生き方はいかがなものか、と思うようになったのだ。

「患者の心配もいいけど、そろそろ自分たちの心配もしてくれよ」
「はいはい、わかったわかった。あんた、お昼は食べたの?」

 患者どころか、とっくに成人した息子の食事まで心配する。母は、いくつになっても子どもは子どもだと言い張るけれど、なんともやりきれない気分になる。

「食ってきたよ。ついでに弁当を買ってきた」
「食べてきたのにお弁当?」

 怪訝けげんな顔になった母に、幹人はぬっと手提げ袋を差し出す。中には牛タン弁当が三つ、そして総菜がいくつか入っている。帰ってくる途中でデパートに寄って買ってきたものだった。

「母さん、忙しいだろ? 晩飯用にと思って」
「え、晩ご飯? それは助かるわ!」
「こうでもしないと俺が帰ってきたからって山ほど料理を作りかねない。仕事で疲れてるのに、そんなの申し訳なさすぎる」
「そう……ありがと」

 嬉しそうに手提げ袋を受け取り、母はリビングに入っていく。そこには、新聞を広げた父がいた。

「ただいま、父さん」
「おかえり」

 新聞を少し横にずらし、父は幹人の姿を確かめる。
 その眼差しが、診察する医者そのものでつい笑ってしまった。

「顔色よし。今朝測ったところによると血圧、脈拍とも正常。発汗はあるけど、それは外がくそ暑いから」
「そうか」

 幹人の自己申告に安心したのか、父は新聞を戻してまた読み始める。
 昼休みに新聞を読むのは、昔からの父の習慣だ。見るたびに、朝刊なんだから朝に読めばいいのに、と思ってしまうが、いつ読もうが父の自由だろう。

「お茶をれるからお座りなさい」

 母の声で、父の隣の席に腰を下ろす。
 入り口から見て一番奥が父の席、その隣に幹人、父の向かいに母、母の隣に妹……というのが、昔から変わらぬ太田家の配置だ。幹人が家を出たあと妹も独立し、夫婦ふたりの暮らしになった今でも、帰宅すれば当たり前のように自分の席に座る。家に帰ってきた、と感じる瞬間だった。

「あら、お菓子が入ってる! 今いただいていい?」
「もちろん。ちょうど昼休憩だろうと思って買ってきたんだ」
「ありがと。あんたは昔から気がきく子だったけど、近頃特に、って感じで嬉しいわ」
「目配り、気配りは医者の必須条件、ってお祖父ちゃんによく言われたからね」
「そうだったなあ……」

 父のつぶやきが聞こえた。
 聞いていないようでちゃんと聞いている。目配り、気配りに加えて、耳の良さも医者の必須条件だな、なんて笑っていると、母が湯飲みを運んできた。

「あんた、たまには緑茶を飲んでる?」
「あんまり……」
「カテキンは身体にいいんだから、なるべく飲むようにしなさいね」
「へーい」
「じゃ、いただきましょう」

 なにをするにしても、一言説教めいた台詞せりふがつく。思春期のころはずいぶんうとましかったけれど、大人になった今では、息子を思う母の気持ちもなんとなくわかるようになった。俺も成長したもんだ、などとにんまりしつつ、菓子の包みを開ける母を見ていた。

「あ、これ、前にテレビで紹介されてたやつじゃない?」
「そうらしいね。母さん、こういうの好きかなと思って」

 包みの中から出てきたのは、鹿児島かごしま土産と名高いお菓子だ。薩摩芋さつまいもを使った、いわゆるスイートポテトで、母の言うとおり、有名女優がテレビで紹介していたらしい。これならお茶でもコーヒーでも紅茶でも合うからと購入したが、思った以上に喜んでくれたようだ。

「薩摩芋のお菓子って大好き。これ、一度食べてみたかったのよね。はい、お父さん」

 母はいそいそと箱からお菓子を取り出し、父にすすめる。そのまま新聞を読み続けるかと思った父は、意外にも新聞を置いてお菓子の包みを開け、口に運んだ。

「なかなか旨いな。それにこいつ、東京駅じゃないと買えないんだろ?」
「え、そうなの?」

 確かにこのお菓子は、今のところ東京駅にあるデパートでしか売られていない。母は頓狂とんきょうな声を上げたが、幹人にしてみれば、父がそれを知っていたことのほうが驚きだ。意外に情報通なんだな、と感心している幹人をよそに、両親の会話は続く。

「ああ。前にウメさんが食べたがってるのを知ってかおるちゃんが買いに行ったらしい」
「馨ちゃん……ああ、『ぼったくり』の?」
「そうそう。ウメさんは自分で行くって言ったんだけど、あの人、あんまり遠出しないし、電車を乗り間違えても大変ってことで、馨ちゃんが代わりに行ったんだってさ」
「いい子ねえ」
「馨ちゃんも美音みねちゃんもいい子だよ。この町で育つとみんないい子になる」
「きっと、いい人ばっかりの中で育つからね……って、あら?」

 そこで母がぷっと噴き出した。おそらく、息子のふて腐れた表情に気付いたのだろう。

「悪かったね、例外がいて」
「ばかねえ。あんただってちゃんといい子よ。もちろん、小春こはるもね。うちは兄妹揃っていい子」
「よく言うよ。俺が東北に行くって言ったとき、散々文句を言ったくせに」
「それは……」

 母がいきなり困った顔になった。
 ――こういうところが『いい子』じゃないんだよなあ……
 ため息をひとつついたあと、幹人はお菓子の包みを開けた。さっきまで堪らなく美味しそうだったお菓子のクリーム色が、急に色あせた気がする。父も母も黙り込む。

「ごめん……」

 重い空気がいたたまれず、とりあえず謝ってみる。返ってきたのは、さっきの幹人よりも倍ぐらい大きな父のため息だった。

「謝るようなことじゃない。医者になるには研修が必要なことぐらい、母さんだってわかってたさ。ただ都内にも病院はたくさんある。まさか家から離れるなんて思ってなかっただけだ」
「そ、そうよ……あんたが謝ることじゃない。あのときはちょっとびっくりしただけで、今ではちゃんとわかってる。たった二年のことだし」

 その二年だってもうすぐ終わる、と母は笑顔で言う。
 温かい、家族も患者も軒並み明るくしてくれる母の笑顔……
 だが、これから幹人はこの笑顔を消すような話をしなければならない。母はもちろん、父も驚くかもしれない。できれば先送りにしたいけれど、それでなにが変わるわけでもない。えいやっとばかりに、幹人は切り出した。

「その話なんだけど、二年では終わらないことになりそうなんだ。実は俺、あっちに残ろうと思ってる」

 母が目を見開いた。もちろん、この反応は予想していた。
 幹人が研修におもむいたのは、東北にある大きな病院だった。複数の病棟を持ち、ベッド数もかなりのもの。いずれこの太田医院を継ぐつもりだった幹人にとって、多岐にわたる診療科がある大病院は研修にはもってこいに思えた。
 二年かけて、内科、外科、整形外科、さらに緊急医療、緩和医療、リハビリまで学べれば、いろいろな患者をなければならない町医者として、大きな自信に繋がると信じていた。
 実際に行ってみると、確かにいろいろなことが学べた。その半面、自分の力のなさを痛感させられた。研修先では、どの医師も大量の患者を次から次へと診察していく。『三分診療』などと悪し様に言われがちだが、その間に、訊くべきことを訊き、検査が必要なら手配をして治療計画を立てる。三分で済ませられるのは、各々の医師の技量が高く、経験が豊富だからだ。専門性の高い複数の医師がいてこそ、診療の質が上がる。患者にとって、これほど安心なことはない。だからこそ、大病院で研鑽けんさんを積みたい――幹人はそう考えたのである。
 とはいえ、それが自信のなさに基づくものだという自覚はある。そして、さらに奥底にあるのは太田医院の厳しい日常だ。
 太田医院は木曜日の午後と日曜日を休診としているが、診療時間外であっても留守番電話はセットされず、かかってきた電話は自宅に転送される。急な病気や怪我にいつでも対応できるようにするためだ。
 診療時間外に電話がかかってくることは、さほど頻繁ではないにしても、心理的には休みがあってないようなもので、おちおち出かけることもできない。
 祖父や父が泊まりで出かけるのは冠婚葬祭ぐらいのもので、それすらどちらかひとりだけで、子どもは留守番させられた。おかげで、幹人の記憶にある旅行と言えば、母方の祖父母に連れられていったものばかり……おそらく祖父母は、忙しすぎる両親に代わって幹人や妹に旅の思い出を作ってやろうと思ったのだろう。
 楽しくなかったと言えば嘘になるが、行く先々で親子の仲睦まじい姿を目にするたびに、寂しさがこみ上げた。おそらく妹もそうだったのだろう。不安そうな顔をして、幹人の手をぎゅっと握ってきたことを覚えている。
 あんな思いを自分の子どもにはさせたくない。何人もの医師を抱える大病院であれば、頻繁とはいかなくても、年に何度かは家族と旅行することぐらいできるだろう。少なくとも晩酌ぐらいはゆっくりできるはずだ。
 さらに、祖父や父はほとんど学会や研究会に出席していなかった。きっとそのために休診するのがいやだったのだろう。患者のためを思ってのことだろうけれど、新しい知識や技術を身につけることだって重要だ。むしろ、今後のことを考えればそちらのほうが大事ではないか。
 かくして幹人は今、開業医ではなく勤務医、しかも複数の診療科を持つ地域の基幹病院を選ぼうとしている。今回の帰省は、それを両親に告げるためのものだった。
 覚悟して告げた言葉に、父は小さくうなずいた。

「そうか……」
「そうか、って……お父さん、ちゃんと聞いてた!? 幹人はうちの病院を継がないって言ってるのよ!」
「それもひとつの選択だ。幹人がそうしたいって言うんだから、仕方ないじゃないか」
「じゃあ、この病院はどうなるの? この町の人たちは……」
「病院はうちだけじゃない」

 太田医院のほかにも病院はある。何年か前に、大きなショッピングセンターができた際、すぐ近くに開院したところもある。商店街からは少し離れているとはいえ、バスだってあるのだから通えないことはないだろう、と父は言う。

「父さんや母さんには申し訳ないと思ってる。でも俺は、もっといろんな経験を積みたい。最新の技術だって学びたい。たくさんの医師と切磋琢磨せっさたくましながら、もっともっと腕を上げたいんだ」

 さすがに、もっと家族と過ごす時間を大事にしたい、という気持ちは口に出せなかった。その言葉が両親を傷つけることぐらいわかっている。

「わかった。しっかり勉強しろよ」

 そう言ったあと、父は立ち上がり、玄関に向かった。
 新聞はきれいにたたみ直されていたけれど、湯飲みにはお茶が残っているし、薩摩芋さつまいものお菓子も食べかけ……おそらく、己の感情の乱れを息子に見せたくなかったのだろう。
 昔から父はこうだった。祖父や母と意見が対立すると、自分が一歩下がる。ぐっと堪えてその場を去ることで、決定的な言葉を出さずに済ませる。おそらくこれから、父は誰もいない診察室で感情を静めるに違いない。
 父を見送った母が、盛大にため息をついた。

「あんたは昔から言い出したら聞かない子だった。中学に進むときも、高校に進むときも、親の話なんて聞きゃしなかった」
「そうだったね……」

 確か小学校四年生のとき、母に中学受験をすすめられた。
 中高一貫校に入れば、高校受験を気にすることなくスポーツに打ち込めるし、勉強にもゆとりをもって臨めるというのが理由だった。ただし、中学受験のためには塾に通ったほうがいいと……
 だが、幹人はそのころ、外遊びやカードゲームに夢中だった。遊ぶ時間を削って塾に通うなんてまっぴら、と断った記憶がある。
 その後も母は何度か誘いの声をかけてきたし、父にも一度だけすすめられたことがあったが、幹人の考えは変わらず、地元の公立中学に進学した。高校入試も同様で、父や母は私立大学の附属高校をすすめてきたが、家から一番近いという理由で公立高校を選んだ。
 今にして思えば、両親は気が気ではなかっただろう。
 口にこそ出さなかったけれど、太田医院を継いでほしいという気持ちはあったに違いないし、医者になるには医学部に入る必要がある。医学部はどこも難関だし、早くからの対策が必要、ということで、中学受験や大学附属高校への入学をすすめた。
 にもかかわらず、我が子は中学受験を拒否、高校すらも近ければいい、将来のことなどなにも考えてない、という感じだった。父や母の不安はいかばかりだったか……
 母はため息まじりに言う。

「高校に進んだあと、父さんも母さんもいったん諦めたのよ。あんたは相変わらず、テニスとカードゲーム三昧ざんまいで、勉強なんて二の次三の次。この子は医者にはなる気はないのね、って……」

 あはは、と笑う幹人に、母は渋い顔で返す。

「笑いごとじゃないわよ。この先あんたはどうする、太田医院はどうする、この町の人たちはどうする。もうね、『どうする』のオンパレードよ。だからこそ、あんたが医学部を目指すって言ってくれたときは嬉しくてね」
「嬉しそうには見えなかったけど。むしろ、驚天動地きょうてんどうちって感じ」
「そりゃそうよ。志望校決めの三者面談で、いきなり『俺、医学部行きます』なんて言うんだもん。あんたの成績は低空飛行もいいところ……ううん、飛んですらなかったのに!」
「先生がぜんとしてたっけ」
「お気の毒に。先生だって、うちが医者だってことぐらいわかってたはずよ。でも、あの成績を見てたら、とてもじゃないけど……。それで出てきたのが『お母さん……何浪まで覚悟されますか?』」
「普段から冗談の多い先生だったのに、あのときに限って大マジだったね」
「しかも一浪とかじゃなくて、二浪、三浪路線。やった、医学部だ! って喜んだ気持ちに水をぶっかけられたわ。もう手遅れか……ついでに、お父さんごめんなさい! って」

 そう言うと、母はなんだか後ろめたそうにしている。さすがに気になって、たずねてしまった。

「父さん? どうして?」
「だって……お父さんはお医者さんだから頭がいいに決まってる。あんたの成績がイマイチなのは、お母さんのせい。お母さんの頭の悪い遺伝子大爆発としか思えないでしょ? 顔だってあのころはお母さんそっくりだったし……」
「なに言ってんの。容姿は確かに母さんそっくりだったけど、性格は父さんそのものだったじゃん。決めるのに時間がかかるところも、言い出したら聞かないところも」
「お父さんと同じこと言うのね……」
「へえ……そうなんだ」
「うん。面談が終わったあと、家に帰ってお父さんにその話をしたの。私のせいだって謝ったら、平然と言われたわ。あれは俺の息子だから、ぎりぎりまで決断しないし、人の話も聞かない。ただし、お母さんの子でもあるから、やると決めたらとことんやる。だから心配ないって。ついでにちょっと威張られた。俺の子だから、頭の出来が悪いはずないって」
「父さんが自慢なんて珍しいね。あ、そうか……お母さんのせいじゃないってごり押しだ。夫婦愛だねえ」

 顔の前に持ち上げた湯飲みの向こうで、母が照れくさそうに笑った。だが、その直後、やっぱり深いため息を漏らす。

「浪人することもなく医学部に入って、留年もせず、国試もあっさり受かって、臨床研修に行って……。これで太田医院も安泰、と思ったのに」


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