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第23話 賢者への進化

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 西園寺さんと大泉さんに招待された俺たちは、二人のおじいちゃんと楽しい時間を過ごし、その後自分たちの部屋へ戻ってきた。

 振り返ると驚きばかりの色々な事が多すぎるとても疲れた一日だった。

 突然の魔人のエンカウント、ビルに飾られる俺の巨大広告という衝撃展開、水族館での大興奮、それらも冷めないうちに緊張のホテルチェックイン。

 それからも追い打ちをかけるような日本の最上位存在とも言える二人との邂逅《かいこう》、しかもその二人と数時間酒を交わし、ようやく今、摩天楼を眼下に据えたスイートルームに戻ってきた訳だ。

「ふあああ、つかれたぁ」

 元総理大臣との遭遇で一瞬にして冷めたアルコールが、その後の時間で酔いも程よく戻ってきていた俺と理香子は、キングサイズのベッドが二つあるにもかかわらず、二人して同じベッドに飛び込む。
 シーツのキリッとした冷たい感触が疲れた体にしみこんでくる。

 隣にいる理香子を見ると、シーツに顔をうずめうつ伏せになったまま手を伸ばしてきた。俺は少し緊張したがそのまま手を繋いだ。

「弘樹君……」
「ん?」
「私たち凄いね……」
「そうだな……」

「……シャワー浴びたい」
「うん、はいっといで」
「うん」

 俺はうつ伏せのままそうつぶやく。
 理香子は起き上がるとスイートルームの豪華で巨大なバスルームへ向かった。

 ……い、いよいよか? いよいよなのか!?

 色々な事が有って、一日中鼓動が止まらない日ではあったが今が一番激しい。
 しばらくしてバスルームからはシャワーの音が聞こえてくる。

 理香子のシャワーを待っている間色々と妄想が止まらない俺だが、ふと思いついた。この後卒業式を迎えるであろう俺は、その卒業に必要だと思われる卒業試験に必要な近藤さんを求め、枕元付近をごそごそしだすが一向に見当たらない。

「いや、今俺に必要なのは全世界で7億部発行されてるこのベストセラーじゃないんだよ! 必要なのは猫の手より、神の助けより、近藤さんなんだが……」

 よく考えるとそりゃそうだ。ここは本来そういう事が目的の宿泊施設ではない。
でもこれは紳士のたしなみ。彼女への礼儀。安心して卒業試験を受けるために明るい家族計画は必要なんだよ!

「う、どうしよう……買っときゃ良かった」

 しかしここに連れてきたのは理香子であって、途中買い物する余裕は無かった。
 フロントにお願いすれば持ってきてくれるのか?
 それって恥ずかしくないのか?
 でも無きゃ始まらんし、やっぱどっかにあるのか?
 フロントに聞けばわかるか?

 そんな事を考えていたら時間切れになってしまった。
 理香子がとても肌触りがよさそうなバスローブを纏ってバスルームから出てくる。

「……弘樹君も入ってきたら?」

 彼女の姿に釘付けである。

「お、おお……、あ、はい、わ、わかりました……」

 俺は卒業試験の必需品をフロントに聞くのも忘れ彼女から目が離せない。
 理香子はベッドに戻り、俺は彼女を凝視しながらバスルームへ向かう。
 ベッド横で彼女とすれ違いざまに微かなボディーソープの匂いがした。
 それが俺の鼓動をさらに強くさせ、ベッドの角に足の小指をぶつける。

「ぐっ!?」
「ん? どしたの?」
「な、なんでもない……!」

 小指が死ぬほど痛い!
 でも、そんなの気にならないくらいドキドキしながらバスルームへ入る。
 そして全身にシャワーを浴びながら小声で話す。

「こ、近藤さんは、居なけりゃ居ないでたぶん何とかなる! はずだ!」

 紳士のたしなみはどこへやら。
 しかしここまで来たら、俺はもう俺の聖剣を静止することができないと悟る。

「よよよ、よし、行くぞ……」

 俺はそう決心して隅々まで丁寧に流してから、脱衣所で一回り大きいバスローブを纏い、ベッドが見える位置まで来ると、彼女は恥ずかしいのか横向きになって布団に潜っていた。

 ええい! 据え膳食わねば武士の恥! 男、北村弘樹!
 今から卒業試験に挑ませていただきます!

「横、入るぞ……」

 小さな声で一応断りを入れ、同じベッドの布団へと潜り込む。
 俺に背中を向けている理香子からは、同じボディーソープを使ったはずなのに信じられないくらい良い匂いがする。

 やっぱし緊張しているのだろうか。
 同じ布団の中の隣で、お付き合いしている彼女がバスローブ一枚で横になって背を向けている。しかしここからどうしたらいいのかわからない。

俺は腫れ物に触るように恐る恐る、彼女の肩を掴んでこちらへ向くよう誘導する。

「んっ……」
「リ、リカコちゃん!」

俺は我慢できず、思わずキスをしようと顔を近づける!

「すーすーすー」
「……ファ!?」

「スーハー、スーハー、スーハー」

「えーっと、りかこちゃん?」
「うーん……」

 そう唸って寝返りをし、また背中を向ける理香子。
 どう聞いても、寝息だ。

「え、っと、理香子……さん?」
「スー……」

 そりゃもう、幸せそうにぐっすり寝ていた。

 時間は深夜2時過ぎ。
 今朝は恐らく、早起きして精一杯オシャレして来たんだろう。
 そこに、あらゆる衝撃的展開が次々に起こり、アルコールもかなり入っている。
 だけど、据え膳食わぬは男の恥、というつもりで決心してベッドまで来たが。

「こ、ここは、武士は食わねど高楊枝……くっ」

 相当疲れていたんだろう。正直俺も疲れている。
 起したらかわいそうだと思ってそのまま寝かせておいてあげることにした。

 まぁ、しかたないよな。
 理香子とはこの先こういうチャンスがいくらでもあるはずだ!
 慌てることはないんだ!
 そうして今回の卒業試験は先延ばしになってしまった。

「う、うーん」

 ぐっすり寝ている彼女が、寝返りを打ってこちらを向いてきた。
 でも、この可愛い寝顔を見れただけでも満足だ。
 俺はその寝顔を見てその鼻頭をちょんとつつく。

 一つ貸だからな!
 と心の中で呟いて、俺も眠りにつく事にした。

 しかし、俺のさやから抜かれた事のない未使用の聖剣は、戦闘中でもキャンプ中でもないのに、いつまでも暴走しテントを張り続けるのだった。





 翌日、先に目が覚めたのは俺だった。
 ていうか、あまり寝れなかった。

 そりゃそうだ、心の中は暴風雨、そんな中テントを張り続けるのは大変だった。
 しかし、俺も疲れ切っていたため数時間は寝れたと思う。
 朝9時頃に目が覚めて、パンケーキやコーヒーをルームサービスで頼み、ホテルマンが部屋に届けた直後、理香子が目を覚まして驚く。

「おーはーよー……って、え!?」

 半分寝ぼけてあたりをキョロキョロと見回す理香子。

「あはは、お早う!」

 少し笑ってしまう。

「え、私?」
「うん、良く寝てたよ!」
「あ、う、えっと、ご、ごめんなさい、私、そんなつもりじゃ……」

「あはは、いいよ、気にしなくて!」
「で、でも、だって弘樹君は……、ほんとに、ごめんなさい」

「んー、じゃ、今からする?」
「あ、う……」

 そう言って少しはだけ気味のバスローブを恥ずかしそうに布団で隠す理香子。
 ヤバイ、超かわいい。今すぐ襲い掛かりたい。
 しかし俺は既に進化済み、武士は食わねど高楊枝である。

「まぁ、チェックアウトも近いし、朝ごはん来てるから食べよ?」
「……う、うん、ありがとう」

 そう言って、二人で遅い朝ご飯を食べる。

 そう、今の俺は勇者ではなく、賢者になっていた。

 目が覚めてルームサービスを呼ぶ前に、俺は賢者モードになっていたのだ。
 すまん、それで許してくれ、俺の聖剣よ。
 彼女はこれからも彼女で居てくれるわけだし、何も慌てることはないのさフフフ!

 こうして、その後しばらく高層ビルからの眺めを見ながら前日の話なんかをして、 その後二人でチェックアウトを行い、俺たちの怒涛の1日と初めての夜が終わりを告げた。

 驚いたし、怖かったし、疲れたし、楽しかったし、幸せだったし、可愛かったし。
 本当に色々な事があったけど、今はなんかとてもすがすがしい。

 ホテルを出て二人で歩きながらこの後どうするか話した。
 俺たちは週3勤務が基本なので毎週土日は基本連休だ。
 昨日からの実質1日半の出来事だったが、振り返るとちっとも現実的ではない事ばかりで実感があまり無かった。だから一晩明けて仮想世界の様な前日を終えた事で、今日が実質デートの日となった。

 魔人や魔王のエンカウントに少々怯えつつ二人で手を繋ぎながら、プラネタリウムを見たりゲームセンターに行ったり、幸せに街をブラブラする。
 午後になって雲行きが怪しい事もあり、翌日の仕事を考慮して、早めに夕食をすませた二人は、最後に軽いキスを交わし解散したのだった。





同じ日。

 俺たちが普通のデートを楽しんでいた日曜日、別の場所にある、とある高級住宅街の最近建てたと思われる新築一軒家。その豪華なリビングのデスクに広がる資料を見て、怒りに震えている一人のイケメンがいた。

「そうか……、こいつが」
「はい、調査結果によりますと少し前に、数人の友達と共に就職したようです」
「こいつが突然出てきて、俺の計画を台無しにした北村か」

 報告をしている人物が、バッグから一枚の写真を取り出す。
 その写真を見て、そのイケメンはさらに怒りをあらわにする。

 超絶美形というのに相応しいそのイケメンの怒りに震えた手には、ビルの壁に吊るされる巨大広告の予想図を映した一枚の写真が握られていた。

「俺の邪魔する奴は誰だろうと許さん! 俺様を誰だと思っている! 俺の全国のファン全員が、お前の敵になるんだ! ハハハハ、覚悟しとけ北村!」

 彼は、その呟きが数十万のフォロアーにより拡散し、撮る写真は一瞬で数万もの支持者が現れ、動画サイトでは数十万の登録者を抱える、新進気鋭のインフルエンサーだった。

 しかし突然脚光浴び始めた弘樹を妬み、彼の事を調べ上げるために探偵まで雇っていたというこの男は、弘樹と同じサイテリジェンスのタレント社員でもあった。

「この俺が、こんな奴に負けるわけがないんだ。絶対潰してやる!」

 外は夕方から降り始めていた雨が、既に土砂降りになっていた。
 弘樹と理香子が幸せな時間を過ごす裏で、事は大きく変化しようとしていた。

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