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第17話 魔人の謀略
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そこは夜の歓楽街。
一人当たりの予算として数万円は見積もる必要がある超高級焼き肉店の入り口。
内藤さんを先頭に数人のスタッフと向かったのは、名前だけはよく聞く芸能人ご用達といった焼き肉店、のさらに上位店。中へ入るとテーマパークかと思われるような豪華な廊下が続き、そこを通り抜けて奥へ向かうと、絢爛豪華な中国宮廷の様な荘厳でキンピカの店内だった。
どこの王族が来る店だここは。内藤さんは俺を誰と合わせようというのだ。
今の俺の見た目は芸能人だ。
しかし中身は一般人、しかもどっちかと言えば小心者。
見た目だけは立派なのに内心はガクガクブルブルである。
内藤さんはフロントで店員に名前だけ告げると、案内される間もなくズカズカと奥へと進んでいく。スタッフの数人は慣れているのかおくびも無くついていくが、俺だけは上京してきたばかりの大学生の様に辺りをキョロキョロと見回す。
個室ごと予約されていたであろう奥までたどり着き引き戸を開け中へ入ると、豪華な装飾と注文を常時待機している店員が二人。それと、焼き肉屋特有の中心に無煙コンロが仕込まれたテーブルが置かれている。
しかしそのテーブルにはコンロが3か所も付いていて、尋常じゃなくデカい。
そのテーブルの片側に並ぶように、和服姿の恰幅のいいオッサンを上座に数人が席へ着いていて、既に食前酒を飲んで談笑していた。
「来たか、内藤」
「遅れてすまんね。もうやってるのか。あー、お前らも適当に座れ」
そうして、俺もスタッフと共に空いてる反対側に適当に座ろうとすると。
「あ、お前はこっちだ」
と指名を受け、俺は内藤さんに言われるがまま個室の奥にある上座から2番目の位置に座った。すると、ほぼ正面にいる恰幅のいいオッサンと目が合ったので、軽く会釈をする。
誰なんだ、このお偉いさん感が漂うオッサンは。
着ているものが着物のせいか、肌ツヤからしてたぶん70歳くらいであろうか。
恐らく内藤さんよりは1周以上離れているだろう。
恰幅が良く、むすっとしているように見える弛んだ表情筋からはいかにも取っつきにくい印象を受け、一目でどこぞのお偉いさんだと分かるが、どうも、片目だけを開けて俺をにらんでいるようにも見える。正面に居るだけで正直ちびりそうだ。
内藤さんは、一度座って全員が座ったのを確認すると、すぐにまた立ち上がる。
「西園寺さん紹介するよ。コイツが話してたうちの広報課の北村です」
油断していていきなり紹介されたので、俺は慌てて立ち上がり両手で名詞を差し出す。
「初めまして、北村と申します」
恰幅のいいオッサンものそっと立ち上がり、着物の袖を探ると名詞を渡して来た。
「西園寺だ、今後ともよろしく」
「あと、北村のサポートをしているスタッフ達です、どうかご贔屓に」
するとスタッフも全員慌てて立ち上がり、各自、相手側の人たちと突然始まる日本伝統文化恒例行事、その名も一斉名刺交換。
ひとしきり挨拶と交換が終わり、全員が座ったところで頂いた名刺に目を向ける。
『日本メディアネットワーク株式会社 代表取締役 西園寺博信』
『日本メディアネットワーク株式会社 報道局 メディア担当室 室長 笹山慎一郎』
うっ!JMNって、この恰幅のいいおっさん、俺が出るテレビ放送局の偉い人じゃねーか!で隣にいる人が、俺の出る化け物番組を作っているプロデューサーじゃん!
その笹山さんが俺と俺の名刺を眺めながら言う。
「いい面構えしてるねー君! 北村君ていうのか、さすが内藤さんが推すだけ有る」
「そうでしょ? コイツ、なんか持ってるでしょ、ワハハハ」
「ふーむ」
西園寺さんは腕組をしながら俺の顔をじっと観察している。
他のスタッフも俺に一斉に注目している。
「あ、ありがとうございます」
どうしたらいいと言うんだ、俺は。
「北村を最初に見た時はまぁ、どこにでもいる奴だったんですがね、俺が磨けば光るって、なんかね、ビビビっと来ちゃって。どうだい西園寺さん?」
「うーむ……」
蛇ににらまれた蛙、自来也が乗っている巨大なガマ蛙に睨まれたコバエ、といった気分だ。俺は脂汗をかきつつ、目を合わせられず眼球だけ斜め上になる。
しばらく、ものすごい眼光で俺を観察してくる西園寺さんと、目を合わせることが出来ないでいたがこれではまずいと思い、人生最大の手汗を握りながら、生涯最高の作り笑いを浮かべ、プルプルしながら西園寺さんに会釈をして見せた。
「おい! 内藤、こいつどこで拾った?」
「ん? うちの工場のバイトだったんだよ。ふぅー」
ガマガエルかと思うほど低いガラガラ声で、内藤さんと会話しだす西園寺さん。
内藤さんはおしぼりで顔を拭きながら答えている。
「内藤、こいつを俺によこせ!」
「だーめ、あんたに預けたら潰しちゃうでしょ、こいつは俺のおもちゃなの!」
内藤さんが魔人なら、西園寺さんは魔王だろう。
魔人と魔王が、本人を目の前にして恐ろしい会話をしている。
それを聞いている俺はと言えば、先ほど一度強制的に笑顔にした表情筋が固着し、まったく動かなくなってしまったので、そのままの表情で答える。
「いえ、そんな風に言ってもらえるなんて、光栄です。ありがとうございます」
「フン!」
うう、こ、こわい。た、たすけてくれー。りかこー。
「じゃあ、全員飲み物頼んで下さいな。飲み物来たら乾杯して、旨い肉でも食いながら今後の事とか語り合いましょぉ」
そうして全員に向けて陽気に話す内藤さんは、俺の方をちらっと見ると、一瞬ニヤっと悪魔の様な笑みをこぼし、その後、何事も無かったようにまた西園寺さんと話し出す。
この人、完全に俺の人生で遊んでいる。本当に魔人かもしれない……。
◆
暫くして、普段飲まない高級なビールや、人生で今まで食べた中で最もおいしいはずの焼き肉が次々と出てくる。俺は緊張したまま、うまく相手に合わせながら会話を進めつつ、スーツを汚さないよう慎重に食べていた。
味なんかわかりゃしねぇ……。
西園寺さんと笹山さん以外は、俺がこれから出演することになる番組スタッフのディレクターや、報道局のお偉いさんばかりだった。そして、内藤さんはその番組へ最も出資しているスポンサーの窓口というわけだ。
そこに内藤さんが無理やりテレビ局へねじ込もうとしているのが、サイテックの社運を抱えた、見た目だけ芸能人の素人の俺。という構図だ。
俺はもうどうにでもなれと、開き直って高級焼き肉を食べていると笹山さんが話しかけてきた。
「北村君はうちの番組に出て、何か伝えたい事ややりたい事はあるの?」
ないわ!ワケわからんわ!
なんでここに座ってるかも理解できんわ!
などと言えるわけも無く、スッと落ち着いた素振りをしながら、それらしいことを答える。
「あーはい、そーうですねー。うん、これは、例えばですが、昨今ベーシックインカムが発動して、今日本中で労働力が足りませんよね。だから老若男女問わず今だからこそ少しでも働けば生活は今まで以上にもっと豊かになり、日本全体をもっと素晴らしい国に出来るって事を伝えたい、とかですかね」
俺は最近会社に人を紹介するアイディアを生んだ動機を語ることにした。
「なるほど、その理由は?」
「最近その影響で当社でも人員不足が叫ばれまして、私の方で個人的に人材を探したのですが、その時に感じたことがありまして」
「ほう、それはどんな?」
「ベーシックインカムで満足した人たちは、現在の社会がどれだけ労働者不足になっているか気づいてない気がしたのです。まぁ、彼らが辞めたから陥った状況だから、というのはあるのですが、そこを気づかせると、今までに無いほどの収入が得られるという事を理解してくれまして」
「なるほど」
「それで、当社の労働力不足を短期間で補えたという事があったんです」
こ、これで大丈夫だろうか?
何を聞かれても何を返しても、大丈夫なのか的外れなのか一切わからない。
自分の発言に恐ろしく自信が無いのだが、この見た目のせいで自信満々に語っているように見えてしまっている気がする。そうしてアタフタしている素振りを見せないよう一生懸命虚勢を張っていると。
「そこだよ!」
西園寺さんが突然うなった!
当然、その場に居る全員が一瞬で沈黙する。
「我が国を! 根底から立て直そうとして! あらゆる手段を尽くした政治家や数多の学者が、やっとの思いで叶えたこのベーシックインカムに、今の多くの国民は甘えすぎている! 今やこそ働くべき時であるにも関わらずだ! 実に嘆かわしい!!」
「デ、デスヨネー、ハハハハハ」
こ、こええええ。
「いいねー、いいですねー! こういう事をスパッといえるコメンテーターは今の時代に絶対必要ですよ! 西園寺さん」
今までやってきたそれらしいことを適当にそれらしく言っただけなのに、なぜかお二人のハートをがっちりつかんでしまったようである。
俺のスタッフやテレビ局のスタッフも目を開いて感動している。
こんな簡単なことみんな本当に気づいてないのか?
しかし内藤さんだけは、そんな俺を隣でニヤニヤしながら言い出した。
「北村。お前のそういう所は世の中を動かすかもしれん。俺はお前のそういう所に期待してるんだからな、頑張ってくれよ……?」
「はい、ありがとうございます、頑張ります」
お?おお!?内藤さんが少し優しい!
ちょっとだけ、内藤さんの本音を聞いた気がする。
そうしてテーブルが一斉に静かになり、一瞬間が開いたが、次の瞬間。
「でも西園寺さん! 実はコイツ、見た目だけ俺が作った中身はズブの素人で、今多分死ぬほど緊張してるんですよ! 可愛いでしょ! ウハハハハハハハ!」
ぎゃあああ、そ、それ、ここでバラすんですか!?
せっかく内藤さんを信じかけたのに、一瞬で元の魔人に戻ったよこのおっさん!
「いいじゃない、こういうひと人気出るよ!」
「うむ」
「でしょ? 行けると思うんだ、私は。ワハハハハ!」
こうしてしばらく談笑が続き、今後のテレビ番組の内容や何となくの雰囲気を語り合い、今後の俺の人生に大きな影響を残した思いもよらない会合は終わった。
内藤さんたちは、この後も銀座あたりの高級クラブへ消えていくようだ。
そうして俺とスタッフ達はタクシー代を受け取り、家路へつくことになった。
◆
今日も一日あり得ない速度で目まぐるしく俺の人生は変化した。
高級スーツで帰宅し、借りてる衣装を綺麗にハンガーにかけた後、魔人に振り回された一日を振り返りながら、ワンルームマンションのベッドの上でぐったりしている。
理香子やあいつらに、このことをどこまで話すべきか全くわからない。
明日は服を返しに行って、そのあといつもの作業場へ出社だ。
大抵は次の日が休みの日なのだが、内藤さんに呼ばれると3連勤が確定する。
それだって俺はしんどいのに。
これからどうなっちゃうんだろう……。
そうして、今日一日で起きた精神的肉体的な疲れに飲み込まれ、俺はシャツとパンツ1枚で死んだように眠るのだった。
一人当たりの予算として数万円は見積もる必要がある超高級焼き肉店の入り口。
内藤さんを先頭に数人のスタッフと向かったのは、名前だけはよく聞く芸能人ご用達といった焼き肉店、のさらに上位店。中へ入るとテーマパークかと思われるような豪華な廊下が続き、そこを通り抜けて奥へ向かうと、絢爛豪華な中国宮廷の様な荘厳でキンピカの店内だった。
どこの王族が来る店だここは。内藤さんは俺を誰と合わせようというのだ。
今の俺の見た目は芸能人だ。
しかし中身は一般人、しかもどっちかと言えば小心者。
見た目だけは立派なのに内心はガクガクブルブルである。
内藤さんはフロントで店員に名前だけ告げると、案内される間もなくズカズカと奥へと進んでいく。スタッフの数人は慣れているのかおくびも無くついていくが、俺だけは上京してきたばかりの大学生の様に辺りをキョロキョロと見回す。
個室ごと予約されていたであろう奥までたどり着き引き戸を開け中へ入ると、豪華な装飾と注文を常時待機している店員が二人。それと、焼き肉屋特有の中心に無煙コンロが仕込まれたテーブルが置かれている。
しかしそのテーブルにはコンロが3か所も付いていて、尋常じゃなくデカい。
そのテーブルの片側に並ぶように、和服姿の恰幅のいいオッサンを上座に数人が席へ着いていて、既に食前酒を飲んで談笑していた。
「来たか、内藤」
「遅れてすまんね。もうやってるのか。あー、お前らも適当に座れ」
そうして、俺もスタッフと共に空いてる反対側に適当に座ろうとすると。
「あ、お前はこっちだ」
と指名を受け、俺は内藤さんに言われるがまま個室の奥にある上座から2番目の位置に座った。すると、ほぼ正面にいる恰幅のいいオッサンと目が合ったので、軽く会釈をする。
誰なんだ、このお偉いさん感が漂うオッサンは。
着ているものが着物のせいか、肌ツヤからしてたぶん70歳くらいであろうか。
恐らく内藤さんよりは1周以上離れているだろう。
恰幅が良く、むすっとしているように見える弛んだ表情筋からはいかにも取っつきにくい印象を受け、一目でどこぞのお偉いさんだと分かるが、どうも、片目だけを開けて俺をにらんでいるようにも見える。正面に居るだけで正直ちびりそうだ。
内藤さんは、一度座って全員が座ったのを確認すると、すぐにまた立ち上がる。
「西園寺さん紹介するよ。コイツが話してたうちの広報課の北村です」
油断していていきなり紹介されたので、俺は慌てて立ち上がり両手で名詞を差し出す。
「初めまして、北村と申します」
恰幅のいいオッサンものそっと立ち上がり、着物の袖を探ると名詞を渡して来た。
「西園寺だ、今後ともよろしく」
「あと、北村のサポートをしているスタッフ達です、どうかご贔屓に」
するとスタッフも全員慌てて立ち上がり、各自、相手側の人たちと突然始まる日本伝統文化恒例行事、その名も一斉名刺交換。
ひとしきり挨拶と交換が終わり、全員が座ったところで頂いた名刺に目を向ける。
『日本メディアネットワーク株式会社 代表取締役 西園寺博信』
『日本メディアネットワーク株式会社 報道局 メディア担当室 室長 笹山慎一郎』
うっ!JMNって、この恰幅のいいおっさん、俺が出るテレビ放送局の偉い人じゃねーか!で隣にいる人が、俺の出る化け物番組を作っているプロデューサーじゃん!
その笹山さんが俺と俺の名刺を眺めながら言う。
「いい面構えしてるねー君! 北村君ていうのか、さすが内藤さんが推すだけ有る」
「そうでしょ? コイツ、なんか持ってるでしょ、ワハハハ」
「ふーむ」
西園寺さんは腕組をしながら俺の顔をじっと観察している。
他のスタッフも俺に一斉に注目している。
「あ、ありがとうございます」
どうしたらいいと言うんだ、俺は。
「北村を最初に見た時はまぁ、どこにでもいる奴だったんですがね、俺が磨けば光るって、なんかね、ビビビっと来ちゃって。どうだい西園寺さん?」
「うーむ……」
蛇ににらまれた蛙、自来也が乗っている巨大なガマ蛙に睨まれたコバエ、といった気分だ。俺は脂汗をかきつつ、目を合わせられず眼球だけ斜め上になる。
しばらく、ものすごい眼光で俺を観察してくる西園寺さんと、目を合わせることが出来ないでいたがこれではまずいと思い、人生最大の手汗を握りながら、生涯最高の作り笑いを浮かべ、プルプルしながら西園寺さんに会釈をして見せた。
「おい! 内藤、こいつどこで拾った?」
「ん? うちの工場のバイトだったんだよ。ふぅー」
ガマガエルかと思うほど低いガラガラ声で、内藤さんと会話しだす西園寺さん。
内藤さんはおしぼりで顔を拭きながら答えている。
「内藤、こいつを俺によこせ!」
「だーめ、あんたに預けたら潰しちゃうでしょ、こいつは俺のおもちゃなの!」
内藤さんが魔人なら、西園寺さんは魔王だろう。
魔人と魔王が、本人を目の前にして恐ろしい会話をしている。
それを聞いている俺はと言えば、先ほど一度強制的に笑顔にした表情筋が固着し、まったく動かなくなってしまったので、そのままの表情で答える。
「いえ、そんな風に言ってもらえるなんて、光栄です。ありがとうございます」
「フン!」
うう、こ、こわい。た、たすけてくれー。りかこー。
「じゃあ、全員飲み物頼んで下さいな。飲み物来たら乾杯して、旨い肉でも食いながら今後の事とか語り合いましょぉ」
そうして全員に向けて陽気に話す内藤さんは、俺の方をちらっと見ると、一瞬ニヤっと悪魔の様な笑みをこぼし、その後、何事も無かったようにまた西園寺さんと話し出す。
この人、完全に俺の人生で遊んでいる。本当に魔人かもしれない……。
◆
暫くして、普段飲まない高級なビールや、人生で今まで食べた中で最もおいしいはずの焼き肉が次々と出てくる。俺は緊張したまま、うまく相手に合わせながら会話を進めつつ、スーツを汚さないよう慎重に食べていた。
味なんかわかりゃしねぇ……。
西園寺さんと笹山さん以外は、俺がこれから出演することになる番組スタッフのディレクターや、報道局のお偉いさんばかりだった。そして、内藤さんはその番組へ最も出資しているスポンサーの窓口というわけだ。
そこに内藤さんが無理やりテレビ局へねじ込もうとしているのが、サイテックの社運を抱えた、見た目だけ芸能人の素人の俺。という構図だ。
俺はもうどうにでもなれと、開き直って高級焼き肉を食べていると笹山さんが話しかけてきた。
「北村君はうちの番組に出て、何か伝えたい事ややりたい事はあるの?」
ないわ!ワケわからんわ!
なんでここに座ってるかも理解できんわ!
などと言えるわけも無く、スッと落ち着いた素振りをしながら、それらしいことを答える。
「あーはい、そーうですねー。うん、これは、例えばですが、昨今ベーシックインカムが発動して、今日本中で労働力が足りませんよね。だから老若男女問わず今だからこそ少しでも働けば生活は今まで以上にもっと豊かになり、日本全体をもっと素晴らしい国に出来るって事を伝えたい、とかですかね」
俺は最近会社に人を紹介するアイディアを生んだ動機を語ることにした。
「なるほど、その理由は?」
「最近その影響で当社でも人員不足が叫ばれまして、私の方で個人的に人材を探したのですが、その時に感じたことがありまして」
「ほう、それはどんな?」
「ベーシックインカムで満足した人たちは、現在の社会がどれだけ労働者不足になっているか気づいてない気がしたのです。まぁ、彼らが辞めたから陥った状況だから、というのはあるのですが、そこを気づかせると、今までに無いほどの収入が得られるという事を理解してくれまして」
「なるほど」
「それで、当社の労働力不足を短期間で補えたという事があったんです」
こ、これで大丈夫だろうか?
何を聞かれても何を返しても、大丈夫なのか的外れなのか一切わからない。
自分の発言に恐ろしく自信が無いのだが、この見た目のせいで自信満々に語っているように見えてしまっている気がする。そうしてアタフタしている素振りを見せないよう一生懸命虚勢を張っていると。
「そこだよ!」
西園寺さんが突然うなった!
当然、その場に居る全員が一瞬で沈黙する。
「我が国を! 根底から立て直そうとして! あらゆる手段を尽くした政治家や数多の学者が、やっとの思いで叶えたこのベーシックインカムに、今の多くの国民は甘えすぎている! 今やこそ働くべき時であるにも関わらずだ! 実に嘆かわしい!!」
「デ、デスヨネー、ハハハハハ」
こ、こええええ。
「いいねー、いいですねー! こういう事をスパッといえるコメンテーターは今の時代に絶対必要ですよ! 西園寺さん」
今までやってきたそれらしいことを適当にそれらしく言っただけなのに、なぜかお二人のハートをがっちりつかんでしまったようである。
俺のスタッフやテレビ局のスタッフも目を開いて感動している。
こんな簡単なことみんな本当に気づいてないのか?
しかし内藤さんだけは、そんな俺を隣でニヤニヤしながら言い出した。
「北村。お前のそういう所は世の中を動かすかもしれん。俺はお前のそういう所に期待してるんだからな、頑張ってくれよ……?」
「はい、ありがとうございます、頑張ります」
お?おお!?内藤さんが少し優しい!
ちょっとだけ、内藤さんの本音を聞いた気がする。
そうしてテーブルが一斉に静かになり、一瞬間が開いたが、次の瞬間。
「でも西園寺さん! 実はコイツ、見た目だけ俺が作った中身はズブの素人で、今多分死ぬほど緊張してるんですよ! 可愛いでしょ! ウハハハハハハハ!」
ぎゃあああ、そ、それ、ここでバラすんですか!?
せっかく内藤さんを信じかけたのに、一瞬で元の魔人に戻ったよこのおっさん!
「いいじゃない、こういうひと人気出るよ!」
「うむ」
「でしょ? 行けると思うんだ、私は。ワハハハハ!」
こうしてしばらく談笑が続き、今後のテレビ番組の内容や何となくの雰囲気を語り合い、今後の俺の人生に大きな影響を残した思いもよらない会合は終わった。
内藤さんたちは、この後も銀座あたりの高級クラブへ消えていくようだ。
そうして俺とスタッフ達はタクシー代を受け取り、家路へつくことになった。
◆
今日も一日あり得ない速度で目まぐるしく俺の人生は変化した。
高級スーツで帰宅し、借りてる衣装を綺麗にハンガーにかけた後、魔人に振り回された一日を振り返りながら、ワンルームマンションのベッドの上でぐったりしている。
理香子やあいつらに、このことをどこまで話すべきか全くわからない。
明日は服を返しに行って、そのあといつもの作業場へ出社だ。
大抵は次の日が休みの日なのだが、内藤さんに呼ばれると3連勤が確定する。
それだって俺はしんどいのに。
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