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第14話 閑話:戦士の決意

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「ど、どういう事だよ……」

 ここはとある居酒屋にあるトイレの個室。
 忠司は便座に座りながら両手で頭を抱えながら呟いていた。

「俺たち付き合ってたんじゃないのか?」

 うっすらと涙を浮かべたようなその表情は、自分のふがいなさや、好きな相手や恩人の幸せを思う気持ちの板挟みにより、複雑な心境をたたえていた。

「たしかに告白はしてねぇけど、ずっと一緒にいたじゃん……」

 理香子の事は好きだ、好きだからこそ傍にいた。守ってもあげたかった。
 そして、理香子もたぶん、俺を好きでいてくれていた。
 だから、多少強引に誘っても付いてきてくれたし、困っていた俺を励ましてくれたりもした。理香子は本当にいい女だ。

 ブラックな会社でこき使われながら薄給に耐えられず金に困っていた俺は、会社の先輩からマルチに誘われ話に乗ってしまった。それからは、先輩と二人でこそこそやっていて罪悪感と戦う日々だったんだ。

 その先輩が会社を辞め一人で活動を続けていたが、罪悪感や孤独感に苛まれ同僚であった理香子にマルチ商法の話を打ち明けた。

 すると普通なら理解してくれないような話であるにもかかわらず、理香子は一緒にやってくれると言ってくれた。俺はそんな理香子に惹かれ、一緒に活動するにつれ惚れて行った。

 周りのみんなも、俺と理香子は、もう付き合っていると思っていたはずだ。

 だから俺は、今日新たな就職が決まり、先の事を考えてフルタイムで働くことにした。おそらく給料はベーシックインカムを入れて50万近くになるだろう、そうすれば将来的に理香子と同棲を始める事もできる。

 そして、あと2カ月くらい働いて金をためて、婚約指輪を買ってから告白するつもりだった。

「それが、どうしてこんな……」

 たった2か月前に知り合った弘樹が、どんどん理香子と仲良くなってて、やきもちを焼いていたのも事実だ。俺はこんなに女々しい奴だったのかって思い知った。

 お互い好きあっていると思っていたから、告白なんか必要ないって思ってた。
 だいたい、いちいち告白するなんてのは、日本だけだぞ。
 なんでこんな文化があるんだよ、ちくしょう。
 好きならそれでいいじゃねーか。

「ちゃんと告白、しときゃよかったな……」

 やっぱり、それが男らしくなかったんだろうな。
 弘樹、あいついい奴だもんな……優しいけど男らしいし。

 こんなに好きな女性がいたのに、まだ手つないだ事くらいしかない。いちゃいちゃしたかったなぁ。ちくしょう。もう理香子のおっぱい触れないのかぁぁぁ。キスしたかったなぁ。はああああああ。

 くっそ、女々しいぞ俺。

 目頭が熱くなり、少し滲んで出てくる涙を袖で拭う。

 でも、これは自業自得なんだろう。
 俺の女々しさが、招いた結果ってことなんだろう。

 彩や他の二人も言ってた。
 あいつらが言うように、これはたぶん、めでたい事なんだ。

 理香子が弘樹とくっ付けば、きっとあいつは理香子を大事にするだろう。
 俺は、理香子が好きだ、これは多分これからも変わらないし、例え俺に他の好きな女ができても、あいつには幸せになってほしいって思う気持ちは変わらん。

 それに、理香子と弘樹だって、ひょっとしたらいつか別れるかもしれない、それにその時俺に彼女が居ないかもしれない。未来はどうなるか分からないんだ。

 今起きた辛い出来事に捕らわれて、あいつらを否定したり、俺がふさぎ込んだりしたら、女々しいだけじゃなくて、もっとみっともない醜態をさらすことになる。

 将来もしかしたら理香子に告白する日が来た時に、そんなことをしていては、成功するものも成功しなくなるかもしれない。
 俺はもっと好きな女に惚れてもらえる男にならなきゃいけないんだ。
 そのためには、今は、弘樹を信じて理香子の幸せを願うしかないんだ。

 かぐわしい芳香剤の香りと、不快な匂いがうっすら漂うトイレの便座に腰を掛けたまま、目を閉じて大きく深呼吸をする。

「ふうううううう。よし……分かった」

 俺は、あいつらの盾になろう。

 そして、あいつらがもし困ったときに、二人だけじゃない、みんなを誰よりも守れる戦士になろう。
 俺が好きな理香子を見守り、弘樹との幸せな日々を後押しし、そして俺はもっといい男になる。そして、いつかできるだろう、好きな女に、ちゃんと告白できる勇気をもてるようになろう。

 俺は、いい加減で、ちゃらんぽらんで、お調子者な俺を卒業して、いつか理香子が俺を選ばなかった事に後悔するくらい、いい男になってやる。
 見てろよ理香子。弘樹お前になんか負けないからな。

「じゃ、二人を祝福しに行くか……」

 そうして、俺は、トイレの個室を出た。
 洗面所で手を洗うとき、鏡の前で無理やり笑顔を作り、席へ戻ろうとする。

「お? 兄ちゃん弘樹の席の客だよな、ついでにこれ持って行ってくんないか?」

 洗面所を出ると、店内の廊下で、店の大将が俺に話しかけてきた。
 手には薄黄色に揚がった唐揚げのような物を持っている。

「これ、死ぬほど旨いから! みんなで食ってくれ!」

 手渡された唐揚げを見て少し立ち止まっていると、大将がさらに話しかける。

「ん? いい事あったんじゃないの? にーちゃんはなんか浮かない顔してるね」
「あ、いや、まぁ、少し……」

「そっか、何があったかわかんないけど、それ食って元気出してよ、昨日俺が釣ってきた奴だから!」
「はい、ありがとうございます」

 魚の唐揚げか。旨いっていうし、カサゴとかそういうのかな?

「バラムツ、知ってる? それ、バラムツの唐揚げなんよ、いひひひ」
「え、知らないです、おいしいんですか?」

「そりゃもう、本マグロなんか目じゃないよ! 釣り歴40年の俺が保証する! 海でとれる魚で作る唐揚げで間違いなく一番うまいぞ!」
「はぁ……」

「なんだい、やっぱ元気ねぇな。じゃ、にーちゃんにだけ教えてやる」
「なにをですか?」

「そのバラムツな、食うと次の日トイレから出らんなくなるんだよ。深海魚の油ってな消化されねーから、もう、出てくるのを止められなくなるんだ、ワハハハハ! あー、あいつらには言うなよ!? 特に弘樹には」

 大将は子供がいたずらをするときのような顔をしている。

「え、そんなの店で出したら……」
「そりゃそうよ、売っちゃいけない魚なんで市場にも絶対並ばないぜ! だから金もとらねぇし、そりゃサービスだ!」

 市場にも並ばないと聞いて少し不安になる。

「それって毒とか、違法な……?」
「いやいや、そんなことはねーよ! 心配しないで食ってくれ。バラムツは自分で釣って食う分には問題ないんだぜ! それに毒は無いし、ほんとに死ぬほど旨い。人生、生まれてきたからにゃ、一度くらいは食った方がいいってもんよ!」
「そうなんですか」

「おうよ、最近激辛ラーメンとか流行ってるだろ、辛すぎてありゃ旨くはないが、なんとなく一度くらいは食ってみたくなるだろ、好奇心ってやつだ。でもこの唐揚げは信じられないくらい旨いからな!」
「な、なるほど」

「まぁ、兄ちゃんは今の話聞いて食いたくなくなったら食わなくてもいいけど、何にでも挑んでいかないと男らしくねぇってもんだ! 明日を覚悟した上でな! じゃ、頼んだぞ!」

「あ、はい、ありがとうございます」

 男らしいか。これを食えば……。

 一度は挑んでみる、そして酷い事になったら、それも乗り越える。
 何度、波が来ようと、かわしたり、立ち止まったりしてでもいいから、自分が壁となり受けて立って、最終的に全て乗り越えていく。
 それでこそかっこいいって事だよな。

 よし、最高に旨いという話の、この唐揚げを食って感動したら、いよいよ理香子と弘樹を祝福してやるか!

 そして、来週から始まる新しい仕事バンバンこなして、ガンガン金貯めて、新しい彼女作ったるわ!

 俺はそう思い、この勇気の唐揚げを手にもって、みんなの待つ席へ戻るのだった。

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