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第5話「フソク村」
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第5話「フソク村」
ベローチェとスカビオサは、野道に沿って歩き、疲れてきたら木陰で休憩し、それから当てもなく歩く。彼らは目的のない旅をしていた。
ふと冷たい風がベローチェの首をすり抜け、彼女は身震いした。
「スカビオサ、もしや今の季節は……」
「冬です」
淡々と答えたスカビオサは、ベローチェの赤いドレスを見て、目を伏せた。何か着せられるものはないかと片腕を上げたり下げたりしながら自身をきょろきょろと見回すが、あるのは今まさに、身に着けている薄汚れたローブだけだった。
(……汚れたものなど貴女には似合わない)
スカビオサが密かに落ち込んでいると、ベローチェから不敵な笑い声が聞こえた。
「ふふっ……、こんなこともあろうかと持ってきておいたのだ」
「刮目せよ!」と言いながらベローチェが見せたのは、紺色のフード付きローブだった。スカビオサは支度途中の光景を思い出す。
「それはもしや……」
「ああ、師匠の家からくすねてきた。その名も『シノグローブ』」
ベローチェは至って真面目に言った。
「シノグローブ」とは、カルミアが作成したローブであり、雨風を凌ぎ、寒波や熱波、あらゆる物から身を守ってくれる何でもローブだ。
もちろん命名したのもカルミアだ。
但し、世界に一着しかないのが難点である。
「ということは、今頃、カルミア様は……」
「お察しの通りだ」
一方その頃カルミアは、シャーレ国へと続く道を歩みながら大きなくしゃみをした。
――ぶえっくしょん……っっ!!
防寒具を身に着けたベローチェは、不思議な安堵感に包まれ、深い息を吐いた。空を見上げると、灰色の雲が漂い始めていた。やけに冷たい風に、曇天……ベローチェは、もうじき雪が降るのだと察知した。
(発って早々、風邪を引いたら敵わん……)
微かな不安感を抱きながら、屋根がある建物を探すベローチェたちであったが、突如、野太い悲鳴が聞こえた!
「うわあぁぁあっ!!」
「なんだ!?」
「急ぎましょう……!」
悲鳴を聞きつけたベローチェとスカビオサは、魔物に襲われ、踞っている男を発見した。
(魔物!?)
ベローチェが魔物を見たのは初めてであった。三匹の獰猛なイヌ型の魔物は、男の頭を爪で引っ掻き、腕を噛みちぎる勢いで引っ張っていた。
追い払うか殺すかの二択だが、実戦経験がないベローチェはどの魔法を放てばいいか、思考を巡らせていた。彼女は破壊系の魔法に特化している為、男が近くにいては巻き込んでしまう恐れがあったからだ。
修得できる魔法は全て修得したが、実戦で使用できなければ意味がない。ベローチェは自身の未熟さを実感し、半ばやけに手のひらを魔物へかざした。
(ええい、ままよ!!)
「下がっていてください」
その刹那、ベローチェの横を電光石火の如くスカビオサが通り過ぎた。
彼はひと蹴りで魔物と距離を詰めると、即座に首を刎ね、鞘に剣を納める。呼吸一つ乱すことなく魔物を始末したスカビオサにベローチェは、圧倒されつつも密かに興奮していた。
(なんて力なんだ……!)
ベローチェは平静を装い、スカビオサへと歩み寄った。
「礼を言うぞ、スカビオサ」
「これしきの事、造作もありません。今後、魔物が現れた際は、お任せください」
スカビオサは胸に手を添え、深々と頭を下げた。対してベローチェは、頭を上げろという意味を込め、彼の髪を撫でた。
「ああ、だが私も戦う。良いな?」
「はっ、承知しました!」
スカビオサの髪は意外にも触り心地が良く、ベローチェは暫くの間、指を擦っていた。
「あ、あのぅ……」
男の声が聞こえ、二人は同時に振り向いた。男はびくっと肩を跳ね、緊張からか上ずった声色で早口で喋りだす。
「先程は助けていただきありがとうございました! 礼と言っては何ですが、どうぞ村へお越しください! 食べ物でもお金でも何でも差し出しますので、こ……殺さないでくださいぃぃいっ!!」
まるで賊にでも遭遇したかのような口ぶりだ。ベローチェのただならぬ雰囲気とスカビオサの剣技を見て、男は完全に怯えていた。
ベローチェは溜め息を吐くと、膝をつき、男と同じ目線で応えた。
「怯えることはない。むしろ、もっと早く駆けつけてやれなくて悪かったな。私たちは旅を始めたばかりでな、できれば雨風を凌げる場所を提供してほしい」
ベローチェが薄く微笑むと、安心した男は何度も首を縦に振り、二人を村まで案内した。
「ここが、俺たちの村『フソク村』です」
村人が紹介した「フソク村」は、カルミアの工房から北東へ進んだとこに位置している。地図には載っていない小さな村だ。しかし、道中は人が往来する道と獣道が混ざっており、先程、魔物と遭遇したのはそのせいであった。
村に一歩踏み入った時、ベローチェは立ち止まった。
(……妙な気配だな)
「ベローチェ様?」
「いや、何でもない」
ベローチェは首を横に振り、村を見回した。無邪気な子供に疲れた目をした女性、それに加え、カルミアが幻術で使用しているボロ屋程ではないが、家屋を構成している木材が所々朽ちている。
「ここをお使いください」
「感謝する」
「いえいえ……」
村人は自分たちが使っている家屋よりマシな家を提供し、恭しく去っていった。
屋根のある家を入手し、一先ずは、一件落着と思いかけたその時、外から怒号が響き渡る!
ベローチェとスカビオサは、野道に沿って歩き、疲れてきたら木陰で休憩し、それから当てもなく歩く。彼らは目的のない旅をしていた。
ふと冷たい風がベローチェの首をすり抜け、彼女は身震いした。
「スカビオサ、もしや今の季節は……」
「冬です」
淡々と答えたスカビオサは、ベローチェの赤いドレスを見て、目を伏せた。何か着せられるものはないかと片腕を上げたり下げたりしながら自身をきょろきょろと見回すが、あるのは今まさに、身に着けている薄汚れたローブだけだった。
(……汚れたものなど貴女には似合わない)
スカビオサが密かに落ち込んでいると、ベローチェから不敵な笑い声が聞こえた。
「ふふっ……、こんなこともあろうかと持ってきておいたのだ」
「刮目せよ!」と言いながらベローチェが見せたのは、紺色のフード付きローブだった。スカビオサは支度途中の光景を思い出す。
「それはもしや……」
「ああ、師匠の家からくすねてきた。その名も『シノグローブ』」
ベローチェは至って真面目に言った。
「シノグローブ」とは、カルミアが作成したローブであり、雨風を凌ぎ、寒波や熱波、あらゆる物から身を守ってくれる何でもローブだ。
もちろん命名したのもカルミアだ。
但し、世界に一着しかないのが難点である。
「ということは、今頃、カルミア様は……」
「お察しの通りだ」
一方その頃カルミアは、シャーレ国へと続く道を歩みながら大きなくしゃみをした。
――ぶえっくしょん……っっ!!
防寒具を身に着けたベローチェは、不思議な安堵感に包まれ、深い息を吐いた。空を見上げると、灰色の雲が漂い始めていた。やけに冷たい風に、曇天……ベローチェは、もうじき雪が降るのだと察知した。
(発って早々、風邪を引いたら敵わん……)
微かな不安感を抱きながら、屋根がある建物を探すベローチェたちであったが、突如、野太い悲鳴が聞こえた!
「うわあぁぁあっ!!」
「なんだ!?」
「急ぎましょう……!」
悲鳴を聞きつけたベローチェとスカビオサは、魔物に襲われ、踞っている男を発見した。
(魔物!?)
ベローチェが魔物を見たのは初めてであった。三匹の獰猛なイヌ型の魔物は、男の頭を爪で引っ掻き、腕を噛みちぎる勢いで引っ張っていた。
追い払うか殺すかの二択だが、実戦経験がないベローチェはどの魔法を放てばいいか、思考を巡らせていた。彼女は破壊系の魔法に特化している為、男が近くにいては巻き込んでしまう恐れがあったからだ。
修得できる魔法は全て修得したが、実戦で使用できなければ意味がない。ベローチェは自身の未熟さを実感し、半ばやけに手のひらを魔物へかざした。
(ええい、ままよ!!)
「下がっていてください」
その刹那、ベローチェの横を電光石火の如くスカビオサが通り過ぎた。
彼はひと蹴りで魔物と距離を詰めると、即座に首を刎ね、鞘に剣を納める。呼吸一つ乱すことなく魔物を始末したスカビオサにベローチェは、圧倒されつつも密かに興奮していた。
(なんて力なんだ……!)
ベローチェは平静を装い、スカビオサへと歩み寄った。
「礼を言うぞ、スカビオサ」
「これしきの事、造作もありません。今後、魔物が現れた際は、お任せください」
スカビオサは胸に手を添え、深々と頭を下げた。対してベローチェは、頭を上げろという意味を込め、彼の髪を撫でた。
「ああ、だが私も戦う。良いな?」
「はっ、承知しました!」
スカビオサの髪は意外にも触り心地が良く、ベローチェは暫くの間、指を擦っていた。
「あ、あのぅ……」
男の声が聞こえ、二人は同時に振り向いた。男はびくっと肩を跳ね、緊張からか上ずった声色で早口で喋りだす。
「先程は助けていただきありがとうございました! 礼と言っては何ですが、どうぞ村へお越しください! 食べ物でもお金でも何でも差し出しますので、こ……殺さないでくださいぃぃいっ!!」
まるで賊にでも遭遇したかのような口ぶりだ。ベローチェのただならぬ雰囲気とスカビオサの剣技を見て、男は完全に怯えていた。
ベローチェは溜め息を吐くと、膝をつき、男と同じ目線で応えた。
「怯えることはない。むしろ、もっと早く駆けつけてやれなくて悪かったな。私たちは旅を始めたばかりでな、できれば雨風を凌げる場所を提供してほしい」
ベローチェが薄く微笑むと、安心した男は何度も首を縦に振り、二人を村まで案内した。
「ここが、俺たちの村『フソク村』です」
村人が紹介した「フソク村」は、カルミアの工房から北東へ進んだとこに位置している。地図には載っていない小さな村だ。しかし、道中は人が往来する道と獣道が混ざっており、先程、魔物と遭遇したのはそのせいであった。
村に一歩踏み入った時、ベローチェは立ち止まった。
(……妙な気配だな)
「ベローチェ様?」
「いや、何でもない」
ベローチェは首を横に振り、村を見回した。無邪気な子供に疲れた目をした女性、それに加え、カルミアが幻術で使用しているボロ屋程ではないが、家屋を構成している木材が所々朽ちている。
「ここをお使いください」
「感謝する」
「いえいえ……」
村人は自分たちが使っている家屋よりマシな家を提供し、恭しく去っていった。
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