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54話 ミランの正体
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白い壁、白い天井で覆われているこの部屋は初めて魔界で目を覚ましたときのままだ。あのときのように部屋を照らす青白い炎も空中にゆらゆらと彷徨っている。
この白い箱の中で、ミランは真剣な目をして、話し始めた。
「アレル、よく聞いて。あたしのこの空間魔法を奴らに破られるのは時間の問題なの」
「どういうこと?」
「あたしが空間魔法を使った場所が奴らに見られているから、レッドクラスの奴らなら、なんなくこじ開けてくるわ。これは時間稼ぎみたいなものなの。でも、あたしのこの空間魔法の中であんたが空間魔法を使えば、バルサロッサ達は感知できないわ。あたしが外に出たらそれで身を隠して」
「な、なにを言っているんだよ。それならミランも一緒に僕の空間魔法の中に」
ミランは口元を綻ばせたが、その表情は微かに悲しみの色を帯びている。
「それはできない。あたしはエイジア最強の悪魔。エイジアのみんなの期待を背負っている。僅かでも可能性があるなら、逃げるわけにはいかないわ」
「なら、僕も戦うよ! 死ぬのなんて怖くない! だって、僕は一度死のうとした身だ。君に助けられて今があるんだ。君の盾になって死ぬ方が」
そう、それが今の僕にできる唯一ののことだ。
「やめて!」
ミランの声が僕の言葉を遮った。彼女は目を閉じ、一筋の涙を流した。そして、ゆっくりとその潤んだ目を開ける。
「ごめんね、こんな世界に連れてきて……」
「な、なにを……僕は君の……ミランのおかげで今があるんだよ!」
ミランは目を涙で滲ませ、首を横に振る。
「あんたは自ら命を投げだそうとしている。生きることより死に場所を探してる」
胸がズキンと締めつけられる。
そう、それは銀髪の少女の言う通りだった。いつからか、いや、この世界で戦うことを知った時から、僕の心の根底にはこんな世界だからいつ死んでもいいというのが渦巻いていた。一度、生きることから逃げ出した自分は命のコンテニューなんて許されるわけがない。ローマンが操られた時、学園が襲われた時、パルラ親子を助けた時、ルンが逢魔々森で落馬した時、それらの人助けや仲間を救うといった程の良い綺麗事はすべて自分が満足のいく死に場所を求めてのことだった……。
それを二度目の命を与えてくれたミランに見抜かれていたなんて……。
彼女の目に浮かぶ涙を見て、この子にだけは知られては駄目だったと悟った。僕が言葉を探していると、先にミランは口を開いた。
「あたしはアレルには生きることの喜びを知ってほしかった……あんたの人間界での暮らしを見てきたから……」
「えっ!?」
ミランの突然の告白に言葉を失う。
「あたしはあんたを辛い世界から救いたかった! だって、アレルはあたしの忘れられない特別な人だったから。だけど、悪魔のあたしにはどうしようもなかったの。だけど……あの日……あんたにとっては絶望したあの日……あたしにとっては奇跡が訪れた瞬間だった……だってもう一度あんたに会うことができた日だから」
「ミラン……君はいったい?」
僕の問いかけに銀髪の少女は涙をこぼして、柔らかに微笑むと、僕の顔を両手でそっと包み込む。すると一瞬、彼女の身体から無数の黒蝶が舞い、僕はなにかがまとわりつくような感じがした。彼女の髪の色が銀から黒へと色彩を変えていく。
「アレルに加護あれ」
「なにを? それに髪の色が」
「まだわからない? あたしよ、あっくん」
「……その呼び方……」
どこかむずかゆくもあり、心地良い懐かしさを感じた。
黒髪に染まったミランがあどけない笑みを浮かべた。
次第に心の奥に閉まっていた言葉では言い表すことのできない大切ななにかが、溢れ出してくる。
ミランと、ある少女の面影が重なる。
「……リン」
彼女は涙を拭い、ニコリと微笑む。
「……本当にあのリンなんだね」
リンは幼い頃、当時、心臓の病気を患っていた僕の唯一の心の支えだった女の子。彼女もまた心臓の病気を患っていた。僕たちは病室が隣同士だったこともあり、いつも一緒に遊んでいた。
この白い箱の中で、ミランは真剣な目をして、話し始めた。
「アレル、よく聞いて。あたしのこの空間魔法を奴らに破られるのは時間の問題なの」
「どういうこと?」
「あたしが空間魔法を使った場所が奴らに見られているから、レッドクラスの奴らなら、なんなくこじ開けてくるわ。これは時間稼ぎみたいなものなの。でも、あたしのこの空間魔法の中であんたが空間魔法を使えば、バルサロッサ達は感知できないわ。あたしが外に出たらそれで身を隠して」
「な、なにを言っているんだよ。それならミランも一緒に僕の空間魔法の中に」
ミランは口元を綻ばせたが、その表情は微かに悲しみの色を帯びている。
「それはできない。あたしはエイジア最強の悪魔。エイジアのみんなの期待を背負っている。僅かでも可能性があるなら、逃げるわけにはいかないわ」
「なら、僕も戦うよ! 死ぬのなんて怖くない! だって、僕は一度死のうとした身だ。君に助けられて今があるんだ。君の盾になって死ぬ方が」
そう、それが今の僕にできる唯一ののことだ。
「やめて!」
ミランの声が僕の言葉を遮った。彼女は目を閉じ、一筋の涙を流した。そして、ゆっくりとその潤んだ目を開ける。
「ごめんね、こんな世界に連れてきて……」
「な、なにを……僕は君の……ミランのおかげで今があるんだよ!」
ミランは目を涙で滲ませ、首を横に振る。
「あんたは自ら命を投げだそうとしている。生きることより死に場所を探してる」
胸がズキンと締めつけられる。
そう、それは銀髪の少女の言う通りだった。いつからか、いや、この世界で戦うことを知った時から、僕の心の根底にはこんな世界だからいつ死んでもいいというのが渦巻いていた。一度、生きることから逃げ出した自分は命のコンテニューなんて許されるわけがない。ローマンが操られた時、学園が襲われた時、パルラ親子を助けた時、ルンが逢魔々森で落馬した時、それらの人助けや仲間を救うといった程の良い綺麗事はすべて自分が満足のいく死に場所を求めてのことだった……。
それを二度目の命を与えてくれたミランに見抜かれていたなんて……。
彼女の目に浮かぶ涙を見て、この子にだけは知られては駄目だったと悟った。僕が言葉を探していると、先にミランは口を開いた。
「あたしはアレルには生きることの喜びを知ってほしかった……あんたの人間界での暮らしを見てきたから……」
「えっ!?」
ミランの突然の告白に言葉を失う。
「あたしはあんたを辛い世界から救いたかった! だって、アレルはあたしの忘れられない特別な人だったから。だけど、悪魔のあたしにはどうしようもなかったの。だけど……あの日……あんたにとっては絶望したあの日……あたしにとっては奇跡が訪れた瞬間だった……だってもう一度あんたに会うことができた日だから」
「ミラン……君はいったい?」
僕の問いかけに銀髪の少女は涙をこぼして、柔らかに微笑むと、僕の顔を両手でそっと包み込む。すると一瞬、彼女の身体から無数の黒蝶が舞い、僕はなにかがまとわりつくような感じがした。彼女の髪の色が銀から黒へと色彩を変えていく。
「アレルに加護あれ」
「なにを? それに髪の色が」
「まだわからない? あたしよ、あっくん」
「……その呼び方……」
どこかむずかゆくもあり、心地良い懐かしさを感じた。
黒髪に染まったミランがあどけない笑みを浮かべた。
次第に心の奥に閉まっていた言葉では言い表すことのできない大切ななにかが、溢れ出してくる。
ミランと、ある少女の面影が重なる。
「……リン」
彼女は涙を拭い、ニコリと微笑む。
「……本当にあのリンなんだね」
リンは幼い頃、当時、心臓の病気を患っていた僕の唯一の心の支えだった女の子。彼女もまた心臓の病気を患っていた。僕たちは病室が隣同士だったこともあり、いつも一緒に遊んでいた。
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