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17話 銀仮面の悪魔

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 戦闘が終わり、辺りを見回すと綺麗に舗装されていた石畳の通路は破壊され、青々と茂っていた芝生は焼け野原と化していた。
 校舎などの建物も所々瓦礫に姿を変えている。ここが戦場だったと再認識させられるには充分な光景だ。

「アレル大丈夫だった?」

 心配そうな表情をして、僕を見つめるミラン。先ほどまでの戦いが嘘のように、いつものミランだ。

「うん、なんとか……」
 僕は弱々しく微笑んだ。

「それより先生たちが……」

 僕は振り返り、背後にいるロップ先生たちに目をやった。

 ミランは頷き、
「ロップ先生、もうすぐ城からの救護班が来るはずですので、もう少しだけ辛抱できますか?」

 ロップ先生は微笑み、コクリと頷き、
「リエラっちの足は止血を施したから大丈夫だぞ」
「……ここに来るまで目に入る敵は倒して来たけど、まだ敵は残っ―――」

 ミランの話を遮るように食堂の方で大きな爆発音がし、空気が振動した。

「ミラン!  食堂にはノーファ達が!」
「落ち着いてアレル。ノーファはレベルグリーンよ。そう易々とやられはしないわよ」
「でも……ベルリッタがいたんだよ!」
「なっ!」
 ミランは驚いた表情を見せたが、すぐさま元の表情に戻り、
「でも、奴のレベルは低かったはずよ」
 僕は素早く横に首を振る。
「ベルリッタもレベルグリーンだったんだよ」
「えっ!?」
 ミランは目を丸くしたあと、眉間にしわを寄せ険しい表情を作った。

「……だけど、あたしはここを離れることはできない。今のあんたを置いて行けないわ……」

 彼女は苦渋の決断ともいうべき顔になる。

「でも……ノーファ達が……」

「わかってる!  だけど……あんたの側を離れたくない」

 確かにミランがこの場を去り、残っている敵が姿を現したら、今の僕や先生では太刀打ちできないだろう。

 だが……僕も……後悔したくない!  ノーファ達を見殺しにはできない!

「ミラン、僕たちは大丈夫だから行ってあげて」

 なんの根拠もないが、こう言うしか術が見つからなかった。

 ミランから返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「……嫌よ、あたしはあんたと二度と会えなくなるのは……もう後悔したくないの……」
「……?」

 後悔?  

 ミランはいつのことを言っているのだろう。
 その時、ロップ先生が話に割って入ってきた。

「お二人さん、話の途中で悪いんだけど、食堂に行く必要がなくなったんだぞ」

 先生はなぜか切迫したような緊張した声音だ。先生の目は僕の背後の空中を凝視している。僕も振り返り、そこに視線を移した。

 ベルリッタが宙に浮かんでいた。そして、隣にもう一人。額から鼻まである不気味な銀仮面をしている悪魔がそこにいた。なぜかその男を見ただけで、かつてない戦慄が走り抜けた。

「おやおやぁ、追加のケルベロスがやられちゃったあって聞いたから、誰かと思って来てみればぁ、やっぱりミランちゃんじゃないのぉ。お早いお帰りねぇ」
 おぞましいオネエ声でベルリッタが言った。

「ベルリッタ!  あんた、ノーファたちをどうしたのよ!」

「さあねぇ」
 馬鹿にしたようないやらしい口調だ。
「あんただけでも!」
 ミランの尻尾が赤みを帯びる。
「わぁこわ~い」
 わざとらしく怯えた様子を醸し出すベルリッタ。

 ミランはおかまいなしに魔刀イフリートを腰から抜く。

「地獄の炎斬(ヘルスパーダ)!」

 黒炎を纏った斬撃が飛ぶ。

 しかし、ベルリッタに当たる直前に斬撃が弾かれた……銀仮面の男の手によって。奴の手には剣が存在していた。

「なっ!?」

 ミランは虚をつかれたように、驚きの表情を隠せない。

「もう!  危ないじゃな~い」

 ベルリッタが少し慌てた様子で言った。
 銀仮面はこちらを見て、口元に不気味な笑みを浮かべた。僕は再び背筋に戦慄を覚えた。
 だが、銀仮面はなにもせずにそのまま飛び去って行った。

「またねぇ~、アレルちゃんにミランちゃん」

 ベルリッタは銀仮面のあとを追っていく。
奴らが飛び去り、僕らは緊張から解放された。冷や汗が半端ない。

「あの銀仮面の悪魔は何者なの?」
「2年ほど前から戦場で見かけたことはあったけど、直接対峙したのは初めてだったわ。だけど……まさかあれほどとは……」

 ミランの表情が曇る。
 なんなく彼女の攻撃を弾いたところから、おそらく、奴もレベルレッドクラスなのだろう。

 と、そのとき、
「アレルー」とよく知っている抑揚のない叫び声が聞こえた。

 声のする方向に嬉しさを込みあげながら視線を移した。

「ノーファ!」

 僕はその姿を見て、ホッと胸を撫でおろした。ミランも安心したのか、安堵の笑みを浮かべている。

 ノーファ以下、ローマンを含めて20名程の生徒がこちらに駆けてくる。近くで見ると、顔が泥だらけの者もいれば、制服が破れている者、傷を負っている者もいる。

「無事で良かった」
「アレルこそ」

 珍しくノーファが優しい笑みを浮かべた。

「ベルリッタを逃しちまったぜ!」
 悔しそうな表情をするローマン。

「さっきの大きな爆発は?」
「あれはベルリッタの野郎が逃げる時に放った魔法のせいだ。まあノーファのおかげで助かったがな」
「そっか、やられたわけじゃなくて良かった」
「お前の方のチビっこはどうだったんだよ?」

 僕は強く顔をしかめ、下唇を噛み、首をゆっくりと横に振った。

「……そうか」

 いつもは豪気なローマンなのに、この時ばかりは罰が悪そうに小さく呟いた。

「ごめんね、アレル……あたしがもっと早く来ていれば……」

 銀髪の少女はさも自分の責任かのように俯いた。

「違う!  違うよ……ミランのせいじゃない」

 ここにいる誰のせいでもない。悪いのは急襲してきたクラシカル軍以外の何者でもない。

 僕はこの強者が弱者をいたぶるこの惨劇だけは許せない。許せずはずがない! 
 誰でも守れるように強くなろう……。
 多くの悲劇を生んだ今回の戦いで、皮肉にもそう固く決心した。

 学園は戦いの名残りをまざまざとみせつけるような酷い有り様だが、敵は去ったのだ。
 そのことを告げるように雲間から陽の光が射し込み始めた。
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