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8話 重なる恐怖

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「ローマンにあんたのこの一年の成果をぶつけるのよ」

 ミランが拳を突き出して激励する。今日は任務そっちのけで駆けつけてくれたのだ。

「どんといけばいい」

 能面ノーファの適当なアドバイス……。

「まあ、やれるだけやってみるよ」

 僕は武舞台に上がった。

「アレ兄ー頑張れよー!」
「アレ兄、負けるなよー!」

 といった黄色い声援が送られる。僕はその心地よい声援に応えて手を振る。声援の主はこの一年で、すっかり仲良くなった初等部の子供達だ。

「ガキどものヒーロー気取りか。さぞかし気分がいいんだろうな」
「別にそんなつもりはないよ。ただ、クラスメートが応援してくれるのは嬉しいけどね」
「すぐにあのガキどもの声を悲鳴に変えてやるぜ!」

 悪そうな笑みを浮かべて、意気込むローマン。

「この国最強と学園最強に期待されたお前をぶちのめせば、俺の株も上がって、卒業待たずに魔導戦士になれるかもしれねえ」

 この闘魔館での再戦はローマンのしつこい申し出を受けたものだ。
 彼は悪態はつくが、この一年間、僕が魔力を扱えるようになるまでは再戦を待っていてくれたらしい。といっても再戦の約束などしてなかったんだけど……。この申し出を受けた理由は他にもあった。
 
 僕は、この国を守るため、ミランのようにいずれ戦いに出ないといけない。
 その来たるべき未来のためにも実戦を経験しておかなければ、戦士になっても早死にするだけよ、とミランに脅されのだ。それはそうかも!? と焦った僕は承知したのだ。それにローマンはレベルブルーだから僕を上回ることは、ほぼ考えられないらしい。
 ミラン曰く、今の僕なら圧勝することは目に見えているとのこと。確かに魔力の使い方や戦い方は学んできたけれど、 普通のケンカだったら、体格差だけで圧倒的に不利だよな……。

「そろそろ始めるわねぇ~」

 審判を務める担任のリエラ先生が言った。

「おう」

「お、お願いします」

 僕らが応えると、先生が手を挙げた。
 円形状の武舞台を囲むように、結界が張り巡らされる。観戦者達に危害が及ばないようにする為の装置だ。

「では、はじめぇ!」

 先生の合図共に僕は瞬時に魔装する。黄色のオーラを発する。それを見て、なぜかニヤリとするローマン。

「この一年、強くなったのはお前だけじゃねえ、ハアッ!」

 なんと、ローマンのオーラと尻尾が黄色に輝く。

「テイルチェンジ!?」と思わず声がこぼれた。

 ローマンの尻尾は青だったはず!?……だよな……。
 いつもはのんびりしている先生も驚きの表情を隠せない。おそらく、ローマンのことを知っている人は、少なからず驚いている。
 ミランに目をやると、彼女が一番目を丸くしている。
 これって……タダじゃすまないよな……。
 ミランにヤバいという視線を投げかける。彼女はテヘペロして、両手でガッツポーズを作る。マジかあ~。

「ああ、まさか俺がテイルチェンジできるとは自分でも驚いたぜ。お前との再戦が決まった翌日、起きたら尻尾が熱を帯びていたんだ。魔力を込めたら黄色く光ったんだよ」

「やっちまってくださ~い! ローマン!」

 いつもローマンの腰巾着であるベルリッタが叫ぶ。

「さあてと、いくぜ!」

 ローマンは小細工なしに真正面から向かってきた。そのままスピードにのって右拳を放つ。僕は左手でそれを内に逸らしながら、左前に半歩出て、右ハイキックを放つ。

 くっ! 

 ハイキックはなんなく受け止められた。彼は不敵な笑みを浮かべ、

「うおおら!」

 僕はそのまま足を掴まれて、軽々しく、ボロ人形のように投げ飛ばされる。

「ぐっ!」

 地面に激突する前に片手で地をはじき、後方宙返りをして着地した。
 危なかった……なんとかノーダメージで切り抜けられたな……と思った矢先、第二波が飛んできていた。
 フレイムアロー……三本の炎の矢だ。魔力を手に集中させて、黄色のオーラで包まれた手で弾く。

 くっ!

 二本が限界だ。察知するのが遅すぎた! 
 三本目を上体を右に反らして躱す、が左肩に微かに痛みが走り抜けた。どうやらかすめたようだ。

「安心しすぎだぜ、アレルぅ! これは、戦いなんだぜ!俺がやられるか、お前がやられるかのなあ!」

 左肩に手をやると軽く出血している。それを見たら、僕の足が情けなくガクガクと震えだした。
 殺されるんじゃないのか、もしくは助かったとしても五体満足でいられないんじゃないのか、そう考えると、徐々に昔の恐怖が蘇り、僕の心を浸食していく。

「これがレベルイエローか! ブルーの時とは全然違うぜ。魔力が溢れてくるぜ!」

……嫌だ……嫌だ!なんで人間界で卑劣ないじめからやっと解放されたのに、魔界でもこんな痛い目に合わないといけないんだ。なんでだよ!

「なんだよ、急に怯えた顔しやがって。いくぞ!」

 そう言い放ったローマンが奴と重なる。人間だった時、僕を支配していたいじめの張本人の奴と……僕の中の人間界で植え付けられた恐怖が完全に姿を現した。

「く、来るなあーーーー!」

 僕は後ろに振り返り、逃げる。敵前逃亡というやつだ。ビビりでもヘタレでもなんでもいい! なんとでも言え! 怖いものは怖いんだ!

「おいおい、なんだよ。興醒めだぜ……ミラン、ありゃあ、お前の見込み違いだぜ」
「そ、そんなことないわよ! アレルは心が優しいだけよ!」

 ミラン、それ以上、僕に期待しないでくれ。僕は人間のときから心が弱くて、イジメに正面から立ち向かわずに闇討ちして死ぬことしか選べなかった人間だったんだから……。

「ふん、あきれたぜ。あれを見て、そんな言葉が出るとは。先生よお、俺の勝ちを宣言してくれよ」
「そ、そうねぇ……いいのぉ?アレルくん?」

 僕はおそるおそる振り返った。先生にミラン、ノーファ、初等部と高等部のクラスメートの信頼、心配、落胆、あらゆる視線が僕を貫く。
 だけど……僕は戦えないよ……だって、怖いんだよ……明日から臆病者の腰抜けのレッテルを貼られて、魔界でも蔑まれるのかな……でも、嫌なんだよ……もういいんだ……人は簡単には変われないんだよ……これで幕引きだ……僕は負けを認める言葉を発しようとした。
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