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第3章 ナイトパレードは終わらない
第42話『モッチリ村の奇病②』
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一瞬にして谷底へ、デス・スカイダイビングをすることになったジークは、背中に激しい痛みと衝撃を受け冷たい水の中に沈んでしまう。
ミラナ領がホワイトランドの中でも穏やかな気候をしているといっても、それは普段の話だ。
物凄い風圧で勢い付いた体は、まともに衝撃を受けてしまった。
痛みとショックで半分意識を失いかけながら、ぼろ布のように「もがもが……」と流れていくジークの横を、大きな魚が並走していく。
「……」
「…………」
水の中なので、正直よく見えていないジークだが、何となく相手のシルエットがわかると一瞬にして真顔になり、魚も大きな目玉でジークを見つめる。
数秒、しばしの沈黙の後。先に動いたのは魚の方だった。
ヤツは何を思ったのか突然、頬……もとい、エラを赤らめながら尾びれを力強く動かしてジークに近付いてきた。
まるで求愛をするかのようにジークの周りを泳ぎ、きらきらと光る鱗を見せつけてくる。
「ふがーっ!」
ジークは背負っている相棒のフィアを落とさないように逃げようとするが、逃げ切るには人間では無理がある。
どうやら魚の目には、大鎌であるフィアがジークの鱗に見えているようだ。
確かにフィアは可愛い……そもそも、彼女の人型の姿はジークにしか見えないが、可愛い。
だが、まさか水面に差し込む光を反射した大鎌を鱗と見間違えるなんて、どれだけ魚は目が悪いのだ。
魚の大きな口が開き、息も限界になっていたジークがフィアを握りしめたまま、どうしようかと目を見開いた。
「……!」
――瞬間、魚は何かの気配に気付き、怯えたように尾ひれで水をかき分け、キレイな弧を描いてどこかへ行ってしまった。
その直後、魔法で作り出した氷の剣を握る無表情のリズが流れてきて、ガラス玉のような青とジークの目が合う。
「……」
「…………」
リズは遠くなっていく大きな魚を名残惜しそうに見ていたが、溺れているジークに気付いてマフラーの端を掴んでくれたのだった。
助け方はどうであれ、ジークは無事に水面に引き上げてもらえたのである。
「ボァっ! ぶっは……ッ」
肺の底から空気を吐いては吸い込むジークは、危うく過呼吸になりかけながら念願の陸へと手を着いた。
酸素不足で頭が痛い、それでも何とか這いずりながら人間の領域へと上がると、フィアを傍らに息を整える。
そうしていると、シャオロンとハツに助けられるレイズが流れて来た。
もっとも、落ちた時から白目をむいていたレイズはぐったりとしており、『捕まった珍獣』のようにされるがままであった。
「レイズ! ハツ、シャオロンも無事だったんだな!」
ともあれ、よかった! と胸をなでおろすジーク。
「はぁ、はぁっ……! い、息が……いや、それよりも!」
ぜぇぜぇと鳴る胸を押さえているレイズは、眼鏡がどこかに行ってもなお、痛む自分の体にかまうことなく強く抱きしめていた流木を仲間達に差し出した。
レイズは以前の出来事が原因で、眼鏡がなければまともに見えないのだが、自分よりも優先するものがあるのだろう。
彼の吊り目がちな赤い瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「リズが……リズが、さっきから冷てぇんだ! あんなに、元気だったのに……! 俺が手を離したから!」
そう声を上げたレイズは、冷たく固い木を抱きしめて縋る。
ジークは普段の、強気で自信過剰・仕切り屋・極度の片割れ愛のレイズウェルのこんな姿に胸を打たれてしまう。
「な、なんだって……リズがこんなに冷たく……?」
「あぁ……あぁ! 夢だって言ってくれよ、リズ……! クソ! 俺はいつもこうだ!」
謎に流木を抱きかかえて悔しさと悲しさで泣くジークとレイズだが、本物のリズは彼らを無表情で眺めている。
「知らなかった。リズは木だったのか……」
レイズの落とした眼鏡を持ち、真顔で佇んでいる様子はとてつもなくシュール。
「い、いや……俺様は何を見せられてるんさ……」
ハツは笑いをこらえるように空を眺めて下唇を噛む。まったくもってその通りである。
ツッコミが不在の今、残ったシャオロンは死んだ魚のような目をして呟いた。
「……コの人たち、いろいろ終わってルネ」と。
という、いつものAHOU隊の日常を送ったところで、ジークはようやく今の現状に目を向ける。
「さて、あんな所から落ちたわりには全員無事でよかったんだぞ!」
そう言ったジークが目線を上げた先には、高くそびえたつ崖がある。
遥か頭上には鳥が飛んでいるが、小さすぎてよく見えないし吹き込んでくる風が強くて冷たい。
ここは、あの谷底を流れる川の下流であり、日が当たらない事もあって薄暗く寒い。
「腹も減ったさし、適当に魚でも獲ってくるさな」
一番にそう言ったのはハツだ。彼はいつも持ち歩いている強靭な透明な糸を取り出すと、器用に木の枝に引っ掛け釣竿を作り出した。
「じゃあ、僕は持ってきた食料の中から食べられるモノを探しておくヨ」
ずぶ濡れの荷物の中身を取り出すシャオロンと同じく、リズも濡れたバッグを開ける。
「手伝う。お腹いっぱいになれる?」
リズは以前の仕事で使っていた薬の影響で味覚や痛覚が一切ないが、同じく食べることが好きなシャオロンに懐いている。
「ウーン、あんな高い所から落ちたんだカラ、どれだけ無事かによるネ」
「ん」
そんな話をしながら、二人は持っていた荷物を漁り始める。
何も言わずとも各自で出来る事をする仲間にジークが安心していると、青フレームの眼鏡の端を指で持ち上げたレイズが舌打ちをした。
「ったく、誰のせいでこうなったと思ってんだ?」
「そりゃあ……悪かったと思っているぞ」
ぶつぶつと文句を言いながら、濡れた服を木の棒に引っ掛けるレイズ。
火の魔法を扱う彼のおかげで焚き火を起こせたので、言い返すことが出来ないジークも手伝う。
全員分の制服を乾かす時間はないので、それぞれの上着と小物だけだが、あとは食べている間にでも乾くはず。
なんともマヌケではあるが、濡れたまま任務先に向かうよりはマシだろう。
早く乾くようにジークが服の向きを変えていると、ハツが戻ってきた。
「はー、色々試してみたんさが、水の流れが速すぎて無理さな」
何も収穫がなく手ぶらでそう話すハツは、想定内だというように軽く溜息まじりにモサモサ毛の頭を掻いた。
サバイバル知識が豊富な彼としては、ダメでもともとだったのだ。
「こっちもだヨー。持ってきてたパンは全部ダメ! 果物も潰れちゃってるネ」
食料確認班のシャオロンからも、残念な知らせが届く。
「あー……そうだったのか。うん、でも大丈夫! 村に着けば何か食べさせてもらえるはずだぞ!」
正直、予想がついていた事にジークは苦笑いを浮かべると、それでも仲間を安心させるように提案をする。
他力本願だが、これが一番手っ取り早い。仲間を不安にさせないポジティブ思考は、ジークの人間性だ。
「食いもんはどうでもいいが、飲み水はどうするんだ?」
うんざりしたように首を振るレイズに、ジークは川を指さし何でもない事のように言う。
「うん、そこに飲み干しきれないほどあるじゃないか」
「あのな、一般民のお前らと違って貴族の俺とリズはこんなもん飲んだらどうなるか……」
「レイ、リズは泥水を飲んだ事がある。リズは味がわからないからどの水も同じ」
大げさな溜息をつくレイズの傍に、リズは唯一無事だったスープポットを持ってきている。
「そういう事じゃあねぇよ! つか、いつ飲んだんだよ!」
「まぁまぁ、レイズ! 君も一度お腹を壊せば耐性がつくってものさ!」
な? と弾けんばかりの笑顔で話をうまく終わらせようとするジークだが、そういう問題ではない。
ジークとレイズは真反対な性格をしているせいか、こうして言い合いをすることも珍しくないので、シャオロンとハツも放っておいている。
面倒な事が始まったな、と思っていたハツはリズの手の中のスープポットに注目する。
「おん? お人形ちゃん、それ。何を持ってんさ?」
「荷物の中にあった」
大きさとしては全員で分けるとちょうど一食分くらいだろうか。
リズは持っていたスープポットを差し出す。
「なんもないよりはマシな気はするさが……ん、なんか、匂いが……?」
だが、スープポットを受け取ったハツは、すぐにジークに投げて渡す。
「おっと、食べ物を雑に扱うのはダメだぞ。ちょっとくらい休むことにしよう。これは大事な食糧だから、ゆっくり味わおうな!」
ジークは危うく落としそうになりながらも受け取り、ポットの蓋を勢いよく開けた。
辺りに漂う、強烈な薬草臭。苦みとえぐみが混じったような泥水にも似た濃い緑の液体。
ベレット村でジーク達の隣に住む、親切なおばさんが毎日くれる『呪いの薬草スープ』がそこには入っていた。
「――! ホアァァ! ハァーッ!」
時には魔物除けにもなる刺激臭に目と鼻をやられたジークは、くしゃみをする寸前のように顔を歪めた。
反射的にスープを投げ捨てたい衝動にかられながらも、理性で自分を抑え込んだ。
荒ぶる女神を鎮めるように、開けた勢いのままポットの蓋を急いで閉める。
この間、五秒ほどである。
「……はぁ、はぁっ! こんな所にトラップがあったなんて気付かなかったんだぞ!」
荒い息を吐き出しながら脂汗を拭うジーク。失礼極まりないが、まことの本心である。
おばさんが作ってくれる栄養たっぷりの薬草スープは、日頃から村の仕事をするAHOU隊へのお礼だとわかっているが、本当に味が凄まじい。
まず、ピリッとした舌先が口内への侵入を拒み、青臭いえぐみが鼻を抜けていく。
ジャリジャリとした歯触りも強烈ながら、のどごしがこれまた最悪なのだ。
とにかく、これを心の底から美味しいと言えるのは味覚がないリズだけだろう。
申し訳ない事に、AHOU隊はこのスープが苦手だった。
「……食事はやめよう。早く服を乾かして村に行かないと、困ってる人がいるんだぞ!」
キリッと表情を引き締めたジークは、何事もなかったかのようにスープポットをリズに返すと、また服を乾かす作業に戻っていく。
ちなみに、ジーク達はいつも何だかんだ思いつつもキレイに食べきってお鍋を返している。
善意でもらえるものには誠意で返すのだが、今は食べきる気力がない。
「ジーク、お腹すかないノ? 僕らの分はいいカラ、キミが全部食べてもいいんだヨ?」
シャオロンは眉を下げて心配するふりをしているが、ニヨンと口の端が笑っているのは隠せていない。
彼のこういった性格の悪さもなかなかのものである。
「何を言い出すんだい? シャオロン、俺達の使命は人助けだ! のん気に食事なんかしていられない。リズも、スープポットはしまってくれ。一刻も早く出発するぞ!」
あたかも真剣に正論を言っているようだが、ジークはスープをお断りしたい。
「お前、さっきと言ってることが逆じゃねぇか……」
手のひら返しが早いジークにドン引きしながら、レイズはつっこんであげたのだった。
そんなこんなで服が乾いたAHOU隊の五人は、再び目的のモッチリ村を目指す。
数時間後。
五人がモッチリ村に辿り着いたのは、夕方のことだった。
オレンジ色の夕日が森の中にあるひっそりとした集落や、そばを流れる小さな川を照らしていく。
ここは静かな落ち着いた村。
……のはずだった。
「なんだい、これは!」
村の入り口についたジークは、開口一番にそう叫んだ。
「コレはちょっと……」
どうもこうも、明らかに様子がおかしい状況に、シャオロンは信じられないというように半笑いだ。
「いや、明らかに何かがあった様子さな」
笑いごとではないはずなのに、ハツも呆れて苦笑いを浮かべている。ちなみにレイズとリズは事態の異常さを見て固まっている。
「ま、まさか来る村を間違えたとか!?」
ジークはあまりの光景に驚いて地図を見直すが、ここは山間の静かなモッチリ村に間違いはない。
野菜が特産だとかいう情報はおいておき、何度確認しても変わらない。
木の板で出来た『モッチリ村』と書かれた看板を横目に、ジークは自分の瞼を指で押し上げた。
レオンドール本部からの任務は、モッチリ村で流行っている原因不明の奇病を治療をすることだ。
もし、感染力の強いモノであればトリートであるハツの手にも負えないかもしれない。
事態は一刻を争うはずだ。それなのに、そうであるはずなのに……。
村人達は、なぜか畑に植えていたであろう野菜を胴上げ……もとい、野菜上げしていた。
何かの祭りなのだろうか……ジークがそう思っていた矢先、村人の一人が入り口で呆然と立ち尽くしている五人に気付き、まるまると大きくなった立派なカボッチャを胴上げしながら大股で近づいてきた。
「おお! その姿は、エリュシオン傭兵団のワッショイ!」
健康的な小麦色の肌を見せつけるタンクトップ姿の男性は、堀の深い顔をさらに濃くして微笑んだ。
「……は? はい……」
肉体系の独特な雰囲気に思わず身構えてしまったジークは、男性のあまりの迫力に「いいえ、違います」と言いたかったのを堪えて頷いた。
すると男性の顔が見るみるうちに生気を取り戻し、彼は「ワッショーイ!」と叫び、持っていたカボッチャをその辺に投げ捨てた。
そして、顔を引きつらせているジークの体を軽々と持ち上げると、集まって来た男女数人と胴上げしながら村の中へ引きこんだ。
「ヒィッ! 助けッ……」
何が何だかわからないジークは、必死に仲間に助けを求めようと両手を伸ばしたが、他の四人も集まってきた村人達の手により胴上げされながら村の中へと連れていかれてしまった。
「なんだよ! やめろっ!」
大量のワッショイの掛け声のはざまで、レイズの悲鳴が聞こえる。
なすすべなく村の中に連れていかれる姿は、いけにえの獲物のようだった。
「お話はっ! お話は聞きますから、下ろしてください!」
ジークは胴上げされながらそう叫んだ。
大勢の手により胴上げされながら運ばれているので、着地位置が悪いと目つぶしや往復ビンタを食らってしまうのだ。
それに、浮いた時の浮遊感が気持ち悪い。すると胴上げをする村人の一人が口を開いた。
「ワッショイ! 申し訳なワッショイ! 我々は、とある奇病ワッショイ! かかってしまッショイ! 助けッショイ!」
最後の方はもはや知らない言語のようだったが、張りのある元気な掛け声とは裏腹にみんな苦悶の表情を浮かべている。
もはや声がうるさすぎて口を挟む間もないまま、村の中央広場へとジーク達を運んで行った。
松明だけ焚かれた広場に連れてこられた五人は、ワッショイの掛け声で横向きに投げ捨てられた。
「痛ッ! コラーッ! 横ワッショイはやめるんだぞ!」
ジークは顔から落とされてしまい、鼻を擦りむいてしまった。
「そうさ! 乱暴すぎんさか!」
それはハツも同じだったようで、強烈な横ワッショイの犠牲になったのはジークだけじゃなかった。
「いや、横ワッショイってなんだよ……」
冷静につっこむレイズの横でリズはむくりと起き上がると、目の前で何やら持ち上げるものもないのに胴上げのしぐさを繰り返しながら、ハァハァと荒い息を繰り返す村人を見て言った。
「この村、滅ぼす?」
「サンセイ」
まさかのシャオロンも同意見だったようで、冷ややかな目で両手の指の関節を鳴らしている。
「君らが言うと、冗談に聞こえないんだぞ!」
このままじゃ話が進まないどころか、人生が終わると思ったジークは、慌てて村人たちの前に立った。
「ちょ、ちょっと状況がさっぱりわからないのですが、どなたか教えてください!」
そう言うと、上半身がやかましい村人達の間をかき分けながら一人の老人が出てきた。
人をかき分けながら進むたびに、村人達へ老人のビンタが炸裂し、老人もまたビンタを食らっている。
彼もまた、胴上げのしぐさをしながらゆっくりと話を始めた。
「……この村は、数日前から村はずれの小屋に住み着いた魔法使いから術を掛けられてしまッショイのぅ……。それ以外はなにもされておりませんが、どうかお助けッショイ……」
ジークはこの時点で嫌な予感がした。それは仲間達も同じのようで、リズを除く三人の顔の筋肉が引きつる。
「あ、あの……もしかして、その語尾にワッショイ的なものが付くのも病の症状だったりするんですか? この謎の胴上げワッショイもひょっとして体が勝手に動くとか……」
ジークがそう言うと、村人は一斉に頷いた。一瞬にして真顔になったジークは、心の底からこう思った。
――いや、くだらねぇ……!
いや、魔法使いから被害を受けている村人からしてみれば、くだらなくはないのだが。
いかんせん、横ワッショイの迷惑と笑いしか生まない。
――……ジーク達はひと通りの説明を、語尾に「ワッショイ」を付けられながら聞いた。
村人の話によれば、数日前に村へやってきた魔法使いは、村人に胴上げの術をかけたきり小屋にこもっているらしい。
実にわかりづらかった説明を、ジークは自分なりにまとめて確認してみると村人は頷いた。
「なんか、奇病というより呪いみたいさな」
「余計なことを言うんじゃねぇよ」
レイズは、ぼそりと呟いたハツの横腹に肘うちを入れて黙らせた。今ここで呪いだのなんだの言うと余計に面倒な事になりかねない。
ジークは後ろにいるリズとシャオロン、レイズにハツを一瞥すると鞄の中から書類を取り出した。
これは、エリュシオン傭兵団から発行される任務内容が記された公的な文書だ。
「俺達は、エリュシオン傭兵団AHOU隊のジークと仲間です。ですが、相手が強い魔法使いであれば解決がお約束できるとは限りません」
嘘がつけないジークは、持ち上げるものがない状態の『エア胴上げ』を繰り返す村人達に正面から告げる。
「そうですか……ッショイ。ですが、我々とて逃げられては困りまッショイ」
「いや、逃げるとは言ってなくて……」
なにか、老人のまとう空気が変わったのを察したジークは身構えていたのだが、ものすごい早さで村人に囲まれてしまい、再び胴上げワッショイの刑に処されてしまう。
「のわーっ!」
「ジーク! もうこの村なんナノ!」
「クソッ、人質を取るなんて卑怯だぜ!」
シャオロンとレイズは悲痛な声を上げた。残るハツとリズは何も言わないが、ジークを人質(?)にとられてしまい、動けないでいる。
「み、みんな……!」
文字通り村人達の手の上で転がされているジークは、不安そうな顔の仲間達を見ると、リーダーらしく表情を引き締め、力強く頷いて見せた。
「みんな、心配しないでくれ! この程度の事で俺は屈しない。だから、諦めちゃだめだぞ! 諦めなければ俺達が負けたことにはならないから!」
ワッショイ! の声に負けず力強く微笑んで見せたジークだが、やられている事はただの胴上げである。
「ジーク! そんなのってないヨ!」
「そうだぜ、お前はバカだが認めてる所もあるんだ!」
「おめぇのこと、嫌いじゃねぇさ」
「リズは、ジークの星送りをしたくない」
それにつられてか、悲壮感丸出しの仲間達は必死にジークを助けようと手を伸ばす。
繰り返すが、やられている事はただの胴上げである。
「大丈夫だ、俺は死なない!」
ジークは仲間達にそう言うと、とてつもなくやり遂げた漢の顔で右手の親指を立てた。
だがその直後『横ワッショイ』をまともに食らってしまう。
石に鼻をぶつけてあまりの痛みに数秒呻いた後、ゆっくりとした動作で起き上がり、悟りを開いたような穏やかな顔でこう言った。
「……はい、俺達に任せて下さい。命を懸けて戦います。だからもうワッショイしないでください。痛いです」
さっきの諦めなければなんとかの決意はどこへ行ったのか、あっさりと屈してしまっていた。
実にリーダーにあるまじきヘタレ具合であるが、これもジーク・リトルヴィレッジなのである。
ともあれ、茶番を終わらせた五人は、魔法使いが住んでいる村はずれの小屋へ向かう事となった。
ミラナ領がホワイトランドの中でも穏やかな気候をしているといっても、それは普段の話だ。
物凄い風圧で勢い付いた体は、まともに衝撃を受けてしまった。
痛みとショックで半分意識を失いかけながら、ぼろ布のように「もがもが……」と流れていくジークの横を、大きな魚が並走していく。
「……」
「…………」
水の中なので、正直よく見えていないジークだが、何となく相手のシルエットがわかると一瞬にして真顔になり、魚も大きな目玉でジークを見つめる。
数秒、しばしの沈黙の後。先に動いたのは魚の方だった。
ヤツは何を思ったのか突然、頬……もとい、エラを赤らめながら尾びれを力強く動かしてジークに近付いてきた。
まるで求愛をするかのようにジークの周りを泳ぎ、きらきらと光る鱗を見せつけてくる。
「ふがーっ!」
ジークは背負っている相棒のフィアを落とさないように逃げようとするが、逃げ切るには人間では無理がある。
どうやら魚の目には、大鎌であるフィアがジークの鱗に見えているようだ。
確かにフィアは可愛い……そもそも、彼女の人型の姿はジークにしか見えないが、可愛い。
だが、まさか水面に差し込む光を反射した大鎌を鱗と見間違えるなんて、どれだけ魚は目が悪いのだ。
魚の大きな口が開き、息も限界になっていたジークがフィアを握りしめたまま、どうしようかと目を見開いた。
「……!」
――瞬間、魚は何かの気配に気付き、怯えたように尾ひれで水をかき分け、キレイな弧を描いてどこかへ行ってしまった。
その直後、魔法で作り出した氷の剣を握る無表情のリズが流れてきて、ガラス玉のような青とジークの目が合う。
「……」
「…………」
リズは遠くなっていく大きな魚を名残惜しそうに見ていたが、溺れているジークに気付いてマフラーの端を掴んでくれたのだった。
助け方はどうであれ、ジークは無事に水面に引き上げてもらえたのである。
「ボァっ! ぶっは……ッ」
肺の底から空気を吐いては吸い込むジークは、危うく過呼吸になりかけながら念願の陸へと手を着いた。
酸素不足で頭が痛い、それでも何とか這いずりながら人間の領域へと上がると、フィアを傍らに息を整える。
そうしていると、シャオロンとハツに助けられるレイズが流れて来た。
もっとも、落ちた時から白目をむいていたレイズはぐったりとしており、『捕まった珍獣』のようにされるがままであった。
「レイズ! ハツ、シャオロンも無事だったんだな!」
ともあれ、よかった! と胸をなでおろすジーク。
「はぁ、はぁっ……! い、息が……いや、それよりも!」
ぜぇぜぇと鳴る胸を押さえているレイズは、眼鏡がどこかに行ってもなお、痛む自分の体にかまうことなく強く抱きしめていた流木を仲間達に差し出した。
レイズは以前の出来事が原因で、眼鏡がなければまともに見えないのだが、自分よりも優先するものがあるのだろう。
彼の吊り目がちな赤い瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「リズが……リズが、さっきから冷てぇんだ! あんなに、元気だったのに……! 俺が手を離したから!」
そう声を上げたレイズは、冷たく固い木を抱きしめて縋る。
ジークは普段の、強気で自信過剰・仕切り屋・極度の片割れ愛のレイズウェルのこんな姿に胸を打たれてしまう。
「な、なんだって……リズがこんなに冷たく……?」
「あぁ……あぁ! 夢だって言ってくれよ、リズ……! クソ! 俺はいつもこうだ!」
謎に流木を抱きかかえて悔しさと悲しさで泣くジークとレイズだが、本物のリズは彼らを無表情で眺めている。
「知らなかった。リズは木だったのか……」
レイズの落とした眼鏡を持ち、真顔で佇んでいる様子はとてつもなくシュール。
「い、いや……俺様は何を見せられてるんさ……」
ハツは笑いをこらえるように空を眺めて下唇を噛む。まったくもってその通りである。
ツッコミが不在の今、残ったシャオロンは死んだ魚のような目をして呟いた。
「……コの人たち、いろいろ終わってルネ」と。
という、いつものAHOU隊の日常を送ったところで、ジークはようやく今の現状に目を向ける。
「さて、あんな所から落ちたわりには全員無事でよかったんだぞ!」
そう言ったジークが目線を上げた先には、高くそびえたつ崖がある。
遥か頭上には鳥が飛んでいるが、小さすぎてよく見えないし吹き込んでくる風が強くて冷たい。
ここは、あの谷底を流れる川の下流であり、日が当たらない事もあって薄暗く寒い。
「腹も減ったさし、適当に魚でも獲ってくるさな」
一番にそう言ったのはハツだ。彼はいつも持ち歩いている強靭な透明な糸を取り出すと、器用に木の枝に引っ掛け釣竿を作り出した。
「じゃあ、僕は持ってきた食料の中から食べられるモノを探しておくヨ」
ずぶ濡れの荷物の中身を取り出すシャオロンと同じく、リズも濡れたバッグを開ける。
「手伝う。お腹いっぱいになれる?」
リズは以前の仕事で使っていた薬の影響で味覚や痛覚が一切ないが、同じく食べることが好きなシャオロンに懐いている。
「ウーン、あんな高い所から落ちたんだカラ、どれだけ無事かによるネ」
「ん」
そんな話をしながら、二人は持っていた荷物を漁り始める。
何も言わずとも各自で出来る事をする仲間にジークが安心していると、青フレームの眼鏡の端を指で持ち上げたレイズが舌打ちをした。
「ったく、誰のせいでこうなったと思ってんだ?」
「そりゃあ……悪かったと思っているぞ」
ぶつぶつと文句を言いながら、濡れた服を木の棒に引っ掛けるレイズ。
火の魔法を扱う彼のおかげで焚き火を起こせたので、言い返すことが出来ないジークも手伝う。
全員分の制服を乾かす時間はないので、それぞれの上着と小物だけだが、あとは食べている間にでも乾くはず。
なんともマヌケではあるが、濡れたまま任務先に向かうよりはマシだろう。
早く乾くようにジークが服の向きを変えていると、ハツが戻ってきた。
「はー、色々試してみたんさが、水の流れが速すぎて無理さな」
何も収穫がなく手ぶらでそう話すハツは、想定内だというように軽く溜息まじりにモサモサ毛の頭を掻いた。
サバイバル知識が豊富な彼としては、ダメでもともとだったのだ。
「こっちもだヨー。持ってきてたパンは全部ダメ! 果物も潰れちゃってるネ」
食料確認班のシャオロンからも、残念な知らせが届く。
「あー……そうだったのか。うん、でも大丈夫! 村に着けば何か食べさせてもらえるはずだぞ!」
正直、予想がついていた事にジークは苦笑いを浮かべると、それでも仲間を安心させるように提案をする。
他力本願だが、これが一番手っ取り早い。仲間を不安にさせないポジティブ思考は、ジークの人間性だ。
「食いもんはどうでもいいが、飲み水はどうするんだ?」
うんざりしたように首を振るレイズに、ジークは川を指さし何でもない事のように言う。
「うん、そこに飲み干しきれないほどあるじゃないか」
「あのな、一般民のお前らと違って貴族の俺とリズはこんなもん飲んだらどうなるか……」
「レイ、リズは泥水を飲んだ事がある。リズは味がわからないからどの水も同じ」
大げさな溜息をつくレイズの傍に、リズは唯一無事だったスープポットを持ってきている。
「そういう事じゃあねぇよ! つか、いつ飲んだんだよ!」
「まぁまぁ、レイズ! 君も一度お腹を壊せば耐性がつくってものさ!」
な? と弾けんばかりの笑顔で話をうまく終わらせようとするジークだが、そういう問題ではない。
ジークとレイズは真反対な性格をしているせいか、こうして言い合いをすることも珍しくないので、シャオロンとハツも放っておいている。
面倒な事が始まったな、と思っていたハツはリズの手の中のスープポットに注目する。
「おん? お人形ちゃん、それ。何を持ってんさ?」
「荷物の中にあった」
大きさとしては全員で分けるとちょうど一食分くらいだろうか。
リズは持っていたスープポットを差し出す。
「なんもないよりはマシな気はするさが……ん、なんか、匂いが……?」
だが、スープポットを受け取ったハツは、すぐにジークに投げて渡す。
「おっと、食べ物を雑に扱うのはダメだぞ。ちょっとくらい休むことにしよう。これは大事な食糧だから、ゆっくり味わおうな!」
ジークは危うく落としそうになりながらも受け取り、ポットの蓋を勢いよく開けた。
辺りに漂う、強烈な薬草臭。苦みとえぐみが混じったような泥水にも似た濃い緑の液体。
ベレット村でジーク達の隣に住む、親切なおばさんが毎日くれる『呪いの薬草スープ』がそこには入っていた。
「――! ホアァァ! ハァーッ!」
時には魔物除けにもなる刺激臭に目と鼻をやられたジークは、くしゃみをする寸前のように顔を歪めた。
反射的にスープを投げ捨てたい衝動にかられながらも、理性で自分を抑え込んだ。
荒ぶる女神を鎮めるように、開けた勢いのままポットの蓋を急いで閉める。
この間、五秒ほどである。
「……はぁ、はぁっ! こんな所にトラップがあったなんて気付かなかったんだぞ!」
荒い息を吐き出しながら脂汗を拭うジーク。失礼極まりないが、まことの本心である。
おばさんが作ってくれる栄養たっぷりの薬草スープは、日頃から村の仕事をするAHOU隊へのお礼だとわかっているが、本当に味が凄まじい。
まず、ピリッとした舌先が口内への侵入を拒み、青臭いえぐみが鼻を抜けていく。
ジャリジャリとした歯触りも強烈ながら、のどごしがこれまた最悪なのだ。
とにかく、これを心の底から美味しいと言えるのは味覚がないリズだけだろう。
申し訳ない事に、AHOU隊はこのスープが苦手だった。
「……食事はやめよう。早く服を乾かして村に行かないと、困ってる人がいるんだぞ!」
キリッと表情を引き締めたジークは、何事もなかったかのようにスープポットをリズに返すと、また服を乾かす作業に戻っていく。
ちなみに、ジーク達はいつも何だかんだ思いつつもキレイに食べきってお鍋を返している。
善意でもらえるものには誠意で返すのだが、今は食べきる気力がない。
「ジーク、お腹すかないノ? 僕らの分はいいカラ、キミが全部食べてもいいんだヨ?」
シャオロンは眉を下げて心配するふりをしているが、ニヨンと口の端が笑っているのは隠せていない。
彼のこういった性格の悪さもなかなかのものである。
「何を言い出すんだい? シャオロン、俺達の使命は人助けだ! のん気に食事なんかしていられない。リズも、スープポットはしまってくれ。一刻も早く出発するぞ!」
あたかも真剣に正論を言っているようだが、ジークはスープをお断りしたい。
「お前、さっきと言ってることが逆じゃねぇか……」
手のひら返しが早いジークにドン引きしながら、レイズはつっこんであげたのだった。
そんなこんなで服が乾いたAHOU隊の五人は、再び目的のモッチリ村を目指す。
数時間後。
五人がモッチリ村に辿り着いたのは、夕方のことだった。
オレンジ色の夕日が森の中にあるひっそりとした集落や、そばを流れる小さな川を照らしていく。
ここは静かな落ち着いた村。
……のはずだった。
「なんだい、これは!」
村の入り口についたジークは、開口一番にそう叫んだ。
「コレはちょっと……」
どうもこうも、明らかに様子がおかしい状況に、シャオロンは信じられないというように半笑いだ。
「いや、明らかに何かがあった様子さな」
笑いごとではないはずなのに、ハツも呆れて苦笑いを浮かべている。ちなみにレイズとリズは事態の異常さを見て固まっている。
「ま、まさか来る村を間違えたとか!?」
ジークはあまりの光景に驚いて地図を見直すが、ここは山間の静かなモッチリ村に間違いはない。
野菜が特産だとかいう情報はおいておき、何度確認しても変わらない。
木の板で出来た『モッチリ村』と書かれた看板を横目に、ジークは自分の瞼を指で押し上げた。
レオンドール本部からの任務は、モッチリ村で流行っている原因不明の奇病を治療をすることだ。
もし、感染力の強いモノであればトリートであるハツの手にも負えないかもしれない。
事態は一刻を争うはずだ。それなのに、そうであるはずなのに……。
村人達は、なぜか畑に植えていたであろう野菜を胴上げ……もとい、野菜上げしていた。
何かの祭りなのだろうか……ジークがそう思っていた矢先、村人の一人が入り口で呆然と立ち尽くしている五人に気付き、まるまると大きくなった立派なカボッチャを胴上げしながら大股で近づいてきた。
「おお! その姿は、エリュシオン傭兵団のワッショイ!」
健康的な小麦色の肌を見せつけるタンクトップ姿の男性は、堀の深い顔をさらに濃くして微笑んだ。
「……は? はい……」
肉体系の独特な雰囲気に思わず身構えてしまったジークは、男性のあまりの迫力に「いいえ、違います」と言いたかったのを堪えて頷いた。
すると男性の顔が見るみるうちに生気を取り戻し、彼は「ワッショーイ!」と叫び、持っていたカボッチャをその辺に投げ捨てた。
そして、顔を引きつらせているジークの体を軽々と持ち上げると、集まって来た男女数人と胴上げしながら村の中へ引きこんだ。
「ヒィッ! 助けッ……」
何が何だかわからないジークは、必死に仲間に助けを求めようと両手を伸ばしたが、他の四人も集まってきた村人達の手により胴上げされながら村の中へと連れていかれてしまった。
「なんだよ! やめろっ!」
大量のワッショイの掛け声のはざまで、レイズの悲鳴が聞こえる。
なすすべなく村の中に連れていかれる姿は、いけにえの獲物のようだった。
「お話はっ! お話は聞きますから、下ろしてください!」
ジークは胴上げされながらそう叫んだ。
大勢の手により胴上げされながら運ばれているので、着地位置が悪いと目つぶしや往復ビンタを食らってしまうのだ。
それに、浮いた時の浮遊感が気持ち悪い。すると胴上げをする村人の一人が口を開いた。
「ワッショイ! 申し訳なワッショイ! 我々は、とある奇病ワッショイ! かかってしまッショイ! 助けッショイ!」
最後の方はもはや知らない言語のようだったが、張りのある元気な掛け声とは裏腹にみんな苦悶の表情を浮かべている。
もはや声がうるさすぎて口を挟む間もないまま、村の中央広場へとジーク達を運んで行った。
松明だけ焚かれた広場に連れてこられた五人は、ワッショイの掛け声で横向きに投げ捨てられた。
「痛ッ! コラーッ! 横ワッショイはやめるんだぞ!」
ジークは顔から落とされてしまい、鼻を擦りむいてしまった。
「そうさ! 乱暴すぎんさか!」
それはハツも同じだったようで、強烈な横ワッショイの犠牲になったのはジークだけじゃなかった。
「いや、横ワッショイってなんだよ……」
冷静につっこむレイズの横でリズはむくりと起き上がると、目の前で何やら持ち上げるものもないのに胴上げのしぐさを繰り返しながら、ハァハァと荒い息を繰り返す村人を見て言った。
「この村、滅ぼす?」
「サンセイ」
まさかのシャオロンも同意見だったようで、冷ややかな目で両手の指の関節を鳴らしている。
「君らが言うと、冗談に聞こえないんだぞ!」
このままじゃ話が進まないどころか、人生が終わると思ったジークは、慌てて村人たちの前に立った。
「ちょ、ちょっと状況がさっぱりわからないのですが、どなたか教えてください!」
そう言うと、上半身がやかましい村人達の間をかき分けながら一人の老人が出てきた。
人をかき分けながら進むたびに、村人達へ老人のビンタが炸裂し、老人もまたビンタを食らっている。
彼もまた、胴上げのしぐさをしながらゆっくりと話を始めた。
「……この村は、数日前から村はずれの小屋に住み着いた魔法使いから術を掛けられてしまッショイのぅ……。それ以外はなにもされておりませんが、どうかお助けッショイ……」
ジークはこの時点で嫌な予感がした。それは仲間達も同じのようで、リズを除く三人の顔の筋肉が引きつる。
「あ、あの……もしかして、その語尾にワッショイ的なものが付くのも病の症状だったりするんですか? この謎の胴上げワッショイもひょっとして体が勝手に動くとか……」
ジークがそう言うと、村人は一斉に頷いた。一瞬にして真顔になったジークは、心の底からこう思った。
――いや、くだらねぇ……!
いや、魔法使いから被害を受けている村人からしてみれば、くだらなくはないのだが。
いかんせん、横ワッショイの迷惑と笑いしか生まない。
――……ジーク達はひと通りの説明を、語尾に「ワッショイ」を付けられながら聞いた。
村人の話によれば、数日前に村へやってきた魔法使いは、村人に胴上げの術をかけたきり小屋にこもっているらしい。
実にわかりづらかった説明を、ジークは自分なりにまとめて確認してみると村人は頷いた。
「なんか、奇病というより呪いみたいさな」
「余計なことを言うんじゃねぇよ」
レイズは、ぼそりと呟いたハツの横腹に肘うちを入れて黙らせた。今ここで呪いだのなんだの言うと余計に面倒な事になりかねない。
ジークは後ろにいるリズとシャオロン、レイズにハツを一瞥すると鞄の中から書類を取り出した。
これは、エリュシオン傭兵団から発行される任務内容が記された公的な文書だ。
「俺達は、エリュシオン傭兵団AHOU隊のジークと仲間です。ですが、相手が強い魔法使いであれば解決がお約束できるとは限りません」
嘘がつけないジークは、持ち上げるものがない状態の『エア胴上げ』を繰り返す村人達に正面から告げる。
「そうですか……ッショイ。ですが、我々とて逃げられては困りまッショイ」
「いや、逃げるとは言ってなくて……」
なにか、老人のまとう空気が変わったのを察したジークは身構えていたのだが、ものすごい早さで村人に囲まれてしまい、再び胴上げワッショイの刑に処されてしまう。
「のわーっ!」
「ジーク! もうこの村なんナノ!」
「クソッ、人質を取るなんて卑怯だぜ!」
シャオロンとレイズは悲痛な声を上げた。残るハツとリズは何も言わないが、ジークを人質(?)にとられてしまい、動けないでいる。
「み、みんな……!」
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「みんな、心配しないでくれ! この程度の事で俺は屈しない。だから、諦めちゃだめだぞ! 諦めなければ俺達が負けたことにはならないから!」
ワッショイ! の声に負けず力強く微笑んで見せたジークだが、やられている事はただの胴上げである。
「ジーク! そんなのってないヨ!」
「そうだぜ、お前はバカだが認めてる所もあるんだ!」
「おめぇのこと、嫌いじゃねぇさ」
「リズは、ジークの星送りをしたくない」
それにつられてか、悲壮感丸出しの仲間達は必死にジークを助けようと手を伸ばす。
繰り返すが、やられている事はただの胴上げである。
「大丈夫だ、俺は死なない!」
ジークは仲間達にそう言うと、とてつもなくやり遂げた漢の顔で右手の親指を立てた。
だがその直後『横ワッショイ』をまともに食らってしまう。
石に鼻をぶつけてあまりの痛みに数秒呻いた後、ゆっくりとした動作で起き上がり、悟りを開いたような穏やかな顔でこう言った。
「……はい、俺達に任せて下さい。命を懸けて戦います。だからもうワッショイしないでください。痛いです」
さっきの諦めなければなんとかの決意はどこへ行ったのか、あっさりと屈してしまっていた。
実にリーダーにあるまじきヘタレ具合であるが、これもジーク・リトルヴィレッジなのである。
ともあれ、茶番を終わらせた五人は、魔法使いが住んでいる村はずれの小屋へ向かう事となった。
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