ELYSION

スノーマン

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第2章 フェアリーテイルの雫

第37話『再会とそして』

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「な……なんていい話なんだ」
 
 今さらだが、その様子を柱の陰から見ていたジークは、ホロリと零れた涙をマフラーで拭う。
 もし本当にレイズがリズを殺してしまっていたらどうしようと心配だったのだ。
 
 でも、これであの二人はもう大丈夫だ。ジークはウンウンと頷き、安堵の息を吐き出した。
 だが、出ていくタイミングがつかめない。
 
「いや、ここは思い切ってサプライズ登場がいいかもしれないな。手土産もあることだし」
 
 などと言いながら、肩を貸しているフラクタを見て唸る。
 どう出て行こうかと考えていると、背後に獣の息づかいがした。しかも、わりとジークの真横で。
 フンフン、と鼻息が顔にかかり、ジークは鬱陶しくなって手で払う。

「悪いけど、今はやめてくれ! ここで登場に失敗したら台無しにな……」

 あまりのしつこさに声を荒げてしまったジークは横を向き、獣の姿を見て真顔になった。

「る……」

 最後の一言を言い終わると同時に、威嚇する狼は牙を剥き出しにして、燃える炎の毛を逆立たせた。
 ジークは、一度は冷静になろうと半笑いになってしまった表情筋を引き締める。そして何事もなかったかのように立ち去ろうとした……が。
 
「だあぁぁああーっ! やっぱり無理ーっ!」

 ジークは真顔を越えて、堀の深いおっさんのような顔になって叫んだ。
 炎の狼は逃げるジークの足に飛びつき、凄まじい力で尻に噛みついた。
 背負っていた大鎌から、フィアの「ヒィッ!」という短い悲鳴が聞こえる。

「うわぁああ! ズボンはやめて! 破れたら尊厳にかかわるんだぞ!」

 もはや、この燃える狼が誰の使い魔だとかなんだとか考えているヒマはない。
 気絶しているフラクタの足を掴み、なりふり構わず逃げ出す。
 
 その時、ガラガラと何かが転がり走る音がした。

「何の音だ?」
 
 車輪が回る音にジークは振り返った。振り返ったのだが、そこには何もいない。一体どこを見ているのだろうか。
 おかしいと思いながらまた前を向くと、正面から軽快なリズムを刻みながら炎の狼の群れが走ってきていた。

「ヌンマーッ!」

 もう絶望しかない状況に意味の分からない奇声を上げたジークだが、何とかフィアだけは守ろうと身構える。
 
 だが、よく見ると狼たちの胴体には細い透明な糸が括り付けられており、木で出来た台車には見覚えのあるワサワサの金髪が豪快に揺れる。
 ジークは、その立派なアホ毛を持つ男を知っていた。嬉々として仲間の名前を呼ぶ。
 
「ハツ!」
「どうどう、ハイヤー!」

 狼を引きつれて台車で走り出て来たのはハツだ。どこから台車を見つけたのだとか、エリオの狼をどうやって従わせているのかなんて色々とツッコミどころがあるが、ジークはハツにまた会えたことが純粋に嬉しかった。

「よかった、ハツ! 俺だよ!」
 
 右手を大きく振りながらハツを呼ぶ。ちなみに、まだ尻を噛みつかれたままである。

「ジーク! 生きてたんさ!」
 
 ハツの方もジークに気付き、狼たちを静止させようと握っていた糸を強く引いた。

「ステイ、ステイ!」

 だが、狼たちはスピードを緩めるどころか、さらに加速しジークへと突っ込んでいく。
 
「なぁハツ、これ大丈夫なのかい? 大丈夫なのかい!」

 思わず同じことを二回言ってしまったジークは後ずさる。
 迫る赤い閃光。
 制御を失った狼たちは思うままに走り、鋭いドリフトを見せつけながらジークを宙にぶっ飛ばしてしまった。
 
「え……」
 
 放心状態のジークは、堀の深いおっさんの顔のまま、一緒にはね飛ばされたフラクタと共に奇跡の空中四回転ひねりを披露し、見事ハツの乗る台車に華麗な着地を決める。
 
 なお、その際に体の関節が柔らかいのか、フラクタの手足があらぬ方向へ曲がってしまっていた。
 あまりのショックに思考が停止してしまっているジークは、真顔のまま口を開く。
 
「ハツ、ナントカしてくれ」
「お、おお……すげぇさ……」

 ハツは、まるで何事もなかったかのように台車に乗り込んできたジークを見て明らかに引いていたが、暴走する狼たちを制御しようと奮闘する。
 
 だが、この混乱まっしぐらの中でも興奮した狼たちは止まらない。
 遠心力で台車は傾き、さらに勢いをつけてセイランの花畑の方へと突進していく。
 しかも、疾走する狼のうちの一匹が転んでしまい、乗っていた二人(とフラクタ)は空を飛ぶかの如く台車から投げ出されてしまった。

 眼下に迫る一面の花畑。
 衝突に備えるハツと、やけになって雄たけびを上げるジークの声が重なる。
 
「突っ込むさぁあーっ!」
「う、うおおおぉおおーっ!」
 
 二人は一斉に情けない叫び声を上げながら、光輝くセイランの花畑へと剛速で頭から突っ込んだのだった。
 ボサッと草花が折れる音のあと、ジークの短い悲鳴が辺りに響く。
 ちなみに、ジークの尻に噛みついていた狼はどこかへ走り去って行った。

「おい、ありゃなんだ?」
 
 落ちた眼鏡を探していたレイズは、目の前にぶっ飛んできた台車を間近で見て面倒だと首を振る。
 
「なんか今、クソ気持ち悪いモンが落ちて来た気がするんだが……」
「ん。リズは何も見なかった」

 レイズは相変わらず遠慮のない物言いだが、見かけによらずリズは辛辣だった。
 一方、大破した台車から脱出したジークは、鼻に入っていた花を抜き取り立ち上がる。

「……ぶはっ! は、鼻に花がささってくすぐったいんだぞ!」

 などと言って苦笑いを浮かべているが、花がクッションになったおかげで無傷である。
 ハツとフラクタの様子を見ようと振り返れば、ハツは頭に盛大なたんこぶを作って唸っている。
 気絶しているフラクタは、両足を内股に曲げ口元で緩く握られた手の小指を悩まし気に立てた、実に芸術的なポーズをとっていた。

「……」

 ジークは何も言わず、フラクタの頭にセイランの花をそっと飾ってあげたのだった。

「ジーク、マジでお前何やってんだ?」
「はっ!」
 
 呆れたような気だるい声をかけられ、我に返ったジークはさっきからこっちを見ているレイズとリズに駆け寄っていく。

「レイズ! リズ! よかった、二人とも……本当によかった……!」

 気持ちが先走ってうまく言い表せなくても、ジークは二人がこうして並んでいるだけで嬉しかった。
 そこへ、ハツが頭を擦りながらのっそりとやってきた。
 
「まぁ、お貴族サマが兄妹きょうだいだったのは驚きさが、面白いものが見られたからいいさな」
「そうだぞ! 兄弟きょうだいで殺し合うなんて悲しすぎるからな!」

 ジークはハツに続き、大きく頷く。

「べ、別に……お前らがどうしてもっていうから仕方なくだな……」
 
 そんな二人にレイズは照れ隠しに舌打ちをし、拾っていた眼鏡をかけると居心地が悪そうにしていたリズを呼んだ。
 
「ほら、リズ。お前、なんか言うことあるだろ」

 そう言って促すと、リズは視線を落とし躊躇いがちに口を開いた。

「……ん、たくさん考えた……」

 言葉の端から内面の幼さが見えているが、顔を上げたリズは自分自身の意志ではっきりと言った。

「ジークとハツ、シャオロンは死んだって聞いた。死んだ人は、星送りをしないといけないと思う!」

 …………。

「…………え?」

 たっぷり数十秒は開いただろうか……ジークは自分でもびっくりするくらい変な声が出ていた。
 ジークだけじゃない、レイズやハツも奇妙なものを見るように固まっている。
 そして、リズは言ってやった! というような満足顔でいる……つもりの無表情だ。

「い、いや……その、これ……うん、本物。生、なまもの? つまり、生きてる……。レイズ、君……リズに話してなかったのかい?」

 かろうじて出て来たのは、よくわからない単語。ジークは自分を指さしながらそう言った。

「悪い、それどころじゃなかったんだ……」
 
 レイズは誤魔化すように眼鏡の中央を指で持ち上げている。
 その時、どこからか怨念のような視線を感じてジークは振り返った。

「何かいるぞ! ……ヒェッ」

 咄嗟にフィアを手に取ったジークは、視線の正体に気付くと白目を剥いてしまった。
 さりげなく視線を外すハツは背を向け、見なかったことにするようだ。
 
 柱の陰から死んだ魚のような金色の目がこちらを見ており、軽く添えられているはずの手が、頑丈な柱を焼き菓子のように真っ二つに折った。

「……ネェ、ミンナ、誰のおかげで侵入できたか……忘れてナイ? ネェ、忘れてナイ?」
 
 いつからここにいたのか、ゆらりと出てきたシャオロンは手折った柱の片方を肩に担ぎ、威圧感たっぷりに近付いて来る。
 下手な事を言えばられる……! ジークはそう思い、フィアを下ろして慎重に言葉を選ぶ。

「シャオロン、君も無事でよかった……一人であの数の魔物を相手にするなんてすご……」
「ロディオールも、なまもの?」
「ええい! なまものは忘れてくれよ!」

 まさかのタイミングで口を挟んできたリズに、ジークはしなびたおっさんの顔でツッコミを入れた。
 ボケが多すぎて収集が付かない。
 
 とりあえず、リズを黙らせようとするジークの顔の横を、ものすごい速さで石柱が過ぎ去っていき、背後で石の砕ける音がした。
 シャオロンは小石を投げるように石柱を投げていた。
 
「……ネェ、このなんかさらっと失礼なの誰? リズはもうちょっと殺伐とした感じじゃなかっタ?」

 キツい言い方をしているが、いつもの瞳の色に戻ったシャオロンは怒ってはいない。
 以前とは違い、純粋な子供のようなリズを不思議に思ってジト目で見ているが、前のように喧嘩をふっかける気はないようだ。
 
 そして、ジークはまた仲間とこうして会えたことが嬉しくて、うっかりフラクタの存在を忘れていた。
 
「あ、そういえば! 君のクネクネした兄貴を連れてきてるんだぞ」

 今さら思い出し、倒れたセイランの花の中から芸術的なポーズをしたフラクタを引っ張り出した。

「おい、何でこのクソ野郎を助けてんだ?」

 レイズは、心底嫌そうな顔でフラクタを睨みつけ、ジークを問い詰める。
 それに対してジークの答えは驚くほどシンプルだ。

「なんでって……君の兄さんだろう?」
「はぁ? 俺らがこのクソをどれだけ恨んでるのかわかって言ってんのか?」
「知ってる」

 今にも掴みかかりそうな勢いのレイズだが、答えるジークは大真面目だ。

「この人は、薬のせいでおかしくなったって聞いた。だったら、解毒剤が効けばクネクネするのもやめるかもだぞ!」
「ちっげぇよ! クネクネすんのが嫌だったわけじゃねぇよ! バカかよ!」
 
 怒りの噴火寸前のレイズは声を張り上げ、ジークの胸倉を掴んだ。ふらりとリズがフラクタの前にかがむ。
 リズは軽く息を吸うと、フラクタに両手をかざし癒しの魔力で作り出した緑の炎を傷にあてていく。

「お前、なんでそんな奴を助けるんだ? そいつにやられた事を忘れたのかよ」

 苛立ちながらレイズは咎める。リズは不機嫌を隠さない片割れの方を見ず、少し間を置いて答えた。
 
「リズにはレイやみんなが居た。でも、フラクタには助けてくれる人がいなかった」

 無表情でそう話すリズが扱う暖かい炎は、フラクタの体を優しく包む。優しい焔は、全ての傷が癒えると風に乗って消えていく。

「だから、誰か助けてくれる人がいれば、こうじゃなかったのかもしれない」
 
 風に流れていく炎を見送ったリズは立ち上がり、青空色の澄んだ瞳でそう続けた。
 レイズは唸る。思う事はあるし、幼い頃の事もあって許しきれない自分もいる。

「……わかった、お前がそうするなら俺は何も言わねぇ」

 それでも片割れの気持ちを尊重し、ぐっとこらえた。
 ジークは安心して胸をなでおろし、話題をかえる為にシャオロンに話しかける。
 
「それにしても、あの数の魔物と戦って無傷ってすごいな……本当に大丈夫なのかい?」
「ウン、まぁ、美味しくはなかったケドネ」

 平気だヨ、とシャオロンは頷く。
 
「ん? ……うん?」

 一瞬、何か不穏なセリフが聞こえたが気のせいだろうか……ジークは思わず聞き返してしまった。
 
「……ア、あー! ナンか急にノドが痛くなってきたヨーゲフンゲフン!」
「なんだと! 大丈夫かい? そんな時こそ薬草スープだぞ!」
「そう! それがあまり美味しくなかったんだよネェ!」

 シャオロンもシャオロンで自分がうっかり何を言ったのか気付き、不自然なタイミングで咳をする。
 ジークは真剣に心配し、荷物の中からいつ採ったのかわからない萎びて色が変わった薬草を取り出している。
 
「はっ、あれじゃ白ヘビだな」

 収拾がつかなくなりつつあるボケ同士のやり取りを鼻で笑うレイズだった。
 
 ともあれ、ジークはもう一つ気になる事があり、耳掃除をしていたハツに向き直る。
 
「そういえばハツ、君はあの怖い人をどうやって倒したんだい?」
 
 どんな武勇伝が聞けるのかと目を輝かせるジーク。ハツは耳の穴に突っ込んでいた指を抜き、気だるげに薄笑いを浮かべて言った。
 
「いや? なんもしてねぇさ。あの後、すぐになんか用事があるとかで犬を置いてどっかに行っちまったさ」
「へぇ、なんか変な話だけど……そんなこともあるんだな。なんにせよ、無事でよかったぞ!」

 そう言ってジークはハツの肩を叩いたが、ハツは薄く笑うだけだった。

「おい、クソ一般民。説明しなきゃいけねぇことは山ほどあるんだが、まずは先にやることがあんだろ」

 胸の前で腕を組んだレイズがジークに言う。

「うん、そうだな。気の利いた事は言えないけど……」

 仲間達の視線が彼に集まり、ジークは部隊リーダーとして場を引き締める言葉を考えた。
 悩んだのは、ほんの少し。あれこれ考えるよりはと口を開いた。

「ハツ、シャオロン、レイズ、リズ。よく無事で戻って来てくれた。また会えて嬉しいぞ!」

 そう言ってジークは太陽のように笑った。

「俺様は自分がよければ他はどうでもいいさ」

 いつものように返すハツは、そう言いながらも仲間の為に動いていた。

「とりあえず、外にいた魔物は全滅させといたヨ!」

 普段の穏やかさを取り戻したシャオロンは、落ち着いてサポートしてくれていた。

「今回は助かった。礼を言わせてくれ」

 照れ隠しをせずに、正面から仲間に感謝を伝えるレイズは堂々としている。
 そんな片割れを見ていたリズは、自分の番が来たのだと気付き、正直な本当の気持ちを伝える。
 
「リズは、みんなに酷い事を言って怪我をさせて逃げた。だから、ごめんなさい……」

 でも……と続け、仲間達に向けて「ここに来てくれて、ありがとう」と言った。
 ここにいる仲間たちは、事情もわかっているのだ。
 だから、その一言だけで十分伝わっている。
 
 再会した仲間たちを順に目で追っていたジークは、「よし!」と両手を打った。

「じゃあ、ドカーン! と俺達のベレット村に帰ろう!」

 嬉しさで子供のようにはしゃいだジークが、右手を高く掲げ、飛び跳ねた瞬間――彼らの背後で大きな爆発が起きた。

 まさかのジークの「ドカーン!」のタイミングに合わせての爆発。
 雲に届きそうなくらいに高く上った炎は、黒煙と灰をまき散らせながら館を飲み込んでいく。

「なっ! いきなり何が……」

 驚きのあまりジークは挙動不審になってしまった。
 
「もしかしテ、ジークの呪いで……燃えてル……?」

 伝染するように火の手が早く回るルークの館を見て、シャオロンがぽつりと呟いた。

「えっ! 違う、呪いなんて使ってないぞ!」
「そんなの見りゃわかるだろ! いいから逃げるぞ!」

 慌てて否定するジークをレイズは殴り、倒壊する建物から離れるように誘導しようと振り返った。
 
 燃える炎は勢いを落とさないまま、さらに高く上る。熱風が押し寄せ、巻き上げられた大量の砂が五人を襲う。

 渦を巻いて人型になっていく火炎を見入ってしまったジークは、焼け残った館の残骸に佇むエリオと、彼の使い魔を見つけるのだった。
 
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