ELYSION

スノーマン

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第2章 フェアリーテイルの雫

第31話『癒しの魔力と魔女』 

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「……久しぶりね、レイズウェル」
 
 ジゼルがそう答えると、彼女の事情を知るオルムは子供達を連れて別の部屋に移動した。
 元々、身分の高い人だとは聞いていたが、もしや……とジークは思った。

「お、おばさん? ジゼルさんとレイズウェルって親戚だったり……?」
「ええ、そうよ。私は北のアルタファリアの出身で、姉が東のルークに嫁いだのよ」
 
 そう話すジゼルは座るように促す。並べられた椅子は四つ、それぞれテーブルに着く。
 一晩中起きていたので目の前の美味しそうな料理に手が出てしまいそうになるが、まずは話だとジークは仲間達を見た。

「レイズウェル、今度こそ話してくれないかい? 君と、君たちのことをさ」

 ハツの、シャオロンの視線がレイズウェルに集まる。
 彼は、瞬きをすることなく真っ直ぐに三人を見て口を開いた。

「まずは、こちらの筋を通させてくれ」

 年相応の低音でそう言ったレイズウェルは、生い立ちのせいで見た目よりも大人びている。
 椅子から立ち、姿勢を正したまま目の前の三人に対し、ゆっくりとこうべを垂れる。

「あの状態から連れ出してくれて助かった。感謝する」
 
 四大貴族のひとつであるルークは、本来ならば一般民や亜人などに頭を下げたりはしないし、なによりも格式を重んじる事から下げてはいけない。
 それにもかかわらず、レイズウェルは一族の象徴でもある、燃えるように鮮やかな朱の頭を伏せていた。

「ちょ、ちょっと! 頭をあげてくれよ……」
 
 ジークは驚いて椅子から立つ。もともと貴族にあまり興味がないハツは無反応で、シャオロンは何かを考えているようだ。
 
「相手が誰だろうと、礼儀を尽くすのが上に立つ者の姿勢、だ……!」
 
 そう言って頭を上げたレイズウェルは、全身の力が抜ける感覚に足をふらつかせ、テーブルに両手をついた。
 
「まだそんなに無理しちゃダメだ。君はジゼルさんに助けられるまで酷い状態だったんだぞ」
「わかってる……」

 とっさに支えようとしたジークの手を拒んだレイズウェルは、暑くもないのに汗をかき、血色の悪い顔をしていた。
 そんな彼をジゼルが説き伏せる。
 
「私の力は失った血液や視力は戻せないの。少し休みなさい」
「……わかりました」
 
 母親が子へ言い聞かせるようにそう言った彼女に、レイズウェルは苦し気に口を閉ざす。
 
 レイズウェル自身もわかっているのだ。
 エリオに受けた炎で全身を焼かれ、体中の血は吹き出し体の損傷は激しく、『癒しの魔力』で無理に細胞を繋げているだけにすぎないのだと。

「……アイツは」

 彼は再び椅子に座ると、考えながらゆっくり話し始める。

「リズウェル・ルークは俺の片割れであり、血と死体に塗れた感情を持たない執行者として作られた人間だ」

「作られた? 生まれたの間違いじゃないのかい?」
「間違っていない」
 
 ジークの質問にレイズウェルは首を振る。

「少し……私が話すわ」
 
 節目がちにテーブルに置いた皿を見つめるジゼルは、自身の肩を両手で抱いて話しはじめた。

「私は、かつて姉の亡骸を使ってリズウェルを生み出した……いいえ、作り出したのよ」
「そんな……じゃあ、前に言っていた話は……」
 
 ジゼルが以前、話していたことが頭によぎる。
 とても信じられない話に、ジークはそれ以上の言葉が見つからない。
 
 ヒトが人工的に命を作り出す技術など、魔法でも実現出来た話は聞いたことがないのだ。
 あまりにも非現実的な話に、ハツやシャオロンも黙り込んでいる。

「魔物の研究をする傍ら、亡くなった妻を愛したルークの当主に頼まれた私は、姉を失くした悲しみから愚かにも手を貸してしまった」

 当時を思い出しながら話すジゼルは、自らの犯した罪を告白していく。

「たくさんの実験を繰り返し、時には言えない残酷なことも平気でやってきたわ」

 苦し気に寄せられる眉。まるで、話すことが贖罪であるかのように、彼女の口は止まらない。

「今でも忘れない。罪悪感に耐えきれなかった私は、目を覚ましたばかりで私の腕に縋るあの子を拒み、一人で逃げ出した……」
 
 そう話し、ジゼルは口を閉ざした。
 彼女の肩を抱く指に力が込められ、どれほどの経験だったのかが伺える。

 何も言えない空気を裂くように、レイズウェルは嘲笑した。

「信じられない? そりゃそうだ。死んだ自分の妻を生き返らせる為に、息子の細胞と妻の臓器を使って人間を作り出す頭のイカレた胸糞悪い話だからな」
 
「そんなひどい話……人間が命を作り出すなんて、女神エリュシオンは許していないぞ!」
「女神が許そうが許すまいが、事実に変わりはねぇ」
 
 絞り出したジークの言葉を一蹴したレイズウェルは、静まり返る空間を仰いで話を続ける。

「俺は、リズの元になった人間だ。そして、アイツの目玉や臓器は死んだ母親のものを使っている。アイツが引き継いだのは、死んだ母親の力とアルタファリアの家系魔法さ」

 ジークは、ハツが前に貴族には家系に伝わる魔法があると言っていたのを思い出す。
 北にある寒冷地、アルタファリアの家系魔法は大気中の水分を操作する水と氷。

「私とミリアム姉様は、その中でも特別な魔力を持って生まれたの」

 逃げ出した自分を責めるジゼルは、ぽつりと話すとパンを切っていたナイフを手に取り、おもむろに刃を手の甲にあて勢いをつけて引いた。

「よく見ていて」

 彼女が切りつけた手の甲から、プツリと血の玉が浮かぶ。通常であればそのまま傷口からは血が流れ落ちてしまうだろう。

 だが、すぐに細胞が再生を始め、まるで最初から何もなかったかのようにジゼルの手から傷が消えていく。

「あの夜、あの子に刺された私は、この力で家族と命からがら生き延びたのよ」

 命を終わらせる明確な殺意を持って刺された傷は深く、普通の人間では助からない。
 自分の意志とは関係なく、あらゆる外傷が治ってしまう特殊な魔力を持つ彼女は、大切なものを守りながら息を殺していたのだ。
 
「……私と姉様に宿った癒しの魔力。これが、姉様の瞳を持つリズウェルがどんなに深い傷を負っても生きている理由なの」

 そう話すジゼルは、辛さを堪えるように顔を背けた。
 身勝手な理由で命を作り出した罪悪感に耐えきれず逃げ出した彼女は、当事者の二人に対して負い目があるのだ。
 だから、こうして全身火傷でいつ死んでもおかしくなかったレイズウェルを助け、過去を話してくれた。
 
 心の奥にしまい込んでいた忌まわしい過去は、今もジゼルの胸を握りしめ、悲しみと後悔が押し寄せる。
 本心は、姉を蘇らせる狂気の実験に加担した自分を許して欲しいのかもしれない。

 それでも、彼女は逃げ出した自分を責め続けていた。
 
 レイズウェルは、そんな彼女から目線を外し正面に座るジークを見た。
 
「だが、妻を蘇らせようとして作った人間は不完全で、一切の人間性を持たない人形だった。協力者も逃亡し、資料もなくなったことでルークの当主は人形を兵器として扱うようになった」

 淡々と無表情で父親の話をする彼の言葉は、どこか他人事でそれ故に冷たい。

「心臓さえ無事なら、当主のお望み通りの頭をぶち抜かれても生きてる化け物の完成だ」
「……そんなことって……それじゃあ、リズが可哀想じゃないか……」

 ジークは膝の上に置いていた両手に力を入れた。
 癒しの魔力を知らなかったというのもあるが、それ以上にリズの生い立ちに対して無力感が強い。

「ほん、そりゃあれさ。生きてるって言っていいんかわからん亡霊さな」

 膝を立てて座っていたハツは、いつもの軽い調子でそう言った。
 口調と態度は悪いが、その顔は険しい。

「そして、そんなリズを仕事が出来るように管理していたのが俺だ」
「管理って……どういうことなんだい?」

 どこか棘のある口調で訊ねたジーク。レイズウェルは透明な小瓶を取り出した。
 飴玉のような無色透明の結晶が入った瓶は、光を反射してきらきらと輝いている。
 レイズウェルそれを見えるように掲げ、話を続けた。

「……これは、ルークが扱う特殊な薬だ。これを飲んだら感情と思考が消え、ただ命令に従って戦う事にだけ集中する人形になる」
「そんな酷い事……」

 認められないと首を振るジークに、レイズウェルは小瓶を見つめながら言う。
 
「俺は、子供の頃からアイツと育ってきた。成長するたびに感情を知っていくリズは、次第に罪悪感を抱くようになって仕事を拒否していた」

 幼かった頃を思い出すレイズウェルの顔は暗い。
 何度も嫌だと言って泣くリズを押さえ付け、気持ちを抑え込む薬を使い続けた。
 その度に、人間性を失って壊れていく片割れを見ていた。

「ルークは、実の子でさえ役に立たなくなれば廃棄される。一族で役に立たないとみなされた俺とリズは、そうやって生きていくしかなかった」

 消した感情を抑え続ける為には、薬を継続して接種する必要がある。

 レイズウェルは、大切な片割れを苦しめる自分を責め続ける日々を繰り返し、終わりのない悪夢はいつしか二人の心を挫く。

 そんな時、リズは眩しいほどの『感情を持つ人間』に出会ってしまった。気付いてしまった。

「レイズウェル……」
「お前らのせいだとは言わない。でも、他人を信じれば足元をすくわれる。俺達が居たのはそういう世界なんだ」

 あまりにも酷く暗い内情を話し終えたレイズウェルは、小瓶を握りしめた。
 ジークにはわからないが、リズを物のように扱っていたのは彼なりに理由があったのだろう。

「人間性っていうコトは、感情や感覚も思考さえ……人が人であるコトに必要なものが全て欠落しているっていうコトだヨ」

 その時、今まで黙って話を聞いていたシャオロンが口を開いた。
 
「女神エリュシオンが人間に魔法を与えた時代から、人間は亜人を滅ぼす手段として命を作り出すことを考えてた……」

 普段は穏やかな彼の髪と同じ、ブラウンの目の色が金に変わっていく。
 本人に自覚はないらしいのだが、亜人であるシャオロンは怒りの感情が高ぶると瞳の色が変わってしまう。

 ジークはマズイと直感し、すぐにジゼルを家族の待つ寝室に案内する。
 
「ジ、ジゼルさん、あとは大丈夫です。話してくれて、ありがとうございました」
 
 リビングを後にし、寝室の前まで行くとジゼルは申し訳なさそうに訊ねてきた。

「いいえ、私に出来ることなら……。あなた達は、これからどうするの?」
 
 彼女は、ジーク達が傷だらけのレイズウェルを連れ帰った事で何が起きているのか察しているのだ。
 現に、ジークは暗殺者フラクタに正面切って喧嘩を売ったし、名前も覚えられてしまっている。
 
 逃げる気もないけど、逃げられるとも思えない。
 何と答えようか少しだけ考えたジークは、不安そうなジゼルに頷いて見せた。

「そうですね。でも、後悔はしていません」

 そう言って屈託なく笑うと、ジゼルに会釈をしてリビングに戻っていった。

 しかし、せっかく作ってくれた料理をこのまま食べないというのはもったいない。

 「これからの事もあるしな」

 ここはひとつ、ご飯を食べながら腹を割って話そう。
 そう思ったジークは、意気揚々とリビングに飛び出していった。

 次の瞬間……。
 
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