ELYSION

スノーマン

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第2章 フェアリーテイルの雫

第26話『なかま』

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 ホワイトランドの西の広大なミラナ領を抜ける青い草の匂いと、穏やかな風を切り裂くように馬車はひた走る。
 
 宿舎を出たジークは、レイズウェルが乗ってきた亜人馬車に揺られていた。
 荷台の部分は、走ってくれる彼らの負担を減らす為に取り外しているので、少々狭いが問題ない。

 本当は、こんな形で亜人の力を借りたくはなかったのだが、今は急ぐ事情がある。
 言葉が通じないながらも、ジークは彼らにお願いをしていた。

 運搬用に使役される亜人は、もともと知能が低いので亜人同士でコミュニケーションがとれないのだと、シャオロンは出発前に彼らの角を申し訳なさそうに撫でていた。
 
 もし、レイズウェルが言っていた事が本当ならば、リズウェルは今日の夜にはジークやシャオロン、ハツの記憶も失くしてしまう。そうなれば、話をする事も出来なくなるのだ。

 今も運転席に座るレイズウェルは、完全に味方になったわけではないのだろうが、しきりに時間を気にしていた様子を見るに、嘘を言っているわけじゃなさそうだ。

「とにかく、手当たり次第に街や村をあたるしかないんだぞ!」

 空は茜色に染まり、もうじき夜になってしまう。ジークは焦っていた。

「一番近くだと、ロレッタの街があるさな。そもそも、街や村にいるかどうかもわからんさが」
 
 隣に座っていたハツは言う。

 レイズウェルの操縦は性格と同じで荒い。加えて、道を選んでいる余裕もないので、車輪が大きな石を踏んで乗っていたキャビンが飛び跳ねた。
 
「それでも、ミラナ領は広いから昨日の今日で遠くまでは行ってないはずだ、ぞ‼」
 
 うまく着地は出来たが、バランスを崩してしまい盛大に傾いたキャビンを戻す為、ジークは浮いた側へ身を寄せる。
 
「それもだけどハツ、傷は大丈夫なのかい?」

 今は平気そうに見えるハツだが、リズウェルに斬られた時は完全に不意打ちで、明確な殺意があったとしか思えないくらいに傷口もかなり深かったのだ。
 
 自分で調合した薬を飲んで、さらに自力で縫合していたのも驚いているし、一晩あんな野ざらしだったのに生きていたのが不思議なくらいだ。

「ふははは! あんなモンで死んでたまるさか!」
 
 心配そうに訊ねたジークに、豪快に笑うハツはキャビンの傾きを戻す手伝いをしながら何でもない事だと言う。
 ようやく馬車は元の状態に戻ったのだが、道が悪いので揺れは増す。

「でも、何で君を一番に狙ったんだい⁉ あの場で一番倒しやすいのは俺だったはずだぞ?」
「そいつが、トリートだからだ」
 
 劣等感をどこかに投げ捨ててきたジークがそう言うと、手綱を握っていたレイズウェルが口を挟んだ。彼が手元の綱を上下させて亜人に合図を送ると、馬車はスピードを上げる。

「え? それがどう関係あるのかい?」
「そうだネ。あれが正解だったとおもうシ、僕でもそうしたネ」

 キャビンの後ろの席に座って景色を見ていたシャオロンは、もっともだ、と頷く。
 
「戦いの基本は、相手の弱点を徹底的に狙って崩していくものだケド、一人で多人数を相手にする場合は、指揮を執る可能性がある一番厄介な相手を先に狙うんダヨ」
 
 そう言ったシャオロンは、あまりよくわかっていないジークにもわかりやすいように砕いて話す。ハツがちょっと自慢げに、ニヤリと笑っている。

「あの場は、戦いに慣れていないジークと弱体しすぎてゲロ吐いてる僕、元気なハツだったら、医療知識があってサポートも出来る元気なハツを倒せば、あとは簡単じゃなイ?」

 さらっと説明したシャオロンは、それにネと続けていく。

「あの子の腕を掴んだ時、人間の男にしては頼りないっていうのもあったんだケド、立ち回りが奇襲型だから同じ奇襲を仕掛けるハツが邪魔だったんじゃないカナ」

「そうだったんだな……」
「……よく訓練された暗殺者ダカラ、きっと子供を狙えばジークが庇うのもわかってたと思うヨ」
 
 最後の一言分だけ、シャオロンは声のトーンを下げた。
 話を聞いて納得したジークは、改めてピートを守りきれた事に安心したと同時に、戦っていた最中のリズを思い出す。

 裏切られた悲しさとショックで衝動的に言ってしまったとはいえ、あの時の傷ついたような顔が忘れられない。

「……俺、あの子に酷いこと言ったんだぞ。会って、話して、きちんと謝りたいんだ」
 
 相手が自分を許すとか許さないとかではなく、自己満足なのだとはわかっている。それでも、だ。

「ただ命令に従って生きていればいいものを……余計な感情を持つからこうなる」
 
 ジークがそんな事を考えていると、レイズウェルがぽつりと独り言のように零した。
 あまりにも冷たい言葉しか発さないレイズウェルに、ジークは不信感と苛立ちをあらわにする。

「さっきから気になっていたんだけど、自分の家族なのにどうしてそう酷い事が言えるんだい? 大切だから探しているんだろう?」

 家族の記憶がないジークでも、家族というものが何なのかくらいわかるのだ。
 
 自分自身を受け入れてくれる存在の温かさを、概念として知っている。
 そして、記憶を失っているからこそ恋しくなる。だからレイズウェルの態度が気に入らない。

「それに、リズウェルの偽名が君の名前だった事もおかしい。自分の代わりに仕事をさせて、評価だけ自分の物にしていたんじゃないのかい?」

 欠点を探るように畳み込んで詰めるジークは、レイズウェルの肩を掴もうとした。

「一般民が気安く触るな、汚れる。理由なんざ、てめぇに話す義理はない」
 
 鬱陶しいと腕を払うレイズウェルは、手綱を握る手に力を込めた。
 出発してから、一度も振り向かない彼がどんな表情をしているのかはわからない。だが、その態度には酷く拒絶するような重さがあった。

「汚れるって、人を何だと……!」
「落ち着けさ。お貴族サマは、何があっても膝を汚さねぇくらいプライドが高いさから、相手にするだけ無駄さな」
「でも、自分の片割れって言うわりにはあんまりだぞ! それに……」
 
 ハツに止められてもなお、怒りが治まらないジークがまだ話は済んでいないというように口を開いた、その時――。
 
 突然、弾かれたように顔を上げたレイズウェルは手綱を強く引いた。

「うわぁあ!」
 
 急ブレーキがかかった反動で、ジーク達三人は前のめりに転んでしまう。

「何があったんだい⁉」

 思いっきり座席で頭を打ったジークが這い出てくると、レイズウェルは青い炎が灯るリボンをジッと見ていた後、すぐに馬車を急発進させた。
 

 ――辿り着いたのは、草原の真ん中にある街『ロレッタ』。
 
 いくつも並ぶ赤と黄色で塗られた木製の建物の屋根上には、女神エリュシオンの小さな像が祀られている。
 店の大半が宿であり、広いミラナ領を行き来する旅人の無事を願う意味が込められた、祈りの街だ。

 馬車を街の外に止め、人々が往来する街中を走る。
 先頭を行くレイズウェルは、青いリボンから放たれる魔力を目印に迷いなく進んでいく。
 
 ジークとハツ、シャオロンも彼を見失わないように続くと、メインストリートから大きく外れて街の奥にある墓地で立ち止まった。

 空を見上げれば、太陽はもう沈みかけていた。
 枯れ木に止まる墓守の黒い鳥が不気味に笑い、草むらで鳴く虫の声が闇の訪れを囁いている。
 
 街の門から走って軽く息が切れる程度のジークに比べ、明らかに疲弊しているレイズウェルは肩で息をし、咳き込みながらも墓場の奥へ向かっていく。

 幾人もの墓石の横を通り過ぎ、時折ぬかるみに足を取られそうになりながらも向かった先は、誰も寄り付かず、誰も整備していないような汚れた女神エリュシオン像が佇む最奥の冷たい無縁墓地。
 
 リズウェル・ルークは、隠れるようにしてそこにいた。

 
 女神像に寄りかかり、辺りを警戒するように身を低くしているリズの体には、鋭利な刃物で何度も切り刻まれたような傷があり、荒い息を殺してこちらを伺っている。
 さながら、手負いの獣のようにギラギラと殺気に満ちた海色の片目が睨んでいた。

 リズの体からは、あの夜に見たものと同じ淡い緑色の炎が灯り、夜に彷徨う亡霊の光のように浮かび上がっていた。
 
「リズ!」
 
 レイズウェルは握りしめたリボンをそのまま、服が汚れるのも構わずに駆け寄って行った。
 躊躇なく湿った土に膝をつき、息を整える暇も惜しいというように自身の片割れであるリズの肩を掴む。
 強張った指で傷口が緑色の炎によって塞がっていくのを確認し、安堵したように眉を下げた。

「……フラクタに見つかったのか」
「……」

 表情のない顔でふるふる、と首を振ったリズは、レイズウェルの後ろにいたジークとシャオロン、ハツに気付くと足を引きずって後退り、傍に突き刺していたナイフを抜いた。
 その際に、リズの顔に灯る炎の奥で、左の瞳が潰れているのが見えた。

「大丈夫かい? 痛むだろ⁉」

 ジークはリズに近づくと目線を合わせる。それに対しての反応はない。
 何から話そうか迷いながらも背負っていた荷物を漁り、くたびれたノートを取り出して見せる。
 
 最後のページまで開くと、自分と二人の仲間の名前をリズの目の前に持っていき、一番心配だったことを切り出した。

「ほら、これ……俺達の事、覚えてるかい?」
「……」
「あっ! そうだ、目を怪我してるから見づらいんだな」

 何も返してくれないリズに、ジークはひとりで納得してノートをさらに近付ける。
 ぐいぐいと距離を詰めるうちに、とんでもない至近距離になってしまった。
 もはや、リズの顔とノートがくっついてしまうくらいになっている。

「どうだい? 君が記憶を長く持てないのを聞いて、会いたくて探したんだぞ!」

 無表情、無反応のリズの顔面にノートを押し付けている光景は、なかなかにシュール。
 それでも、当のジークは真剣なのだ。
 
 しまいには、邪魔だと言うようにリズがナイフでノートを突き破っていた。
 危うく、顔にナイフが刺さりそうになったジークの悲鳴が上がる。

「コイツ、もしかして空気が読めねぇのか?」
「読めたら、こんな性格してねぇさ」

 レイズウェルは思わずそう呟き、ハツは遠くを見るような目でフッと鼻で笑ったのだった。

「ちょっとジーク、そんなコトする為に来たんじゃないデショ?」
「はっ! そうだったんだぞ……」
 
 シャオロンに宥められて目的を思い出したジークは、これ以上は近づくな、と言うようにナイフの刃先を向けるリズに向き直る。
 下を向いて深呼吸をすると、勢いよく顔を上げた。
 
「君と話がしたいんだ!」

 最初の言葉は、未だよく知らない友達の為に。

「ジゼルさんを傷つけた時、君の話も聞かずに酷い事を言った。……本当にごめん!」
 
 二番目の言葉は、これから友達になるリズの為に。シンプルながらも、誠意を込めて正直に伝えた。

「……」

 焦点が合わない瞳を見開き、ゆっくりと瞬きをしたリズは、何かを考えるようにナイフを下ろした。言葉と表情は変わらず無い。

「……痛そうなんだぞ。大丈夫かい?」
「……」

 無言で首を振るリズは、潰れた左目を隠すように手で覆う。
 
「なんで何も喋らんのか知らんさが……とりあえず、俺様と勝負しろ! あんなんで勝ったと思うなさ‼」
「虐殺の趣味はナイから、許してあげルよー」

 そこへ、ハツとシャオロンも口々に(一部不穏だが)声をかけた。
 
 よくある物語は、ここで仲直りをしてのハッピーエンドだ。
 また明日から仲間達との冒険と節約の日々が戻ってくるのだろう。不便だが、それも楽しい。
 
 人は、誰しも想いだけではどうにもならない事があるのを知っている。
 だから、神を信仰して見えないモノに祈る。
 
 黙り込んでいたリズがようやく口を開き、物語の定番を想像していたジークの思いは、最悪のカタチで砕かれてしまう。


「……リズは、お前を信じて間違えた。だから、お前に会いたくなかった」
 
 短い単語を繋げて拙く放たれた言葉は残酷なまでに静かで、ここにネクラーノンとしての面影はない。
 現実はいつだって願い通りにはいかず、かつての仲間を拒絶して俯く姿は小さな子供のよう。
 
 表情は乏しく、体は強張り、誰かに操られなければ動かない人形のようなヒトがいた。
 
「……そんな……」

 人は、予想だにしない事態には脳の処理が追い付かなくなるものだ。
 リズは記憶を失ってしまったわけでもなく、はっきりと自分の意志で拒絶した。
 
 言葉を失うジークやハツ、シャオロンを無表情で見つめたリズは、何も言わないレイズウェルに視線を移す。
 
「……気が済んだなら帰れ。これ以上、俺達に関わるならルークを敵に回すぜ」
 
 冷たく言い捨てたレイズウェルは、リズの体を包んでいた炎が消えた後の傷跡と、左目がしっかり再生されている事を触って確認した。
 
 彼は、薄々こうなる事がわかっていたのだろうか。
 記憶を失う前にリズと会えても、何を言われるかわかったうえでジーク達を利用していたのか、本心はわからない。

「ジーク……」

 立ち尽くすジークの後ろ姿に、シャオロンが心配そうに声をかけた。
 よほどショックを受けているのか、ジークは微動だにしない。
 
「もう、追ってこないで欲しい。お前と話すと頭の中がぐちゃぐちゃになる」

 これ以上は話したくないと立ち上がったリズは、左目に滲む血を服の袖で拭った。
 
「早く来い。フラクタが来ているなら、ここもすぐに見つかる」

 現実を目の当たりにして動けない三人を一瞥したレイズウェルは、リズを連れて行こうと背を向けた。

 ――その時。
 
「俺は! 話がしたい‼」
 
 静まり返った墓地に、ジークの大きな声が響く。
 
 どんなに相手に拒まれて悲しくても、思っていた現実とは違っていても諦めない。
 おそらく、こうすると決めた時点で穏やかな傭兵生活はサヨナラするだろう。
 
 この選択が正しいのかどうかもわからない。
 でも、選んだ事を後悔したりはしない。

 ジークはフィアが宿る細剣の柄をそっと撫でると、目を輝かせてこう言った。
 
「俺は、ジーク・リトルヴィレッジ! ネクラーノンじゃない君と友達になりたいんだ!」

 墓場中に響くような声を張り上げたジークは、臆する事無くリズとの距離を詰める。
 
「もう一度、しっかりと話してから信じて間違えたのか決めるといいんだぞ!」
「はぁ⁉ なんでそうなるんだよ!」

 まさかの事態に、レイズウェルは素っ頓狂な声を上げた。

「まずは、君の名前を教えて欲しいんだぞ!」
「いや、お前、拒否られたのをもう忘れたのかよ⁉」
 
 驚きのあまり美形な顔が台無しになっている彼に、ジークはあからさまに嫌な顔をして溜息をつき、仕方ないというように肩をすくめる。
 
「はぁ……まぁ、ついでに君も友達になってもいいんだぞ!」
「ばっ、馬鹿じゃねぇのか⁉ 誰がお前みたいな空気の読めない一般民と友達になるかっ!」
 
 赤面して言い返すレイズウェルだが、いつの間にかジークのペースになってしまっている。
 ジークは本気も本気なので堂々としているが、突然のことで周りは置いていかれていた。

「あっはっはっは! ジークってホンットに面白い人間ダネー!」
「こんなんがリーダーとか、不安しかねぇさ……」

 さっきからシャオロンは女神像をバシバシと叩きながら大爆笑しているし、ハツは目頭を押さえていて助け船は出そうにない。
 ちなみに、女神像を叩くのは不敬極まりないが、女神を信仰していない亜人のシャオロンには関係がないのだった。
 
 一方で、ジークのペースに巻き込まれているのはレイズウェルだけじゃない。

「意味が分からない……」
「おお、やっと話す気になってくれたんだな! 君は、何を気にしているんだい?」
 
 げんなりしているレイズウェルの肩を叩くジークは、ボソリと呟いたリズに語り掛ける。

「お前とリズは違う」
「どうしてそう思うんだい?」
 
 真顔で即答するジーク。

「リズは、かあさまに会う為に仕事をする。でも、お前達を殺せなかった。リズは欠陥だらけだ」
「君は、俺達を殺せなかった理由を気にしてるのかい?」

 ゆっくりと穏やかな声で答えるジークは、そんな事かと笑う。

「君が迷って俺達を殺さずに見逃したのは、こちらを友達だと思ってくれたからなんだぞ」

 誤魔化すでもなく、照れくさい感情を真正面から表すジークはそう言った。

「違う! そんなのいらない」

 リズは頭を振り、否定する。

「じゃあ、さっきはどうしてナイフを下ろしたんだい? 今だって、話をしているじゃないか」

 ジークが投げたその一言に、リズは動きを止めた。

「……!」

 自分自身でも驚いているようで、胸元を掴むと、見開いた目をきつく細める。

 全体的な表情は変わらないが、眉を寄せたリズは混乱したように声を裏返し、まくし立てた。
 
「……お前と違ってッ! リズは、人間じゃない! どんなに怪我をしても勝手に治る……!」
「俺も傷は治るぞ! そういえば、あの炎は魔法かい? かっこいいんだぞ!」
 
「かっ……⁉ リズはココロがわからない、だからヒトじゃない!」
「シャオロンの方が、よっぽど人でなしだぞ! 亜人なしか!」
 
「でもっ、ジゼルさんが死なない人間は人じゃないって言った。だから……」
「じゃあ、君にあんな深い傷を負わされて、死ななかったハツも人間じゃないな!」
 
「リズは、痛いがわからない……悲しいもわからない。美味しいさえわからない! 人だって、いっぱい殺した! だから、友達なんていらない」
「君にはいらなくても、俺には君が必要だぞ」

 半端ではないポジティブ思考のジークは、全てに対しどれも笑って受け入れていく。
 なかなかのブラックジョークが混じっているが、シャオロンはそれさえも爆笑していた。
 ちょっとだけ、女神像にヒビが入ったのは気のせいだろうか。

「大事なのは、君がどうしたいか、だぞ。あとは何が気になるんだい?」
「なんで……リズはお前を傷つけたのに、何でそんなに……?」

 完全にジークのペースに巻き込まれてしまったリズは、理解できないと首を振る。

「俺は、君の友達だからだ。言ってくれよ。ひとつずつ潰していくから」

 そう言ったジークは屈託なく笑う。
 俯いたリズの深い海色の瞳が揺れ、言葉は自然と口をついて出ていた。

「……リズは、ココロが欲しい。ココロさえあれば、誰もリズを化け物だって言わない。人間なんだって認めてくれる……」
 
 ものすごい勢いの応酬の最後に、リズは聞こえるかどうかくらいの声で悲しくそう呟いた。
 
「誰が化け物だって言ったんだい? 君は今だって人間だろう? これからもそうさ」

 当然のようにそう答えたジークにとって、この言葉に深い意味はない。
 ただ、夜になれば朝になるのが当たり前だと言うのと同じだ。

「これからも……?」
 
 ジークの言葉を繰り返すリズは、不思議そうに目を丸くした。

「そうだぞ! どんなことも分かち合い、仲間は助け合うから仲間なんだ。それは、絶対に絶対なんだぞ!」

 そう言って、仲間達を見渡したジークは強く頷く。
 ジークは空気が読めない。でも、変に遠回りのしないストレートさが、リズの空っぽの心に沁み込んで優しく響いていた。

「そう、持っていないのなら集めればいいんだヨ」
「なんでもいいさから、あとで決闘しろさ。おめぇの方が強いなんざ認めねぇさ!」

「……リズは、ここにいてもいいの?」
 
 リズは、一度は命を狙ったジークやシャオロン、ハツの言葉も胸にしまう。
 一歩、足元を確かめるように少しずつ。振り向く事なくレイズウェルを置いて歩み寄っていく。

「当然さ! 君はAHOU隊のスペルで、俺達の仲間だ!!」

 ジークはそう言うと、両腕を広げて頷いた。ジークだけじゃない、もちろんシャオロンやハツも同じ気持ちだ。

「ジーク、シャオロン、ハーヴェン……」

 胸にじわりと広がる温もりを大切にしまう。
 何度もノートに書いた仲間の名前を呼ぶリズは、ほんの少しだけだが、泣きそうに笑っていた。

 そんな片割れを見ていたレイズウェルは、少し寂しそうな、けれど、どこか安心したような顔をしていた。
 
 ようやく落ち着きを取り戻したリズを前に、ジークは安心して左手を差し伸べる。

「じゃあ、まずは君は誰なのか教えておくれよ!」

 本当はとっくに知っているけれど、本人の口から名前を聞きたいのだ。
 迷うように視線を落としたリズは、おずおずと自分の利き腕である左手を差し出した。

「リズウェル・ルーク……」
「リズウェル! じゃあ、リズって呼ぶんだぞ!」

 笑顔のまま、握り合った手を上下に振ったジークは、思い出したように汚れて真ん中が破れたノートを取り出した。
 
「そういえば、君が友達だって言ってくれたんだぞ! これは、ネクラーノンじゃなくて君自身の気持ちだろ?」

 ジークは、そう言って名前が書かれたページを見せる。
 丁寧に書かれた文字の横には、まったく似ていない個性的な似顔絵が描かれている。

「……ん。リズは人間になって友達になりたい。お前たちと……みんなと一緒にいたい……!」

 リズは懐かしそうにノートを手に取ると、ゆっくりと仲間の名前を指でなぞって頷いた。
 
 ――その刹那。
 
 もう忘れない、と繰り返すリズの長く青い髪が揺れる。
 
 風圧で目を閉じたリズの頭を、何かが貫いたのは一瞬の事だった。
 
 次いで破裂音が聞こえ、華奢な体躯は吹き飛ばされてしまい、ぼろ布のように地面に叩きつけられてしまった。
 
「リズ!」

 悲鳴交じりに叫び、動かない片割れへ駆け寄ろうとしたレイズウェルの足元に、燃え盛る炎の槍が突き刺さる。

「何が……⁉」
「見ろさ!」

 何が起きているのかわからないジーク達も例外ではない。ハツが空を指さした先には、無数の朱色の模様が浮かび上がっていた。
 それが、魔法陣なのだと気付いた時にはもう遅かった。

 一息を吸う間に熱風が吹き荒れ、召喚された炎の矢が次々と音を上げて降り注ぐ。
 墓場の土をまき散らしながら破裂する様は、殺意の塊。
 女神像の後ろに隠れてやり過ごそうとしたジークだが、一矢がマフラーを掠ってしまう。

「あっつ! これ、本物の炎だぞ!」
「かなりまずいコトになったかもネ……」

 慌てて火を消すジークに、シャオロンは苦虫を噛み潰したように呟いた。
 草木に燃え移った炎は、次第に退路を塞ぐように広がっていき、ジークやシャオロン、ハツとレイズウェルの四人を取り囲んだ。
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