21 / 34
第2章 フェアリーテイルの雫
第20話『星送り』
しおりを挟む
ゲルダさんが息を引き取ったと知ったのは、よく晴れた朝のことだった。
朝露が滴る草の匂いが立ち込める中、村中の人たちから贈られる花々に囲まれて棺に横たわるゲルダさんは、とても幸せそうな寝顔をしていた。
あまりに突然の出来事に茫然としていたジークも、眠るゲルダさんに花を贈る。
「昨日まで、あんなに元気だったのに……」
一緒に過ごした時間は本当に短いけれど、昨日の夜に抱きしめてくれた温かさが今も残っているようだ。
そうして、日が落ちて夜になると星送りが始まる。
村の中央の広場で行われる星送りの儀は、村長から村人へ青い炎を松明に移していき、最後にゲルダさんの元に灯していく。
故人を想って涙し、一人、またひとりと炎が移っていく。
四人は、青い炎から上がる煙を遠目に見ていた。
本当は、ジーク達もあの中に入ってもいいのだろうが、エリュシオン傭兵団の仕事でこの村に来ている為、遠慮させてもらっているのだ。
「……ゲルダさんは、自分の死ぬ時がわかっていて花を採りにいったのかな」
ジークは、ぽつりと呟く。きっとゲルダさんの魂は空に昇り、次の命へと生まれ変わるのだろう。
誰かが何かを答える前に、村長が歩み寄ってきた。
「ジーク殿、みなさん」
「はい!」
姿勢を正したジークは、短く返事をする。四人を順に見た村長は、柔和な笑みを浮かべて星送りの儀の参加を促すように右手を流す……と、見せかけて着ていた服を勢いよく脱ぎ捨てた。
「さぁ! これが、我々ベレット村の星送りです。共に踊りましょう‼」
頬がムキッと上がるくらいにとてつもなくいい笑顔。
村長の魂をかけた情熱の赤いフンドシ、凛々しい極太眉につるつるの禿げ頭、毛深い胸や足と腕毛。
そのすべてが、この厳粛な場にさらされていく。
「うわあぁあ! 魔物だぁあッ‼」
「落ち着けさ! ありゃ、ハゲ村長さ」
反射的にジークは村長に切りかかろうとしたが、マフラーを引っ張るハツに止められる。
「魔物かと思ったんだぞ!」
「よく見るさ! こんなもん見たところで、女じゃあるまい……し……」
改めて冷静に村長を上から下まで見たハツは、ごく自然に目をそらした。
「そ、村長さん」
何とか気を落ち着けたジークは、フィアの柄を握ったまま話をする。
「はぁ、はぁ……危なかった。毛のもさもさ具合が怖すぎて、もうちょっとで切るところだったんだぞ……!(すみません、失礼しました。ぜひ、星送りの踊りに参加させてください)」
「いや、ホンネもれてるヨ」
まさかの本音と建て前が反対になっているジークに、シャオロンはつっこんであげたのだった。
村長いわく、ベレット村の星送りの儀は、死者が天へ昇る時に持っていく最後のお土産話を作ってあげるという意味を込めて、とびきりおかしな恰好で踊りを贈るというものらしい。
たくさんのごちそうと笑顔で送ってあげることで、亡くなった人が寂しくないように。
また、遺された人が故人に対しての最後の記憶が楽しいものであるようにという意味が込められているのだという。
それを聞いたジークは、心が少し軽くなったような気になった。
それぞれ村人が家から持ち寄ってきたごちそうが広場に並び、ゲルダさんを囲んで踊る人達の顔は明るく、とても葬儀を行っているようには見えない。
配られた料理を食べながら、ジークはド派手に全身を振るわせて汗を振りまき踊る村長を見ていた。
正直、あの姿は本当に驚いたのだが、村長はこの星送りを誰よりも盛り上げる為にあの姿で踊っているのだと思えば、不思議と納得できる。
なんなら、いきなり切りかかろうとしてしまったのは申し訳なかった。
たくさんのエダの花が飾られたダンス会場では、ハツが年上の女性をエスコートして踊っている。
丸太を倒しただけの椅子に座り、もそもそと串焼きを食べていると、ネクラーノンがスープを持ってやってきた。
ジークは、いつものように声をかける。
「やぁ、星送りって楽しいな! 俺もこれ食べたらゲルダさんの為に踊ろうかと思って……」
「ジーク殿」
静かにそう言葉を重ねたネクラーノンは、いつもの彼らしくない抑揚のない声で訊ねた。
「死ぬ、とは何ですか?」
「なにって……死ぬっていうのは、生き物の命が終わることだよ」
子供でも知っているであろう質問に、嫌な顔せずにジークは答える。
ネクラーノンは首を傾げ、さらに質問を続けた。
「終わる? 死んだらどうなるのですか?」
「もう会えないってことだよ」
そう答えると、ジークはゲルダさんのことを思い出してまた寂しくなってしまった。
おばあちゃんの、何も話さなくても包み込むような優しさが暖かかった。
もう会えないんだと、現実がじわりと胸を黒く染めていく。
ジークの話したことを、自分の中で繰り返していたネクラーノンは、また質問を続けてきた。
「人が死ぬと、こうして美味しいご飯を食べて、踊って笑うものなのですか? これが、楽しい?」
「ん? そうだな。亡くなった人の事を忘れないように、精一杯楽しむんだぞ」
少なくとも、このベレット村ではそうなのだと、ジークは頷き返した。
俯くネクラーノンは、スープに浸かるスプーンを左手でくるくると回すだけで、食べようとはしない。
基本的にネクラーノンは、食べることが好きだし、うるさい。
見知らぬ人からもらったものも躊躇なく食べるし、何を食べても美味しいと喜ぶ。
けれど、今はスープを食べようとせずに口数も少ない。まるで幽霊のようだ。
いつもと少し様子が違う事に気付いていたジークだが、ゲルダさんの死がショックなのだろうと深く気に留めなかった。
明るい笑い声に包まれた星送りの会場は居心地がよくて、雰囲気を味わうようにジークは目を閉じる。
深呼吸をして目を開ければ、いつの間にかネクラーノンはいなくなっていた。
ジークは、フィアをぶつけてしまわないようにゆっくりと立ち上がり、星送りの会場へ向かう。
踊り疲れて休憩していたハツも立ち上がると、ジークの後ろを歩く。
棺の中で眠るゲルダさんの傍には、シャオロンとネクラーノンがいた。
「エダの花、たくさん採っといてよかったよ」
ジークがそう声をかける。
「そうだネ」
シャオロンは辺りに自分達しかいないことを確認すると、棺の中のゲルダさんを見つめ、小さな声で力なく呟いた。
「フォルプスは、自分の死期がわかルんだヨ。だから、最後は好きな花に囲まれたかったんジャないかナ……」
「……そっか」
その言葉の意味がわかったジークは、ゲルダさんを想い、目を細めた。
「ゲルダさん、もう起きないのですか」
ネクラーノンは不思議そうにしている。ジークは、そうだよと言った。
シャオロンはゆっくり深く呼吸をすると、夜空の星を見上げる。
「ゲルダさんネ、亜人と人間の混血だったんダ。手の甲に奴隷印もあったから、間違いないネ」
空を見つめたままのシャオロンの声は震えていた。
「ハーフさか」
ぶっきらぼうに短く呟くと、ハツは口を閉ざした。
亜人と人間のハーフは、今のホワイトランドの深刻な問題のひとつだ。
人のカタチに近い亜人は、人間との間に子孫を残すことが出来るのだが、それは本人が望んだものか、そうではないものもある。
愛情の間に生まれた命であれば、その生涯は他の亜人に比べると少しはマシなのかもしれない。
けれど、だいたいのハーフの辿る道は地獄だ。
人間から汚らわしい亜人と見られ、亜人からは怨敵である人間の血が混じった存在として忌み嫌われる。
どこにも居場所のない孤児が行きつくのは貧困と犯罪であり、奴隷にされたとしても、そこでも亜人同士で差別されてしまう為、多くは長く生きていない。
「……ゲルダさんは、きっとここが終着点でよかったって思ってるはずだぞ」
ジークは、そう言って青白いゲルダさんの頬をそっと指で撫でると、視線を上げた。
長い奴隷生活を終え、辿り着いたここには今、泣いて食べては騒いで、笑って彼女を送るために集まった人たちがいる。
ひとりぼっちじゃない。
「だって……最期の瞬間に、こんなにも愛されているってわかるんだからな」
辛く苦しい生涯だったかもしれない。けれど、それだけじゃなかったと信じたい。
ジークがそう言って空を見上げると、マネをするようにネクラーノンも顔を上げた。
紺色の星空に上る聖なる煙は、どこまでも高く遠く続いていく。
ネクラーノンは……『リズ』は、視界の一面を流れる星の道に乗る、魂の軌跡に目を見開いた。
「……しぬのは、もう会えない」
思わず見とれるほどの綺麗な空に、胸が苦しくなり、ぽつりと呟く。
この感情が何を言いたいのかはわからない。けれど、この胸の苦しさは忘れたくないと思えた。
「亜人と人間が嫌い合う世界なんて、なければいいのにネ」
シャオロンはそう言って涙を拭うと、苦し気に眉を下げて笑う。同じ意見だ、とジークも眉を寄せた。
鼻を鳴らすハツ。空を見つめたままのネクラーノン。
「そのためにも、はやく出世して人間と亜人が幸せに暮らせる世界を作るんだぞ!」
ジークはそう言うと、明るく太陽のように笑った。
その後、ダンス会場に入り込んだジークは、村の女の子とおばさん、村長に囲まれて踊りに誘われるのだった。イマジナリー彼女のフィアというものがおりながら……。
それを退屈そうに見ているハツは、椅子の背に寄りかかって指に引っ掛けたコップを揺らしている。
「何してるノ?」
一通り料理を皿に乗せたシャオロンが戻ってきた。
「世の中は不公平さ」
完全にふてくされているハツは、持っていたコップの中身を一気に飲み干した。
おそらく酒なのであろう、ハツの目線は定まらずアルコールの臭いがしている。
「ああ、アレ」
何のことを言っているのかわかったシャオロンは、二人分ほど空けて座ると、野菜ばかり盛っている皿に手を付け始めた。
「ジークって、あんな感じなノニ意外と人間の女の人に人気なんだネェ」
のんびりとそう言ってダイコンの丸焼きを頬張る。
「そういや、おめぇは誘われてもネェさなぁ」
「人間は恋愛対象外なんデ」
ハツは、まったく興味がないというシャオロンの態度にいらついて突っかかるが、これもあっさりと躱されてしまう。
「傭兵団に入ればモテると思ってさのに……」
「たすけ……足が、おいつかない!」
大げさに肩を落としたハツの目の前を、村長に腕を掴まれて引きずられるように踊るジークが通り過ぎていく。女の人はどうした。
何かを言っていたが、気のせいだろう。
「女の人にモテようなんて考えたコトないから、わかんないヤ」
鼻で笑うシャオロンは、ハツに見せつけるように肩をすくめる。
村長との踊り二週目のジークが、ものすごい早さで前を通ったが、ハツは無視していた。
もっとも、シャオロンは気付いていながらスルーしている。
そこへ、おばさんが通りがかりシャオロンに、とアメやクッキーを渡していった。
一方、ハツには酒のおかわりをそそいでくれる。
「たくさん食べて、これから大きくなるんだよ!」
と、母親のように、包容力たっぷりの笑顔で去っていく隣の家のおばさん。
「オメェ……」
ハツはそれ以上、言わないというように口を閉じる。
「まぁ正直、わりとズット子供扱いされてルネ……」
手元にもらったお菓子の袋をつまんだシャオロンは、フッと乾いた笑いで流した。
AHOU隊の中で一番背が低いシャオロンは、見た目の幼さもあって子供に見られているのが判明したのだった。
「や、やっと解放されたんだぞ……」
村長から解放されたジークは、騒いでいる仲間達から隠れるように木の陰に座り込む。
傍らにいる細剣を膝に抱えると、静寂に耳を傾ける。
少しの間でも、家族を知らないジークは、ゲルダさんを本当のおばあちゃんのように思っていた。
だから、その温もりを忘れないようにと、声を出さないよう静かに泣く。
どこまでも流れていくゲルダおばあちゃんの魂を、いつまでも見送っていた。
朝露が滴る草の匂いが立ち込める中、村中の人たちから贈られる花々に囲まれて棺に横たわるゲルダさんは、とても幸せそうな寝顔をしていた。
あまりに突然の出来事に茫然としていたジークも、眠るゲルダさんに花を贈る。
「昨日まで、あんなに元気だったのに……」
一緒に過ごした時間は本当に短いけれど、昨日の夜に抱きしめてくれた温かさが今も残っているようだ。
そうして、日が落ちて夜になると星送りが始まる。
村の中央の広場で行われる星送りの儀は、村長から村人へ青い炎を松明に移していき、最後にゲルダさんの元に灯していく。
故人を想って涙し、一人、またひとりと炎が移っていく。
四人は、青い炎から上がる煙を遠目に見ていた。
本当は、ジーク達もあの中に入ってもいいのだろうが、エリュシオン傭兵団の仕事でこの村に来ている為、遠慮させてもらっているのだ。
「……ゲルダさんは、自分の死ぬ時がわかっていて花を採りにいったのかな」
ジークは、ぽつりと呟く。きっとゲルダさんの魂は空に昇り、次の命へと生まれ変わるのだろう。
誰かが何かを答える前に、村長が歩み寄ってきた。
「ジーク殿、みなさん」
「はい!」
姿勢を正したジークは、短く返事をする。四人を順に見た村長は、柔和な笑みを浮かべて星送りの儀の参加を促すように右手を流す……と、見せかけて着ていた服を勢いよく脱ぎ捨てた。
「さぁ! これが、我々ベレット村の星送りです。共に踊りましょう‼」
頬がムキッと上がるくらいにとてつもなくいい笑顔。
村長の魂をかけた情熱の赤いフンドシ、凛々しい極太眉につるつるの禿げ頭、毛深い胸や足と腕毛。
そのすべてが、この厳粛な場にさらされていく。
「うわあぁあ! 魔物だぁあッ‼」
「落ち着けさ! ありゃ、ハゲ村長さ」
反射的にジークは村長に切りかかろうとしたが、マフラーを引っ張るハツに止められる。
「魔物かと思ったんだぞ!」
「よく見るさ! こんなもん見たところで、女じゃあるまい……し……」
改めて冷静に村長を上から下まで見たハツは、ごく自然に目をそらした。
「そ、村長さん」
何とか気を落ち着けたジークは、フィアの柄を握ったまま話をする。
「はぁ、はぁ……危なかった。毛のもさもさ具合が怖すぎて、もうちょっとで切るところだったんだぞ……!(すみません、失礼しました。ぜひ、星送りの踊りに参加させてください)」
「いや、ホンネもれてるヨ」
まさかの本音と建て前が反対になっているジークに、シャオロンはつっこんであげたのだった。
村長いわく、ベレット村の星送りの儀は、死者が天へ昇る時に持っていく最後のお土産話を作ってあげるという意味を込めて、とびきりおかしな恰好で踊りを贈るというものらしい。
たくさんのごちそうと笑顔で送ってあげることで、亡くなった人が寂しくないように。
また、遺された人が故人に対しての最後の記憶が楽しいものであるようにという意味が込められているのだという。
それを聞いたジークは、心が少し軽くなったような気になった。
それぞれ村人が家から持ち寄ってきたごちそうが広場に並び、ゲルダさんを囲んで踊る人達の顔は明るく、とても葬儀を行っているようには見えない。
配られた料理を食べながら、ジークはド派手に全身を振るわせて汗を振りまき踊る村長を見ていた。
正直、あの姿は本当に驚いたのだが、村長はこの星送りを誰よりも盛り上げる為にあの姿で踊っているのだと思えば、不思議と納得できる。
なんなら、いきなり切りかかろうとしてしまったのは申し訳なかった。
たくさんのエダの花が飾られたダンス会場では、ハツが年上の女性をエスコートして踊っている。
丸太を倒しただけの椅子に座り、もそもそと串焼きを食べていると、ネクラーノンがスープを持ってやってきた。
ジークは、いつものように声をかける。
「やぁ、星送りって楽しいな! 俺もこれ食べたらゲルダさんの為に踊ろうかと思って……」
「ジーク殿」
静かにそう言葉を重ねたネクラーノンは、いつもの彼らしくない抑揚のない声で訊ねた。
「死ぬ、とは何ですか?」
「なにって……死ぬっていうのは、生き物の命が終わることだよ」
子供でも知っているであろう質問に、嫌な顔せずにジークは答える。
ネクラーノンは首を傾げ、さらに質問を続けた。
「終わる? 死んだらどうなるのですか?」
「もう会えないってことだよ」
そう答えると、ジークはゲルダさんのことを思い出してまた寂しくなってしまった。
おばあちゃんの、何も話さなくても包み込むような優しさが暖かかった。
もう会えないんだと、現実がじわりと胸を黒く染めていく。
ジークの話したことを、自分の中で繰り返していたネクラーノンは、また質問を続けてきた。
「人が死ぬと、こうして美味しいご飯を食べて、踊って笑うものなのですか? これが、楽しい?」
「ん? そうだな。亡くなった人の事を忘れないように、精一杯楽しむんだぞ」
少なくとも、このベレット村ではそうなのだと、ジークは頷き返した。
俯くネクラーノンは、スープに浸かるスプーンを左手でくるくると回すだけで、食べようとはしない。
基本的にネクラーノンは、食べることが好きだし、うるさい。
見知らぬ人からもらったものも躊躇なく食べるし、何を食べても美味しいと喜ぶ。
けれど、今はスープを食べようとせずに口数も少ない。まるで幽霊のようだ。
いつもと少し様子が違う事に気付いていたジークだが、ゲルダさんの死がショックなのだろうと深く気に留めなかった。
明るい笑い声に包まれた星送りの会場は居心地がよくて、雰囲気を味わうようにジークは目を閉じる。
深呼吸をして目を開ければ、いつの間にかネクラーノンはいなくなっていた。
ジークは、フィアをぶつけてしまわないようにゆっくりと立ち上がり、星送りの会場へ向かう。
踊り疲れて休憩していたハツも立ち上がると、ジークの後ろを歩く。
棺の中で眠るゲルダさんの傍には、シャオロンとネクラーノンがいた。
「エダの花、たくさん採っといてよかったよ」
ジークがそう声をかける。
「そうだネ」
シャオロンは辺りに自分達しかいないことを確認すると、棺の中のゲルダさんを見つめ、小さな声で力なく呟いた。
「フォルプスは、自分の死期がわかルんだヨ。だから、最後は好きな花に囲まれたかったんジャないかナ……」
「……そっか」
その言葉の意味がわかったジークは、ゲルダさんを想い、目を細めた。
「ゲルダさん、もう起きないのですか」
ネクラーノンは不思議そうにしている。ジークは、そうだよと言った。
シャオロンはゆっくり深く呼吸をすると、夜空の星を見上げる。
「ゲルダさんネ、亜人と人間の混血だったんダ。手の甲に奴隷印もあったから、間違いないネ」
空を見つめたままのシャオロンの声は震えていた。
「ハーフさか」
ぶっきらぼうに短く呟くと、ハツは口を閉ざした。
亜人と人間のハーフは、今のホワイトランドの深刻な問題のひとつだ。
人のカタチに近い亜人は、人間との間に子孫を残すことが出来るのだが、それは本人が望んだものか、そうではないものもある。
愛情の間に生まれた命であれば、その生涯は他の亜人に比べると少しはマシなのかもしれない。
けれど、だいたいのハーフの辿る道は地獄だ。
人間から汚らわしい亜人と見られ、亜人からは怨敵である人間の血が混じった存在として忌み嫌われる。
どこにも居場所のない孤児が行きつくのは貧困と犯罪であり、奴隷にされたとしても、そこでも亜人同士で差別されてしまう為、多くは長く生きていない。
「……ゲルダさんは、きっとここが終着点でよかったって思ってるはずだぞ」
ジークは、そう言って青白いゲルダさんの頬をそっと指で撫でると、視線を上げた。
長い奴隷生活を終え、辿り着いたここには今、泣いて食べては騒いで、笑って彼女を送るために集まった人たちがいる。
ひとりぼっちじゃない。
「だって……最期の瞬間に、こんなにも愛されているってわかるんだからな」
辛く苦しい生涯だったかもしれない。けれど、それだけじゃなかったと信じたい。
ジークがそう言って空を見上げると、マネをするようにネクラーノンも顔を上げた。
紺色の星空に上る聖なる煙は、どこまでも高く遠く続いていく。
ネクラーノンは……『リズ』は、視界の一面を流れる星の道に乗る、魂の軌跡に目を見開いた。
「……しぬのは、もう会えない」
思わず見とれるほどの綺麗な空に、胸が苦しくなり、ぽつりと呟く。
この感情が何を言いたいのかはわからない。けれど、この胸の苦しさは忘れたくないと思えた。
「亜人と人間が嫌い合う世界なんて、なければいいのにネ」
シャオロンはそう言って涙を拭うと、苦し気に眉を下げて笑う。同じ意見だ、とジークも眉を寄せた。
鼻を鳴らすハツ。空を見つめたままのネクラーノン。
「そのためにも、はやく出世して人間と亜人が幸せに暮らせる世界を作るんだぞ!」
ジークはそう言うと、明るく太陽のように笑った。
その後、ダンス会場に入り込んだジークは、村の女の子とおばさん、村長に囲まれて踊りに誘われるのだった。イマジナリー彼女のフィアというものがおりながら……。
それを退屈そうに見ているハツは、椅子の背に寄りかかって指に引っ掛けたコップを揺らしている。
「何してるノ?」
一通り料理を皿に乗せたシャオロンが戻ってきた。
「世の中は不公平さ」
完全にふてくされているハツは、持っていたコップの中身を一気に飲み干した。
おそらく酒なのであろう、ハツの目線は定まらずアルコールの臭いがしている。
「ああ、アレ」
何のことを言っているのかわかったシャオロンは、二人分ほど空けて座ると、野菜ばかり盛っている皿に手を付け始めた。
「ジークって、あんな感じなノニ意外と人間の女の人に人気なんだネェ」
のんびりとそう言ってダイコンの丸焼きを頬張る。
「そういや、おめぇは誘われてもネェさなぁ」
「人間は恋愛対象外なんデ」
ハツは、まったく興味がないというシャオロンの態度にいらついて突っかかるが、これもあっさりと躱されてしまう。
「傭兵団に入ればモテると思ってさのに……」
「たすけ……足が、おいつかない!」
大げさに肩を落としたハツの目の前を、村長に腕を掴まれて引きずられるように踊るジークが通り過ぎていく。女の人はどうした。
何かを言っていたが、気のせいだろう。
「女の人にモテようなんて考えたコトないから、わかんないヤ」
鼻で笑うシャオロンは、ハツに見せつけるように肩をすくめる。
村長との踊り二週目のジークが、ものすごい早さで前を通ったが、ハツは無視していた。
もっとも、シャオロンは気付いていながらスルーしている。
そこへ、おばさんが通りがかりシャオロンに、とアメやクッキーを渡していった。
一方、ハツには酒のおかわりをそそいでくれる。
「たくさん食べて、これから大きくなるんだよ!」
と、母親のように、包容力たっぷりの笑顔で去っていく隣の家のおばさん。
「オメェ……」
ハツはそれ以上、言わないというように口を閉じる。
「まぁ正直、わりとズット子供扱いされてルネ……」
手元にもらったお菓子の袋をつまんだシャオロンは、フッと乾いた笑いで流した。
AHOU隊の中で一番背が低いシャオロンは、見た目の幼さもあって子供に見られているのが判明したのだった。
「や、やっと解放されたんだぞ……」
村長から解放されたジークは、騒いでいる仲間達から隠れるように木の陰に座り込む。
傍らにいる細剣を膝に抱えると、静寂に耳を傾ける。
少しの間でも、家族を知らないジークは、ゲルダさんを本当のおばあちゃんのように思っていた。
だから、その温もりを忘れないようにと、声を出さないよう静かに泣く。
どこまでも流れていくゲルダおばあちゃんの魂を、いつまでも見送っていた。
20
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる