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第2章 フェアリーテイルの雫
第16話『ボロ小屋の傭兵団』
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AHOU隊の宿舎は、ベレット村の端にある納屋を改装したもので、急ごしらえの補修は荒くところどころ木が腐って雨漏りもしている。
あちこち壊れているので、築年数を考えるだけムダなのがわかる。
正直、住み心地は最悪なボロ小屋であるが、寝るところがあるだけマシだと思いたい。
ウシを裏につなぎ、持って帰った荷物を棚にしまって、壊れかけの椅子に腰かけたジークは、深く息を吐き出した。
穴が開いた天井からは夕焼け空が覗いている。
仕事終わりのこの時間が何とも言えない至福。
これで、可愛い女の子が待っていたらさらに最高なものだが、通りがかったハツが屁をこいていく。
現実は、残酷なまでにむさ苦しい。
「今日も疲れた……昨日のスープでも食べよう」
ジークが一日の疲れを取ろうとキッチンへ向かうと、何故かシャオロンが鍋を抱えたまま蹲っていた。
ちなみに、シャオロン以外は料理が出来ないので、自然と彼の担当になっている。
「シャオロン、大丈夫かい?」
まさか、体調でも悪いのだろうか……そう声をかけたジークに気付いたシャオロンは、抱えていた鍋を調理台に置くと、顔色悪く早口で話してきた。
「ネェ、あのしわしわゲルダさんってシワのカタマリなの? 種族はなにかナ? フロップ? セリテ? この僕が同胞をわからないなんて……いや、この数百年の間に生まれた新種?」
「いや……あの人、人間だから。数百年ってなんだよ」
ものすごい勢いのボケを流したジークは、『確かにゲルダ婆さんはしわしわで顔もよくわからなかったけども……』と、心の中で付け加えた。
「いや、よく聞いてヨ……」
シャオロンは青白い顔で立ち上がると、ふらふらと丸いイモを両手に取って見せる。
「この、イモがイモを見間違えることがないヨウに、亜人は亜人同士が何族かわかるんだヨ! 人間が、人間を間違えないのと同じヨウにネ」
そう訴えるシャオロンは、ジークとハツを見比べ、自分の目を疑って唸った。
「ああ……ハツまで同胞に見えてきタ……病気カモ」
「だからなんだよ、イモはイモだろ……」
どう相手にしたらいいかわからなくなったジークは、ハツに助けを求める。
「なんか、シャオロンが壊れたんだぞ」
「最近、休みなく働いたしさな」
ハツは、話に興味が無いというように鼻先で笑い飛ばし、お気に入りの雑誌である『熱盛!女性ワッショイ』のページをめくった。
補足しておくと、『熱盛!女性ワッショイ』とはホワイトランドの若者に人気の年齢制限アリの青年誌のことだ。
そんなやり取りをしていると、開けていた窓から何か焦げた臭いが漂ってきた。
――瞬間、緊張が走る。
「なっ……!」
まさか、とジークは窓から身を乗り出した。
「……ネクラ野郎はどうしたさ」
事に気づき、本を閉じたハツは、険しい表情でジークに目くばせをする。辺りの空気が研ぎ澄まされて張り詰めるのを感じた。
ジークは、獲物を狩るような鋭いハツの緑眼を受け止め、苦しげに言葉をしぼりだした。
「夕飯の肉を……焼いてもらっている……!」
そう言ったジークの頬を一粒の汗が流れていく。
「あれは、最後の肉……!」
ハツの顔が心なしか、今までに見たことがないくらいに引きつっている。
何が起こっているのか察したジークは、もうじっとしていられなかった。
「ん。アレ? どこに行ったノ?」
野菜を洗っていたシャオロンが振り返った時には、読みかけの雑誌と、開けっ放しの窓だけ残されていた。
「ネクラーノンンァぁぁ‼」
焦げた臭いの原因であるネクラーノンがいる庭へ、血相を変えて全速力で向かっていったジークは、目の前の惨状に悲鳴を上げた。
「肉がぁあああ‼」
ショックと怒りで、謎の四足走行になってしまっている。
「俺様の肉があぁあ‼」
同じく追いついてきたハツも、燃える肉の前に跪いてむせび泣く。
焚き火の前に座っていたネクラーノンは、やかましく走ってきた二人を咎めるように眉間に皺を寄せた。
「何ごとですかな! 小生、こうして言われた通りに肉を焼いていましたぞ!」
そう言って、焚火の中から得意げに棒に突き刺した肉を持ち上げたネクラーノン。
夕飯のためにと焼いてもらった貴重な肉は、今や黒焦げを通り越して火が燃え移ってしまっていた。
「あぁ……これ、大事にとっておいたのに……」
「おめぇは、肉すらまともに焼けないんさか!」
ハツに怒られているネクラーノンを横目に、なんとか肉を救出したジークは食べられそうな所を探す。
「……何か、まずいことをしましたかな? 小生、もしかして……」
彼は状況がよくわかっていないようにキョトンとしていたが、明らかに落ち込んでいるジークとハツを見て、何か失敗したのだと気づいた。
だが、そこでへこたれないのがネクラーノンだ。
「聞いてくだされ! 小生、食べるために肉を焼くということを初めてやりましたぞ。なかなかに良きもので!」
切なげに肉を見つめるジークとハツに、堂々たるこの返しである。
「食べる以外に肉を焼くことってないだろぉ……」
肩を落としたジークは、これから絶対に何があってもネクラーノンに料理を任せてはいけないと誓った。
けれど、真っ黒になった肉を捨てるわけにもいかず、もったいないので食べる事にしたのだった。
どんなに悲しくても疲れと空腹は待ってくれない。
ジークは小屋に戻ると炭になった肉を三等分に切り分け、自分とハツとネクラーノンの皿に乗せる。
今日の夕食は、焦げた肉、野菜とその辺に生えていた草のスープ、それと村の人からもらったパン。見栄えもないし普通の食事とは程遠いものだが、ないよりはマシだ。
「あ! まだすることがあるカラ、先に食べてヨ」
こんがり焼けたパンを配っていたシャオロンは、外で焚いている火に鍋をかけていたことを思い出し、忙しく小屋を出る。
「じゃあ、お先に食べるぞ!」
ジーク、ハツ、ネクラーノンとそれぞれ食卓につき、両手の指を組む。
室内で火を使わないのは、単純に小屋がボロすぎて火事になるからだ。
毎回、火を使うたびに外で作業をするのは面倒だろうに、ありがたい事に、シャオロンは嫌な顔せず働いてくれる。
「女神エリュシオン様、今夜もごちそうをありがとうございます」
ジークがそう言うと、それを合図に食事を始める。
女神エリュシオンに食前の挨拶をするのが最近のお決まりだ。
ナイフとフォークを駆使し、ジークが真っ黒な肉をどうにかして食べようとしていると、ネクラーノンは、落ち着かない様子で辺りを見ていた。
いや、落ち着かないどころか、挙動不審で嫌でも気になってしまう。
ジークはひとまず肉を置いて、スープに手をつけながら話しかける。
「どうしたんだい? 食べないのかい?」
「……仕事を失敗した小生もいただいてもよろしいのですかな⁉」
声をかけられると思っていなかったのか、ネクラーノンは驚いたようにそう聞き返してきた。
「いいに決まってるだろ? いつも食べてるし、肉を焦がしたのはもう済んだことなんだぞ」
何をいまさら、というようにジークが苦笑いを浮かべると、ネクラーノンは『ヌヒッ』と、不細工な笑いを返してきた。
「そ、そうでしたかな! 小生、うっかりしておりましたぞ」
そう言ったネクラーノンは、焦げた肉をフォークで突き刺すと直接かじりついていく。
食器に焦げた硬い部分が当たり、ガチリと咀嚼音が鳴る。
真っ黒になったところもかまわず、一度も止まることなく。黙々と食べ始めたのだ。
「すげぇ、炭になってるところまで食ってるさ……」
あまりに豪快な食べっぷりに、ハツはちょっと引いていた。
「うぬ、おいしいですぞ!」
はたから見て、真っ黒い塊を嬉しそうに頬張るネクラーノンは、とても貴族には見えない。
けれど、幸せそうに食べている姿を見ると、仕事で失敗して世話が焼けても、どうにも憎めないのだ。
「そうだ! これも食べていいヨ」
そこでちょうど戻ってきたシャオロンは、緑色のどろどろした液体をカップに入れて渡す。
「うっ!」
ジークは瞬時に鼻をつまむ。これは昨日、おとなりに住むおばさんが作ってくれたものだ。
なんでも健康にいい薬草のスープらしいが、苦いしえぐいし、酸っぱいやらで、とにかく最悪なのだ。もらっておいてなんだが、二度と食べたくない。
おそらくシャオロンも食べる気はないのか、このまま何でも食べるネクラーノンに片付けさせるつもりのようだ。
そして、当のネクラーノンは、超絶クソまずいドロドロ薬草スープを前に、目を輝かせている。
「おいしいですな! もっと食べてよいのですかな!」
「もちろんダヨ、まだいっぱいあるからネー!」
純粋に食事を楽しんでいるネクラーノン。本当に美味いと思っているのか……。
シャオロンは、弾けんばかりの笑顔で食べきったそばから次々とおかわりをよそう。
「げ、限界なんだぞ!」
我慢出来なくなったジークは、心を無にして席を立つ。
「あいつに目をつけられたら、胃が死ぬさ……」
辺りに漂う強烈な薬草の酸っぱい臭いと、容赦のないおかわりに、さすがのハツも同情していた。
マズすぎる呪いの薬草スープ(ジーク命名)を食べさせるのは罪悪感がわくものだが、ネクラーノンはそれすらも美味しそうに平らげてしまったのだった。
食事を終えたジークは、夜間警備へ出る前にもらったウシの世話をしていた。
干し草を口元に持っていってあげれば、ウシは美味しそうに食べ始める。
正直、給料を上げて欲しいと頼んでウシを渡されると思っていなかったし、予想外にエサ代もかかってしまうので複雑な心境だが、やっぱり動物は可愛いものだ。
「ジーク殿」
ついでにブラシもかけてあげようとしたところで、声をかけられ振り返る。
「ここに居たのですかな。探しましたぞ!」
今日、一緒に夜間警備をするネクラーノンだった。
「どうしたんだい? まだ時間はあるはずだろ?」
ウシのブラシ掛けをしながら、ジークはそう返事をした。
「小生も、このウシが見たかったのですぞ!」
ネクラーノンは何やらノートを見ながら近づき、ウシの顔を至近距離で覗き込んでいた。
「ジーク殿は、このウシを気に入っているようですな」
ウシが怯えて後ずさる。
「いや、近いって……でも、ウシも慣れたら可愛いものだな」
ジークは苦笑する。ネクラーノンは変わり者なので今さら驚きはしないが、時々予測できない行動をするので、ちょっと怖い。
「小生、今日の失敗で肉の焼き方というものを学びましたぞ」
「う、うん」
手を止めずにジークは相槌を打つ。何を言い出すのかと思いきや、ネクラーノンはジークではなく、ウシの目をジッと見つめながら話を続ける。
「して、この可愛いウシはいつ食べるのですかな? 小生、解体の心得があるのですぞ!」
「えっ! それ、今する話かい⁉」
あまりにぶっ飛んだ話に、持っていたブラシを落としそうになるジーク。
だが、ネクラーノンは冗談で言っているわけではない。
彼は、本気で、このタイミングで、ジークがいま可愛がっているウシを食べようと言っているのだ。
「こ、このウシは食べないんだぞ!」
「ですが、エサ代がかかりますぞ?」
「それでも!」
慌ててウシを自分の方へ寄せたジークに、ネクラーノンは意味が分からないというように首をかしげる。
「なぜですかな? 人間以外の生き物は肉ではないのですかな?」
ふざけているわけでもなく、大真面目なネクラーノンに、ジークは何と答えようか考えた。
ネクラーノンは貴族の家で育ったからか、こうして常識とは外れた言動をすることがある。
彼の家がどういう教育をしているのかはわからないが、たまに子供が聞くようなことを言うのだ。
「……いいかい、命はどんなものにも平等で、だからこそ大切にしないといけない。簡単に奪っていいものじゃないんだ」
ジークはウシを優しく撫でながら、ネクラーノンに出来るだけわかりやすく答えた。
「だから、生き物を食べるという事は、命を奪っていただくという意味なんだよ」
「……そう、なのですかな」
「そうなんだぞ」
言われた言葉の意味がわかったのか、わからなかったのか……ネクラーノンは曖昧な返事をし、指で眼鏡を持ち上げると、ジークに背を向けた。
「……今日食べた肉と、これはなにがちがうのですか?」
小さくそう話す言葉は、感情の色が消えてしまったように冷たかった。
「ん? 何か言ったかい?」
ウシの世話を続けていたジークは、よく聞こえなかった。ネクラーノンはパッと顔を上げる。
「なんでもないですぞ! では、小生は先に行ってまいります」
いつものように、ニタッと笑ったネクラーノンは、それだけ言うと先に持ち場へ行ってしまった。
結局、うまく伝わったのかわからなかったが、ジークは気にしない事にした。
人は、誰しも何かを愛したり、愛されているものだ。
ウシを食べない理由だってきっと、ネクラーノンもわかっているはずだ。
数週間より前の記憶がないジークにだって、仲間を信頼したり動物を可愛いと思う気持ちがある。
だから、彼が聞きたかったことにも自信を持って答えられたし、それが当然だとも思っていた。
あちこち壊れているので、築年数を考えるだけムダなのがわかる。
正直、住み心地は最悪なボロ小屋であるが、寝るところがあるだけマシだと思いたい。
ウシを裏につなぎ、持って帰った荷物を棚にしまって、壊れかけの椅子に腰かけたジークは、深く息を吐き出した。
穴が開いた天井からは夕焼け空が覗いている。
仕事終わりのこの時間が何とも言えない至福。
これで、可愛い女の子が待っていたらさらに最高なものだが、通りがかったハツが屁をこいていく。
現実は、残酷なまでにむさ苦しい。
「今日も疲れた……昨日のスープでも食べよう」
ジークが一日の疲れを取ろうとキッチンへ向かうと、何故かシャオロンが鍋を抱えたまま蹲っていた。
ちなみに、シャオロン以外は料理が出来ないので、自然と彼の担当になっている。
「シャオロン、大丈夫かい?」
まさか、体調でも悪いのだろうか……そう声をかけたジークに気付いたシャオロンは、抱えていた鍋を調理台に置くと、顔色悪く早口で話してきた。
「ネェ、あのしわしわゲルダさんってシワのカタマリなの? 種族はなにかナ? フロップ? セリテ? この僕が同胞をわからないなんて……いや、この数百年の間に生まれた新種?」
「いや……あの人、人間だから。数百年ってなんだよ」
ものすごい勢いのボケを流したジークは、『確かにゲルダ婆さんはしわしわで顔もよくわからなかったけども……』と、心の中で付け加えた。
「いや、よく聞いてヨ……」
シャオロンは青白い顔で立ち上がると、ふらふらと丸いイモを両手に取って見せる。
「この、イモがイモを見間違えることがないヨウに、亜人は亜人同士が何族かわかるんだヨ! 人間が、人間を間違えないのと同じヨウにネ」
そう訴えるシャオロンは、ジークとハツを見比べ、自分の目を疑って唸った。
「ああ……ハツまで同胞に見えてきタ……病気カモ」
「だからなんだよ、イモはイモだろ……」
どう相手にしたらいいかわからなくなったジークは、ハツに助けを求める。
「なんか、シャオロンが壊れたんだぞ」
「最近、休みなく働いたしさな」
ハツは、話に興味が無いというように鼻先で笑い飛ばし、お気に入りの雑誌である『熱盛!女性ワッショイ』のページをめくった。
補足しておくと、『熱盛!女性ワッショイ』とはホワイトランドの若者に人気の年齢制限アリの青年誌のことだ。
そんなやり取りをしていると、開けていた窓から何か焦げた臭いが漂ってきた。
――瞬間、緊張が走る。
「なっ……!」
まさか、とジークは窓から身を乗り出した。
「……ネクラ野郎はどうしたさ」
事に気づき、本を閉じたハツは、険しい表情でジークに目くばせをする。辺りの空気が研ぎ澄まされて張り詰めるのを感じた。
ジークは、獲物を狩るような鋭いハツの緑眼を受け止め、苦しげに言葉をしぼりだした。
「夕飯の肉を……焼いてもらっている……!」
そう言ったジークの頬を一粒の汗が流れていく。
「あれは、最後の肉……!」
ハツの顔が心なしか、今までに見たことがないくらいに引きつっている。
何が起こっているのか察したジークは、もうじっとしていられなかった。
「ん。アレ? どこに行ったノ?」
野菜を洗っていたシャオロンが振り返った時には、読みかけの雑誌と、開けっ放しの窓だけ残されていた。
「ネクラーノンンァぁぁ‼」
焦げた臭いの原因であるネクラーノンがいる庭へ、血相を変えて全速力で向かっていったジークは、目の前の惨状に悲鳴を上げた。
「肉がぁあああ‼」
ショックと怒りで、謎の四足走行になってしまっている。
「俺様の肉があぁあ‼」
同じく追いついてきたハツも、燃える肉の前に跪いてむせび泣く。
焚き火の前に座っていたネクラーノンは、やかましく走ってきた二人を咎めるように眉間に皺を寄せた。
「何ごとですかな! 小生、こうして言われた通りに肉を焼いていましたぞ!」
そう言って、焚火の中から得意げに棒に突き刺した肉を持ち上げたネクラーノン。
夕飯のためにと焼いてもらった貴重な肉は、今や黒焦げを通り越して火が燃え移ってしまっていた。
「あぁ……これ、大事にとっておいたのに……」
「おめぇは、肉すらまともに焼けないんさか!」
ハツに怒られているネクラーノンを横目に、なんとか肉を救出したジークは食べられそうな所を探す。
「……何か、まずいことをしましたかな? 小生、もしかして……」
彼は状況がよくわかっていないようにキョトンとしていたが、明らかに落ち込んでいるジークとハツを見て、何か失敗したのだと気づいた。
だが、そこでへこたれないのがネクラーノンだ。
「聞いてくだされ! 小生、食べるために肉を焼くということを初めてやりましたぞ。なかなかに良きもので!」
切なげに肉を見つめるジークとハツに、堂々たるこの返しである。
「食べる以外に肉を焼くことってないだろぉ……」
肩を落としたジークは、これから絶対に何があってもネクラーノンに料理を任せてはいけないと誓った。
けれど、真っ黒になった肉を捨てるわけにもいかず、もったいないので食べる事にしたのだった。
どんなに悲しくても疲れと空腹は待ってくれない。
ジークは小屋に戻ると炭になった肉を三等分に切り分け、自分とハツとネクラーノンの皿に乗せる。
今日の夕食は、焦げた肉、野菜とその辺に生えていた草のスープ、それと村の人からもらったパン。見栄えもないし普通の食事とは程遠いものだが、ないよりはマシだ。
「あ! まだすることがあるカラ、先に食べてヨ」
こんがり焼けたパンを配っていたシャオロンは、外で焚いている火に鍋をかけていたことを思い出し、忙しく小屋を出る。
「じゃあ、お先に食べるぞ!」
ジーク、ハツ、ネクラーノンとそれぞれ食卓につき、両手の指を組む。
室内で火を使わないのは、単純に小屋がボロすぎて火事になるからだ。
毎回、火を使うたびに外で作業をするのは面倒だろうに、ありがたい事に、シャオロンは嫌な顔せず働いてくれる。
「女神エリュシオン様、今夜もごちそうをありがとうございます」
ジークがそう言うと、それを合図に食事を始める。
女神エリュシオンに食前の挨拶をするのが最近のお決まりだ。
ナイフとフォークを駆使し、ジークが真っ黒な肉をどうにかして食べようとしていると、ネクラーノンは、落ち着かない様子で辺りを見ていた。
いや、落ち着かないどころか、挙動不審で嫌でも気になってしまう。
ジークはひとまず肉を置いて、スープに手をつけながら話しかける。
「どうしたんだい? 食べないのかい?」
「……仕事を失敗した小生もいただいてもよろしいのですかな⁉」
声をかけられると思っていなかったのか、ネクラーノンは驚いたようにそう聞き返してきた。
「いいに決まってるだろ? いつも食べてるし、肉を焦がしたのはもう済んだことなんだぞ」
何をいまさら、というようにジークが苦笑いを浮かべると、ネクラーノンは『ヌヒッ』と、不細工な笑いを返してきた。
「そ、そうでしたかな! 小生、うっかりしておりましたぞ」
そう言ったネクラーノンは、焦げた肉をフォークで突き刺すと直接かじりついていく。
食器に焦げた硬い部分が当たり、ガチリと咀嚼音が鳴る。
真っ黒になったところもかまわず、一度も止まることなく。黙々と食べ始めたのだ。
「すげぇ、炭になってるところまで食ってるさ……」
あまりに豪快な食べっぷりに、ハツはちょっと引いていた。
「うぬ、おいしいですぞ!」
はたから見て、真っ黒い塊を嬉しそうに頬張るネクラーノンは、とても貴族には見えない。
けれど、幸せそうに食べている姿を見ると、仕事で失敗して世話が焼けても、どうにも憎めないのだ。
「そうだ! これも食べていいヨ」
そこでちょうど戻ってきたシャオロンは、緑色のどろどろした液体をカップに入れて渡す。
「うっ!」
ジークは瞬時に鼻をつまむ。これは昨日、おとなりに住むおばさんが作ってくれたものだ。
なんでも健康にいい薬草のスープらしいが、苦いしえぐいし、酸っぱいやらで、とにかく最悪なのだ。もらっておいてなんだが、二度と食べたくない。
おそらくシャオロンも食べる気はないのか、このまま何でも食べるネクラーノンに片付けさせるつもりのようだ。
そして、当のネクラーノンは、超絶クソまずいドロドロ薬草スープを前に、目を輝かせている。
「おいしいですな! もっと食べてよいのですかな!」
「もちろんダヨ、まだいっぱいあるからネー!」
純粋に食事を楽しんでいるネクラーノン。本当に美味いと思っているのか……。
シャオロンは、弾けんばかりの笑顔で食べきったそばから次々とおかわりをよそう。
「げ、限界なんだぞ!」
我慢出来なくなったジークは、心を無にして席を立つ。
「あいつに目をつけられたら、胃が死ぬさ……」
辺りに漂う強烈な薬草の酸っぱい臭いと、容赦のないおかわりに、さすがのハツも同情していた。
マズすぎる呪いの薬草スープ(ジーク命名)を食べさせるのは罪悪感がわくものだが、ネクラーノンはそれすらも美味しそうに平らげてしまったのだった。
食事を終えたジークは、夜間警備へ出る前にもらったウシの世話をしていた。
干し草を口元に持っていってあげれば、ウシは美味しそうに食べ始める。
正直、給料を上げて欲しいと頼んでウシを渡されると思っていなかったし、予想外にエサ代もかかってしまうので複雑な心境だが、やっぱり動物は可愛いものだ。
「ジーク殿」
ついでにブラシもかけてあげようとしたところで、声をかけられ振り返る。
「ここに居たのですかな。探しましたぞ!」
今日、一緒に夜間警備をするネクラーノンだった。
「どうしたんだい? まだ時間はあるはずだろ?」
ウシのブラシ掛けをしながら、ジークはそう返事をした。
「小生も、このウシが見たかったのですぞ!」
ネクラーノンは何やらノートを見ながら近づき、ウシの顔を至近距離で覗き込んでいた。
「ジーク殿は、このウシを気に入っているようですな」
ウシが怯えて後ずさる。
「いや、近いって……でも、ウシも慣れたら可愛いものだな」
ジークは苦笑する。ネクラーノンは変わり者なので今さら驚きはしないが、時々予測できない行動をするので、ちょっと怖い。
「小生、今日の失敗で肉の焼き方というものを学びましたぞ」
「う、うん」
手を止めずにジークは相槌を打つ。何を言い出すのかと思いきや、ネクラーノンはジークではなく、ウシの目をジッと見つめながら話を続ける。
「して、この可愛いウシはいつ食べるのですかな? 小生、解体の心得があるのですぞ!」
「えっ! それ、今する話かい⁉」
あまりにぶっ飛んだ話に、持っていたブラシを落としそうになるジーク。
だが、ネクラーノンは冗談で言っているわけではない。
彼は、本気で、このタイミングで、ジークがいま可愛がっているウシを食べようと言っているのだ。
「こ、このウシは食べないんだぞ!」
「ですが、エサ代がかかりますぞ?」
「それでも!」
慌ててウシを自分の方へ寄せたジークに、ネクラーノンは意味が分からないというように首をかしげる。
「なぜですかな? 人間以外の生き物は肉ではないのですかな?」
ふざけているわけでもなく、大真面目なネクラーノンに、ジークは何と答えようか考えた。
ネクラーノンは貴族の家で育ったからか、こうして常識とは外れた言動をすることがある。
彼の家がどういう教育をしているのかはわからないが、たまに子供が聞くようなことを言うのだ。
「……いいかい、命はどんなものにも平等で、だからこそ大切にしないといけない。簡単に奪っていいものじゃないんだ」
ジークはウシを優しく撫でながら、ネクラーノンに出来るだけわかりやすく答えた。
「だから、生き物を食べるという事は、命を奪っていただくという意味なんだよ」
「……そう、なのですかな」
「そうなんだぞ」
言われた言葉の意味がわかったのか、わからなかったのか……ネクラーノンは曖昧な返事をし、指で眼鏡を持ち上げると、ジークに背を向けた。
「……今日食べた肉と、これはなにがちがうのですか?」
小さくそう話す言葉は、感情の色が消えてしまったように冷たかった。
「ん? 何か言ったかい?」
ウシの世話を続けていたジークは、よく聞こえなかった。ネクラーノンはパッと顔を上げる。
「なんでもないですぞ! では、小生は先に行ってまいります」
いつものように、ニタッと笑ったネクラーノンは、それだけ言うと先に持ち場へ行ってしまった。
結局、うまく伝わったのかわからなかったが、ジークは気にしない事にした。
人は、誰しも何かを愛したり、愛されているものだ。
ウシを食べない理由だってきっと、ネクラーノンもわかっているはずだ。
数週間より前の記憶がないジークにだって、仲間を信頼したり動物を可愛いと思う気持ちがある。
だから、彼が聞きたかったことにも自信を持って答えられたし、それが当然だとも思っていた。
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