ELYSION

スノーマン

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第1章 はじまりの日

第14話『ここから始まる第一歩!』

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 あの悪夢のようなエリュシオン傭兵団の試験から数日後。
 泊まっていた宿で新しい服に着替えたジークは、レオンドールの街並みが見渡せる時計塔に上っていた。

 円を描くような高い壁に守られたこの街は、どこも高価な金で装飾された屋根が並び、商売や物流も栄えている。
 どこからか、焼きたてのパンの香りが流れてきて腹が鳴る。 

 ここは宿も多くて清潔でご飯も美味しい、人間にとっては何不自由ない街だ。
 だが、その裏の人目に付きにくい路地では、捕らえられた亜人の売買が行われている。
 自らの運命を呪う亜人の顔は昏い。

 日の当たる道を歩く人間の顔は明るく、その対照的な街の姿がこの世界の縮図のようだ。
 晴天を流れる緩やかな風は髪を揺らし、少しこの濁った空気に浸る。
 
 時計の針が進み、ジークの頭の上で大きな鐘が鳴り始めた。

「……よし!」

 ジークは、気を引き締めるように呟き、傍らに立てかけておいた相棒の剣を腰のベルトに挿した。
 最後に自慢のマフラーを巻きなおし、勢いよく階段を駆け下りて行った。

 途中、開けっ放しにしていた鞄の中から着替えや財布を落としてしまう。ついでに硬貨も散らばってしまい、慌てて拾い集める。

 朝から本当についていないが、それでも気分はよかった。
 
 少しの不運も気にならないくらいに晴れやかな今日は、エリュシオン傭兵団の入団式の日なのだから。
 
 たくさんの人を避けて大通りを抜け、レオンドール城の門をくぐれば巨大な王の像が目に入る。
 城内では首が痛くなりそうなくらいに高い天井と、黄金で出来た壁や彫刻がジークを迎えた。

 すでに話は通っているようで、案内されるまま付いていくと窓に自分の姿が映った。
 
 エリュシオン傭兵団、コール部隊の衣装は少し襟が窮屈だがジャケットを含めて軽く、伝令と補給で走り回ることを想定されて作られているのだとわかる。

 ジークは、改めて自分がエリュシオン傭兵団に入れたのだと実感した。
 
 今回の試験で、リタイアせずに生き残ったのは四人。

 ジークと、ハツ、シャオロンとネクラーノンだけだ。
 残念ながら、あの違法召喚の戦いで他の入団希望者は死んでしまったのだという。

 レオンドールの王女と王子は、あのあと異変に気付いて救助に来た傭兵達へ引き渡したので、どうなったのかはわからない。

 やたら豪華な花の装飾が施された柱を曲がり、窓から差し込んだ光が金の柱で反射して思わず目を細める。
 どこもかしこも、趣味が悪いとジークは心の中で悪態づいた。

 床が真っ白くなった鬱陶しい通路を過ぎ、ようやく謁見の間へとたどり着いた。

 重い扉を二回ノックすると、ゆっくりと内側から開かれる。
 入った瞬間、レオンドール王に仕える多くの臣下や、傭兵団の上官達からの視線がジークに集中し、緊張で唇が震えた。
 ふと、何か変な視線を感じで目を動かすと、視界の端で王女と王子たちがこちらを睨んでいた。
 もし殴ったことを言い付けられていたら、本当に死刑になるかもしれない。

 それでも、殴ったことは後悔していない。

 ジークは、堂々と胸を張って足を踏み出す。先に待っていた三人の仲間達と目が合った。
 
 厳粛な雰囲気が漂う中、希望通りにガードの制服を着ているシャオロンが軽く手を上げる。
 ハツはこの空間にいること自体が気に入らないのか、眉間にしわを寄せているが、清潔さとシンプルさを重視したトリートの制服を着こなしていた。

 ネクラーノンはというと、白を基調としたい重たい生地に、地面に付きそうなほどに長いマント。いかにも貴族用だというように素材が違う服を着ていた。

 全く緊張していないどころか、いつもと変わらない三人に安心する。

 そんな仲間に歩み寄り、軽く目を合わせて挨拶したジークは、三人の前に立つ。
 ゆっくりとした動作で胸に右手をあて、目の前に座るレオンドール王へ頭を下げ、形式通りの挨拶をした。
 それに続くように仲間達も礼をする。

 王座についていたレオンドール王は、ジークと後ろの仲間達を見て口を開く。

「此度の入団試験、予想外の展開もあった中でよく解決に尽力した。異変に対し、我が子らを補佐した事を認め、お前たち四名をエリュシオン傭兵団へ入団する事を許可する」

「はい、ありがとうございます」

 顔を伏せたまま、ジークは短く返す。補佐?原因の間違いじゃないのか?と思うも、口に出すわけにもいかず飲み込んだ。
 
 だが、どうやら処罰はないようだ。
 もしかすると、レオンドール王は自分の子供が違法召喚をしたことをなかった事にするつもりなのだろう。あくまで、あれは事故だったのだと。

 おそらく、王族に暴力を振るった罪を不問とする代わりに、違法召喚の事を黙っていろという事なのだろう。
 
 レオンドール王の話はそれだけで、辞令書を受けとった四人は早々に退出を命じられてしまった。
 ものすごい早さで終わった入団式に色々と思うところはあるが、とにかくこれで夢の第一歩が踏み出せるのだ。

 エリュシオン傭兵団はレオンドール王を団長とし、各地を治める大貴族がその下にいるというものなので、こんなに早く追い出されるという事はきっとレオンドールの所属にはならない気がする。
 
「なんか……疲れたな。どこも光りすぎて目に悪いんだぞ。事件の原因もなかったことにされてたし」

 城門を抜けたジークは、指で目を押さえて辞令書を仲間達の前で振って見せた。

「あー、暑い。こんなノ着てられないヨー」

 ジークが辞令書の内容を恐る恐る目で追っていると、シャオロンがシャツのボタンを外しネクタイを緩めた。ついでに、上着の左腕を抜いて盛大に気崩していた。

 小柄な彼に合う服のサイズがなかったのか、体格に対して丈があっていない。

「僕、きっちりした服はムリ」

 そう言って気だるそうにふらふらと歩く。
 
「小生、レオンドール王に直接お目にかかったのは初めてですが、思ったよりも光り輝いていましたな。これはぜひ記しておかねばならんですな!えーっと、目が痛い……と」

 何やらノートに書き込むネクラーノンは、正式に傭兵団に入っても変わらずマイペースだ。

「よりによって、おめぇらと同じ部隊になるのもまた運がねぇさなぁ」

 口では不満げなハツだが、しっかりとついてきている。

 ジークは少し考えると、改めて仲間になる三人へひとつ提案をする。

「俺達は、これから同じ部隊で仕事をするんだ。目標をはっきりさせておかないかい?」
「目標、ですぞ?」

 あまりピンと来ていないのか、ネクラーノンは丸い眼鏡をさらに丸くした(よう気がした)。
 それから、思い出したように両手を合わせた。

「小生は、没落したネクラーノン家を復興させる為なのですぞ!」

 鼻息荒く彼がそう言うと、今度はシャオロンが手を上げる。

「ハイハイ! 僕は、人に会う為に来たんダ! その人に会って、聞きたいことがあるんだヨ!」

 現状、ホワイトランドは人間が支配する世界となっており、シャオロンのように自由に生きている亜人はいない。そんな中、会いたい人というのはよほどの人なのだろう。

 シャオロンが亜人であることは秘密であるし、ジークも死ぬまで喋るつもりはない。

 そんな中、ハツは面倒臭そうに指を耳に突っ込んで掃除していた。

「ハツは、これからどうするんだい?」

 ジークとしては、軽く夢や野望なんかを聞いたつもりだったが、ハツから返ってきたのは意外な言葉だった。

「俺様は、普通にいい子と結婚してジジイになって死ぬさ」

「あんなに傭兵団に入らないと、って言ってたわりには普通なんだな……」
「普通が難しいもんさな」

 思わず苦笑いが出てしまったジークに、ハツはそれだけさ、というように肩をすくめる。

「ジークはどうするノ?」
「そうですぞ! ジーク殿はどうしたいんですぞ?」

 みんな言ったんだから、早く言えというようにシャオロンとネクラーノンが急かす。

 ジークは含み笑いをすると、腰に装備していた剣フィアを持ち上げ、太陽の光に照らされた銀の相棒に誓うように声を張り上げた。


「俺の夢は、人間と亜人がみんな幸せに暮らせる世界を作ること!」

 そう言ってニッカリと笑ってみせる。

「おお、素晴らしいですぞ! ジーク殿、ぜひ我がネクラーノン家も救ってくだされ‼」

 すぐに食いついたのはネクラーノンだ。

「大きく出たネー、待ってルヨ!」

 あはは、と笑うシャオロンは嬉しそうに袖丈が余ってしまった右腕を振る。

「スケールがでかすぎて、反応に困るさな」

 ハツはそう言ったけれど、茶化すことはない。
 三人とも、ジークの無茶をやらかすお人好しな性格は、この数日で嫌というほど味わっている。
 亜人奴隷が当たり前となり、人間が階級を作るこの世界では、ジークのような人間はほとんどいない。
 
 ジーク・リトルヴィレッジは、誰かの為に戦える強さを持っている。
 それだけで、同じ部隊で戦う理由は十分なのだ。

「……さて、改めてこれを見る時が来たんだぞ」

 さっきまで見ていた辞令書を三人にも見えるように広げて見せたジークは、もう一度読んで一文に目を疑った。
「部隊名はえーえいち、おー……アホ⁉」

 そこまで読み上げたジークは、ショックでひっくり返りそうになった。

「アホですとな!」
「アホって何? 知らないかモ」

 よく見せて欲しいと手を伸ばすネクラーノンと、シャオロン。

「そんなもん、今はどーだっていいさな」
 ハツは騒がしい二人を無視して、さっさと話を進めろと言った。

「そ、そうだな。次は、所属地なんだけど……」

 とりあえず、先に話を済ませてしまおうとジークは続きを読む。

 ホワイトランド中にいるエリュシオン傭兵団の派遣先は、北から南の街や村までと隅々に渡る。
 ちなみに、傭兵団といっても給料形態は完全にその街の基準であり、小さい村は賃金が安い。
 ジーク達の初の配属地はというと……。
 
「西のミラナ領、ベレット……村……」

 声に出して読み上げたジークは、一緒にもらっていた地図を取り出す。
 ベレット村とは、ここから遠く離れた西のミラナ領地にある辺境の村のことだ。

「ベレット村は、噂では女神様のオチカラがあまり届いていない質素な場所ですぞ」

 女神エリュシオンのことならやたら詳しいネクラーノンが、自慢げに胸を張って説明した。
 まごうことなき、ド田舎……いや、のどかな農村。

「村、ってことは給料は安いんじゃないか……?」

 いやな予感がしながらも、ジークは気を取り直してネクラーノンに訊ねる。

「ここから近いのかい? 二日後には仕事が始まるんだぞ」
「徒歩で八日ですぞ」
「はいっ⁉」
「レオンドールからですと、それくらいかかりますぞ」

 ネクラーノンは事の重大さに気付いていないのか、キョトンとしていた。

 ……。

 ジークはショックで言葉を失う。

 やはり、助けるためとはいえ王族を殴った罰が隠れていたのだ。
 そもそも、あの王女が黙っているわけがない。
 もっとも、最後の一発はジークの独断であり、反省も後悔もしていないのだが。
 部隊の名前といい、絶対に間に合わない期限とこれは明らかな嫌がらせだろう。

「バチクソだネェ……」

 徒歩で八日を二日で来いという横暴さに、シャオロンは死んだ魚のような目をしていた。
 正直、ジークは時間があればレオンドールで何か食べて行きたいとさえ思っていたくらいだ。
のん気なことを考えていた自分が恨めしい。
 
 唸っているジークに、ハツはもっともだと言うようにニヤリと笑う。

「本来なら死刑さから、これだけで済むなら軽い方さな」
「それはそうだけど……」
「んじゃ、ここで話してる時間が無駄さな! そうさな、乗りもん探すさ!」

 背負っていた荷物を担ぎなおしたハツは、辺りを見渡すと鳥のような大きな亜人奴隷が引く荷車を見つけ、指をさした。

「あれ見るさ」

 そして、ジークを試すように提案した。

「あれを使えば早く行けるんじゃないさ?」

 確かに、あの亜人の主人にお金を払って彼らの力を借りれば早く着くのはわかる。
 だが、ジークは首を振った。

「ぜーったいに嫌だ。ようは、辿り着けば文句は言われないんだぞ……急ごう!」

 目を皿のように細めたジークは即答し、辞令書を握りしめたまま、わき目もふらずに走り出した。


「本気で走るノ? バチクソ面白いネ!」

 楽しそうに飛び跳ねたシャオロンも、全力で走っていくジークに続いて走る。

「小生、不撓不屈の闘志で臨むでありますぞ!」

 ズレてしまった眼鏡を指で持ち上げ、鼻息荒くネクラーノンも大きな荷物を揺らしながら行く。

「けど八日を二日てなんさ、しんどいさ……」

 最後に満足そうに笑うハツも、仲間の後を追っていった。

 
 視界に入っては出ていく人の影。大通りの人混みをかき分け、露店の横や美味しそうなパン屋の前を通り、時計塔の下を走り抜ける。

 もう少しで街の門だというところで後ろを振り向けば、走る途中で盛大に転んだネクラーノンが頭にバケツを被って悲鳴を上げていた。

 助けに入るかと思いきや、シャオロンは大爆笑し、仕方なしにハツがバケツを叩き割ってあげていた。
 なんだかんだ助けられたネクラーノンも、文句を言いながらもちゃんと二人について来る。

 ジークは、それがなんだか嬉しいような、楽しいような気持ちになり、思わず笑ってしまった。
 
 この先、きっと辛いことの方が多く、困難に挫折する時も必ず来るだろう。
 それでも、前を向き堂々と胸を張っていく。

 
 エリュシオン傭兵団ミラナ領、AHOU隊の冒険は始まったばかりだ。


『ELYSION』第一章 fin.

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