ELYSION

スノーマン

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第1章 はじまりの日

第12話『呪いの代償』

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 その後、フィアに案内された通り左の道をかき分けて進むと、見覚えのある景色が見えてきた。
 ひとまず安全な場所まで逃げ切ったところで、フィアはジークの体から離れ、静かに見守っていた。
 シャオロンは遺跡の石段にレオンドールの王族を寝かせ、ハツはジークの手当てを始める。

 ジークの腹に突き刺さった枝は、どこかに引っかけてしまわないように折っていたので、まずはそれを抜く事から始める。

「つっても、止血に使う清潔な布なんてもうねぇさ」

 ハツは荷物を漁りながらぼやく。包帯や薬品も、ほとんどタテロル王女らに使ってしまったのだ。
 それでもこうしているだけで時間は過ぎていき、ジークの命が危ないのは変わらない。
 ハツは辺りの警戒にあたっているシャオロンを呼ぶと、その場を離れた。
 
 そこへ、ネクラーノンが顔を覗きこんだ。

 静かな水面のように表情を消したネクラーノンは、ジークの胸が微かに上下している事を確かめると腹に刺さる枝を握り、引き抜こうと力を入れた。 

「いや、何やってるさ……余計なことすんなさ!」

 そこへハツが戻ってきて、鬱陶しいというようにネクラーノンを足で押しやった。

「なんですと! これは小生なりの励ましの儀式ですぞ!っと?」

 いつもの調子でそう言い返すネクラーノンは、ハツが持っている大きな葉に気付いて目を丸くする。

「おめぇが遊んでる間に、シャオロンが包帯変わりに使えそうなモンを探したさ。さすが亜人は詳しいさな」

 そう言ってジークの手当てを始めるハツ。どこか言い方が引っかかるのは気のせいだろうか。

「森の知恵って言ってヨ」

 シャオロンはハツの言葉を鼻で笑い、ネクラーノンに採ってきたばかりの木の実を投げてくれた。
 ネクラーノンは、ずっと気になっていたことを切り出した。
 
「ジーク殿は、なぜレオンドールの大貴族を助けたのですかな? 小生は見殺しにすれば叱られるゆえ、戦いましたぞな」

「知らんさ、そんなもん本人に聞けさな」

 ばっさりと切り捨てたハツは、採ってきた大きな葉の表皮を剥がしながら中の繊維を集めていく。白くふわふわの素材は、少なくとも傷口を押さえるものとして使えそうだ。

 貴族であるネクラーノンとは話したくもないハツとは違い、シャオロンは少し考えたあと、言葉を選ぶように話し始めた。

「ジークは、初めて会った時も亜人の子を助けようとして女のヒトに向かって、ボッコボコにされちゃっテ見てられなかったンダ」

 シャオロンは、その時のことを思い出しながら苦笑いを浮かべる。
 
「亜人を哀れに思う人間はいても、実際に行動に出られるヒトはいないヨ。僕はそんなジークが面白くて、同胞の借りを返したんダケド」

 そういえば、ジークは二回目に会った時は穴に落ちて晒し首になっていた。
 友達だと思っていたハツを助けようとして、逆に殺されかけてしまってもいる。

 自分の事に対しては、とことん緩く気にしないスタイルだったジークが唯一、譲らなかったのは誰かの為に戦うことだ。

「誰かの為に戦えル勇気に対して、理由はいらないんジャないノ?」

 煽るでも、馬鹿にするでもなく。シャオロンは、まるで幼い子供に教えるようにゆっくりと話した。

「……」

 答えを教えてもらったネクラーノンは、奇抜な色の木の実に目を落とすと、固く口を閉じた。
 
 
 実際、手当てをするにしても貫通している枝を抜いて、消毒して傷口を覆うくらいしか出来る事はないのだが、ハツの指示でシャオロンが補助として処置をしたので思ったよりも早く終わった。

 ただ見ていただけのネクラーノンは、鼻をつく消毒と血の臭いがする中で空腹が我慢できず、もらった木の実をかじっていた。
 一通りの治療を終えると、ゆっくりとジークの呼吸が安定してきた。
 
「やーっと終わったさぁ!」

 ハツは安堵して疲れたと横になり、全身の力を抜くように『あ~……』と長い声で鳴いた。
 残ったメンバーで医療知識を持っていたのはハツだけなので、ほぼ一人で全員の応急処置をして誰一人死ななかったのは、彼の活躍のおかげなのだ。

「トリアエズは安心だケド、夜になったらまたナンカ来そうだヨネ」

 そう言って石段に腰かけ、自分の奇抜な色の木の実を割って食べたシャオロンは、近くで並んで寝かせられているレオンドールの王女らをちらりと見た。
 
 全員生きていたとはいえ、他人を呪った代償は大きい。

 たとえ、ほんの少しの好奇心からだとしてもタテロル王女は腕を失くし、シチサン王子は顔を損傷、ターマネギ王子は恐怖で心神喪失している。

 戦える人数は変わらず三人で、それにもうすぐ夜が来る。

 視界が悪い夜に森を通るのは自殺行為ともいえる。それに、怪我人の四人を守りながら戦うなんて無理だ。

「明かりさなぁ……蝋燭もアデハナの粉もねぇさな」

 起き上がり、伸びをしたハツは薄暗くなりつつある空を見上げた。

「……ねぇ、ここで死ぬの?」

 声の方へ顔を向けると、目を覚ましたタテロル王女が不安げな瞳で俯いていた。

「かもさな」

 否定しないハツは目を合わせない。王女は礼儀のないハツの態度にムッとしたように鼻を膨らませ、ネクラーノンに詰め寄る。

「ちょっと、あんた! 下級貴族ならあたし達が逃げる間に囮にでもなりなさいよ!」

「うぇっ……しょ、小生がですぞ⁉」

「当然でしょ? あたしは、レオンドールの王女! あんた達とは命の価値が違うのよ‼」

 あまりの勢いに圧されているネクラーノンが答えられずにいると、タテロル王女は失った腕の傷を残った腕で擦りながら涙をこぼして訴え始めた。

「だいたい、どうしてこんな目にあわなきゃいけないのよっ!」

 なんて身勝手な言い分だろうか。うんざりしたようにハツは首を振る。
 
「本当にこのヒト王族?」

 人間の事情は亜人には関係ないのだが、シャオロンもこの言い分には思う事があるようだ。

「ウルサいから顎の骨砕いてもイイ?」

 と、タテロル王女を指さして聞こえるように毒を吐いた。

 さらに金切り声を上げた王女は苛立ちを発散させようと足元の石を投げようとした。
 そこで、真っ白い目だしの覆面をかぶせられたシチサン王子に気付いて驚く。

「な、何よこれ……」
「あ、気に入ってくれると嬉しいナ! ジークも同じの持ってるんダヨ!」

 そう言ってシャオロンは、にんまりと笑う。
 なんというか……顔の傷を保護する為に被せられているのだとわかってはいるが……。
 タテロル王女は反論する気が失せ、静かになったのだった。

 ふと、辺りに漂う空気の匂いが変わった。
 シャオロンとハツは顔をあげると立ち上がり、神経を研ぎ澄ます。
 ざらざらと、金属が土を削るような音が近づいてくる――。

「何の音ですかな?」

 状況がわからないながらも、ネクラーノンは魔法の呪文が書かれた本を抱く。
 そうだわ、とタテロル王女は独り言をこぼす。
 
「この遺跡、確か……亜人戦争で女神様が最初に取り戻した街の跡よ……」

 王女の言葉に続くように、足元に広がる影からは人の形をしたモノが這い出ていた。
 それは最初の一体を始めとし、次々と闇から腕を、足を伸ばして出てくる。

 表情や意志もないその肉体は、遠い昔にここで亡くなった人間達の無念を表すかのように黒く、ひたすらに生きている人間を呪う魔物と化していた。

 もはや、かつて英霊として戦った魂は大地に染み込み、呪いの傀儡となった姿で武器を振るう。
 
「完全に囲まれましたな、呪いが多すぎますぞぉ!」

 ネクラーノンは水の塊を召喚し片っ端からぶつけていくが効果は薄く、影は次から次へと現れる。

「何とかしなさいよ、あたしは怪我人なのよ!」

 狼狽する王女は弟達にしがみ付く。

「使えねぇ、お貴族様さな!」

 ハツは後ろに下がると怪我人の保護に回り、入れ替わるようにシャオロンが前に出た。

「行って!」

 影の兵士から目を逸らさず、シャオロンはそう言った。
 取り囲む影からの攻撃を軽くいなし、大剣を振り回す影の背中を蹴り飛ばす。
 これだけ人数差のある混戦を、慣れた調子で立ち回る背中が頼りになる。

 今はネクラーノン以外の魔法使いが戦えない上に、ジークもまだ意識を取り戻していないのだ。
 明かりもない暗闇で戦うのはこれ以上ないくらい不利で、ネクラーノンも頑張っているが接近戦が得意なわけではない。

 それに、今は一人で何百人の影を相手にしているシャオロンがいつまで耐えられるかもわからない。
 ハツは短く返事をするとレオンドールの王女らとジークの方へ向かった。

 だが、近付こうにも邪魔が入る。

 そして、ネクラーノンはレオンドールのタテロル王女に呼び止められていた。

「ちょっと! あんたも貴族なら、あたし達の盾になって死んだ方が名誉のためになるわ!」
「小生がですぞ⁉」
「そうよ、あたし達はこのホワイトランドの宝なのよ」

 まだ囮になれと詰め寄っているタテロル王女の『宝』という一言に、ネクラーノンは眼鏡の奥を輝かせる。

「たから、ですかな! それなら小生も持っていますぞ!」

 戦いの最中にもかかわらず、ネクラーノンは子供のように弾んだ声で一本の青いリボンを自慢げに取り出して見せた。

「これは、小生の母様がくれたものです!」

 ずっとしまっていたのか、くたびれて少し汚れたリボンを掌に乗せたネクラーノンはそう言った。

「……そう、大事なものなのね?」
「さようですぞ!」

 確認するように聞き返した王女は、ネクラーノンの手から青いリボンを奪い取ると大勢の影の足元へ向けて投げ捨ててしまった。

「そんなものと一緒にしないで!」

 そうして、茫然としているネクラーノンの肩を掴み、自分達の盾になるように敵中へ押し込んでいった。
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