ELYSION

スノーマン

文字の大きさ
上 下
10 / 34
第1章 はじまりの日

第9話『怨嗟の呼び声』

しおりを挟む
 レオンドールの王族を倒したジークは、歩きながらずっしりと重くなったコインの袋を取り出した。

「いっぱい増えたねェ」

 改めて成果を見たシャオロンがのんびりとした口調で言う。

 手には、あの三人からもらった……いや、奪い取った食料のリンゴが握られていた。

「おいひいですぞ! これもなかなか!」

 ずっと何も食べていなかったネクラーノンは特に喜んでいるが、やっている事は山賊である。
 布に包まれている焼き菓子を渡され、ジークも頬張る。
 絶妙な甘さと、スパイスの香りが鼻を抜けて疲れた体に沁みて美味い。

「毒でも入ってたらどうするんさ?」

 ハツは渡されたパンを疑っていたが、何もないとわかると一口、また二口と食べていく。

 結局は、空腹には耐えられないというものだ。
 
「あいつら、いや、あの方らはかなりの枚数を持っていたから、もしかして生き残りって俺達しかいないんじゃないのかい?」

 そろそろ袋に入りきらないくらいの枚数のコインが貯まり、これだけ集めれば探知されやすくなっているというものだ、とジークは唸る。

「まぁ、実際ああやって何でも死刑って叫んどけば棄権するヤツも多かったんさ?」
「人というのは自分の命が一番大事ですし、そういうものですぞ」

 鼻で笑い飛ばしたハツにネクラーノンも頷く。

「俺達は一般民だから本当に死刑になっても自分だけの責任だけど、ネクラーノンは家の事とか大丈夫なのかい?」

 今さらだが、ネクラーノンは四大貴族と問題を起こすとまずいのでは……とジークは気になって聞いた。
 
「ぬ? 小生ですかな?」
 
 ネクラーノンは一瞬、意味が分からなかったのか一拍の呼吸を置くと、思い出したかのようにヒュっと息を吸った。
 
「……小生は!なんという事を……ッ!」

 わなわなと震えて頭を抱えるネクラーノンは、自分よりもはるかに身分が上の王族に逆らった上、食料を強奪するという大罪のフルコンボを重ねていた。
 ようやく自分の置かれた状況に気付いたようだが、そこを忘れていたのはいっそ清々しい。

「ワー、貴族は大変だネェ」
「もう没落してるんさから、これ以上失うもんはないんじゃねぇさ?」
「ひどいですぞぉ!」
「冗談でもやめろよ」

 追い打ちをかけようとするシャオロンとハツをたしなめたジークは、仲間のまとまりのなさに頭が痛くなりそうだった。
 
 そんなことを話していると、前を歩いていたハツは何かに気付いて視線を寄越した。

 シャオロンも気配に気付いたのか、軽口を閉じる。

 何か地鳴りのようなものが、だんだんと近づいてくる気がする。

「なんだい?」

 ジークも立ち止まり、後ろを振り返るが木々が生い茂るだけで何もいない。ただ、動物の気配もなく不気味なほどに静まり返っている。

「何かいるヨ」

 気を付けてネ、とシャオロンは呼びかける。ジークはナイフを抜こうと鞄に手を入れた。
 辺りに立ち込める腐敗臭が鼻をつき、ジークは口と鼻を左手で覆い目をきつく細めた。

 陽の光が差し込む森の中は、臭いとも相まって陰鬱な空気を漂わせる。

 深緑色のフードを目深にかぶったハツはジークやシャオロンの後ろに下がり、ネクラーノンも本を開いていつでも戦う準備をしていた。
 
 サクリ、と枯れ木の原を踏み進む音がし、ジークはナイフを強く握る。

「誰だ!」

 仲間達の中で自分だけが力不足なのはわかっていた。だからこそ、誰よりも勇敢に戦わなければいけないと自分自身に言い聞かせ、音のした方へ刃を向けた。
 
 だが、暗がりから影のように姿を現したのは、中年の男一人だけだった。

 男は警戒して攻撃を仕掛けようとするジーク達に気が付くと、顎に蓄えた髭を擦りながら苦笑いを浮かべた。

「おいおい、俺はエリュシオン傭兵団、レオンドール所属のトリートだ。つっても、この状況じゃ試験官だっても信じられんわな」

 落ち着いたベテランの雰囲気をまとうトリートの男は、ジーク達を安心させるように身分証を差し出してきた。ジークはそこに書かれた文字を目で追うと、仲間達に武器を下ろすように伝える。

「すみません、何か変な気配がしていたので……」

 ジークは緊張の糸が切れる感覚に脱力し、力なく愛想笑いを浮かべた。

「気にすんな! 若い新兵はそれくらい血の気が多くあっていい!」

 年長者の余裕なのか、豪快に笑う男は、そう言ってジーク達が来た方へ歩を進める。
 ちょうどいい、とジークは思い出した。

 トリートなら、きっと洞窟の前で寝転がっている王族達を保護してくれるだろう。

「あ、あの……!」
「なんだ?」

 ジークがその事を伝えようと振り返り、男も肩越しに顔を向けた。

 その一瞬のうち。
 男の首が巨大な何かによってのが見えた。

 まるで木になった果物をもぎり取るように、もしくは不要なものを取るときのようなごく自然な仕草で。
 頭部を失った体は赤い液体を噴き出しながら、支えを失くした人形のように倒れてしまう。

「……!」

 あまりの衝撃で声が出なかった。ただ、ジークは男の首の行方を目で追って、後悔する。

 ぽたり、と雫が垂れ、目を上げると額を枝で貫かれたトリートの男の顔が目の前にあった。黒く色を失った両の水晶は虚空を見つめる。

 しゅるりと枝がしなり、ソレは投げ捨てられてしまった。
 
 平静を保とうと脳をフル回転させればさせるほど、目の前の異様な光景を心が拒否する。
 近くの木が鈍い音を立て、伸びてきた別の木にもたれ空が枝に覆われていく。

 森の木々は枝葉を、根を絡ませて力を結束させてひとつの生き物のように動き出していた。
 数多の人間の血を吸い、大地に眠るいくつもの怨嗟の魂が呼び声を上げる。

 地の底から這い寄る恐ろしい声は、憎しみや恨みの言の葉を投げかけているかのようだった。

 森全体が飲み込もうと襲い掛かってきているだなんて、誰が予想できるだろうか。

「どーりで気配しかわからんかったさ、囲まれるさぞ!」

 ハツは足元に迫る根を蹴ると振り返らずに走り出した。ネクラーノン、シャオロンに続いてジークも走る。
 背中越しに聞こえる木々の軋みや唸り声を無視して、ひたすらにまっすぐ走る。

 目の端に嬉々として跳ねる魔物が見え、遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。

「痛いですぞぉ!」

 不意にネクラーノンの足に鋭く尖った細枝が突き刺さり、暗い森の奥へと引きずられる。
 先頭を走っていたハツがナイフを投げ、シャオロンが力づくで細枝を切る。

 何とか助かったネクラーノンだが、足からは血が出ており、立つことさえもままならない。

「何これ、どうして森が襲ってくるノ?」

 シャオロンは、ネクラーノンに肩を貸しながらを立たせようとする。

「おそらくは、試験による流血や亡骸などから溢れた魂の無念が、この地に眠っていた呪いを呼び覚ましたのですぞ……」

 痛みで足を引きずるネクラーノンはそう言うと、ずれてしまった眼鏡を指で押し上げ声を落とした。

「でも、この大きさの呪いを起こすには、相応の魔力と術が必要……」
「呪い……? これが……?」

 けれど、今のジークには現実ではないどこかの遠くのことのように聞こえていた。
 
 亡くなった人を見るのは今までだってあったし、平気だった。
 けれど、男の生首が脳裏に浮かぶ。滴る鮮血の吐き気がする臭いも鼻の奥から消えてくれはしない。

 今までは、何があってもどこか他人事のように何とかなるとさえ思っていた。
 どんな事があっても理由なく人を傷つける事はしない。だから自分は助かると、心のどこかで思っていたのかもしれない。

 でも、目の前で人が死ぬところを見てしまった。はっきりと気付いてしまった。
 
 ジークは、自分が死ぬという現実が怖かった。
 
 恥も外聞もかなぐり捨てて、情けなく泣いて叫んで、ただ自分が助かりたいと感情が叫ぶ。
 だいたい、軽々しくエリュシオン傭兵団に入ろうと思ったことが間違いだったのだ。

 フィアに誘われて何も考えず、何もできないくせにここまで来たのが間違いだった。
 一度自覚してしまった恐怖は自分でも止める事が出来ず、ジークは後ろ見る事が出来なかった。
 
 その時、遠く後ろの方から、か細く助けを求める声がした。
 
「声がする!」
「ジーク!」

 反射的に立ち止まり、振り返ったジークにシャオロンは怪訝な表情で声をかける。

 ジークは『死ぬ』ことが怖い。
 それは、自分だけじゃなく誰かが悲しむところを見たくないから。
 だから無意識に傷つくのを恐れて、身の丈に合わない行動にも出た。
 いつだって戦う理由は守る為だ。そこに嘘はない。
 

「待って、聞いてくれ……!」
 ジークは肩で息をしながら見開いた目を固く閉じた。汗が目に入り涙のように頬を伝う。

 死ぬのが怖い。喉も乾いたし、何か言おうとしても声は上ずって泣き言しか言えそうにもない。
 けれど、それでも自分の出来る事をやり通したいと強く願っていた。
 声と表情を強張らせ、決意を絞り出す。
 
 「……俺、戦うよ」

 ジーク・リトルヴィレッジは細かいことを気にしないんじゃない。
 誰よりも優しく、人を疑わず、自分自身でさえも信じられるまっすぐな心を持っていた。
 どんな時でも諦めない紫紺の双眸は、強い光を放っていた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...