ELYSION

スノーマン

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第1章 はじまりの日

第8話『チーム結成!』

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 気が付けば日も傾き、今夜もまた遺跡の端で休むことにする。

「そうさ、どうせ寝るならもっと安全な所があるんさ」

 ハツはそう言うと、荷物を持っていそいそと遺跡の裏側へ向かう。
 野宿である以上、安全なんてないと思っていたジークだが、ハツはある場所で足を止めた。
 
「ここさ、この女神エリュシオン像の側だと魔物も近寄らんみたいさな!」
「へぇ、こんな所に女神の像なんてあったのか……」

 遺跡の裏手には、隠されるようにして作られた美しい女神エリュシオンの像があった。
 戦と豊穣を司る女神エリュシオンは、遥か昔の亜人戦争で人間に魔法を与えた英雄であり、女神がいたからこそ、人間は亜人に勝てた今があるのだ。

 亜人の王を打ち倒し、戦いを終わらせた女神エリュシオンは、魂を各地に分けて眠りについたといわれている。
 ジークは、剣を地面に突き刺した姿の女神像の前で両手の指を組むと、目を閉じた。
 
「女神エリュシオン様、どうか今夜はここで休ませてください」

 このホワイトランドは女神エリュシオンによって守られており、幼い頃から女神はいつも人間を見ていると言い聞かされて育っている。

 女神がいるからこそ、人間は平和に生きていられるのだ。同じくハツも祈りを捧げていた。
 そうして、軽く食事を済ませて寝る準備をしていく。
 
「さて、今日もゆっくり眠れるといいんだぞ!」

 女神エリュシオン像に頭を向けたジークは、横になって寝心地を確かめるように身じろぐ。
 持っていた毛布を頭の下に敷いてはいるが、像の周りはただの地面なのでゴツゴツとした石が背中に当たって痛いし草も生え放題で最悪だ。

 けれど、少しでも魔物に襲われる可能性が低いなら、と自分に言い聞かせて目を閉じた。

 その数分後、悲劇は起きる。
 蝋燭に灯した小さな明かりが風で揺れ、静まり返った暗闇の中で何かを擦るような音が聞こえた。
 
 眠気に勝てず、気のせいかと思いたかったジークだが、シャオロンに起こされてしまう。

「ね、ねェ……何かいるのカナ? オバケ? だとしたらイツの……?」

 そう言ってどこからか持ってきた木の枝を握るシャオロンは、ジークを物音のする方へ押すと一人でぶつぶつ言いながら物陰に隠れてしまった。

「見てきてヨー……普段は野宿なンてしないカラ、昨日もよく眠れてないんダヨー」
「うう、眠いんだぞ……ハツ、起きてくれよ」

 木の枝を受け取ったジークがハツを起こそうと見てみると、なんとハツは目を開けたまま眠っていた。
 カッと見開かれた力強い目、嘘かと思うほどのいびき。

「……うん、いいや……」

 いや、これはこれで怖い。ジークは見なかったことにした。
 こんな事をやっている間にも、女神像から聞こえる音は大きくなっていく。

 これが魔物にしろ、そうじゃないにしろ先手を取ればそれだけ有利に持っていけるはず。
 ジークは意を決して女神像へと枝を振り下ろした。

「はあぁああッ!」
 殴った手ごたえはバッチリあった、おそらく魔物か。
 
 だが、暗闇の中から頭を抱えて飛び出してきたのは、床を拭く掃除道具かと間違えそうな長い青髪を振り乱す、分厚い眼鏡の少年だった。

「びゃぁぁあああ! なんですぞー! 小生を殴っても何も出てきませんぞー! 身代金を払う資産すらありませんぞぉお!」

 涙交じりの大音量の悲鳴が響く。
 
「うわぁあああ! 人ぉおお!」 

 驚きすぎて枝を振り回すジークだが、行き場を失ったフルスイングは空を切り、もはやどこかの部族の不思議な踊りみたいになっている。

「お、オバケかと思ったヨ……」

 大量の汗をかき、真っ青な顔をしてハツを起こそうとするシャオロンだが、女神像を見つめたまま、目を開けて寝ているハツの方がよっぽど怖い。
 
「ちょ、ちょっと君、落ち着いてくれ!」

 ジークはあまりにもうるさい少年を落ち着かせようと、身振り手振りで武器を持っていないと知らせる。

「ふぇ、人間……ですかな?」

 少年はようやくジーク達が同じ人間である事に気付くと、安心したようにズレてしまった眼鏡を戻した。

「そうだよ、君はここで何をしていたんだい?」

 もしや夜襲を仕掛けようとしたのでは、とジークは険しい顔で少年を睨みつける。
 少年は、オドオドと落ち着きなく両手の親指を交差させながら答えた。
 
「しょ、小生は一人、ここで敬愛する女神エリュシオン様を磨いていたのですぞ……」
「こんな夜中にかい!」
 
 これには思わずジークもつっこんでしまった。
 少年は絶対に視線を合わせないよう、目を泳がせながら続ける。

「しょ、小生、もともとはチームでいたのですが、今朝起きたら置いて行かれており……」
「わかるヨ。夜中に像を磨く不審者はエンリョするネ」

 よほど怖かったのか、やけに辛辣なシャオロンだが、お前は大真面目に『危ない薬を渡す不審者作戦』を立てた張本人である。

 そこでようやく騒ぎに気付いたハツが目を覚まし、ジークは仲間達を落ち着かせる事にした。


 少しの間を空け、話は進む。


「……で、君は仲間に置いて行かれて仕方なくここに隠れていたっていう事かい?」

 ジークは挙動不審な少年の話をまとめてあげた。

 少年はものすごい勢いで首を縦に振り、骨がぱきぽきと音を立てる。

「助けてくだされぇ! 小生、ずっとここにいるわけにもいかず、かといって家名を背負っているので棄権するわけにもいかず、途方にくれていたのですぞ!」

 一緒に連れて行って欲しい、と分厚い瓶底のような眼鏡も訴えている気がする。
 ジークはこのまま置いていくのも気が引け、どうしようか、とハツとシャオロンに視線を投げた。

「何が出来るかによるさな。てかアンタ誰さ」

 ハツがそう言うと、少年の眼鏡が光ったように見えた。
 
「よくぞ聞いてくれました! 小生の名は、レイズウェル・ネクラーノン! かの貴族、ネクラーノン家の正統な後継者ですぞ! 今はちょっと没落してるけど……」


威勢よく名乗ったわりには後半に勢いがなくなっていたが、貴族という事は魔法使いだ。
 ジークは何気に貴族とこうして話すのは初めてだった。

「おお、魔法使いなんだな! レイズウェル、くんは……」
「いや、小生の事は、ネクラーノンと呼んでくだされ!」

 ビシッと強い口調でそう言ったネクラーノンは、ぼさぼさの頭を押さえて口を閉ざす。
 何かわけがあるのだろうか。そこへハツが口をはさむ。

「俺様は貴族が嫌いさ。コイツらは民から金を引っ張るだけでなんも助けてくれんさからな」

 腕を組んでネクラーノンを睨みつけるハツは、『勝手にしろさ!』と言い捨てた。

 実際、四大貴族の下にいる通常の貴族は税金を納める一般民からはよく思われていないので、ハツがこう言うのも仕方ないのだろう。
 だが、魔法使いが仲間にいた方が有利だという事はハツもわかっている。

「……ハーヴェン・ツヴァイ。好きによべさ」

 そう言うと話は終わりだというように、ハツは寝そべった。
 
 ジークがシャオロンに視線をやると、彼はいつものようにニッコリと笑っていた。

「僕はシャオロンだヨー、よろしくネ!」

 貴族嫌いのハツはともかく、シャオロンは歓迎しているようで内心ほっとする。
 これで、とりあえずは全員がネクラーノンの仲間入りに賛成しているという事だ。

「俺はジーク・リトルヴィレッジ。ネクラーノン、一緒に行こう!」

 ネクラーノンの肩を軽く叩き、笑顔でグッと親指を立てると不安げに曲げられていたネクラーノンの口元が緩んだ。

「なんと!熱き血潮で繋がれし、魂の友!おおお! 女神エリュシオン様! 感謝につき小生、ハッスルしますぞー!」

 眼鏡を輝かせたネクラーノンが両腕を振りながらまた激しく首を上下させると、首の骨がボキリ、と鳴って動きを止めた。

「……」
「……アレ、本気で仲間にしてイイノ?」

 早口で語られる暑苦しいお気持ちに圧おされて黙るジークに、シャオロンは笑顔のまま聞き返してきた。
 
 さすがに痛かったのか、ネクラーノンは息をしているのか不安になるくらいに微動だにしない。

「あ、そうダ!」

 と、思い出したようにネクラーノンに近寄ったシャオロンは、心配するように彼の長く青い前髪の奥を下から覗き込み、自分の首の後ろを撫でながらにんまりと笑う。
 
「クビ、
 
 いつもと変わらず穏やかな口調ではあるが、なぜか攻撃的な雰囲気を感じさせる。

「首って、一度折れちゃったラ治るのに時間かかっちゃうカラネ」

 どこか含みのある言い方をするシャオロンは、柔らかい声とは裏腹に目が笑っていない。

「……小生のは超特大の肩こりにて、心配していただき、かたじけないですぞ!」

 ネクラーノンはじっと黙っていた後、ニコリと丁寧に礼を返す。

「そう?じゃあ、これからバチクソヨロシクネ!」

 被せるようにそう言ったシャオロンは、貼り付けたような笑顔を浮かべた。

 まだ少しの付き合いだが、基本的にシャオロンは穏やかで気遣いもでき、意味もなく人を攻撃するようには見えない。
 それなのに、どうして初対面のネクラーノンにあんな態度をとるのだろう。

「ちょっと待ってくれよ!」

 ジークは不穏な空気を払うように間に割り込んだ。

「シャオロンは威嚇しない! ほら、皆も今日は寝よう!」

 入団試験が始まって何日か経っているので、きっとみんな疲れでピリピリしているのだろう。
 ネクラーノンを女神像の側に寝かせると、また掃除を始めそうなので出来るだけ離す。

 全員が横になったのを確認し、ジークは蠟燭の火を吹き消した。
 これでようやく眠れる……そう思い、目を閉じた時、ネクラーノンの楽しそうな声がした。
 
「そういえば、小生は女神エリュシオン様の事はちょっとばかし詳しく!お望みならお話しますぞ?そう、あれは亜人戦争の時代のー……」
「いいから寝ろさ!」
「あいだっ!暴力反対ですぞ!」

 どうやら、近くで寝ているハツに殴られたのだろう。
 今さらだが、とんでもない相手を仲間にしてしまった気がするジークだった。

 
 その予感は的中し、ネクラーノンの女神様ラブは朝から爆発する。

 次の日、ジークの朝は華麗なる女神エリュシオンについての説明から始まっていた。
 朝から女神像の前に立たされ、延々と歴史を聞かされる苦行。
 
「そこで、女神エリュシオン様は果敢に立ち向かったのですぞ、ハァハァ、それで小生としましては対立していたもう一人の神イリアスが、ハァハァ……」

 頭から熱気が出るほど興奮しているのか、ネクラーノンは息を切らせながら熱弁する。
 ハァハァハァハァ、朝からむさ苦しい。

「は、はは……」

 ジークはここまで一所懸命に話すのなら、と少しだけ聞いてあげようと思ったのが間違いだった。いい聞き手を見つけたネクラーノンは止まらない。

「つまり、小生は女神とレオンドールの時計塔には深い繋がりがあると思っておりまして、ジーク殿?聞いておりますかな?」

 どうも彼は女神エリュシオンの熱狂的なファンであり、女神の話になると早口で相手が話す暇を与えないくらいに盛り上がる。

 ネクラーノンが満足するまでひたすら耐えるしかないジークは、助けを求めるように高速で瞬きをするが、そもそも貴族が嫌いなハツはこちらを見ようともせず。

 巻き込まれると面倒だとわかっているシャオロンは、意図がわからないふりをして高速瞬きをやり返してくる。
 二人はジークのアイコンタクトを無視して、黙々と出発の準備を進めていた。

 ともあれ、ようやく四人になったジークチームは晴れた空の下、出発する。
 女神像に背を向け、しっかりとした足取りで地を踏み進む。

 生き残りをかけた戦いは終盤に入ろうとしていた。
 まずはどのくらいの人数が残っているかわからない以上、迂闊に森を歩く事はやめたかったのだが、そうも言っていられない事情が出来たのだ。

 それが集めるように指示されたコイン。

 レオンドールの顔が彫られたこの金のコインは、探知の魔法がかけられているらしく日が経つごとに居場所を知らせる魔力が強く流れるようになっていた。

 ネクラーノンいわく、とても微量な魔力なので魔法使いにしかわからないようになっており、コインの量が増えれば増えるほど探知されやすくなっているそうだ。
 
 相手からすれば大量にコインを持っているジーク達は狙い目であり、場所が知られている以上は逃げても無駄だという事になる。

 つまり迎え撃つか、こちらから仕掛けるか、だ。

「いいかい、俺達は人殺しになりたいんじゃないんだ。不殺の構えで行こう!」

 ジークはそう言って仲間達を順に見る。

「ハーイ!」
「ジーク殿、かっこいいですぞ! 小生も賛成しますぞ!」
「フサツのなんさ?」
「いい返事だ!じゃあ、まずはこの問題を解決する事から始めよう!」

 反応はまぁいいとして、ジークは立ち止まると顔を上げていつになく真面目な顔をした。
 
「どこに行けばいいのか、わからない……!」
 
 相変わらずのノープランっぷりに、仲間達の表情筋が固まる。

「……ちょっと偵察してくるさ。隠密なら得意さからな」

 そう言ってハツは上着のフードを深く被り、辺りの様子を見に行った。
 彼は毒薬や治療だけでなく、こういった面でも頼りになる。

「そうと! 小生は、水の魔法が使えますぞ!」

 唐突にそう言ったネクラーノンは、宙に文字を描くように指を滑らせる。

「ハツの言う感じから、貴族ってもっと偉そうで嫌な奴だと思っていたけど、君は面白いな!」
「そうでしょうとも!」

 意外だぞ、と続けるジークにネクラーノンは自慢げに胸を張った。
 そこへハツが戻ってきた。どうやら、この先にある洞窟で人影があったらしい。

 再び出発した四人は、周りを警戒しながら歩き続ける。

 ハツの情報通り、進んだ先には草木に隠れた大きな洞窟が見えてきた。
 ジーク達は、それぞれ高台から木や岩陰に身を隠しながら様子を伺う。

 入口には若い男女が三人、身に着けているものから一般民ではないとわかる。

「また貴族さか」

 木の上から見下ろすハツがぼそりと吐き捨てた。

 ジークは鞄からナイフを取り出すと、隠れている仲間に指で合図をした。
 合図を見たネクラーノンは、すぐに持っていた本を開いて魔法の呪文を読み上げる。
 没落しているとはいえ、ネクラーノン家は水を操る家系だ。

「め、女神の名の下に、つ、集え!」

 まず前提として、魔法は女神エリュシオンの御力オチカラを借りている為、家系ごとに伝わる秘伝の呪文がある。
 だいたいの貴族は幼い頃から魔法を練習するので自然と呪文を覚えているものらしい。
 
 途中、噛みながらも全ての呪文を唱え終えたネクラーノンの足元に薄く青い円が浮かぶ。
 彼の声に反応した魔力は水分に変換され、いくつもの小さな水の塊となった。

「行きますぞー! あ、そーれ!」

 ネクラーノンの瓶底眼鏡がキラリと光り、宙を浮いていた水の塊は標的に向かって放たれる。
 掛け声になんだか気が抜けそうになるが、水の塊は狙い通り相手の足元に当たって弾けていく。

「誰かいるぞ!あそこだ!」

 不意打ちに気付き、男は攻撃を受けた先にいるネクラーノンへ向けてすぐに魔法の矢を打ち返す。やはり相手は魔法使いだったのだ。

 ジークは次にシャオロンに合図を送ると、岩陰から出て狙い撃ちにされているネクラーノンの援護を頼む。
 この作戦は、魔法による奇襲で相手のペースを崩した後に一気に決着をつけるというもの。

 力も強く、持久力の高いシャオロンにはネクラーノンが注意を引く為にうまく立ち回ってもらう必要があった。

「まかせテ!」

 予定ではネクラーノンを軽く投げて相手の視界に入れて、また移動して投げての繰り返しで撹乱するはずだったのだが、シャオロンはネクラーノンの腕を掴むと力任せに真下へ投げ落とした。

「ひっ……!」

 唐突に宙に投げ出されたネクラーノンの顔が、みるみるうちに青ざめていく。

「あ、ゴメン。間違っちゃっタ」

 自分でも驚いているのか、シャオロンは思わずそう呟いた。
 
「なんか聞いてたことと違いますぞぉお! たぁあすけてぇええ!」

 びゃぁあ!と、もはや濁点しかついていない鳴き声で落ちていくネクラーノンに注意が向いているうちに、ジークとハツが動き出す。

 深緑色の上着のフードを目深にかぶり、森の木々に紛れながら近寄ったハツは、お得意の痺れ毒が塗り込んである針を全員の背中に打ち込む。

 そして最後に、ジークが順番にナイフの柄で殴り飛ばして終わらせた。

「投降してくれ! 命まで取るつもりはない」

 ジークは、毒で動けなくなっている魔法使い達に向けていたナイフを下ろす。
 事前に話し合って戦い方を決めていたのだが、予想以上の出来だ。

 何故かネクラーノンが投げ落とされたのは予定になかったが、あの高さから投げ落とされても無傷だったので結果よければなんとやら……。

 ここまで出来たのは、もちろん仲間のアシストがあったからだ。


「ぐっ……よくも我々にこんな屈辱を……!」

 金色の長い髪を縦に巻いた少女は、憎らし気に碧眼を細めて睨みつける。

「そうだ! 我らはレオンドールの高貴なる血筋を引いた神の子であるぞ!」

「汚い野良犬ごときが触れるなァ!」

 少女に続いて、金髪を七対三の割合に分けた男と全部の金色の毛を一つにまとめて立てた男も喚きたてる。
 ジークは、なんだか面倒な相手に当たっちゃったなーという顔をした。

「やや!あちらにおわすは、四大貴族の南のレオンドール家のタテロル王女に、弟君のシチサン王子とターマネギ王子ではありませんか!」

 そこにネクラーノンが解説を入れる。

「なんか、名前と一緒のヘンな髪型ダネ……」

 シャオロンは言いづらい事をさらっと言った。

 
「傭兵団には王女様と王子様も入るのかい?」

 不思議に思い訊ねたジークに、ネクラーノンは頷く。

「小生もですが、将来はホワイトランドを治める立場にある貴族は、社会勉強として入団するのですぞ」

 そう言われると、王族が参加しているのも納得できた。
 ともあれ、結果は結果だ。

「体の痺れは三日くらいで消えるらしいし、申し訳ないけど俺達も負けるわけにはいかないんだぞ」

 ジークはターマネギ王子の荷物の中からコインが入った袋を取り出した。

「何をっ! 父上に言って死刑にしてやるっ!」
「そうだ、そうだ! 死刑だ!」

 喚きたてるタテロル王女と、シチサン王子。

「なんさ、足りんかったさ?」

 彼らに見えるようハツは毒針を指の間で遊ばせ、黙れと凄んだ。

「こんなにうるさいなら、いっそ意識を失う種類の毒にすればよかったさな」

 貴族嫌いを隠すことなくそう言ったハツに、王女と王子は息を飲んだ。

「ご無礼をお許しくだされ。それより小生、小腹がすきましたぞ。こちらの食料はいただいてもよろしい?」

 ついでにネクラーノンは食料の入った袋を漁っている。無礼を通り越して、神経が太い。
 
 ジーク達にとっては正直、たまたま戦った相手が王族だっただけの事だ。
 いちいち死刑にされたらたまったものではないが、こちらも本気なので真に受けるほど小心者でもない。

 自分達よりも身分が低いにも関わらず、敬うどころか眼中にないという態度に苛立ちが募る。
 こんな何の地位もない、ついでに頭の悪そうな相手に負けるのは、幼い頃から人間の王の子として育てられた彼らには耐えがたい屈辱だった。

 立ち去っていくジーク達の後ろ姿を睨む三人は、憎悪を込めて唇を噛んだ。
 
 その血の一滴が乾いた大地に染み込み、呪いを呼び起こすとも知らずに。
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