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『らぶ・Miss・しんぐ』(『ラブ・カルテットシリーズ外伝』)

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育嶋冴英さえが、年上の高校一年生・北条はる告白こくる決意をしたのは割と前だ。
彼が冴英の兄・佑の部屋に初めて来た時である。
そのときに
(あたしのカレにしちゃお!)
と思っていたのだから、かなりマセているし、かてて加えて自己中心的ジコチューだ。
その決意の動機はもちろん治が美少年だったことである。
そして、冴英自身が気づいていないのだが――兄の佑にタイプがにていて――優しかった、ということもある。
更には、冴英が、母・佑美ゆずりの美貌の持ち主で……要するに端的に簡単に言うなら
『美少女』
だったこともその決意には拍車をかけていた。
(こんなカワイイ子、断られっこないよね!)
付け加えるならば『自信家』なのであった。
(桜子はちょっと心配だけど……)
しかし、親友の芹沢桜子さくらこのことも心配するのだから、ネはいい子なのである。



(お兄ちゃんが帰ってきた!)
都合のいいことに治も、なぜか――冴英にとっては不思議なのだが――恋人の水瀬留美も一緒だった。

だが、考えてみると治の場合も、なぜに我が家に来たのかわからない最初の出会いファーストコンタクトだった。
そして冴英はその時、その疑問を聞きそびれたのを残念がった。
「ちぇっ……会話するいい機会だったのにな……」
で、次のチャンスを待ち
(あたしのカレにしちゃお!)
なのであった。





そして、その時がやってきた。
『カレ』を手招きして2階の廊下の踊り場に呼び、ひと気のないのを確認したのだ。
物おじしない冴英だって、そんなときは多少緊張するのだ。

「治くん、あたしあなたが好き! カレシになって!」
率直なもののいいようである。
兄とは対照的だ。

治のこたえは少し遅れた。
「……ごめん」
「え……?」
てっきり
「うん」
あるいは
「はい」
あるいは
「よろしく」
と手を伸ばしてくるとか……あるいは……という要するに
『承諾』
の結果を期待して……いや、確信していた冴英だった。

「ど、どうして!?」
「それは、好きな人がいるからだよ」
「す、好きな人がいる……なんて、嘘でしょ……?」
さすがに「あたしの気を引くための」とはいえない。

「いるよ……ほんとうに……」
「いるんなら、その名前を言って!!」
少しためらってから、治は、勇気を絞ってそれを告げた。
「佑さん……きみの、お兄さんの……」
その言葉が頭にしみわたった時、冴英は、だが涙をこぼさずに
「治くんのバカッ!!!」
と大声をあげていた。

なみだをながすのがはずかしかったのだ、治の……はじめてすきになったあいてのまえで。


廊下を通り、自室に飛び込もうとする冴英。
タダ事ではない妹の様子に、思わず声をかける祐。
「冴英……」
「お兄ちゃんのバカッ!!!」
小学生とは思えない大音声だった。
佑はなんだか分からない。 冴英の涙は、そのとき流れていなかったからだ。



少し引きつった顔の佑美からお願いされ、冴英の様子をうかがってくるよう頼まれた留美。
もちろん留美はそれを引き受け、勝手知ったる恋人の家……で、冴英の部屋の前で声をかけたのだ。
「冴英ちゃん? はいってもいい?」

「お姉ちゃんだけなら……」
よく聞き取れない声で部屋の中から聞こえる。

「悲しいことがあったのね?」
涙だらけの顔でうなずく冴英。
「治くん……に……」
留美は、佑の部屋で何があったのか、正確に予測していた。 だから、わざと帰宅を伸ばしていたのである。
むろん、そんなことは冴英に告げない。 冴英も、尋ねるよしもない。
「ことわられたの……告白こくったのを」
次の言葉は、留美の予測しなかったものだった。
「好きなのは……お兄ちゃんだって!」
「留美ちゃん……」
冴英は、留美の胸にかおをうずめた。
留美は、黙って抱き寄せる。
「どうしてあたしじゃないの? どうしてあたしじゃだめなの?」
留美は、ただ、冴英を抱く腕に力を込める。
「大嫌いよ! 治くんなんか! 大嫌いよ! お兄ちゃんも!」
留美は、更に、ただ、かすかに力を込める。
そうして――
冴英は、部屋の外にも響く大声で、泣き出した。
初めての事だった。
少なくとも、物心ついてからは……。



やがて、泣き止んだ冴英は
「うそよ……治くんのこと、大好き! お兄ちゃんも……好きよ」
と強く叫んだ。
「冴英ちゃん」
優しく『いもうと』の頭をなで
「あたしも、冴英ちゃん、大好きよ……素直な冴英ちゃんがね」
冴英は、ハッと我に返り、ぱっ、とはなれて部屋に備え付けのタオルで涙を拭った。
「……留美お姉ちゃん……ごめん……」
「え? 服のこと?」
胸のあたりは少しすけていた。
「ううん……今は、治くんに……会えない」
「そう……」
「さよならって……伝えてくれる」
「うん」
そして、もう一度、冴英を軽く抱きしめた留美は、部屋を出て階段を降りていった。


佑美はうろたえてウロウロしていた。
「る、留美さん!」
そんな佑美の姿を、留美は初めて見た。 そして、なんだか微笑ましくなった。 同時に、とても嬉しく。
佑美が勢い込んで尋ねる。
「冴英、泣いてた?」
あの大声なのに『泣いてた?』もないものだが、愛娘の『失恋』に尋常ではなく狼狽していたのだ。
治から、軽い事情を聞いたためである。
「ええ、でも、もう大丈夫です、おばさま」
はっ、と佑美の様子に気づいて言い直す留美に、合わせるように
「お・か・あ・さ・ま!」
と佑美は合唱して、やっといつもの美しい微笑みを見せたのだった。



そして階下で
「留美、これ」
「え?」
それはバスタオルだった。 佑にしては気が効いたほうと言えるだろう。
「あ、胸?」
カンはいいのである。
「ありがと、ちょうどよかった、外、雨だし……風邪引いちゃうモンね」
「そ、それに……」
(北条に目の毒だからね)まで言わないうちに、帰り支度をした浮かない顔の治が階下に現れた。


「それじゃあたし、そろそろ家帰るね、冴英ちゃん落ち着いたし」
留美は困ったような顔をした治を尻目に前を通り過ぎ
「あ、雨やんだね」
と微笑んで、いつもの可愛い舌だしを佑と治に見せて
「一緒にかえろ、治クン? 送ってくれるでしょ?」
このとき、治に
「は、はい……」
以外の答えが出来ただろうか?



育嶋家の玄関を出た二人。
「あ、傘……」
「じゃあ、持ってもらおうかな」
二人は相合傘でしばらく歩いたわけではない。
治は、まるでナイトのように、留美の傘を持ちつつ車道側を歩いた。
心のなかでは
(ど、どうしよう……どうしたらいいんだろう……なにか言われるだろうか……でも、どう言ったらよかったんだろ……)
というふうに、かなりうろたえていた。
留美が冴英になにか聞いたのは明白だからである。
留美が冴英の部屋に入ったあと、治も階下で固唾を呑んでいたのだ。

「冴英ちゃんがね、治クンに」
びくん、と治は身体を震わせ、留美は追い打つように
「ごめん、ってさ」
けげんな顔の治は視線を泳がすように
「それは……でもぼくのほうがごめん……って言う立場なのに」
「でも、それは言ったんだよね? 言わない治クンじゃ、ないモンね?」
うなずく治。
にこっと微笑んで佑は二人を見送った。
家に入った彼が、すっかり回復した(ように佑には見えた)冴英に
「留美お姉ちゃんのこと、大切にしないと許さないんだからね!」
と叱られた。
佑は苦笑いしながらもうなずき、妹が元気になったことに対し心のなかで
(ありがとう……)
と恋人にお礼を言ったのだった。


おしまい&『らぶ・Miss・しんぐB面』に続く




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あとがき

倉里せーぢでございます。(諸般の事情で『倉里』に変えたのです)

混乱した人、すみません。

この話自体は完結ですが、裏話……というか、冴英の親友である『桜子ちゃん』の方のお話があります。
いつ完成するかちょっと未定です。

ではでは。
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