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真・らぶ・CAL・てっと 五十九
しおりを挟む「留美?」
その顔を見て、今更ながらに最愛の彼女と話しすらしていない最近の自分を発見し、狼狽した由香は留美に駆け寄った。
「どうしてここに?」
「探したよ? よく考えたらあたし、ユカがどこで部活動してるか知らなくって、いろいろ聞いて歩いたんだけど、あんまり誰も知らなくてずいぶん時間がかかっちゃって」
ボール入れのカゴの横から顔を出した茗は
「留美センパイは由香センパイを迎えに来たんですか?」
ピカピカになったボールをカゴに運びながらそういって微笑んだ。
なんとなく隠し事を白状してスッキリした気分なのである。
現実としては『佑に「参考書」を提供して、治との最後の一線を越えるようそそのかした件』についてはおくびにも出していないが。 しかし、世の中には言わなくて良いことというものが確実にあるのだ。
「迎えにっていうか、探してたのよ。 佑はユカに嫌われたと思って、おちこんで、反応なくってひどいんだから!」
勢い込んで身を乗り出した留美の、そんな、かなり強く激しく珍しい言いように「うわー」と圧倒されて後ずさらんばかりの由香と茗。
「いろいろ探して、やっとやっと見つけたんだからね!」
「あ、ご、ごめんね」
軽くフクレている留美に、頬へ口づけのお詫びをした由香の姿に
(あ、そろそろ今回の件では用済みだな、あたしは)
と悟った茗
空気の読める、良い娘である。
少なくとも本人はそう思っていたハズで、作者もそれを否定しない。
(思えば……)
従兄弟の恋心からはじまり、由香の誤解で佑との絶交をもたらしたこの一件。
それが落着間近なのを知った茗は問題解決の一端を担ったという満足を胸に、センパイ達の水入らずを尊重することに決めた。
そして
「あ、や、では、あたしはこれで」
ときびきびとした動きで敬礼するようにしたあと、後片付けを済ませ
「お疲れさんしたッ!」
歯切れのいい挨拶をして退出した茗は、ほっとした面持ちで帰宅の途についた。
今日は祝賀パーティが開かれる筈なので、遅くなったら何を言われるかわかったものではないのだ。
(そういえばあのコト、いつ頃打ち明けようかなあ)
などと考えつつ、家路を急ぐ茗の背中は、みるみる小さくなっていった。
さてその後、水入らずの二人は、というと……
「あたし、ここのところ不機嫌だったでしょ?」
ワケをいいほど知っている留美はうんうん、と可愛らしくうなずく。
「実は、佑が男の子と浮気してたって勘違いしちゃってて」
ジェスチャーをまじえて口早に言い訳する由香に
「ひどぉい! 浮気なんかじゃないんだからね!」
と抗議しながら恋人のいる教室へ、と足早に急ぐ留美。
同じ事を話しているようでありながら、実は、留美にとってそのセリフは
「佑も治も浮気じゃなくて本気」
を意味していたのであり、由香にとっては
「佑は治を癒していただけで、恋愛感情ではない」
というふうにとったのであった。
「よ、よく考えたら」
湧き上がる自責の念に小さくブルッと震える由香。 なんだかんだで善人なのである。
「あたし、佑にひどいことしてしまったのよね……」
それは、確かにその通り。
二重の意味で人助けをしようとしていたという、時が時なれば表彰モノ、美談モノの佑を由香は誤解から引っぱたいてしまったのだ。
罪悪感で気が引け、血の気が引くのも無理はない。
無論、ここで血の気が引くのは顔である。
確認のため、整理しておこう。
実際には、佑は治と『そういうこと(つまりはっきりと安直に言ってしまうと男々交際)』をしている。
しかも、由香が二人の接近光景を目撃する前に、最後まで行っていたワケである。
ということは、由香の想像は当たっていて、必ずしも誤解ではなかったと言うことになる。
だが、事件のことは何も知らない、立ち会っていない、想像すらしていない茗が
「それは誤解です」
と言ったことによって、由香はそう思ったのである。
そこへ持ってきて留美が
「佑が浮気をしていない」
と受け合ったのだ。
由香が「あたしはとんでもない誤解をして佑を引っぱたいちゃった」と思ったのも無理はない。
もっとも、「受け合った」というのは由香の勘違いではある。
留美の感覚においては『浮気ではない』が、しかし、由香の感覚においては間違いなく『浮気である』のだ。
佑と治の関係は、留美は事前に承認していたが、由香には承認も何も、まるっきり知らなかったからである。
しかし今、由香は佑への罪悪感を感じていた。
そこへ追い打ちをかけるように
「佑だけじゃなく、治クンにも」
と指摘する留美はわりと策士だ。
その可愛らしい美貌だだけでなく、実は頭脳も結構優秀なのである。
その姿形・声や表現に幻惑されるのが大多数で、彼女の本質を見誤らないのは佑の母・佑美くらいのものであった。
実際問題として、美醜と頭脳程度に相関関係はないのである。
「ごめん……そうよね」
ますます小さくなる由香。 罪悪感が更に強くなる。
「治クン、脅えてたよ」
そのときのことを思いだしたのか、涙目になって
「あんな可愛いコを怖がらせるなんて駄目!」
と軽くではあるが、声を荒げる。
「うん……そうよね」
更に小さくなる由香。
愛しの留美に責められるわ、佑への罪悪感に責められるわで、もう身の置き所がないようだ。
「とは言っても、ユカの気持ちもわかるよ? 佑が口べたなのよね」
コロッ、と態度が変わるのが留美である。
「う、うん……」
「治クンから、佑がユカに言ったこと聞いたけど、あれじゃ解らないよね」
実のところ、あんまり詳しくは覚えてなかったけどね、治クン、と独りごちてから、由香の目を見る。
「あたしも……悪かったのよ。 てっきり佑が留美と、それからあたしのこと裏切ったかと早合点しちゃって」
相変わらず留美の方を優先するのが由香らしい。 留美もそれには気付いているが、気付かないふりをして
「佑はけっしてそんな男の子じゃない!」
仁王立ちで強くそういって、次ににこっと由香に明るく笑いかける留美。
「そう思わない?」
その笑顔は由香の心を突き通した。
「思う……どうしてそんな勘違いしたんだろあたし……」
「あたしが思うに」
人差し指を立てて
「由香もここのところ疲れてたんじゃないの? 部活ばっかりだったでしょ?」
「うん……そういえば、ストレス溜まってたかも」
「だったらさユカ? 佑と仲直りして……シちゃう!っていうのはどう?」
「え?」
いきなり急に露骨に直截的なことを言われて、顔を赤らめる。
「あたしの経験からだと、結構カタルシスになるよ?」
悪戯っぽい表情の留美からはその意図はうかがい知れないため、頭を振って話を変えた。
「と、ところでそういえばさっきから『治クン、治クン』言ってるけど、留美は知ってるの、あのコのこと?」
「あ、そう言えばユカには話したことなかったっけ」
留美は部活の帰りに、うずくまっている彼を見つけて家まで送ったこと。 そしてその時に、佑への想いを打ち明けられたこと、を語った。
「じゃあ、治くんの体が悪いことは知ってたんだ?」
「うん、それは知ってたけどね。 佑の近くにいたら治ってく……ってのは全然知らなかったなあ」
知ってたら、もっと協力したのに……と不満げな留美である。 しかし、あれ以上の協力をすると、またぞろぞろと余計な誤解がどこかからやってくるに違いないから、あれはあれで良いのだろう。
なんせ、相手は佑である。 揉めごとを引きつけているとしか思えない男なのだ。
由香はたどたどしく
「あ、あたしだってもっと協力、したわ、よ?」
と弁解されても困るがそれでも
「ん、信じてる」
こくん、と可愛らしくうなづいた留美は、急に何か思いついたようで、一瞬、いたずらっぽく笑うと
「あ!」
と立ちくらみのように倒れかかった。
「留美!」
あわてて彼女を支える由香。
すると、ちょうど由香は、留美に抱きつかれた格好になる。
驚いている由香に、留美は顔を上げて
「ね?」
「は?」
「これがユカの言ってる、『キス』なわけ」
「はああ?」
由香は「わけがわからん?」の見本となれるような奇妙な表情になると、留美は説明を加えた。
「だから、治クンがめまい起こして」
その事実を留美は確認できていないが、治の口からは聞いていたので、推測でおぎなって更につづける。
「倒れてきたのを佑がささえて、ユカがそれを見た、ってコトなのよ」
たぶん、というのは口の中だけで止めておいた。
「え、ええーーっ!?」
それまでの由香にとっては「キスの事実」の想定は決定していた。
しかし、それがくつがえされたのは非常にショッキングだったのだ。
「びっくりした?」
「う……うん……」
由香は頭をかきかき、
「じつはさ……ねえ、留美?」
「ん?」
歩きながら留美が促すと、由香は恥ずかしげに
「あたし、留美のためを思って怒ってたのよ」
「え!」
振り返って由香を見る留美。 留美にしてもそれは想定していなかったのだ。
「そうだったんだ?」
一瞬驚いた顔に、すぐ笑顔をうかべて
「なんだあ、それなら怒ることなかったのに。 佑と治クンのことは知ってたからから」
「はあ?」
口を大きく開ける由香。
「でも、結果的にユカを仲間はずれにしちゃってた。 ごめんね? そして心を配ってくれて……ありがとう」
「何が?」
「あたしのためを思ってって、してくれたんでしょ?」
「そ、そりゃ……」
「ありがと……ユカ……」
仰のく留美。
キスのおねだり、である。
「留美……」
ふたつの影は、ひとつとなった。
「ん……」
しばらくの甘いひとときが流れ……。
はっ!とあることに気がつく由香。
「と、いうことは……」
「治クンにも謝らないと」
勝手知ったる親友同士、という調子で指摘し
「よね?」
とうつむく顔をのぞきこむようにして、由香に微笑みかけ、賛同を求めた留美。
当然、由香は
「うん! 謝るわよ!」
と気張ってしまった。
留美はそのガッツポーズを見て、くす、と笑った。
「あれ、佑は……?」
そして、そんなこんなの後にふたりが教室に戻ってきたが、そのとき佑は既に教室に居なかった。
部室との往復。 その後、更に落ち込んで憔悴してぐったりなっていた佑は、そのまま帰途についた、らしかったのだが……
つまり、特に書き置きがあったわけではない。 雰囲気でそう察知したのである。
とはいえ、留美と由香が、佑の部室と教室の往復や、佑が更に落ち込んだかどうか……等まで察知出来たかどうかは定かでない。
「佑、いないね」
一瞬、由香はどうしていいか途方に暮れた。
「どうしよっか?」
実際の話、「どうしようか?」は、この時の佑の気持ちの方だが。
「あ、佑の家に行ってみよ?」
留美は、至極まっとうなことを言うと
「あ、そりゃそうね。 佑もたぶん自分ちに帰るわよね」
「うん、そうそう」
にこにこうなずく留美。
「じゃ、行こうよ」
仲むつまじい、すっかり仲なおりした二人なのだった。
もっとも、本当に仲なおりする必要に迫られているのは佑の方にちがいないが。
で、その時、佑はどこに居たかというと……実はそのころ、留美たちの三百メートルほど先をとぼとぼと歩いていたのであった。
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