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真・らぶ・CAL・てっと 四十一

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佑はうなりながら焦っていた。
こんなことなら、治の携帯番号を訊いておくべきだったと後悔した。
この体調では、待ち合わせの場所に行くのもままならないし、母からも
「外出しちゃ駄目でしてよ?」
と釘をさされている。
それに逆らうとどんな目に遭うか、想像しただけで病状が悪化しそうな気がするのだ。
それでなくても、立っただけでめまいがして床に座り込んでしまう体たらくだった。
しかしながら、家族が出かけてしまった今となっては、誰かに連絡を取って治への伝言を頼むしかない。
残念ながら、親友たちはつかまらなかった。 それに、由香も部活で留守だった。
かくて彼は、消去法で留美に白羽の矢を立てたのである。
「あ、佑? どうしたの?」
ほがらかに電話に出る留美。
だが、電話口から聞こえる荒い喘ぎまじりの声に
『やだ、佑ったらこんなコト……』
などとは思わず、彼が病気らしいとすぐ悟った。
「佑、大丈夫? 風邪?」
「う、うん、そうみたい。 それで留美にお願いがあるんだけど」
そこまで言ったとき、既に電話は切れていた。
「え? 留美? 留美?」
彼女の名を呼んでも返事は返ってこず、切れたことを示す「ツーッ、ツーッ」という音が鳴っているだけだ。
佑は何が何だかわからなくなったが、それは熱があるためもある。
普段なら、留美がお見舞い&看病に来るということを予想できるくらいに交際も理解も深いのだから。


混乱の最中にある佑がほぼ体力の限界に達し、パジャマ姿のまま電話につんのめるようにへたりこんでから5分ほどが経過した。
そして、玄関のチャイムが鳴ったが、佑は対応に出る元気すらなくなっていた。
それにかまわず、訪問者は勝手に玄関を開けて入ってきた。
はあはあという荒い息づかいは、サスペンス物ならスリルが盛り上がるところである。
「佑、大丈夫?」
「あ、る、留美?」
ご想像の通り、その訪問者は水瀬留美であった。
風邪っぴきの佑よりも息が荒くなっているのは走ってきたからだろう。
彼女は周りを見回すと
「お母様たちは?」
と尋ねた。 その問いに
「それが、母さんと父さんは冴英を連れて出かけてるんだよ」
とは答えにくい佑だ。
これまでの留美の態度及び言動から、彼女が佑美を理想視しているのは気づいている。
まああれだけ露骨に憧れのまなざしで見ているのだから、気づかなかったらその方が相当におかしい。
彼としては別段『自慢の母』というわけではないのだが、冴英にとっては確実にそうであろう。
かなり割り引いても、美人で才能に溢れながら家庭的でもあり……等々と憧れられる要素はてんこもりなのだ。
ただ、佑としては改めて考えないとそのような認識及び実感がない。
というのは、なんといっても実母であるし、そもそも佑美のようなタイプは彼の好みではないというだけの話である。
女性の好みのタイプは、父からは遺伝しなかったらしい。

というわけで、心優しい彼としては、あえて留美の夢を打ち砕く気はない。
「う、うん、起きたら留守だったんだよ」
と言い訳をする。
なお、留美はそれが言い訳だと気づいていない。
「それで、あたしに看病して欲しくて?」
佑に頼りにされたのがよっぽど嬉しいのだろう。
喜色満面で目はランランと輝いている。 性別が逆なら、狼藉に及ばんばかりだ。
その様子に、微妙に甘い、身の危険(?)を感じた佑は慌てて体を起こし
「い、いやその違うんだ。 北条と約束があって」
「治クンと?」
予想だにしていなかったことを言われて、きょとん、とする留美。
「う、うん」
「それで?」
「僕が行けないってことを伝えて欲しくてその」
「なんだ、そうなの」
留美はちょっとがっかりしたが、キスは忘れなかった。
「んぅっ!?」
「えへっ、これって報酬よね?」
「か、風邪うつる、よ……」
「んふっ」
留美は輝くような微笑みを見せただけだった。
「さてと」
そして彼女はケトルにミネラルウォーターを注ぎ、火に掛けた。
「る、留美? 何してるの?」
「『お茶いれてるの。 すぐすむからね」
「なんでお茶?」
「佑の心配症がなおるかなと思って」
うふっ、と軽く微笑む留美。
「ぼ、僕心配症じゃないと思うんだけど」
「ううん。 お母様も言ってたけど」
それでは口答えも出来ない。
「佑って心配症だもの」
「し、しんぱいしょう……って」
「色々といらないことを心配してるじゃない? それを『心配症』っていうのよ?」
てきばきと
「ユカも気にしてた」
そう言いつつ、マイバッグをごそごそさぐる。
「だからこれ持たせてくれて」
留美がバッグからとりだした袋には『ミモザ茶』と書かれていた。

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