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真・らぶ・CAL・てっと 十五

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そして、衣更ころもがえの当日のこと。
治がなかなかS・C部室に現れないので佑は不思議に思っていた。
(北条、どうしたんだろ?)
なんだかんだで可愛い後輩のことが気になるのである。
もちろんこの『可愛い』は、『美貌の』という意味と、『かわいがっている』という意味を両方含む。
その『気になる』は、やがて『心配』に成長し、『不安』へと進化した。
「よし!」
ついに佑は、治の担任教師のもとへ問い合わせに向かったのだった。
(べ、別に部活の後輩のこと尋ねるくらい、普通だよね……?)
などと思いながら。

「北条くん? 今日は欠席してるわよ?」
ことも無げにそういう常桐美里先生。
その『ことも無げ』な態度に、内心ホッとした佑。
が、一抹の不安を晴らすため
「北条……、いえ、北条くんは具合がわるいんでしょうか?」
と尋ねた。
「大丈夫だと思うわ。 北条くんのお父さんは『し明後日あさってには登校させます』って仰ってたから」
心配そうな様子の佑を安心させるため……ばかりではなく、本当に大事ではないとわかっている様子の美里先生。

余談になるが……
佑からは先輩に当たる……ということは、井沢正とおない年の常桐ツインズ・光雄・明雄の母親なのだが、とてもそのような大きな子供がいるようには見えない若々しさ。 生徒にもそこそこ人気があるのもうなずける。
もっとも、佑の母・佑美だって相当な若作りなうえに超美人なのだから、別に驚くことはないはずだが、つい感心してしまうのだ。
これはつまり、美人のタイプの傾向が違うためだろう。

閑話休題。
美里先生の様子を見て、ほんとうに心配はいらない、と九十九パーセントまで安心したが、それでも万が一ということがある。
取り越し苦労の性格は、ちっとやそっとでは直らないようだった。


週が明けて、月曜日。
登校途中で治と茗の二人連れを見つけた佑は近寄り、後ろから治の肩を軽く叩いて声をかけた。
「おはよう、北条、飛騨野さん」
「あ、せ、先輩……」
「おはようございます! 育嶋センパイ!」
戸惑った様子の治と、従兄弟とは対照的な茗の元気な挨拶である。
治の顔をのぞき込むようにして佑は
「先週の金曜日、休んだでしょ北条? 体は大丈夫? 急に薄着になったから体調崩したんじゃないかい?」
「え、ええっ? いや、そうじゃなくて……」
沈んだ様子で何か考え事をしていたらしく、とっさに返事の出来ない治に代わって茗が説明する。
「ああ、違うんですよ。 治くん、定期検診があって休んだんです」
「え、定期検診?」
たまたまちょうど衣更えの日に、『定期検診』とやらのため学校を休んだという。
「ああ、それで」
いつもなら由香と同じく朝練で早出はやでの筈の茗が、今頃の時間に従兄弟とゆっくり登校しているのは、つまりそういうわけだったのである。
「それでですね」
佑が洩らした感嘆符を何か勘違いした茗が話しはじめた。
彼女の話によると、医者が首を傾げるくらい奇跡的な回復だそうなのだ。
まだ油断は出来ない、とも言ったらしいが、負け惜しみもいいところだった。
両親の喜ぶまいことか。
そして、治は二人にこう言ったという。
「ぼく、先輩と一緒にいると、どんどん元気になれそうなんだ」
治はもちろん知っている。
それが『なれそう』ではなく『なれる』のだということを。
しかし、そこまで言うとあまりにも佑に負担をかけてしまいそうなので、怖かったのだ。
言うまでもなく、彼に迷惑をかけるのが怖かった、のである。
だが、北条夫妻にとってはそれだけで充分であった。
現に、息子の病状はどんどん回復しているのである。
佑に何らかの礼をしたい、と考えても無理はない。
佑がそれを事前に知れば『もうお気持ちだけで』と思ったろう。
思うだけで言えないのが彼の限界でもあるが。

放課後、部活が終わった後のこと。
佑と治は、例によって一緒に下校していた。
家が在る方向が同じなので、何らかの事情がない限り、途中までは連れ立って歩くことになるのだ。
だが、今日の治の様子はおかしかった。
妙に上の空なのである。
朝の登校中だけなら寝ぼけてた可能性もあるが、部活の最中や今現在もその調子なのだから只事ではない。
内心、佑は心配していた。
と、治は急に佑の目を見て
「先輩、今日これからお暇ですか……?」
少しは考えてから言葉を出した方がいいことをまだ学習していない佑が、なんの気なしに答える。
「え、今日? うーん、特にやる事もなかったはずだけど」
それを聞き、上目づかいになりもじもじとお願いをする治。
「だったら、これから先輩のおうちに伺わせてもらってもいいですか?」
「え」
佑は嫌な予感がした。
留美のときも、それから話がややこしくなったのだ。
結果オーライだったとはいえ『それはそれ』であった。
だったら断ればいいのだが、とっさにそんな器用なことができるならこんな巡り合わせにはなっていないのである。


というわけで、断りきれなかった結果として治は今、佑の部屋にいる。
もっとも、これに至る経緯というものはあったのであるが。


「まあ、いらっしゃい。 佑くんのお友達が来るなんて、珍しい事もあるものね?」
「か、母さん」
とか言えれば大したものなのだが、言えないのが佑なのである。
「く、クラブの後輩の北条くん」
と紹介する佑。
「あら、そう」
相手が男の子なので、特に興味を示さない佑美。
だが、治の次のセリフで事態は大変化した。
「あ、お姉様、ですか?」
佑美の態度がいっぺんに一変する。
「いや、母なんだよ……」
困った事に、とつけ加えたいが、それはあまりにも恐ろしい。
「北条くんっていうの? まあ、なんて可愛らしい子なんでしょう」
ろ、露骨な……と佑は思ったが、もちろん治はそんなことは思わない。
本気で佑美のことを佑の姉だと思っていたのだ。
目の検査を受ける必要が、少々あるかもしれない。
もっとも、佑美は気が若く、体質的に老化が遅い上に若作りであった。
だから治には、実母・佐智子や叔母・三千子よりかなり若く見えたのも事実であるし、しかたがない。
だがしかし、いくらなんでも佑の『姉』というのは無理がある。 『目の検査を受ける必要がある』という所以ゆえんである。
「え、お母さまなんですか?」
「ええ、そうでしてよ?」
にこにこと治を見つめる佑美。 己の額を押さえる佑。
「どうも失礼しました」
ぺこ、と頭を下げる治。
佑美はにこにこと
「いいえ、全然失礼じゃなくってよ?」
と告げた。
(か、母さんてば……)
佑は頭痛を感じた。
別にカゼの初期症状ではない。
「あの……実は」
治がおずおずと言葉をつぐ。
「ぼくのおと……いえ両親が」
お父さん、と言おうとした様子だ。
「ご両親が?」
『お父さん』と言おうとした治に、そしらぬ顔をしてうながす佑美。
「先輩に……佑さんに物凄く感謝してて」
佑美は首をかしげた。
「どうして?」
「そ、それは……」
治は困った。
どう言っていいのか分からなかったのである。
仕方なく
「と、ともかく! お礼を言いたいらしくて」
上の空なのは、感謝しているその理由を考えていたから、だったのである。
そして、どう切り出そうかと考えてもいたのだった。
結局、考えつかなかったようであるが。
「それで、先輩にご無理を」
「まあ! 佑くんにならどんな無理を言ったって良くってよ? 鍛えてますからね」
ますます頭痛がひどくなる佑だった。
治は戸惑いながらも
「ご……ご無理をいって、お家を教えていただいたんです。 後日、両親が挨拶に来るとおもいます」
「そんなこと、お気になさらず、と伝えて?」
「は、はあ……」
佑と同じような反応に、慎み深い人なんだなと思った治。
無論それは間違っている。
と、その時、冴英が帰ってきた。
「ただいまー」
彼女も中学生になって、部活動をしているのだ。
かくて、佑よりも帰宅が遅い事もあるのであった。
「あ、こんにちは」
頭を下げる治を見て冴英はポッ、と顔を赤らめた。
「こ、こんにちは」
(え?)
佑は不思議に思った。
今まで、妹のそんな反応を見たことはなかったからだ。
まあ確かに、友人をあまり家につれてきた事はない佑ではあるが、それにしても珍しい反応なのだった。
確かに治は美少年だが、佑はそれほどこだわらないから、想像の範疇はんちゅうを越えていたのだった。
少しは気にしろ、と読者諸氏も言いたくなるだろう。
まあ、それはさておいて。
ともかく、佑は治を自分の部屋に連れてきた。
治にとってはドキドキものだったが、佑は別の意味でドキドキしていた。
「先輩……」
「お、落ちついてね、北条……」
落ち着けるわけがない。
憧れの先輩の部屋にいるのだ。
これを落ちつくわけにはいかない。
「先輩……」
治は『受け攻め』で言うなら『受け』であるから、押し倒すのはいささか問題があるが、佑の方はそんなことは知らない。
「キスしてくれますか?」
留美や由香相手でも戸惑うような事を治に言われて、どうしたらいいかと迷わない佑ではない。
「えっ!? ええええっ?」
「ここなら人目もありません」
そりゃ人目はないだろうが、自分の部屋なのである。
そんなに長い間するつもりはもとよりないが、たまたま運悪く偶然に家族が入ってきたらどうするのだ。
確かに、治の唇は甘美に感じた。
だが自分には二人も恋人がいる上に、彼は彼というくらいだから男なのである。
佑の性格的にすぐ割り切れるものではない。
「この部屋、カギがかからないから」
「一度でいいんです。 先輩から……」
治の耳には入っていないようだ。
「いや、だからね北条」
その時、ドアがノックされた。
天の助け!と佑が思ったのも無理はない。

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