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そのはちじゅうきゅう
強欲なロシュと、リシェを手に入れたいラス
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「先輩にあらぬ事をしようと企んでるんだろ!こっちでは俺が先輩を守るんだからそうはさせないぞ!」
リシェには全く理解不能な事を言いながら、ラスはロシュに怒鳴っていた。彼はズカズカと近付いて来たかと思うと、リシェを引っ張り自分の背後に押しやる。
助かったと言えば助かった。
面倒臭いが。
リシェは自分を庇うラスを見上げながら「何で俺の居る場所が分かったのだ?」と問う。
ふふ、とラスは得意げに笑いながら「先輩が好きだから先輩が居る場所にはすぐ駆けつけますよ」と返すが、リシェは眉を寄せながら薄気味悪い奴だなと酷い態度を見せていた。
「う、薄気味悪いって…」
地味にショックを受けた。
一方でロシュは、その類稀なる美貌を引き立たせながらやや意地悪そうに微笑むと、ラスの背後に隠されたリシェに対して「こちらのリシェはなかなか内気なタイプですね」と言った。
「向こうではあんな事やこんな事を私としていたのに。ううん、残念。最初からアプローチをしなければならないのは手間がかかりますが押して押して押しまくるのもまた楽しめそうだ」
ロシュの無駄にリアリティのある発言に、リシェはひっと声を上げて怯えた。
向こうというのがまるで分からない為に、余計恐怖心を煽る。自分は彼に一体何をされていたのだろう。
「あっ、あんたは先輩に何をしでかそうとしてるんだ!そんな事、俺は許さないからな!!」
慌てるラス。
向こうの世界だとリシェはロシュに対してとにかく忠誠を誓い慕い続けていたので、あんな事やこんな事をしていた事は想像が出来たが、ラスにとっては耐え難いものだ。
リシェが好きだから余計に。
「おや、事実を言ったまでですよ。事実なのに嫉妬されても困りますって」
人々に慕われる人格者で、誰にでも平等に優しいアストレーゼンという国の頂点に立つ司祭。民間出の見習い剣士の自分には、到底近付けない絶対的な存在。
…だがここでは違う。
「向こうは向こう。こっちは違うんだ。先輩は絶対俺のものにするんだから邪魔をするな」
ここでは、全員が一般人で平等なのだ。
全力でロシュがリシェにアピールするのを妨害出来る自由な世界。
自分だって、リシェを手に入れたいのだ。
しばらくお互いを牽制していると、やがてロシュはふっと目を細めてふうっと一息ついた。
「いつまでも同じ事を言い合っても仕方無いでしょうね」
「は…?」
「とりあえずその場は引きますよ。私の可愛いリシェを怯えさせる訳にはいきませんからね。ですが必ず私はリシェを迎えに行きます。私だって向こうでこの子を愛していた意地がありますし」
怖い事をさらりと言われたリシェは、ひいいとラスの背中にくっついて恐怖に打ち震えていた。
自分が一体何なのか、ますます分からなくなりそうだ。
向こうというのが理解出来ないリシェには、二人の会話は更に混乱を招いてしまう。
ラスはリシェを庇いながらロシュに対して「贅沢者め!」と怒った。
こっちでもリシェを欲しがるなんて、強欲過ぎる。
ロシュは端正な顔で上品に笑った後で、そうですよと返した。
「私は欲しいものは必ず手に入れたい性格なのですよ。知りませんでしたか?それは向こうでも同じでしたけどねぇ」
「向こうのあんたに興味なんか無いよ」
ラスはロシュに吐き捨てるように言った。
ロシュはにっこりと微笑んだ後、それではと言って去っていった。
「…目を離すとこうだもん。はあ…」
緊張感から解き放たれ、ラスはリシェに向き直る。彼は小さく縮こまりながらこちらを見上げていた。
「先輩」
「な、何なんだ…俺、何」
「気にする事はありませんよ。怖がる事なんて」
「む、向こうの俺はあの人にくっついていたのか?意味が分からないよ、怖い」
頭を抱えて半泣きになるリシェの両手を優しく掴むと、ラスは彼の目線に合わせて屈んだ。
「こちらではあの人は無関係ですし、全く気にする事はないです。何かあったら俺を呼んで下さい」
ぶわりとリシェは目に涙を溢れさせて泣き出す。
「俺はひっそりとしたいだけなんだ」
ラスは心の中できゅうんと胸を締め付けられてしまう。毅然としたリシェのイメージが総崩れになり、たまらなく可愛くて可愛くて抱き締めてやりたくなっていた。
顔が、体がかあっと熱くなる。
「わ、分かります、分かりますよ先輩。そんなに泣かないで。何かあれば助けますからっ、ね?」
えっくえっくと泣き続けるリシェの顔を覗き込み、宥め続けるラス。
だがリシェは、彼に対し破壊力たっぷりの言葉を投げつけた。
「大体お前のせいじゃないか!」
「え!?えぇえええ!?」
「お前と関わってから変態に遭遇する確率が増えた!」
「そ、そんなああ」
ショックを受けてしまうラスの腕をぎゅうっと掴むと、リシェは泣き腫らした目を彼に向けたまま「責任を取れ」と一言告げた。
責任って…と困惑する。
しかし同時に、リシェは間近にあった彼の唇に優しく自分の唇を押し当て、すぐに離した。
…眼前に迫った美少年の顔。そして瞬時に離れる。
一瞬の事で、何があったのか分からず固まった。
その柔らかな感触が、鮮明に頭に刻み付けられてしまう。
しばらく間を置き、ラスはリシェの顔を真っ直ぐに見る。
「へ?…えっ…ええっ??せんぱい?」
「…帰ろう、ラス」
リシェのその表情も、心なしか紅潮して見えた。
自分から離れ、リシェは勝手に歩き出す。
「先輩、今俺に」
遠ざかるリシェの小さな背中。ラスは自分の唇に触れ、そして先程あった事を頭の中で反芻する。やがて顔が真っ赤になっていくのを感じた。
先輩が俺にまたキスしてくれた…!!
勢い良く立ち上がりながら「先輩っ!」と声を上げる。
「先輩、待ってください先輩!!やだ、もう先輩ったら!実は俺の事が好きなんでしょ!?ねえねえ!!」
嬉しさのあまりテンションが爆上げされたラスを、リシェはぐしぐしと泣きながら「やかましい!」と顔を真っ赤にして返事をする。
何故か、同じ変態にも関わらずラスだと変な安心感があった。だから体が動いてしまったのだ。
いつも彼は優しい。
守るからという言葉は、少しだけ自分を安心させた。
…しかし、背後であまりにも浮かれ過ぎて歓喜の叫びを上げているのを聞いていくうちに、やらなきゃ良かったのではないかと心底後悔していた。
リシェには全く理解不能な事を言いながら、ラスはロシュに怒鳴っていた。彼はズカズカと近付いて来たかと思うと、リシェを引っ張り自分の背後に押しやる。
助かったと言えば助かった。
面倒臭いが。
リシェは自分を庇うラスを見上げながら「何で俺の居る場所が分かったのだ?」と問う。
ふふ、とラスは得意げに笑いながら「先輩が好きだから先輩が居る場所にはすぐ駆けつけますよ」と返すが、リシェは眉を寄せながら薄気味悪い奴だなと酷い態度を見せていた。
「う、薄気味悪いって…」
地味にショックを受けた。
一方でロシュは、その類稀なる美貌を引き立たせながらやや意地悪そうに微笑むと、ラスの背後に隠されたリシェに対して「こちらのリシェはなかなか内気なタイプですね」と言った。
「向こうではあんな事やこんな事を私としていたのに。ううん、残念。最初からアプローチをしなければならないのは手間がかかりますが押して押して押しまくるのもまた楽しめそうだ」
ロシュの無駄にリアリティのある発言に、リシェはひっと声を上げて怯えた。
向こうというのがまるで分からない為に、余計恐怖心を煽る。自分は彼に一体何をされていたのだろう。
「あっ、あんたは先輩に何をしでかそうとしてるんだ!そんな事、俺は許さないからな!!」
慌てるラス。
向こうの世界だとリシェはロシュに対してとにかく忠誠を誓い慕い続けていたので、あんな事やこんな事をしていた事は想像が出来たが、ラスにとっては耐え難いものだ。
リシェが好きだから余計に。
「おや、事実を言ったまでですよ。事実なのに嫉妬されても困りますって」
人々に慕われる人格者で、誰にでも平等に優しいアストレーゼンという国の頂点に立つ司祭。民間出の見習い剣士の自分には、到底近付けない絶対的な存在。
…だがここでは違う。
「向こうは向こう。こっちは違うんだ。先輩は絶対俺のものにするんだから邪魔をするな」
ここでは、全員が一般人で平等なのだ。
全力でロシュがリシェにアピールするのを妨害出来る自由な世界。
自分だって、リシェを手に入れたいのだ。
しばらくお互いを牽制していると、やがてロシュはふっと目を細めてふうっと一息ついた。
「いつまでも同じ事を言い合っても仕方無いでしょうね」
「は…?」
「とりあえずその場は引きますよ。私の可愛いリシェを怯えさせる訳にはいきませんからね。ですが必ず私はリシェを迎えに行きます。私だって向こうでこの子を愛していた意地がありますし」
怖い事をさらりと言われたリシェは、ひいいとラスの背中にくっついて恐怖に打ち震えていた。
自分が一体何なのか、ますます分からなくなりそうだ。
向こうというのが理解出来ないリシェには、二人の会話は更に混乱を招いてしまう。
ラスはリシェを庇いながらロシュに対して「贅沢者め!」と怒った。
こっちでもリシェを欲しがるなんて、強欲過ぎる。
ロシュは端正な顔で上品に笑った後で、そうですよと返した。
「私は欲しいものは必ず手に入れたい性格なのですよ。知りませんでしたか?それは向こうでも同じでしたけどねぇ」
「向こうのあんたに興味なんか無いよ」
ラスはロシュに吐き捨てるように言った。
ロシュはにっこりと微笑んだ後、それではと言って去っていった。
「…目を離すとこうだもん。はあ…」
緊張感から解き放たれ、ラスはリシェに向き直る。彼は小さく縮こまりながらこちらを見上げていた。
「先輩」
「な、何なんだ…俺、何」
「気にする事はありませんよ。怖がる事なんて」
「む、向こうの俺はあの人にくっついていたのか?意味が分からないよ、怖い」
頭を抱えて半泣きになるリシェの両手を優しく掴むと、ラスは彼の目線に合わせて屈んだ。
「こちらではあの人は無関係ですし、全く気にする事はないです。何かあったら俺を呼んで下さい」
ぶわりとリシェは目に涙を溢れさせて泣き出す。
「俺はひっそりとしたいだけなんだ」
ラスは心の中できゅうんと胸を締め付けられてしまう。毅然としたリシェのイメージが総崩れになり、たまらなく可愛くて可愛くて抱き締めてやりたくなっていた。
顔が、体がかあっと熱くなる。
「わ、分かります、分かりますよ先輩。そんなに泣かないで。何かあれば助けますからっ、ね?」
えっくえっくと泣き続けるリシェの顔を覗き込み、宥め続けるラス。
だがリシェは、彼に対し破壊力たっぷりの言葉を投げつけた。
「大体お前のせいじゃないか!」
「え!?えぇえええ!?」
「お前と関わってから変態に遭遇する確率が増えた!」
「そ、そんなああ」
ショックを受けてしまうラスの腕をぎゅうっと掴むと、リシェは泣き腫らした目を彼に向けたまま「責任を取れ」と一言告げた。
責任って…と困惑する。
しかし同時に、リシェは間近にあった彼の唇に優しく自分の唇を押し当て、すぐに離した。
…眼前に迫った美少年の顔。そして瞬時に離れる。
一瞬の事で、何があったのか分からず固まった。
その柔らかな感触が、鮮明に頭に刻み付けられてしまう。
しばらく間を置き、ラスはリシェの顔を真っ直ぐに見る。
「へ?…えっ…ええっ??せんぱい?」
「…帰ろう、ラス」
リシェのその表情も、心なしか紅潮して見えた。
自分から離れ、リシェは勝手に歩き出す。
「先輩、今俺に」
遠ざかるリシェの小さな背中。ラスは自分の唇に触れ、そして先程あった事を頭の中で反芻する。やがて顔が真っ赤になっていくのを感じた。
先輩が俺にまたキスしてくれた…!!
勢い良く立ち上がりながら「先輩っ!」と声を上げる。
「先輩、待ってください先輩!!やだ、もう先輩ったら!実は俺の事が好きなんでしょ!?ねえねえ!!」
嬉しさのあまりテンションが爆上げされたラスを、リシェはぐしぐしと泣きながら「やかましい!」と顔を真っ赤にして返事をする。
何故か、同じ変態にも関わらずラスだと変な安心感があった。だから体が動いてしまったのだ。
いつも彼は優しい。
守るからという言葉は、少しだけ自分を安心させた。
…しかし、背後であまりにも浮かれ過ぎて歓喜の叫びを上げているのを聞いていくうちに、やらなきゃ良かったのではないかと心底後悔していた。
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