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そのななじゅうはち

出し抜きたい理由

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「いかに先輩にいい印象を与えるかが重要なんだよ」
 放課後、いつもの屋上でいつものように手鏡で自分の姿を確認するスティレンに対し、ラスは力説を始めた。
 持ち前の垂れ目を鏡からラスに向け、またかと言わんばかりに「飽きないねぇ」と溜息を吐く。
「飽きるもんか。俺はこっちの世界では絶対に先輩といちゃいちゃラブコメ的なのを目指さなきゃいけないんだ。そりゃあ先輩は奥手な感じだし恋愛沙汰には興味無さげだけどさあ…絶対出し抜いてやらないと」
「…こっちの世界?」
 ラスの言葉の一部に、スティレンはふと眉を寄せた。
 指摘を受け、ラスは「あっ」と気付く。
「まるで別から来たみたいな言い方だね」
「そ、そりゃあ…向こうの記憶を持ったままだし…」
「何さ、向こうって」
 ふわりとした髪をなびかせ、スティレンは不思議そうな顔のままでラスに聞いた。
 記憶の無い人間には、ラスの発言は謎めいたものでしかないのだ。
「…正直に話せば絶対笑われるから言わない」
「正直に言わなくても笑うから話しな」
 …何だそりゃ。
 ようやく鏡を鞄にしまうスティレンに、ラスは仕方無いなとやや勿体ぶった言い方をしながら口を開いた。
「俺らは実は別の世界から来てるんだよ」
「………」
 真面目に話し始めるラス。
 あまりにも神妙な顔をして言うものだから、スティレンは反応に困った。

 …何言ってるんだろう、こいつ?

 本気でそう思っていた。
 思考停止するスティレンに、ラスは更に畳み掛けるように話を続けていく。
「先輩は剣士なんだ。俺は先輩に憧れて後から剣士になったんだよ。んで、スティレンは俺の後から来た同じ剣士」
「…はあ」
 あまりにも現実味が無く、気の抜けた返事しか出来ない。そもそもこんな平和な世界が偽だとも思えないのだ。
 しかも剣士とか。
「前の世界の記憶を持ってるのは、どういう訳か俺以外だと、あの保健医のロシュしか居ないみたい。今の所はね…他に誰か出てくるかもしれないけど、とにかく俺はあの人から先輩を出し抜いて恋人にならなきゃいけないんだ」
 やたらと真面目な顔で言うので実はそうなのではと引き込まれてしまいそうだが、性格の悪いスティレンは鼻で笑いたくなるのをひたすら我慢していた。
 そもそも自分らが剣士だとか、まるでゲームの中の世界では無いか。そういえば最近異世界転生ものとか流行っていたなと漠然と考えてしまう。
 しかし彼の持ち物には、それ系の本は持って無いはずだ。むしろラスは陽キャでチャラ男臭い印象。そんな彼が真面目な顔で異世界転生的で、非現実的なアレの話をするとか。
「何でロシュ先生?」
「知らないよ。知りたくもない。あの人、向こうの世界じゃ先輩といい仲だったからね。だからあの人の魔の手から先輩を守らなきゃならないんだ」
 …頭がこんがらがってきた。
 スティレンはううと唸り、頭を軽く掻いた。
「リシェと?ロシュ先生が?いい仲だって?嘘だぁ、あの根暗で泣き喚けばいいと勘違いするようなリシェが?」
「本当だってば。むしろ先輩があいつにべた惚れだったんだから…」
 その時だった。
 屋上の扉が開かれたと同時に、べしゃりと音が聞こえてきた。二人は扉の方へ一緒に目線を向ける。
 そこには顔面から倒れてしまったリシェの姿。
「先輩!?」
 ラスは咄嗟に立ち上がると、すぐに彼の元に駆け付けた。ううとリシェは顔を上げながら良かった、と一言。
「い…痛いけど牛乳だけは守ったぞ」
 どうやら牛乳を飲むためにここまで来たようだ。
 ラスは体を起こすリシェを抱き締めると「うーん、間抜けだなあ先輩は…」と頬擦りをする。

 何が剣士だよ、めちゃくちゃ鈍いじゃないか。

 先程の話を引き摺っていたスティレンは、入口で顔面から倒れたリシェを見つつあれが先輩剣士かと不信感でいっぱいになっていた。
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