上 下
61 / 101
そのろくじゅう

運転手クロスレイの才能の無駄遣い

しおりを挟む
 週始めの初登校。
 行くのが面倒だなあ、とスティレンは憂鬱な気分になりながら校舎へと向かっていた。相変わらずリシェは早めの登校で、待つ事を知らないので後でみっちり怒ってやろうと考える。
 一緒の部屋ならそんな事でいちいち目くじら立てなくても良かったのにと悔やむが、今更そう思ってももうどうしようもないのだ。
 小さな通路を抜け、正面入口に出る。
「………」
 入口付近に、また白いリムジンが横付けされているのを視界の端に捉えるなり、スティレンは見なかった振りでそのまま下を向き先を急いだ。
 あいつ、また来てるし!
 その可憐な外見には全く似つかわしくない舌打ちをしつつ、苛々しながら昇降口まで急ぎ足で進んでいくが、相手はスティレンを見るやハンターのようにその姿を捉えて声を張り上げてきた。
「スッティレーン!!また来てあげたよ!ねえ、スティレン!!」
 顔も見ていないのに何故自分が分かるのか。
 確かに、自分はどの誰よりも美しくオーラがあるとは思っているが、そこまで神々しいものなのだろうか。
 自分ほど超越した存在はそうそういやしないだろう。
 彼は他人が聞けば眉を顰める自意識過剰っぷりを心の中で爆発させながらそろそろと声のした方向を振り返った。
「うふふ、やったぁ。おはよう、スティレン。こっちに来て!」
 相変わらず白いリムジンの後部座席から身を乗り出し、小悪魔の表情を振りまくサキトはスティレンに言った。
 はあ、と溜息をつき観念したようにスティレンはリムジンに近付く。朝の忙しい時間に、何故いちいち無駄な事をしたがるのだろうか。黙って自分の通う学校で大人しくすればいいのにと思わずにはいられない。
「なんなんですか」
「うっふ、ねえスティレン。また薄い本を持ってきたの。だからね、どうにかして試してみたいの。だから協力して欲しいなぁって★」
 彼はそう言うなりコレクション化している例の薄い本をぴらっと見せてきた。
 中身はカラーで肌色部分と白い部分、そして所々に黒く修正されている部分があちこちに見受けられる。前回見た時よりも酷く過激な描写となっていた。
 スティレンはめちゃくちゃ嫌そうな顔をする。
「俺がそんな事をすると思いますか!」
「僕はして欲しいよぉ?」
 きょとんとした顔をして彼は可愛らしく顔を傾けると、目をきらきらさせて「したいの!」と言い出す。
「おかしいでしょ!そもそも、何でそれを描いた人が俺の事を知ってる訳!?すっごく怖いんだけど!まさかいちいち情報をその人に垂れ流してるんじゃないだろうね!?」
 想像すると非常に怖くなってきた。
 しかしサキトは、「知ってるよぉ」と悪びれもせずに言い出す。
「だって、僕の目の前に居るもの。君の顔を知っていて、僕のファンで応援してくれる子」
「は!?」
 彼はにこにこしながらリムジンの中の後部座席と運転席側を隔てたスライド式の小窓を開けた。スティレンは呆気に取られてその様子を眺める。
 サキトは満面の笑みで、リムジンの運転席に向けて声をかけていた。
「ねっ、僕のファンで応援してくれてるよねぇ★クロスレイ!」
 スティレンはズカズカとリムジンの運転席へと走った。そこにはスーツ姿のガタイのいい男が頼りなさそうに笑い、「はい、サキト様!」と答える。
 あの汁だくの美少年の絡みの薄い本をお前のようなガチムチ男が描いて、このバカを喜ばせていたのか!とスティレンは目眩を覚えてしまった。
 どう考えてもその手のものは描けそうにない純朴そのものの外見をしているくせして。
「さ、サキト様の為なら俺は何でも」
 こいつは。
 いくら何でもしてあげるにしても、限度があるだろう。無駄に綺麗な本を作ってあげるのも、才能の無駄遣いだと何故分からないのか。
「童貞みたいな顔して…!そんなに言うなら自分とご主人様の絡みでも描いてな、このド変態!!」
 スティレンは運転手の男に対し、ありったけの侮蔑を込めて怒鳴っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

職場の後輩に溺愛されすぎて困る話

小熊井つん
BL
大型犬系寡黙後輩×三枚目常識人先輩 ただひたすら後輩にアプローチされるだけの話。 『男だけど幼馴染〜』のスピンオフ

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

処理中です...