上 下
54 / 101
そのごじゅうさん

記憶が無い恋人

しおりを挟む
 屋上は寝にくい、とむくりと起き上がるリシェ。
 梯子を使って下に降り、もう帰ろうと鞄を持って校舎内へ入る。
 夕焼けに染まった学校の中は、部活動が終わった生徒らの姿がたまに見えるくらいで人気が少ない。
 生徒の笑い声を他所に、リシェは階段を降りて昇降口を目指し進んだ。静まった昇降口のフロアに入り込んだその時、近くの保健室のスライド式の扉が開かれる。
 真っ白な白衣に身を包む優男。
 リシェはそのまま通過しようとした。見つかると多分面倒だからだ。しかし向こうはそうではなかった。
「リシェ」
 ぴくりと体を硬直させてしまう。
 半ば怯えながらその方へ顔を向けると、白衣のロシュが優しい笑みを浮かべてこちらに向け手招きしてくる。
 リシェはふるふると首を振った。
「な、何でしょう?」
 その質問に、ロシュはあなたに少しでも近付きたいんですよと返した。しかしリシェは彼には近付きたくない。
 帰らなきゃいけないし、と困惑しているリシェに、ロシュは足音を立てながら近付いてきた。
「ろ、ロシュさま」
 ロシュの名を呼びながら、リシェは何故かまた様付けをしている事に気付く。
「…ああ、やはり癖がついているのですね、リシェ?あなたは私をよくそう呼んでくれていたのですよ。私の為にいつも側で働いてくれて…」
「??」
 やはり記憶が全く無いリシェには、彼の言っている意味がよく分からない。
 困惑しながらロシュを見上げていると、別の方向からけたたましい音を上げながらこちらに何かが近付いてくる。
 ロシュはその音すら無視し、リシェの頰に指先を滑らせてきた。つうっと優しく指で撫でられ、敏感なリシェはびくんと小さな反応を示した。
「あっ、やめっ」
「敏感なのも変わらないのに、記憶が無いなんて。私はとても寂しく思いますよ、リシェ」
 ひいい、と怯えて縮こまっている彼の反応に、ロシュはぞくぞくしていた。
「さあ、リシェ。保健室に行ってこの続きを」
 沢山可愛がって思い出させてあげる、と自信たっぷりの笑みを浮かべていると、そうはさせるもんかという声が飛んできた。
「先輩っ!その変態から離れて!」
「ら、ラス」
 また邪魔をされ、不愉快そうな顔で駆けつけてきたラスを見る。
 流石に元々短気な彼は苛立っていた。
 何度邪魔をするのか、と。
「またあなたですか」
 溜息混じりにロシュはラスに言う。
「こっちの世界では絶対に先輩をあんたに渡さない!向こうで一人占めにしてきたくせに、こっち側でも一人占めしようなんて許さないからな!」
 彼はリシェの腕を掴むと自分の側に引き寄せ、守るように後ろに下げた。
 一体何の話をしているのかまるで分からないリシェはきょとんとしながら二人を見上げている。
「向こう?一人占め?どういう意味だ?」
 背後でラスに問うリシェ。
 だが「先輩は知らなくてもいいんです!」と返す。
「ふふ、リシェには知られたくないのでしょうね。あなたには不利な話ですから。リシェは知りたそうにしていますけど」
 まるで物語の悪役の如く、ロシュは意地悪そうにラスに言った。リシェは不安そうな表情でロシュを見上げ、次の言葉を待つように黙っていた。
「私達は元々別の世界では恋人同士だったんですよ、リシェ。あなたは記憶が無いようですが、私と固く結ばれていたのです。だからあなたは自然と私を様付けで呼んでいた。私に忠誠を誓って仕えていたのですから」
「…先輩、帰りましょう!この人の言う事を信じちゃダメだ!」
 自分の言っていた事が嘘だとバレたくなくて、ラスはリシェの腕を掴み来た道を戻ろうと引っ張った。
 意味が分からないままのリシェは「え?何?どういう事」とラスに問う。

 いやだ、知られたくない。
 知られたら先輩があっちに行ってしまう。

 ラスはそのままリシェを強引に引っ張り、急いでロシュから逃げる。
「私はあなたを諦めませんよ、リシェ。こちら側でも沢山愛し合いましょうね」
 へ…?と目に怯えた色を映すリシェ。
 意味がさっぱり分からない。話が見えず、リシェはラスに手を引かれるまま混乱していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

処理中です...