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そのごじゅういち

好きで好きで堪らないと必死に訴える

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 外に出てもいちゃいちゃ、部屋に戻ってもいちゃいちゃと鬱陶しいラスに、リシェは「引っ付いてくるな!」と遂に怒り出した。
 これまでくっついても無反応だったので、大丈夫なのだろうと思っていたラスは駄目ですか?と悪びれずに問う。
「駄目だ!動きにくいじゃないか!」
 怒る顔ですら愛おしいと思ってしまうのは、相手の事が好き過ぎて好き過ぎて堪らないせいなのだろう。
 ラスは軽く頰を膨らませながら「先輩」と返す。
「先輩が何かして欲しいなら俺が動きますよ」
「いらん!」
「何かあったら大変じゃないですかあ」
「部屋の中で何か大変な事なんか起きるものか!」
 その発言に、ラスは何故か顔を赤く染めた。
 そして恍惚感に満ち溢れた表情を見せる。顔を赤くする意味が全くもって分からないリシェは、何してるんだよと不審そうに聞いた。
「部屋の中の大変な事って…ほら、そのうちもっと仲良くなる可能性だってあったりしちゃったりするじゃないですかあ。俺、先輩を優しくするつもりだけど乱暴に扱っちゃうかもしれないし…それで先輩が動けなくなったりすると大変でしょう?だからその時は俺が先輩の代わりに」
「よく妄想だけでそこまで考えられるものだ。俺はお前に対してそんな気は全く無いぞ。お前が絡みついてくるのを放置するのだって、振り解けば解くだけ余計に絡みついてくるから無視してるだけだ」
 非情なリシェの言葉を聞きながら、ラスは元の世界の彼の言い方にまるでそっくりだと少し感動した。
 だが冷たいリシェは更に追い討ちをかける。
「分かったか?だから俺にあまり触ってくるな」
「さ、触るなって…先輩、そんなのあんまりだ。俺は先輩が好きで好きで堪らないのに。これだけ近くに居るのに触れないなんて生殺しじゃないですか。ずっと憧れてたのに絡めないとか酷いです」
 しょんぼりするラスを、リシェは鬱陶しそうに見ると「本気で言ってるのか?」と問う。
 まだあどけなさが残る顔をむくれさせ、ラスは「本気ですよ」と返した。じゃなければ無理矢理ルームメイトにはならないでしょ、と。
「俺は先輩と恋人になりたいんです。その為には多少強引な事だってします!あなたが俺に振り向いてくれるまで何度も何度もぶつかりますから!」
 ずいっとラスはリシェに迫るように言い退け、近付いてきた。一方でリシェはつい座りながら後退りしてしまう。
 …何でこいつはこうなのだ、と内心嘆くリシェ。
「お前位のレベルなら他でも選び放題だし、いいじゃないか!何で俺なんだよ!俺を選んでも何の意味も無いぞ!」
「嫌だ、先輩だからいいんです!先輩じゃないと嫌!あなただから意味があるんだ!好きです!!俺は先輩が好き!大好き!元の世界からずっと先輩の事しか見てないのに、ここに来てあなたは諦めろって言うんですか!」
 めちゃくちゃ直球で告白してくるラスに、リシェは全身の力が抜けてしまう。むしろ何が彼をここまで駆り立ててくるのか、恐怖すら感じてきた。
 ラスもラスで、感情的になったとはいえ自分の発言に恥ずかしくなってしまう。
「絶対諦めたくない」
 頭の中が混乱してきた。
 ぐるぐる回る脳内をどうにか落ち着かせようと、リシェは平静を保とうとする。
「せ、先輩がその気がなくても、そのうちそうさせてあげるから。だっ…だからっ、覚えておいて下さい!!」
 彼は恥ずかしさが限界にきたのか、部屋に居づらくなったのかそのまま立ち上がって室内から足早に去っていく。
 ばたんと扉が閉じられた後、猛ダッシュで廊下を走る足音がした。
 リシェはぽかんと口を開けて呆然としていたが、しばらくすると近くで凄まじい音が耳に届いた。
「?」
 ドスン!!ゴロゴロゴロと何かが転がっていく音。そしてバーン!!という衝突したような音。
 リシェは何事かとつい部屋から飛び出した。
 他の寮生もその激しい音に気付き、部屋から顔をだしたり姿を見せたりしている。
 不思議そうに音が聞こえてきた方に近付き、その原因を見つけるなりリシェは「ラス」と名前を呼んでいた。
 階段の踊り場で倒れている彼は、打ちつけられた体を丸め痛そうな顔を見せている。
 どうやら階段で足をもつれさせてすっ転んでしまったらしい。
「馬鹿なのかお前は」
 階段を降り、リシェは彼の体を起こした。
「ううう…恥ずかしくて逃げ出そうとしたのに」
 リシェは野次馬にちらりと顔を向けると、彼らに「こいつが勝手に転んだだけだ。部屋に戻れ」と追い払う。
 再びしんと静まり返った廊下。
 リシェは面倒そうに溜息を吐くと、立てるか?とラスに聞いた。
「大丈夫です。大丈夫だから、一人にして下さい」
 あまりにも恥ずかしくて、リシェの顔を見れなかった。あれだけ激しく告白したのに、居たたまれなくて逃げ出そうとしたら階段で転ぶなんて。
 彼は俯きながら首を振る。
「恥ずかしいんです。だから」
「今から出てどこに行く気だ。ほら、部屋に戻るぞ」
「やだ。先輩、俺、めちゃくちゃカッコ悪いじゃないですか」
 リシェはラスに向き合うと、ああもうと声を荒げた。
 黒い髪と同じ色の瞳で真っ直ぐ自分を見てくるリシェに対し、やはりどきりとしてしまう単純な自分も嫌だ。
「面倒な奴だ」
 彼はそう言うと、ラスの顔に手を当てる。
 想像もしていなかった行動に、ラスは一瞬硬直してしまう。かなりの至近距離で見るリシェの顔に、ラスは心臓が高鳴る間もなく唇にしっとりと温かい感触がした。
 薄暗い階段の照明に照らされた二人の影は、少しの間だけ重なった後で離れる。
「へ…っ?」
 リシェはすっと立ち上がると、ムッとしたような顔をラスに見せて「帰るぞ」と告げた。
 唇の感触に、ラスはぽかんとして意外そうに相手を見上げる。いきなりの事に、情報が全く追いついてこない。
「先輩…?今、俺にキス」
「お前がいちいちうるさいからだ!さっさと部屋に戻るぞ」
 もうしないからな!と顔を真っ赤にするリシェは、ラスを置いてさっさと部屋へと戻る。
 …先輩が、先輩が!!嘘だっ、俺にキスしてきた!?夢みたい…!!
 夢なら覚めないで欲しい。まさかの展開に、その場で彼はゴロゴロと床に転がってしまう。
 予想もしない出来事に、ラスは自分の口を押さえて顔を熱くさせていた。
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