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そのさんじゅうはち

ドMとドSの不毛な争い

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 他の職員達の姿も次第に無くなって来た夕方近く。
 オレンジ色の夕焼けの光が職員室を包み込んだ頃、残っていた仕事がようやくひと段落つきようやくオーギュスティンは帰り支度を始める。
 鞄に書類やペンケースを詰めていると、カラカラと扉が開く音がした。
「あー…疲れたぁ」
「おや…今終わったんですか、部活?」
 やや乱れたジャージ姿のヴェスカが肩を揉みながら職員室に入ってきた。彼はオーギュスティンがまだ居残っていた事に驚き、ははあとにんまりと笑う。
 片付けているオーギュスティンに近づきながら「まさか俺を待っててくれてた?」と問いかけた。
 よく物事を前向きに捉える事が出来るものだと思いながら、そんな訳ないでしょ…と呆れる。
「仕事が溜まっていたので捌いていただけですよ…ってか、汗臭っ!!暑苦しいですね!」
 近付くヴェスカ。
 潔癖なオーギュスティンは、側にやって来たヴェスカに失礼な暴言を吐いた。
「仕方無ぇだろー!?汗だくで部活してたんだからさあ」
 職員室にシャワーがあればいいんだけどなと膨れた。
「あんたもたまには運動してみるといい。この細い腕とか鍛えた方がいいぞ」
 余計なお世話だと言いたくなる。
 すぐ目の前に立ち、馴れ馴れしい態度でヴェスカはオーギュスティンの腕を取った。
 何…と目を見開き驚いた顔を露わにするが、不躾な体育教師は気にもとめず「ふうん」と手触りを確かめてきた。
 スーツの腕をがっちりと掴み上げ、まじまじとその細さを眺めると、おもむろにオーギュスティンの背中に空いた手を回して引き寄せてくる。
 はっ…!?と息を飲み、相手を見上げると、双方の視線がぶつかり合う。
 完全に抱き締められる形になり、オーギュスティンは変な違和感を覚えてしまい焦りを見せつつ抵抗する。
 いとも簡単にヴェスカの腕に収まってしまった自分の間抜けさを呪いたくなった。
「んなあっ!?な、何ですか!?やめて下さい!」
「あんたは本当に危機感が無いなあ」
 にこにこと無邪気な笑顔で密着してくるが、その目の奥には猛獣的な何かを感じさせてくる。
 その一方で、オーギュスティンは必死に足掻き首を振りながら身を押し付けてくるヴェスカを引き離そうとしていた。
「誰か来たらっ、誤解されちゃいます!」
「おー、上等だ。バレたら気楽だろ?…でももうここには誰も来ねぇよ。遅いからな」
 叫んでも誰も来ないぞ、と意味深な言葉をぶつける。
「う…離して下さいっ、変な気を起こさないで!やめなさいっ、やめ…!」
 オーギュスティンを抱き締めたままヴェスカは彼の頭を優しく撫でてやると、急に髪を掴み強制的に上に向けさせる。
 優しい手つきからの荒々しい仕草に、オーギュスティンは何故かぞくんと身震いした。
「あ…っ!はあっ、や、やめ」
「…ははあ、なるほどね。納得納得」
「え…っ?」
「あんた、凄いドMだろ?」
「は…っ?何を、言ってる」
 ぞわりと体内の血が熱く循環していくのを感じた。そんな訳ないだろうと頭の中で否定する。しかしヴェスカは追い打ちをかけるかのように「嘘つけ」と囁いた。
「あんたは生粋のドMだ。現に俺の手つきでめちゃくちゃ感じてる風だからな。俺は底なしのSだから分かるんだよ。だってあんたみたいなのを可愛がりたくなるもん」
 違うと言うものの、細かに震えるオーギュスティンの唇がそれを良く物語っていた。
「かっ…可愛がりたく、なるですって?」
「俺らは相性いいと思うよ?かーなーりしっくり来る。どうかなあ、自分で言うのもなんだけど俺相当あんたを満足させられると思うんだよ」
「………」
「いや、むしろ前世とかであんたをひいひい言わせてたような気がしてくる。ヴェスカ様とか呼ばれておねだりされてた気もするわ」
 話を聞きながら、オーギュスティンはこいつは馬鹿な上にとんでもない妄想癖があるのかと混乱していた。
 私がこいつを様付け呼びだと?ふざけているのか、と。
「そ、それは無いです。絶対、ない。あなたを様付けで呼ぶ位ならその辺の虫と結婚した方がましですから。無いですよ、あなたに私がへり下るなんて。おぞましい。よりによって何であなたなんかに」
 めちゃくちゃ否定の言葉を返した。
 ありったけ馬鹿にしながら。
「いいや、絶対!!俺はあんたをめちゃくちゃ抱いたね!前世で!!泣きながらヴェスカ様お願いしますって!夜な夜な抱いてくれってせがんでたはずだ!!」
「そんな訳ないでしょう!わ、私があなたにそんな馬鹿げた事を言うはずがない!無いです!絶対無い!地球が壊れようともあなたに頭を下げてなんて有り得ませんから!無理無理、いや無理!!」
 お互い意見を譲らない。
 絶対そうだっと断言するヴェスカと、それをひたすら否定するオーギュスティンの不毛な言い争いは、それから延々と続き日が落ちるまで続いていた。
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