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そのに

いや、こちらにも(ロシュ)

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 見慣れぬ姿にも次第に慣れてきた。
 真っ白な白衣に身を包む保健医の男は、その持ち前の美貌を生徒達に惜しげも無く振り撒いては女性教師だけではなくまだ幼い面影を持つ男子生徒をも魅了する。
 何故このような状況に陥ってしまったのかは分からないが、折角知らない世界を見れるのだ。神様からの粋な計らいなのだろうと気持ちを切り替える事にした。
 いつものしがらみから解放され、今は一般民の立場なのだ。全てが自分と対等。
 それなら、普段押さえいる自分をさらけ出しても一向に構わないという事。
 優男風の顔は、いつになく妖しい笑みに溢れていた。

「ロシュ先生」
 先生と呼ばれるには少し抵抗を感じるものの、この世界では慣れないといけない。
 アストレーゼン学園、職員室内。
 自分の宛てがわれたデスクで軽くお茶を啜っていた保健医ロシュはその低めの声に反応した。
 はあいと愛想良く彼は声のした方へ顔を向ける。その先には同じ年頃の男性教師が書類や名簿を抱えながら立っていた。
「おや、オーギュスティン先生。滅多に話しかけてこないのに珍しいですね」
 からかうような口調でロシュは相手に問う。
 自分は彼の事を良く知っていた。何しろ、(向こう)では彼は唯一無二の信頼出来る相棒なのだ。それがこちらではお互いにいがみ合っている間柄とは皮肉なものだった。
 まるで少年時代の頃の延長ではないか、と。
「うちの生徒を変にたぶらかすのはくれぐれもしないようにって注意しましたよね」
「んん?…ああ、聞いたような気がしますねえ…」
 思い出せそうで思い出せない。
 自分からではなく、何もしなくても言い寄ってくる者も多々居る為に軽くからかってあしらう程度だが、それでも堅物なオーギュスティンには眉を顰めてしまうようだ。
「やめろと言っているのに何故あなたはそうなんです。生徒から多々相談される身にもなって下さいよ」
 眼鏡の奥の切れ長の目が怒るのを、ロシュははね除けるかのようにくすりと笑いを含みながら「どうもこうも」と返事をした。
 座っている椅子を軽く軋ませ、困った表情で続ける。
「向こうから来ますからねぇ…でも特に何もしてませんよぉ。色々面倒になるのが怖いですから。それに」
 かっちりとした暗めのグレーのスーツを着込んだ真面目な教師に対し、ロシュはやや嫌味っぽく言った。
「別に好きでも無い人を相手をしても面白くないのでね」
 その言葉は、堅物過ぎるオーギュスティンを苛立たせるには十分だった。
「あんたは本当に最悪ですね」
 怒りを押さえながら彼はロシュを見下す。
 だがロシュはにこやかな天使の微笑みを向けた。
「ふふ、褒め言葉ですか?」
「暴言を褒め言葉に受け取れる位ひねくれているのは分かりますがね。あんたの遊び心に生徒を付き合わせるのは褒められたもんじゃないんですよ。その頭で少しは反省して下さい」
 悩み相談を受け入れる程、彼は生徒達から信頼されている模様だ。ロシュはオーギュらしいなとふっと微笑んだ。
 たまには悪役を演じてみたいと思っていたから、こちら側では嫌な奴に徹してみようと考えていると「聞いてますか」と怒りを押さえたオーギュスティンの声が耳に飛び込む。
「聞いてますよぉ。あなたも寂しいなら相手になってあげても構いませんよ。こう見えて私はあなたのようなプライドの塊を崩すのは得意ですし」
 …ああ、楽しい。
 自分の中のサディスティックな感情がむくむくと沸き立つのを感じながら、ロシュは彼の反応を楽しみに待つ。
「誰がっ…あんたなんかと!!!」
「あは、めちゃくちゃムキになるって事はもしかして意識してるんですか?私はいつでも構いませんよぉ。あなたの崩れ落ちる姿は退屈しなさそうですからね」
「こんなのが保健医とか信じられませんよ!」
 涼しげな顔を嫌悪感で歪ませながら、オーギュスティンはロシュに対して「あなたにはなるべく近付かないように子供達に伝えますよ」と吐き捨て立ち去った。
 彼の背中を見送りながら、ロシュは久々過ぎる感覚に身を震わせていた。
「(あぁもう、楽しい!楽しいですよぉ!!あっちでは穏やかな生活の延長だったんだもの!!もうっ、わくわくする!)」
 机に向き直り、ぞわぞわする感触に浸る。
 しばらくすると職員室の扉ががらりと開かれ、ひょこひょこと小柄な生徒が外側から入ってきた。喜びに浸っていたロシュは、その生徒を見るなりびくんと体を強張らせてしまう。
「手続きの紙持って来ました…」
 黒髪の華奢な少年。
 その幼い愛くるしさを毎日毎日愛でていた。
 ごくりとロシュは喉を鳴らし、見慣れない制服姿に興奮を抑え切れなくなる。
「りっ…」
 言いかけて、ハッと口を押さえた。
「(あぁああああ!!私の!!私の可愛いリシェ!!制服っ、学校の制服姿になっ…)」
「ロシュ先生?」
 隣で怪訝そうにしている教師は、彼の様子に心配そうに声をかけていた。
「はっ…!!な、何でもないです!!何でも!!」
「いや、でも…鼻血出てますよ?」
 指摘され、ロシュは押さえていた手をすっと離す。
 手の平は鼻血でべったりになり、白衣にまで滴り落ちていた。つい「うわああああ」と声を上げ立ち上がる。
「ほら、言わんこっちゃない!ティッシュティッシュ!」
「だ、大丈夫です!すみません、お手洗いに行ってきます!!」
 ロシュは鼻を押さえながら、情けない様子で猛ダッシュで職員室を飛び出す。
 そんな慌ただしい様子を遠目で眺めていたリシェは、無表情のままで見送っていた。
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