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そのろくじゅうはち
近付く距離と盗み聞き
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美味しいハーブティーを買った。
リシェは帰宅後、私用で街に出て買い物ついでに立ち寄ったお茶の専門店で、気に入った茶葉を購入して楽しみにしながら帰宅し、やるべき事を全て終わらせてから飲もうと決めていたのだった。
最初煮出しし、時間を置いてから氷入りの小さなコップに少しずつ注ぎ入れていく。氷が溶けるまでかき混ぜ、冷たいハーブティーの出来上がり。
爽やかな香りに包まれていると、日頃のストレスから解放されていきそうな気がする。
こんなリラックスの仕方も良さそうだなと思っていると、大浴場で湯に浸かっていたラスが部屋に戻って来た。
「先輩」
「ん」
「あれ…何の匂いですか?」
リシェはお茶が良い具合に混じり合うのを待ちながら「茶を飲もうとしていたんだ」と言った。
「へえ…」
「お前も飲むか?」
「はい!」
リシェが自分の為にお茶を入れてくれる事自体が嬉しい。
ラスはわくわくしながらリシェの勉強机の側に自分の椅子を寄せ、彼が手慣れた様子でお茶を用意するのを見守る。爽やかな香りが室内に充満してきて、その度にラスも幸せな気持ちになっていく。
今自分はめちゃくちゃ蕩けそうな顔をしているに違いない。
小さなグラスの中で薄緑色のお茶がゆっくり氷に溶かされていく。
「リラックス出来そうですね」
「ああ。日頃のストレスが発散出来るかと思ってな」
リシェは冷たくなったお茶を一口飲んだ。
「先輩…日頃のストレスって…」
そんなに毎日ストレスが溜まっているのだろうか。
ラスの指摘を受け、リシェは真顔で「ああ」と返した。
「溜まっている」
そこで基本的におめでたい脳の持ち主であるラス、顔をかあっと赤くしてしまった。熱い頰を押さえ、「せ、先輩ったら!!」と勝手に悶え始める。
リシェは眉間に軽く皺を寄せた。
「?」
「そんな、溜まってるだなんて!もう嫌だなあ、そんなにはっきり言われてしまうと俺もどうしたらいいのか」
「………」
何を言ってるんだ?とリシェは冷静に問う。一方的に勘違いをして勝手に悶えないで欲しい。
「先輩、その時は俺に遠慮しなくてもいいんですよ…一応ここは学生寮だしっ、あまり激しい事は出来ないけどっ!はぁああ、いよいよ先輩と一緒になれる時がくるだなんて」
リシェはみるみる嫌そうな表情をする。
「何を想像してるか分からないけど、俺がストレス溜まるのはお前のそういう所も含まれてるんだぞ」
「へ…!?」
不機嫌そうなリシェに気付き、ラスは焦り出した。
「せ、先輩?俺?」
戸惑うラスを見上げながら、リシェは無言で冷たくなったグラスを彼の胸元に突き出した。
「勝手に変な妄想をするな」
氷が沢山入ったグラスは、水滴を放出しながらじわじわと冷たさを増していく。
「お、俺…その、迷惑でした?」
唯一絶対的な好意を持つリシェに嫌われたくないラスは、恐る恐るリシェに聞いた。自分の存在がリシェにマイナスになるなど、考えたくもない。
嫌がられているのかと怖くなってきた。
「俺、先輩しか見えてないからつい」
リシェはふいっとラスから顔を背けて自分のグラスの中を混ぜ始めた。カラカラと氷とグラスがぶつかって、気持ちの良い音が鳴る。
「先輩ったら!何か言って下さい!」
「………」
無言を決め込むリシェ。無言になればなる程、ラスの気持ちも不安になる。
「うう…先輩、俺が嫌いなんですかぁ…」
ぐぐ、と目を閉じながら彼は嘆いた。
「こんなに大好きなのに…先輩ぃい…!」
リシェは深い溜息を吐いた。なんだこいつ、と心底思いながら実質自分の先輩である同居人を再び見上げる。
「勝手に人の気持ちを決めつけるな」
たまにどちらが年上なのか分からなくなる。
「俺はお前の無駄に変な方向に早とちりするのが苦手なだけだ。嫌いだなんて一言も言ってないのに」
まるで駄々っ子のような性格だ。自分の感情に素直過ぎて、相手をしている方は疲れてしまうだろう。なのに何故かリシェは放っておけなかった。
理由は分からない。
「………」
「早く飲め」
気付けば半泣きになるラスに、リシェは「本当にお前は面倒な奴だな」と呆れてしまった。
「だっ…て、先輩に嫌われたかもしれないって思ったから」
これ程までに単純な人間を見た事が無い。
「俺、先輩に嫌われたくない…凄く好きなんだもん…ううう」
「あぁ、もう…面倒臭い奴だなお前は!」
リシェもリシェで、ラスの悲しげな表情を見るのは何とも言えない気分になってしまう。何故こんなに気分がざわついてしまうのか自分でもよく分からなかった。
グラスを机に置き、悲壮感たっぷりのラスにぐぐっと近付く。
「……っうう」
近付いたのはいいが、この先どうしたら良いのか分からなくなってきた。全身が固まり、緊張してしまう。
ラスはきょとんとした様子で目の前のリシェを見た。
「先輩?どうしたんです?」
リシェはうぬぬと呻きながらラスの眼前まで顔を近付けると、恥ずかしくなったのか少し目を逸らした。
何をしようとしているのか。彼を慰めようとして動いてしまったのだろうか。混乱する中、リシェはラスの腕の中にすっぽり収まっていた。
「…だ、ダメだ!やっぱり俺にはこういうの向いてない!」
リシェはラスに抱き締められながら首を振ると、彼から逃れようと身動ぎする。自分から動いたくせに怖気付くという情けない構図になり、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
一方のラスはしっかりとリシェを抱き締め、ここぞとばかりに突いてくる。
「ここまで頑張ってくれたのにやめちゃうの、先輩?じゃあ俺に任せてくれますか?」
「嫌だ!!やっぱり止めだ、止め!!離せ!」
ぐねぐねと身悶えするリシェを押さえながら、ラスは「駄目」と優しく頬擦りする。大変可愛く見えたようだ。
今度はリシェが泣きそうになる。
「馬鹿馬鹿、やめろ!離せ、少し甘くしたらこれだ!」
「先輩だって自分から仕掛けてきたくせに。ここまできて止めちゃうだなんて勿体無いじゃないですか!」
ラスの指先はリシェの顎を捕らえると、ゆっくりと自分に向けさせる。弱まる彼の唇に近付けていき、満更でも無いくせにと軽く嫌味を言いながら奪おうとした。
きゅう、と目を閉じるリシェ。
すると遠くからドスドスと激しい足音が聞こえてきた。まさか、と二人は嫌な予感に神経を尖らせる。
「…だから!!盗み聞きしてる立場にもなれって言ってるでしょ!?何いちゃついてるのさ!!!」
激しく扉が開かれ、スティレンが入ってきた。
うわああ!とリシェはラスを突き飛ばすと、その拍子でごろごろと床に転げ落ちていった。
「せ、先輩…!!」
折角のチャンスが無くなり、ラスはガッカリすると同時に、あまりのリシェの転がりっぷりについ心配になる。
「ふん、残念だねラス!俺の監視下に置かれてるうちは、リシェに手出しなんてさせやしないよ!」
相変わらずめちゃくちゃな事を言う。
リシェは激しく高鳴る胸を押さえ、泣きそうになりながらスティレンを見上げると「お前も勝手に盗み聞きしてその都度部屋に入って来るな!!」と怒鳴っていた。
リシェは帰宅後、私用で街に出て買い物ついでに立ち寄ったお茶の専門店で、気に入った茶葉を購入して楽しみにしながら帰宅し、やるべき事を全て終わらせてから飲もうと決めていたのだった。
最初煮出しし、時間を置いてから氷入りの小さなコップに少しずつ注ぎ入れていく。氷が溶けるまでかき混ぜ、冷たいハーブティーの出来上がり。
爽やかな香りに包まれていると、日頃のストレスから解放されていきそうな気がする。
こんなリラックスの仕方も良さそうだなと思っていると、大浴場で湯に浸かっていたラスが部屋に戻って来た。
「先輩」
「ん」
「あれ…何の匂いですか?」
リシェはお茶が良い具合に混じり合うのを待ちながら「茶を飲もうとしていたんだ」と言った。
「へえ…」
「お前も飲むか?」
「はい!」
リシェが自分の為にお茶を入れてくれる事自体が嬉しい。
ラスはわくわくしながらリシェの勉強机の側に自分の椅子を寄せ、彼が手慣れた様子でお茶を用意するのを見守る。爽やかな香りが室内に充満してきて、その度にラスも幸せな気持ちになっていく。
今自分はめちゃくちゃ蕩けそうな顔をしているに違いない。
小さなグラスの中で薄緑色のお茶がゆっくり氷に溶かされていく。
「リラックス出来そうですね」
「ああ。日頃のストレスが発散出来るかと思ってな」
リシェは冷たくなったお茶を一口飲んだ。
「先輩…日頃のストレスって…」
そんなに毎日ストレスが溜まっているのだろうか。
ラスの指摘を受け、リシェは真顔で「ああ」と返した。
「溜まっている」
そこで基本的におめでたい脳の持ち主であるラス、顔をかあっと赤くしてしまった。熱い頰を押さえ、「せ、先輩ったら!!」と勝手に悶え始める。
リシェは眉間に軽く皺を寄せた。
「?」
「そんな、溜まってるだなんて!もう嫌だなあ、そんなにはっきり言われてしまうと俺もどうしたらいいのか」
「………」
何を言ってるんだ?とリシェは冷静に問う。一方的に勘違いをして勝手に悶えないで欲しい。
「先輩、その時は俺に遠慮しなくてもいいんですよ…一応ここは学生寮だしっ、あまり激しい事は出来ないけどっ!はぁああ、いよいよ先輩と一緒になれる時がくるだなんて」
リシェはみるみる嫌そうな表情をする。
「何を想像してるか分からないけど、俺がストレス溜まるのはお前のそういう所も含まれてるんだぞ」
「へ…!?」
不機嫌そうなリシェに気付き、ラスは焦り出した。
「せ、先輩?俺?」
戸惑うラスを見上げながら、リシェは無言で冷たくなったグラスを彼の胸元に突き出した。
「勝手に変な妄想をするな」
氷が沢山入ったグラスは、水滴を放出しながらじわじわと冷たさを増していく。
「お、俺…その、迷惑でした?」
唯一絶対的な好意を持つリシェに嫌われたくないラスは、恐る恐るリシェに聞いた。自分の存在がリシェにマイナスになるなど、考えたくもない。
嫌がられているのかと怖くなってきた。
「俺、先輩しか見えてないからつい」
リシェはふいっとラスから顔を背けて自分のグラスの中を混ぜ始めた。カラカラと氷とグラスがぶつかって、気持ちの良い音が鳴る。
「先輩ったら!何か言って下さい!」
「………」
無言を決め込むリシェ。無言になればなる程、ラスの気持ちも不安になる。
「うう…先輩、俺が嫌いなんですかぁ…」
ぐぐ、と目を閉じながら彼は嘆いた。
「こんなに大好きなのに…先輩ぃい…!」
リシェは深い溜息を吐いた。なんだこいつ、と心底思いながら実質自分の先輩である同居人を再び見上げる。
「勝手に人の気持ちを決めつけるな」
たまにどちらが年上なのか分からなくなる。
「俺はお前の無駄に変な方向に早とちりするのが苦手なだけだ。嫌いだなんて一言も言ってないのに」
まるで駄々っ子のような性格だ。自分の感情に素直過ぎて、相手をしている方は疲れてしまうだろう。なのに何故かリシェは放っておけなかった。
理由は分からない。
「………」
「早く飲め」
気付けば半泣きになるラスに、リシェは「本当にお前は面倒な奴だな」と呆れてしまった。
「だっ…て、先輩に嫌われたかもしれないって思ったから」
これ程までに単純な人間を見た事が無い。
「俺、先輩に嫌われたくない…凄く好きなんだもん…ううう」
「あぁ、もう…面倒臭い奴だなお前は!」
リシェもリシェで、ラスの悲しげな表情を見るのは何とも言えない気分になってしまう。何故こんなに気分がざわついてしまうのか自分でもよく分からなかった。
グラスを机に置き、悲壮感たっぷりのラスにぐぐっと近付く。
「……っうう」
近付いたのはいいが、この先どうしたら良いのか分からなくなってきた。全身が固まり、緊張してしまう。
ラスはきょとんとした様子で目の前のリシェを見た。
「先輩?どうしたんです?」
リシェはうぬぬと呻きながらラスの眼前まで顔を近付けると、恥ずかしくなったのか少し目を逸らした。
何をしようとしているのか。彼を慰めようとして動いてしまったのだろうか。混乱する中、リシェはラスの腕の中にすっぽり収まっていた。
「…だ、ダメだ!やっぱり俺にはこういうの向いてない!」
リシェはラスに抱き締められながら首を振ると、彼から逃れようと身動ぎする。自分から動いたくせに怖気付くという情けない構図になり、恥ずかしさで顔を真っ赤にした。
一方のラスはしっかりとリシェを抱き締め、ここぞとばかりに突いてくる。
「ここまで頑張ってくれたのにやめちゃうの、先輩?じゃあ俺に任せてくれますか?」
「嫌だ!!やっぱり止めだ、止め!!離せ!」
ぐねぐねと身悶えするリシェを押さえながら、ラスは「駄目」と優しく頬擦りする。大変可愛く見えたようだ。
今度はリシェが泣きそうになる。
「馬鹿馬鹿、やめろ!離せ、少し甘くしたらこれだ!」
「先輩だって自分から仕掛けてきたくせに。ここまできて止めちゃうだなんて勿体無いじゃないですか!」
ラスの指先はリシェの顎を捕らえると、ゆっくりと自分に向けさせる。弱まる彼の唇に近付けていき、満更でも無いくせにと軽く嫌味を言いながら奪おうとした。
きゅう、と目を閉じるリシェ。
すると遠くからドスドスと激しい足音が聞こえてきた。まさか、と二人は嫌な予感に神経を尖らせる。
「…だから!!盗み聞きしてる立場にもなれって言ってるでしょ!?何いちゃついてるのさ!!!」
激しく扉が開かれ、スティレンが入ってきた。
うわああ!とリシェはラスを突き飛ばすと、その拍子でごろごろと床に転げ落ちていった。
「せ、先輩…!!」
折角のチャンスが無くなり、ラスはガッカリすると同時に、あまりのリシェの転がりっぷりについ心配になる。
「ふん、残念だねラス!俺の監視下に置かれてるうちは、リシェに手出しなんてさせやしないよ!」
相変わらずめちゃくちゃな事を言う。
リシェは激しく高鳴る胸を押さえ、泣きそうになりながらスティレンを見上げると「お前も勝手に盗み聞きしてその都度部屋に入って来るな!!」と怒鳴っていた。
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