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2.西京

12.西京

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 雪宇軒の思いと同じように、晟紅月にとっても西京がどのような所か興味深く思っているようだった。
 「案内は任せて!12年も暮らしてたんだから」
 雪燕は胸を張り馬を連れてきた。西京は広く、人の足では到底周りきれない。それに馬に乗っても2日はかかるため、1日目は近くと北部を、2日目は南部と分けたのだった。

 「西京って古代の王朝がこぞって帝都にしたんだけどどの王朝のが見たい?」
 「んー、璐国かな」
 「分かったわ。それなら北門ね」

 暁国の前にあった王朝は璐という国だった。璐の皇帝は酒池肉林を好み臣下を寵愛するもので固めた。その結果、暁国の始祖、玄武君により誅殺されたのだった。

 西京の城門を出て北西にある璐国の城跡は建物こそ焼け落ち残っていないもののその面影は城石に今も残っている。
 玄武君が王位に着いたところから習うこの国の歴史は華やかなもので、それ以前の血なまぐさい歴史については語られない。今では西京に伝わる地方史にすぎなかった。晟紅月はその歴史を知ると深く考えこんでいるようだった。
 「だよな。玄武君も誅殺したくなるよな...」
 「うん?そうね...」
 王朝の滅亡の原因を聞いた晟紅月は何故か玄武君の心情に寄り添うようなことを言っていた。ここに来る人はだいたい璐の皇帝を侮蔑するか玄武君を褒め讃えるを言う。雪燕にとっては不思議だった。何か思い当たるところがあるのか聞きたかったが、燦々と輝く太陽は空高く上り傾き始めているのが見えた。それはかなりの時間が経ったことを表し、思考を巡らせている場合ではないことを雪燕に告げていた。

 「あ!ご飯!もう西京に戻らないと着いた頃には閉まっちゃう!」
 西京には沢山の美食が揃う。帝都の食事もかなりの美食だが、西京の味付けとは全く異なる。雪燕はどうしても食事は外せないと考えていたのだ。


 雪燕には西京料理の特徴である香辛料と辛味の効いた味と砂糖の甘さを兼ね備えたご飯を提供する店心当たりがあった。西京には大きな市場が2つあるがそのうちの1つ、西市場にある『徳蘭飯店』。ここは西京らしさがある食事を提供してくれる食事処だ。
 「ちっとも分からん...粽っぽいのがいいな」
 「やっぱり粽なのね」
 どこかへ食事を行くたびに粽が食べたいという晟紅月は本当に粽好きなのだろう。西京らしい粽というのは聞いたことがないが、主食となるものの中に具材が詰められているという部分では似た構成の食べ物ならいくつか知っている。

 晟紅月は見たことの無い食事に目を輝かせている。帝都で見る憂いを帯びた雰囲気ではなく無邪気に頬張っていた。
 「これ美味しいな。なんだこれ?」
 「肉夾饃ね」
 「これは最高...いや粽の方が...」
 肉を渦巻き状のパンで挟んで食べるものだったが、卵や野菜などを加えて挟むとまた違った味となる。この味を好きに変えられると言う点と帝都のパンと比べると固めの生地である点が晟紅月曰く粽にはない要素であるという。
 「西京からもっと遠くの北西の場所では羊肉を挟むらしいよ」
 「そうなのか?食べてみたいな...」
 と言うと、晟紅月は羨ましそう遠くの夕日を眺めていた。

 食後、燕達はお腹を落ち着かせる為に馬から降り故宮までを散歩した。晟紅月は今日1日楽しかったのか、ずっと西京のことを褒めている。
 「語気は強いがみんな優しいな...俺、西京がすごく気に入った」
 「ありがとう!でもまだ残ってるからね!」
 「あぁ、明日が楽しみだ。」
 晟紅月はもう1日が終わったのだと明日のことを考えているが、雪燕はもう1箇所、観光名所を残していたのだ。
 微妙に噛み合っていない会話に雪燕は密かに笑みを浮かべた。それほどまでに晟紅月を驚かせる自信があったのだ。何しろ西京一の名所を残しているのだ。

 「さて、今日はまだ終わっていません!もう1箇所あります!」
 「もう夕日も沈みかけたし明日でも...今からどこか行っても城門が閉まるだろ」
 西京の城門は古都にふさわしく背が高く貫禄がある。城門が閉まればネズミ1匹入ることは出来ないだろう。
 「西軍総帥邸はかつての宮城...西京一の観光名所よ?」
 「つまり、これから燕の家を見ると...」
 「そういうことよ!」
 暁国の古都である西京に残された宮城の後宮部分の1部は西軍総帥邸となり、前宮も西軍の作業場となっている。だが前宮や後宮の残りは観光名所として各地から人を集めている。
 「ところでこんな時間に入れるのか?」
 「鍵を貰ってるから大丈夫!灞水からだけど」
 最後の一言に晟紅月の表情は曇るが、今まで雪宇明達と忍び込んでもバレたことなど1度もない。心配するには及ばないのだ。
 と、思っていた。
 「燕?何してるんだい?」
 雪燕の背は凍りつきそうになったが何も返さなくては怒られるのは明白だった。
 「と...父様?奇遇ね。庭を見てたのよ」
 「目が泳いでるよ。」
 「父様が音もなく近くから!びっくりしたのよ!」
 「素直に言えば怒らないから...故宮を見せたかったんだろ」
 素直に言えば...と言われて怒らなかった試しなど1度もないが、嘘という罪を重ねるわけにもいかない。謝るしかなかった。
 「すみません、俺が止めるべきだったんです」
 「違うから!私が連れてきたの!」
 雪燕と晟紅月は庇いあいながら雪宇軒に頭を下げると頭上から笑い声が聞こえてきた。
 「ごめんね、意地悪して。燕が最後にここを持ってくるって思って新しい鍵を持ってきたんだよ」
 雪宇軒の手には雪燕が持っていた鍵とは違う鍵が握られている。
 「あれ、これじゃ開かなかったのね」
 「ほら、行っておいで。危ない場所は以前と変わっていないから。」
 「うん!父様ありがとう!」
 雪宇軒に手を振り故宮の後宮へ足を踏み入れる。そこは幾度となく入った場所だが夕日に照らされた後宮は何時もよりも赤い屋根が映え、緑の柱がより深く見えた。
 「綺麗...」
 「初見なのか?」 
 「ううん、何時もより綺麗なの」 
 何故か分からないが以前忍び込んだ時よりも故宮が美しくみえた。夕日の橙色に故宮の紅の屋根が照らされているのが映えているからなのか、晟紅月と見ているからなのかは分からないが、今までにない趣深く感じる。

 玄武君が建てたこの宮城は豪華絢爛だが2年も使われなかった。それでも当時の生活が分かる陶器や玉座は残っている。
 「なんで遷都したんだろうな、こんな立派なのに」
 「西京は西部に寄ってるから...南都の方が都合がいいんじゃないかしら」
 「それもそうだな...」
 「そういえば!こっち来てよ!」
 雪燕は晟紅月の手を取り、有無を言わさず駆けた。走った先は主殿だ。
 「ここでね、寵姫だった月妃と玄武君が結婚式したのよ!」
 「つまりこういうことだな...お嫁さん」
 晟紅月は雪燕の手をとると、そのまま口を落とした。少し揶揄うような、それでいて真剣そうな口ぶりに雪燕の顔を真っ赤になった。連れてきたのは雪燕自身のはずなのに、結婚式の真似事をしようと言おうと思っていたのに、晟紅月はそれを先回りし雪燕の頭を真っ白にさせる。いつもこうだ。
 「そうだけど...違うもん!もう帰るわよ!」
 子供のような口ぶりに晟紅月は笑っていたが、本当に置いて帰ろうとすると慌てて着いてくる。そんな晟紅月を雪燕は少し可愛く思うのだった。
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