上 下
3 / 73
1.上京

1.覇河と、

しおりを挟む
1. 覇河
5つの国が広大な領土を巡り争い、世は乱れていた時代。玄武君と呼ばれる1人の男により暁国としてひとつに纏まったのだった。暁国には帝都と副都である南都の他に4つの都市を中心に成り立っている。

そしてここは西京。西京は西部の中心都市である。
溺れてから7年が経った。 
水龍神である 灞水バスイの加護により声を失った雪燕シュェイェン雪燕は12歳になり西京で一二を争う美しさと言われるようになっていた。噂は瞬く間に広がり中央からのお役人様が雪燕の宮仕えを申し渡しに来ていた。中央からのお達しを断ることは西軍総帥の父であっても出来ないだろう。

西軍とは、東西南北中の5つの地域に分けられるのだが、西部の軍や地域を統括するものである。
そして雪燕の父、雪宇軒はその軍の総帥職につく、暁国西部の軍事の最高峰に立つ人物なのだ。

近いうちに宮仕えのために帝都へ行かなくてはならないだろう。後宮で閉じ込められ一生を終えるのは気乗りしないが、勅令に背く訳にもいかない。
(私は父様みたいになりたいのに...)
足先にある小石を蹴飛ばすとコロコロと転がり落ちていく。小石が転がった先は灞水が住む覇河の水面だった。
(あ...灞水にも言わないと)
覇河の流れに灞水を思い出した雪燕は自宅へ戻り、急いで紙に文字を書き並べたのだった。

『帝都の後宮に仕えなければならなくなった。灞水とお別れになっちゃう。友達になってくれたのに残念。ありがとう。』
紙切れを持ち、再び覇河へと走っていった。
覇川の畔に着いた雪燕は灞水を呼ぶために水面をかき混ぜる。春の河はまだ冷たく手が冷える。
「遅くなったな!」
人に化けた灞水が河から這い上がってくる。人型の灞水は銀色の髪に所々水色を持つ雪燕と同じくらいの少年の姿をしている。
先程の紙切れを手渡すとなんだと素早く紙を開くのだ。

「はぁ?!なんで急に...」
納得いかないような顔の灞水は紙を握りしめている。ごめんね、と灞水の手を取ると灞水はにんまりと笑うのだった。
「いいこと思いついた!俺、川の支配域広げる!どうせ俺が居なきゃ燕は死ぬし」
水神の川の支配域とは人間の支配とは少し異なる。川と信仰を元に生き、力を蓄える彼らにとって支配域を増やすということは信者を増やし、更に強くなることを意味している。その代償に大きな川になればなるほど、それに比例するように責任や管理といった面倒事も大きくなる。

現在、灞水の支配域は覇河だけだ。
(覇河だけなのに急に大丈夫なの?)
西京を流れる覇河から帝都を流れる運河まで翠河、黄竜河と越えて行かなければならない。雪燕が心配するのは当然のことなのだった。
「1丁前に心配してんのか?俺は強い水龍神なんだぜ。」
水神の中にも龍や蛇、魚といった神々がいる。その中でも龍神は数は少ないものの最も強いのだと灞水は勝ち誇ったようにしている。

7年のうちに過保護になった灞水は帝都まで支配する意を固めたのだった。だが、すぐに支配域を広げるほどの力はない。龍神と言えど黄竜河という広大な河を支配し信仰を得る水神には勝てるか怪しい。まずは覇川の主流にあたる翠河の支配を進めなければならないのだろう。
そして、覇河の主人である灞水と加護の契約を交わした雪燕が黄竜河、運河に近づくというのは危険なことだ。仮に悪神が治めているのであれば命を取られることなど容易に想像できる。
「ほら、手出せよ。御守りだ」
雪燕の手には護符などではなく翡翠の簪が乗せられていた。この簪は灞水が長年大切に持っていたのであろう。古代に流行した技術が使われている。
(こんな高級そうなもの...それに大切なんでしょ)
雪燕は返そうとするが断られた。なんでもこの簪は灞水が長年持っていたことで灞水の神力が篭っており、伝承などではなく本当に雪燕の身を守るものだというのだ。

「遠慮すんな!今日は俺が送ってやるから早く帰れ!」
夜になると悪鬼が出るぞと身体をぎこちなく動かし悪鬼の真似をする灞水に追われながら雪燕は帰路に着いた。

7年間歩いた道が懐かしく感じる。
生まれてからの12年、西京で暮らし街も山も大好きだがやはり覇河にはたくさんの思い出がある。
雪燕は春の覇河が1番好きだった。灞水とよく花を摘んだり、家族と舟に乗って遊んでいたのだ。
それに月に一度は雪家一族や西軍の軍人達と共に河の掃除をした。それは信仰の一環だったが、確かに楽しかった。
思い出を振り替えりながらもまっすぐと歩き続ける2人だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

あなたの婚約者は、わたしではなかったのですか?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:6,358pt お気に入り:3,982

ティラノサウルスが叫ぶまで

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:994pt お気に入り:20

ザ・ファンタジージャンル(女性向け) 短編まとめ場所

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

ぼくの言の葉がきみに舞う

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:958pt お気に入り:35

キスから始まる恋心

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,001pt お気に入り:3

神と契約した小娘2

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

処理中です...