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わだかまり
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コッペパンみたいに丸っこい雪雲が浮かぶ青空の下、次の土曜も、私は朝からユキさんのもとへ向かっていた。
とくに約束はしていないし、迷惑かなと思いつつ、もう、彼に会わないと落ち着かない自分がいた。
おかげでこの頃は、勉強にちっとも身が入らない。センター試験まであと一ヶ月を切っているというのに。
彼とのことは、もちろん母には秘密にしている。わざわざ報告する必要もないし、よく知らない男の人と毎週会っているなんて知ったら、いい顔をするはずがないから。
何かと鋭い母のことだ。ひょっとして、すでに何か勘づいていたりするだろうか。
ちょっぴり不安になりながら、アパートへたどり着いたとき、彼の部屋の前に人影を見つけた。
白いコートに、栗色のロングヘアが目を惹く女性。
とっさに、近くのブロック塀に身を潜めた。
ここからだと多少距離があるのではっきりとは分からないが、玄関の内と外で向かい合って立ち、何やら彼と仲睦まじげに話している。
しばらくすると、彼が小さく手を振ってドアを閉め――と、その一瞬をついて、女性が彼の頬のあたりに顔を近づけた。そして、何事もなかったかのように去っていく。
美女が朝帰り。別れ際のキス。ふーん、つまり、そういうこと?
こんなシーンに出くわすことって、本当にあるんだ。
考えてみれば、あのルックスであの性格なら、恋人のひとりやふたりいたって、全然おかしくない。
同じクラスにいたら、目立って騒がれはしないかもしれないが、隠れファンがいるタイプだ。絶対。
それに――そう、大人なんだし。
胸の奥で渦巻き始めたわだかまりを、並べ立てた理屈で必死に押し隠して、そっとアパートを離れた。
*
「あー、ダメだ……」
すっかり日が落ち、照明だけが煌々と照らす部屋で、もう何度目か分からない独り言を呟いて、俺は缶ビールに口をつける。
ちびちび飲み進めているつもりなのに、もう半分近く減った。
酒に弱い自覚はある。一本空けたら確実に地獄行きなので、ほどほどにしておかないと。
でもむしゃくしゃする。このわだかまりは、酒の力を借りないと忘れられそうにない。
いや、むしろ飲み始めてから余計に嫌な記憶が頭の中をぐるぐるめぐってないか?
よしっ、今日はいっそ、このまま寝てしまおう。
風呂にすら入っていないが、明日はまだバイトも休みだし、朝一でシャワーを浴びればいい。
ちょっと頭が痛い気もするけど、正体をなくすほど飲んだわけではないから、今なら意外にすんなり寝つけるかもしれない。
うん、そうしよう。
ひとり納得して、飲みかけの缶をテーブルの上に置き、ベッドへ向かおうと立ち上がったちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
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