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おじいちゃん?
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「ねぇ、お母さん。私のこと、本当に好き?」
崖っぷちに追い詰めるような一言だけ叩きつけて、家を飛び出した。
窮屈で、つまらなくて、息苦しかったから。
最初、粉砂糖みたいだった雪は、気づけばかき氷状に変わって、私をピシピシ、チクチクと刺してくる。
背中まである茶色がかった髪を、お団子にして頭の後ろでひとつにまとめているから、首もとがとてつもなく寒い。
意地悪だ。私も、母も、天気も、みんなみんな、タチが悪い。
まるで幼い子供のように、頭に浮かぶもの、目に映るものすべてにイライラしつつ、足音荒く突き進む。
じきにたどり着いたのは、馴染みの公園だった。カラフルな遊具なんて見当たらず、古びた木製のベンチと、か細く頼りない木があるだけの、殺風景な空間。
雪の積もったベンチにわざと座って、お尻と一緒に、頭も冷やそうか。
自棄になりながら敷地に足を踏み入れたとき、雪で白く縁取られた木の陰に、人がしゃがんでいるのが見えた。
丸めた背中を包むのは、青いフリース。首には、淡いベージュのマフラーを巻いている。白髪交じりの――おじいちゃん?
こんなところで、何をやっているのだろう。
「あの……」
恐る恐る近づきながら、大丈夫ですか? と尋ねようとして、はっとする。
違う。白髪じゃない。たぶん、染めてるほうだ。銀髪だ。銀髪の男の人だ。
内心であわてふためく私をよそに、男性はゆっくりと振り返る。
「はい……?」
目が合った瞬間、心臓がとくん、と脈を打った気がした。
前髪の間から覗く切れ長の目に、灰色がかった瞳。薄い唇。透き通るような肌。
少女漫画家が雪を美少年に擬人化したら、こんな感じだろうか。
なんてくだらないことを考えていたら、
「……なにか?」
あらためて問われ、ふと現実へ引き戻される。
「え……っと、何、やってるんですか?」
おじいちゃんと見間違えて心配になって声かけました、とは言えるはずもなく、しどろもどろになってしまう。
「あぁ、特に何も。暇つぶしにこれ作ってただけ」
不愛想に答えて差し出された、紺色の手袋をはめた彼の手の中には、小さな雪だるまがちょこんと収まっていた。
小石の目がふたつ埋め込まれ、口は指先で掘ったようだ。おちょぼ口の間抜けな顔が、じっとこちらを見つめている。
「ほんとはもっとでかいの作りたかったんだけど、まだそんなに積もってないし」
彼はくすんだ冬空を見上げて、退屈そうにぼやいた。
「失礼ですけど……お兄さん、いくつですか?」
「二十二」
二十二歳が雪だるま作り……
「大人が雪だるま作っちゃいけない?」
心の中で呟いたつもりだった一言は、うっかり声に出ていたらしい。
べつにダメだとは言っていない。ただ、どう足掻いても様にならないな、と思っただけで。
「そっちこそ、高校生がこんな時間にこんなところで何してんの?」
「なんで……」
高校生だって分かったんですか? と訊く前に、
「このへんじゃ結構有名な女子高のだろ? それ」
あごでしゃくりながらそう言われて、自分が制服姿のままだったことに気がついた。
当然、ジャケットもスカートも雪でぐしょぐしょだ。明日が土曜でよかった。
「何年生?」
「三年です」
「勉強しなくていいわけ?」
その一言を聞いたとたん、先ほどの怒りや苛立ち、母の渋面がよみがえってきて、たまらず顔をしかめた。
「……この世の八割くらいの人間は、付加価値で存在してると思いません?」
問いかける口調も、ぶっきらぼうになる。
「なに? 小難しいこと言うね」
バカみたいな勘違いで話しかけた赤の他人に何を説いているんだろう、と思いながらも、一度口を開いたら止まらなかった。彼がちょっぴり関心を示してくれたから、余計に。
人の価値は、相手が勝手に決めたステータスによって変わる。
例えば、学校ですごく頼りになる先輩がいたとして。画面の向こうでキラキラ輝いている憧れの芸能人がいたとして。でも、自分にその人のすべてが見えているとは限らない。見えていない、と断言してもいいだろう。
だからこそ、先輩のだらしない一面を知ったら幻滅するし、どんなに好感度抜群だった芸能人でも、スキャンダルが出たら袋叩きにされる。
所詮、都合のいいように思い込んで、つくり上げているだけなのだ。
「なるほどね。じゃあ、残りの二割は?」
それまで私の主張を黙って聞いていた彼が、疑問を投げかけてくる。
「やりたいこととか信念がはっきりしてて、そこに向かって突き進んでいく人も、中にはいるかなって。『誰になんと言われようと関係ねぇ!』みたいな。私は全然そんなんじゃないですけど。暑苦しい人、嫌いだし」
唯一の長所と言えば、人よりちょっと勉強ができることくらい。
その自覚があったから、高校に入学して以来、初めて下降した成績を見てため息をつく母に、意地悪かつ面倒くさい質問をした。
「ねぇ、お母さん。私のこと、本当に好き? 私が勉強で落ちこぼれても、見捨てないでいてくれる?」
肝心の答えは、聞かずに逃げてきてしまったけれど。
だって、だって。そんなに急激に下がったわけではないのだ。近頃は受験モードでかなり根詰めていたから、本番のために余力を残しておこうと思って、ほんの少し手を抜いただけなのに。
もう疲れた。
胸の内でぶつくさ文句を垂れていたら、
「女の子は、手首とか足首とか、『首』ってつく箇所を冷やしちゃダメらしいよ?」
彼は突然脈絡のないことを言って、ミニ雪だるまを傍らに置き、こちらに歩み寄ってくる。
反射的に警戒した瞬間、彼がマフラーを外し、私の首回りをふわりとしたあたたかさが包んだ。
驚いて見上げれば、
「首そのものすら無防備じゃん」
いたずらな微笑み。
「明日、洗って返してくれればいいから」
「えっ? あっ、あの」
戸惑う私を制止するように、彼はボトムスのポケットからスマホを取り出す。
促されて私も倣い、無料通話アプリを開くと、表示された彼のQRコードを読み取った。
なんか、流されるまま連絡先を交換してしまったぞ?
「アカネって……茜色の?」
私のユーザー名を確認したらしい彼が、尋ねてくる。
そうだ。いちいち漢字にするのが面倒だから、カタカナ表記にしていたんだ。
「いえ、全然。色彩の彩に、錦鯉の錦って書きます。読めないですよね。苗字は相原。相棒の相に、野原の原です」
読みはともかく、妙ちくりんな名前は、釣り――というか魚マニアだった父が決めたものだそうだ。金魚の中に、彩錦という品種があって、そこから取ったんだとか。
まったく。趣味に熱中するのもほどほどにしていただきたい。
「金魚が由来だからまだどうにか格好がつくけど、一歩間違えたら某国民的ロボットアニメのキャラクターですよ。キーンってやつの主役じゃないほうのヤンキー女子」
冗談めかして言う私に、彼は「たしかに国民的だけど、結構マニアックだね」と小さく吹き出し、
「ユキノ キヨチカ」
人名らしき単語を口にした。
「へっ? 何それ。芸名ですか?」
「違う違う。本名だよ。雪に野原の野に、氷に慈しむ」
あらあら。それはまた。
「なんで苗字に雪がつくのに、名前にまで氷って使うかね。俺がすっげぇ冷たい人みたい。氷を慈しむって意味分かんないし」
憤慨する彼に同情しながら、スマホに目を落とせば、彼のプロフィール名もまた、私に通ずるものがあった。胸の奥がほっこりとあたたかくなる。
「なんだか私たち、似た者同士みたいですね。――ユキさん」
すると、彼も顔をほころばせた。
「うん。俺もそう思う。お互い、キラキラネームに片足突っ込んでるし」
「画数やたら多いし」
「辞書登録しないと変換候補に出てこないし」
一通り吐き出し終えると、どちらからともなく、クスッと笑った。
「自宅からこの公園まで歩いて何分?」
ふいに訊かれ、「五分もかからないです」と答える。
「なら、うちも大丈夫だ。そんなわけで明日、家出たタイミングで連絡ちょうだい。電話で道案内するから」
「そんな回りくどいことしないで、今教えてくれればいいのに」
言うと、「それじゃあ味気ないだろ」とむくれられる。
「ついでに、いいもの見せてあげるよ」
「いいもの?」
「そう。俺の雪だるまをバカにしたこと、後悔させてやる」
しかも、なかなか根に持つらしい。意外と面倒くさいタイプか? まあそこも、お互いさまってやつだけど。
「バカにはしてません。っていうか、アヤシイ人ですね。初対面の女の子をいきなり家に誘うなんて」
「見せるだけなんだから、家の中じゃなくて、前で充分だ」
「ふうん」
単なる言い訳じゃん、というツッコミを呑み込んだ私の脇を、彼は悠々と通り過ぎていく。
「またね。キンギョちゃん」
「キンギョちゃんはやめてください」
遠ざかる背中に向かって抗議すると、彼も顔だけでこちらを振り返り、ふっと淡く微笑んだ。
「じゃあ、アカネ」
――この人、天然タラシだ。
「おしゃれでかわいくていいと思うんだけどなぁ、キンギョちゃん」
彼は惜しがりながら公園を後にする。
取り残された、私とミニ雪だるま。
「おしゃれでかわいい、か……」
でもね、知ってる? ユキさん。
金魚ってもともと、突然変異したフナをかけ合わせて、観賞用に作られたものなんだって。
だから私は、母から与えられた水槽の中で、母の思い通りに、きれいに泳ぎ続けなくちゃいけないの。
そうしないと、きっと愛されない。
「……なんてね」
責め立てるように降り続けていた雪は、いつの間にか優しさを取り戻していた。
*
これも、ナンパのうちに入るのだろうか。
玄関で靴を脱ぎながら、考える。
八割付加価値理論。
多少すれてる感じはあったけど、面白いことを言う子だなと思った。ただの通りすがりの誰か、で終わらせたくなかったのは事実だ。
彼女の考えに基づくなら、俺は残りの二割になれていたかもしれない人間で、古傷をえぐられたのが、ちょっと痛かった。
だけど、けっして嫌な痛みではなくて。
他の女の子とは、どこか違う。なんていうか、新しい変化をもたらしてくれる気がしたんだ。
崖っぷちに追い詰めるような一言だけ叩きつけて、家を飛び出した。
窮屈で、つまらなくて、息苦しかったから。
最初、粉砂糖みたいだった雪は、気づけばかき氷状に変わって、私をピシピシ、チクチクと刺してくる。
背中まである茶色がかった髪を、お団子にして頭の後ろでひとつにまとめているから、首もとがとてつもなく寒い。
意地悪だ。私も、母も、天気も、みんなみんな、タチが悪い。
まるで幼い子供のように、頭に浮かぶもの、目に映るものすべてにイライラしつつ、足音荒く突き進む。
じきにたどり着いたのは、馴染みの公園だった。カラフルな遊具なんて見当たらず、古びた木製のベンチと、か細く頼りない木があるだけの、殺風景な空間。
雪の積もったベンチにわざと座って、お尻と一緒に、頭も冷やそうか。
自棄になりながら敷地に足を踏み入れたとき、雪で白く縁取られた木の陰に、人がしゃがんでいるのが見えた。
丸めた背中を包むのは、青いフリース。首には、淡いベージュのマフラーを巻いている。白髪交じりの――おじいちゃん?
こんなところで、何をやっているのだろう。
「あの……」
恐る恐る近づきながら、大丈夫ですか? と尋ねようとして、はっとする。
違う。白髪じゃない。たぶん、染めてるほうだ。銀髪だ。銀髪の男の人だ。
内心であわてふためく私をよそに、男性はゆっくりと振り返る。
「はい……?」
目が合った瞬間、心臓がとくん、と脈を打った気がした。
前髪の間から覗く切れ長の目に、灰色がかった瞳。薄い唇。透き通るような肌。
少女漫画家が雪を美少年に擬人化したら、こんな感じだろうか。
なんてくだらないことを考えていたら、
「……なにか?」
あらためて問われ、ふと現実へ引き戻される。
「え……っと、何、やってるんですか?」
おじいちゃんと見間違えて心配になって声かけました、とは言えるはずもなく、しどろもどろになってしまう。
「あぁ、特に何も。暇つぶしにこれ作ってただけ」
不愛想に答えて差し出された、紺色の手袋をはめた彼の手の中には、小さな雪だるまがちょこんと収まっていた。
小石の目がふたつ埋め込まれ、口は指先で掘ったようだ。おちょぼ口の間抜けな顔が、じっとこちらを見つめている。
「ほんとはもっとでかいの作りたかったんだけど、まだそんなに積もってないし」
彼はくすんだ冬空を見上げて、退屈そうにぼやいた。
「失礼ですけど……お兄さん、いくつですか?」
「二十二」
二十二歳が雪だるま作り……
「大人が雪だるま作っちゃいけない?」
心の中で呟いたつもりだった一言は、うっかり声に出ていたらしい。
べつにダメだとは言っていない。ただ、どう足掻いても様にならないな、と思っただけで。
「そっちこそ、高校生がこんな時間にこんなところで何してんの?」
「なんで……」
高校生だって分かったんですか? と訊く前に、
「このへんじゃ結構有名な女子高のだろ? それ」
あごでしゃくりながらそう言われて、自分が制服姿のままだったことに気がついた。
当然、ジャケットもスカートも雪でぐしょぐしょだ。明日が土曜でよかった。
「何年生?」
「三年です」
「勉強しなくていいわけ?」
その一言を聞いたとたん、先ほどの怒りや苛立ち、母の渋面がよみがえってきて、たまらず顔をしかめた。
「……この世の八割くらいの人間は、付加価値で存在してると思いません?」
問いかける口調も、ぶっきらぼうになる。
「なに? 小難しいこと言うね」
バカみたいな勘違いで話しかけた赤の他人に何を説いているんだろう、と思いながらも、一度口を開いたら止まらなかった。彼がちょっぴり関心を示してくれたから、余計に。
人の価値は、相手が勝手に決めたステータスによって変わる。
例えば、学校ですごく頼りになる先輩がいたとして。画面の向こうでキラキラ輝いている憧れの芸能人がいたとして。でも、自分にその人のすべてが見えているとは限らない。見えていない、と断言してもいいだろう。
だからこそ、先輩のだらしない一面を知ったら幻滅するし、どんなに好感度抜群だった芸能人でも、スキャンダルが出たら袋叩きにされる。
所詮、都合のいいように思い込んで、つくり上げているだけなのだ。
「なるほどね。じゃあ、残りの二割は?」
それまで私の主張を黙って聞いていた彼が、疑問を投げかけてくる。
「やりたいこととか信念がはっきりしてて、そこに向かって突き進んでいく人も、中にはいるかなって。『誰になんと言われようと関係ねぇ!』みたいな。私は全然そんなんじゃないですけど。暑苦しい人、嫌いだし」
唯一の長所と言えば、人よりちょっと勉強ができることくらい。
その自覚があったから、高校に入学して以来、初めて下降した成績を見てため息をつく母に、意地悪かつ面倒くさい質問をした。
「ねぇ、お母さん。私のこと、本当に好き? 私が勉強で落ちこぼれても、見捨てないでいてくれる?」
肝心の答えは、聞かずに逃げてきてしまったけれど。
だって、だって。そんなに急激に下がったわけではないのだ。近頃は受験モードでかなり根詰めていたから、本番のために余力を残しておこうと思って、ほんの少し手を抜いただけなのに。
もう疲れた。
胸の内でぶつくさ文句を垂れていたら、
「女の子は、手首とか足首とか、『首』ってつく箇所を冷やしちゃダメらしいよ?」
彼は突然脈絡のないことを言って、ミニ雪だるまを傍らに置き、こちらに歩み寄ってくる。
反射的に警戒した瞬間、彼がマフラーを外し、私の首回りをふわりとしたあたたかさが包んだ。
驚いて見上げれば、
「首そのものすら無防備じゃん」
いたずらな微笑み。
「明日、洗って返してくれればいいから」
「えっ? あっ、あの」
戸惑う私を制止するように、彼はボトムスのポケットからスマホを取り出す。
促されて私も倣い、無料通話アプリを開くと、表示された彼のQRコードを読み取った。
なんか、流されるまま連絡先を交換してしまったぞ?
「アカネって……茜色の?」
私のユーザー名を確認したらしい彼が、尋ねてくる。
そうだ。いちいち漢字にするのが面倒だから、カタカナ表記にしていたんだ。
「いえ、全然。色彩の彩に、錦鯉の錦って書きます。読めないですよね。苗字は相原。相棒の相に、野原の原です」
読みはともかく、妙ちくりんな名前は、釣り――というか魚マニアだった父が決めたものだそうだ。金魚の中に、彩錦という品種があって、そこから取ったんだとか。
まったく。趣味に熱中するのもほどほどにしていただきたい。
「金魚が由来だからまだどうにか格好がつくけど、一歩間違えたら某国民的ロボットアニメのキャラクターですよ。キーンってやつの主役じゃないほうのヤンキー女子」
冗談めかして言う私に、彼は「たしかに国民的だけど、結構マニアックだね」と小さく吹き出し、
「ユキノ キヨチカ」
人名らしき単語を口にした。
「へっ? 何それ。芸名ですか?」
「違う違う。本名だよ。雪に野原の野に、氷に慈しむ」
あらあら。それはまた。
「なんで苗字に雪がつくのに、名前にまで氷って使うかね。俺がすっげぇ冷たい人みたい。氷を慈しむって意味分かんないし」
憤慨する彼に同情しながら、スマホに目を落とせば、彼のプロフィール名もまた、私に通ずるものがあった。胸の奥がほっこりとあたたかくなる。
「なんだか私たち、似た者同士みたいですね。――ユキさん」
すると、彼も顔をほころばせた。
「うん。俺もそう思う。お互い、キラキラネームに片足突っ込んでるし」
「画数やたら多いし」
「辞書登録しないと変換候補に出てこないし」
一通り吐き出し終えると、どちらからともなく、クスッと笑った。
「自宅からこの公園まで歩いて何分?」
ふいに訊かれ、「五分もかからないです」と答える。
「なら、うちも大丈夫だ。そんなわけで明日、家出たタイミングで連絡ちょうだい。電話で道案内するから」
「そんな回りくどいことしないで、今教えてくれればいいのに」
言うと、「それじゃあ味気ないだろ」とむくれられる。
「ついでに、いいもの見せてあげるよ」
「いいもの?」
「そう。俺の雪だるまをバカにしたこと、後悔させてやる」
しかも、なかなか根に持つらしい。意外と面倒くさいタイプか? まあそこも、お互いさまってやつだけど。
「バカにはしてません。っていうか、アヤシイ人ですね。初対面の女の子をいきなり家に誘うなんて」
「見せるだけなんだから、家の中じゃなくて、前で充分だ」
「ふうん」
単なる言い訳じゃん、というツッコミを呑み込んだ私の脇を、彼は悠々と通り過ぎていく。
「またね。キンギョちゃん」
「キンギョちゃんはやめてください」
遠ざかる背中に向かって抗議すると、彼も顔だけでこちらを振り返り、ふっと淡く微笑んだ。
「じゃあ、アカネ」
――この人、天然タラシだ。
「おしゃれでかわいくていいと思うんだけどなぁ、キンギョちゃん」
彼は惜しがりながら公園を後にする。
取り残された、私とミニ雪だるま。
「おしゃれでかわいい、か……」
でもね、知ってる? ユキさん。
金魚ってもともと、突然変異したフナをかけ合わせて、観賞用に作られたものなんだって。
だから私は、母から与えられた水槽の中で、母の思い通りに、きれいに泳ぎ続けなくちゃいけないの。
そうしないと、きっと愛されない。
「……なんてね」
責め立てるように降り続けていた雪は、いつの間にか優しさを取り戻していた。
*
これも、ナンパのうちに入るのだろうか。
玄関で靴を脱ぎながら、考える。
八割付加価値理論。
多少すれてる感じはあったけど、面白いことを言う子だなと思った。ただの通りすがりの誰か、で終わらせたくなかったのは事実だ。
彼女の考えに基づくなら、俺は残りの二割になれていたかもしれない人間で、古傷をえぐられたのが、ちょっと痛かった。
だけど、けっして嫌な痛みではなくて。
他の女の子とは、どこか違う。なんていうか、新しい変化をもたらしてくれる気がしたんだ。
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