1 / 8
おじいちゃん?
しおりを挟む
「ねぇ、お母さん。私のこと、本当に好き?」
崖っぷちに追い詰めるような一言だけ叩きつけて、家を飛び出した。
窮屈で、つまらなくて、息苦しかったから。
最初、粉砂糖みたいだった雪は、気づけばかき氷状に変わって、私をピシピシ、チクチクと刺してくる。
背中まである茶色がかった髪を、お団子にして頭の後ろでひとつにまとめているから、首もとがとてつもなく寒い。
意地悪だ。私も、母も、天気も、みんなみんな、タチが悪い。
まるで幼い子供のように、頭に浮かぶもの、目に映るものすべてにイライラしつつ、足音荒く突き進む。
じきにたどり着いたのは、馴染みの公園だった。カラフルな遊具なんて見当たらず、古びた木製のベンチと、か細く頼りない木があるだけの、殺風景な空間。
雪の積もったベンチにわざと座って、お尻と一緒に、頭も冷やそうか。
自棄になりながら敷地に足を踏み入れたとき、雪で白く縁取られた木の陰に、人がしゃがんでいるのが見えた。
丸めた背中を包むのは、青いフリース。首には、淡いベージュのマフラーを巻いている。白髪交じりの――おじいちゃん?
こんなところで、何をやっているのだろう。
「あの……」
恐る恐る近づきながら、大丈夫ですか? と尋ねようとして、はっとする。
違う。白髪じゃない。たぶん、染めてるほうだ。銀髪だ。銀髪の男の人だ。
内心であわてふためく私をよそに、男性はゆっくりと振り返る。
「はい……?」
目が合った瞬間、心臓がとくん、と脈を打った気がした。
前髪の間から覗く切れ長の目に、灰色がかった瞳。薄い唇。透き通るような肌。
少女漫画家が雪を美少年に擬人化したら、こんな感じだろうか。
なんてくだらないことを考えていたら、
「……なにか?」
あらためて問われ、ふと現実へ引き戻される。
「え……っと、何、やってるんですか?」
おじいちゃんと見間違えて心配になって声かけました、とは言えるはずもなく、しどろもどろになってしまう。
「あぁ、特に何も。暇つぶしにこれ作ってただけ」
不愛想に答えて差し出された、紺色の手袋をはめた彼の手の中には、小さな雪だるまがちょこんと収まっていた。
小石の目がふたつ埋め込まれ、口は指先で掘ったようだ。おちょぼ口の間抜けな顔が、じっとこちらを見つめている。
「ほんとはもっとでかいの作りたかったんだけど、まだそんなに積もってないし」
彼はくすんだ冬空を見上げて、退屈そうにぼやいた。
「失礼ですけど……お兄さん、いくつですか?」
「二十二」
二十二歳が雪だるま作り……
「大人が雪だるま作っちゃいけない?」
心の中で呟いたつもりだった一言は、うっかり声に出ていたらしい。
べつにダメだとは言っていない。ただ、どう足掻いても様にならないな、と思っただけで。
「そっちこそ、高校生がこんな時間にこんなところで何してんの?」
「なんで……」
高校生だって分かったんですか? と訊く前に、
「このへんじゃ結構有名な女子高のだろ? それ」
あごでしゃくりながらそう言われて、自分が制服姿のままだったことに気がついた。
当然、ジャケットもスカートも雪でぐしょぐしょだ。明日が土曜でよかった。
「何年生?」
「三年です」
「勉強しなくていいわけ?」
その一言を聞いたとたん、先ほどの怒りや苛立ち、母の渋面がよみがえってきて、たまらず顔をしかめた。
「……この世の八割くらいの人間は、付加価値で存在してると思いません?」
問いかける口調も、ぶっきらぼうになる。
「なに? 小難しいこと言うね」
バカみたいな勘違いで話しかけた赤の他人に何を説いているんだろう、と思いながらも、一度口を開いたら止まらなかった。彼がちょっぴり関心を示してくれたから、余計に。
人の価値は、相手が勝手に決めたステータスによって変わる。
例えば、学校ですごく頼りになる先輩がいたとして。画面の向こうでキラキラ輝いている憧れの芸能人がいたとして。でも、自分にその人のすべてが見えているとは限らない。見えていない、と断言してもいいだろう。
だからこそ、先輩のだらしない一面を知ったら幻滅するし、どんなに好感度抜群だった芸能人でも、スキャンダルが出たら袋叩きにされる。
所詮、都合のいいように思い込んで、つくり上げているだけなのだ。
「なるほどね。じゃあ、残りの二割は?」
それまで私の主張を黙って聞いていた彼が、疑問を投げかけてくる。
「やりたいこととか信念がはっきりしてて、そこに向かって突き進んでいく人も、中にはいるかなって。『誰になんと言われようと関係ねぇ!』みたいな。私は全然そんなんじゃないですけど。暑苦しい人、嫌いだし」
唯一の長所と言えば、人よりちょっと勉強ができることくらい。
その自覚があったから、高校に入学して以来、初めて下降した成績を見てため息をつく母に、意地悪かつ面倒くさい質問をした。
「ねぇ、お母さん。私のこと、本当に好き? 私が勉強で落ちこぼれても、見捨てないでいてくれる?」
肝心の答えは、聞かずに逃げてきてしまったけれど。
だって、だって。そんなに急激に下がったわけではないのだ。近頃は受験モードでかなり根詰めていたから、本番のために余力を残しておこうと思って、ほんの少し手を抜いただけなのに。
もう疲れた。
胸の内でぶつくさ文句を垂れていたら、
「女の子は、手首とか足首とか、『首』ってつく箇所を冷やしちゃダメらしいよ?」
彼は突然脈絡のないことを言って、ミニ雪だるまを傍らに置き、こちらに歩み寄ってくる。
反射的に警戒した瞬間、彼がマフラーを外し、私の首回りをふわりとしたあたたかさが包んだ。
驚いて見上げれば、
「首そのものすら無防備じゃん」
いたずらな微笑み。
「明日、洗って返してくれればいいから」
「えっ? あっ、あの」
戸惑う私を制止するように、彼はボトムスのポケットからスマホを取り出す。
促されて私も倣い、無料通話アプリを開くと、表示された彼のQRコードを読み取った。
なんか、流されるまま連絡先を交換してしまったぞ?
「アカネって……茜色の?」
私のユーザー名を確認したらしい彼が、尋ねてくる。
そうだ。いちいち漢字にするのが面倒だから、カタカナ表記にしていたんだ。
「いえ、全然。色彩の彩に、錦鯉の錦って書きます。読めないですよね。苗字は相原。相棒の相に、野原の原です」
読みはともかく、妙ちくりんな名前は、釣り――というか魚マニアだった父が決めたものだそうだ。金魚の中に、彩錦という品種があって、そこから取ったんだとか。
まったく。趣味に熱中するのもほどほどにしていただきたい。
「金魚が由来だからまだどうにか格好がつくけど、一歩間違えたら某国民的ロボットアニメのキャラクターですよ。キーンってやつの主役じゃないほうのヤンキー女子」
冗談めかして言う私に、彼は「たしかに国民的だけど、結構マニアックだね」と小さく吹き出し、
「ユキノ キヨチカ」
人名らしき単語を口にした。
「へっ? 何それ。芸名ですか?」
「違う違う。本名だよ。雪に野原の野に、氷に慈しむ」
あらあら。それはまた。
「なんで苗字に雪がつくのに、名前にまで氷って使うかね。俺がすっげぇ冷たい人みたい。氷を慈しむって意味分かんないし」
憤慨する彼に同情しながら、スマホに目を落とせば、彼のプロフィール名もまた、私に通ずるものがあった。胸の奥がほっこりとあたたかくなる。
「なんだか私たち、似た者同士みたいですね。――ユキさん」
すると、彼も顔をほころばせた。
「うん。俺もそう思う。お互い、キラキラネームに片足突っ込んでるし」
「画数やたら多いし」
「辞書登録しないと変換候補に出てこないし」
一通り吐き出し終えると、どちらからともなく、クスッと笑った。
「自宅からこの公園まで歩いて何分?」
ふいに訊かれ、「五分もかからないです」と答える。
「なら、うちも大丈夫だ。そんなわけで明日、家出たタイミングで連絡ちょうだい。電話で道案内するから」
「そんな回りくどいことしないで、今教えてくれればいいのに」
言うと、「それじゃあ味気ないだろ」とむくれられる。
「ついでに、いいもの見せてあげるよ」
「いいもの?」
「そう。俺の雪だるまをバカにしたこと、後悔させてやる」
しかも、なかなか根に持つらしい。意外と面倒くさいタイプか? まあそこも、お互いさまってやつだけど。
「バカにはしてません。っていうか、アヤシイ人ですね。初対面の女の子をいきなり家に誘うなんて」
「見せるだけなんだから、家の中じゃなくて、前で充分だ」
「ふうん」
単なる言い訳じゃん、というツッコミを呑み込んだ私の脇を、彼は悠々と通り過ぎていく。
「またね。キンギョちゃん」
「キンギョちゃんはやめてください」
遠ざかる背中に向かって抗議すると、彼も顔だけでこちらを振り返り、ふっと淡く微笑んだ。
「じゃあ、アカネ」
――この人、天然タラシだ。
「おしゃれでかわいくていいと思うんだけどなぁ、キンギョちゃん」
彼は惜しがりながら公園を後にする。
取り残された、私とミニ雪だるま。
「おしゃれでかわいい、か……」
でもね、知ってる? ユキさん。
金魚ってもともと、突然変異したフナをかけ合わせて、観賞用に作られたものなんだって。
だから私は、母から与えられた水槽の中で、母の思い通りに、きれいに泳ぎ続けなくちゃいけないの。
そうしないと、きっと愛されない。
「……なんてね」
責め立てるように降り続けていた雪は、いつの間にか優しさを取り戻していた。
*
これも、ナンパのうちに入るのだろうか。
玄関で靴を脱ぎながら、考える。
八割付加価値理論。
多少すれてる感じはあったけど、面白いことを言う子だなと思った。ただの通りすがりの誰か、で終わらせたくなかったのは事実だ。
彼女の考えに基づくなら、俺は残りの二割になれていたかもしれない人間で、古傷をえぐられたのが、ちょっと痛かった。
だけど、けっして嫌な痛みではなくて。
他の女の子とは、どこか違う。なんていうか、新しい変化をもたらしてくれる気がしたんだ。
崖っぷちに追い詰めるような一言だけ叩きつけて、家を飛び出した。
窮屈で、つまらなくて、息苦しかったから。
最初、粉砂糖みたいだった雪は、気づけばかき氷状に変わって、私をピシピシ、チクチクと刺してくる。
背中まである茶色がかった髪を、お団子にして頭の後ろでひとつにまとめているから、首もとがとてつもなく寒い。
意地悪だ。私も、母も、天気も、みんなみんな、タチが悪い。
まるで幼い子供のように、頭に浮かぶもの、目に映るものすべてにイライラしつつ、足音荒く突き進む。
じきにたどり着いたのは、馴染みの公園だった。カラフルな遊具なんて見当たらず、古びた木製のベンチと、か細く頼りない木があるだけの、殺風景な空間。
雪の積もったベンチにわざと座って、お尻と一緒に、頭も冷やそうか。
自棄になりながら敷地に足を踏み入れたとき、雪で白く縁取られた木の陰に、人がしゃがんでいるのが見えた。
丸めた背中を包むのは、青いフリース。首には、淡いベージュのマフラーを巻いている。白髪交じりの――おじいちゃん?
こんなところで、何をやっているのだろう。
「あの……」
恐る恐る近づきながら、大丈夫ですか? と尋ねようとして、はっとする。
違う。白髪じゃない。たぶん、染めてるほうだ。銀髪だ。銀髪の男の人だ。
内心であわてふためく私をよそに、男性はゆっくりと振り返る。
「はい……?」
目が合った瞬間、心臓がとくん、と脈を打った気がした。
前髪の間から覗く切れ長の目に、灰色がかった瞳。薄い唇。透き通るような肌。
少女漫画家が雪を美少年に擬人化したら、こんな感じだろうか。
なんてくだらないことを考えていたら、
「……なにか?」
あらためて問われ、ふと現実へ引き戻される。
「え……っと、何、やってるんですか?」
おじいちゃんと見間違えて心配になって声かけました、とは言えるはずもなく、しどろもどろになってしまう。
「あぁ、特に何も。暇つぶしにこれ作ってただけ」
不愛想に答えて差し出された、紺色の手袋をはめた彼の手の中には、小さな雪だるまがちょこんと収まっていた。
小石の目がふたつ埋め込まれ、口は指先で掘ったようだ。おちょぼ口の間抜けな顔が、じっとこちらを見つめている。
「ほんとはもっとでかいの作りたかったんだけど、まだそんなに積もってないし」
彼はくすんだ冬空を見上げて、退屈そうにぼやいた。
「失礼ですけど……お兄さん、いくつですか?」
「二十二」
二十二歳が雪だるま作り……
「大人が雪だるま作っちゃいけない?」
心の中で呟いたつもりだった一言は、うっかり声に出ていたらしい。
べつにダメだとは言っていない。ただ、どう足掻いても様にならないな、と思っただけで。
「そっちこそ、高校生がこんな時間にこんなところで何してんの?」
「なんで……」
高校生だって分かったんですか? と訊く前に、
「このへんじゃ結構有名な女子高のだろ? それ」
あごでしゃくりながらそう言われて、自分が制服姿のままだったことに気がついた。
当然、ジャケットもスカートも雪でぐしょぐしょだ。明日が土曜でよかった。
「何年生?」
「三年です」
「勉強しなくていいわけ?」
その一言を聞いたとたん、先ほどの怒りや苛立ち、母の渋面がよみがえってきて、たまらず顔をしかめた。
「……この世の八割くらいの人間は、付加価値で存在してると思いません?」
問いかける口調も、ぶっきらぼうになる。
「なに? 小難しいこと言うね」
バカみたいな勘違いで話しかけた赤の他人に何を説いているんだろう、と思いながらも、一度口を開いたら止まらなかった。彼がちょっぴり関心を示してくれたから、余計に。
人の価値は、相手が勝手に決めたステータスによって変わる。
例えば、学校ですごく頼りになる先輩がいたとして。画面の向こうでキラキラ輝いている憧れの芸能人がいたとして。でも、自分にその人のすべてが見えているとは限らない。見えていない、と断言してもいいだろう。
だからこそ、先輩のだらしない一面を知ったら幻滅するし、どんなに好感度抜群だった芸能人でも、スキャンダルが出たら袋叩きにされる。
所詮、都合のいいように思い込んで、つくり上げているだけなのだ。
「なるほどね。じゃあ、残りの二割は?」
それまで私の主張を黙って聞いていた彼が、疑問を投げかけてくる。
「やりたいこととか信念がはっきりしてて、そこに向かって突き進んでいく人も、中にはいるかなって。『誰になんと言われようと関係ねぇ!』みたいな。私は全然そんなんじゃないですけど。暑苦しい人、嫌いだし」
唯一の長所と言えば、人よりちょっと勉強ができることくらい。
その自覚があったから、高校に入学して以来、初めて下降した成績を見てため息をつく母に、意地悪かつ面倒くさい質問をした。
「ねぇ、お母さん。私のこと、本当に好き? 私が勉強で落ちこぼれても、見捨てないでいてくれる?」
肝心の答えは、聞かずに逃げてきてしまったけれど。
だって、だって。そんなに急激に下がったわけではないのだ。近頃は受験モードでかなり根詰めていたから、本番のために余力を残しておこうと思って、ほんの少し手を抜いただけなのに。
もう疲れた。
胸の内でぶつくさ文句を垂れていたら、
「女の子は、手首とか足首とか、『首』ってつく箇所を冷やしちゃダメらしいよ?」
彼は突然脈絡のないことを言って、ミニ雪だるまを傍らに置き、こちらに歩み寄ってくる。
反射的に警戒した瞬間、彼がマフラーを外し、私の首回りをふわりとしたあたたかさが包んだ。
驚いて見上げれば、
「首そのものすら無防備じゃん」
いたずらな微笑み。
「明日、洗って返してくれればいいから」
「えっ? あっ、あの」
戸惑う私を制止するように、彼はボトムスのポケットからスマホを取り出す。
促されて私も倣い、無料通話アプリを開くと、表示された彼のQRコードを読み取った。
なんか、流されるまま連絡先を交換してしまったぞ?
「アカネって……茜色の?」
私のユーザー名を確認したらしい彼が、尋ねてくる。
そうだ。いちいち漢字にするのが面倒だから、カタカナ表記にしていたんだ。
「いえ、全然。色彩の彩に、錦鯉の錦って書きます。読めないですよね。苗字は相原。相棒の相に、野原の原です」
読みはともかく、妙ちくりんな名前は、釣り――というか魚マニアだった父が決めたものだそうだ。金魚の中に、彩錦という品種があって、そこから取ったんだとか。
まったく。趣味に熱中するのもほどほどにしていただきたい。
「金魚が由来だからまだどうにか格好がつくけど、一歩間違えたら某国民的ロボットアニメのキャラクターですよ。キーンってやつの主役じゃないほうのヤンキー女子」
冗談めかして言う私に、彼は「たしかに国民的だけど、結構マニアックだね」と小さく吹き出し、
「ユキノ キヨチカ」
人名らしき単語を口にした。
「へっ? 何それ。芸名ですか?」
「違う違う。本名だよ。雪に野原の野に、氷に慈しむ」
あらあら。それはまた。
「なんで苗字に雪がつくのに、名前にまで氷って使うかね。俺がすっげぇ冷たい人みたい。氷を慈しむって意味分かんないし」
憤慨する彼に同情しながら、スマホに目を落とせば、彼のプロフィール名もまた、私に通ずるものがあった。胸の奥がほっこりとあたたかくなる。
「なんだか私たち、似た者同士みたいですね。――ユキさん」
すると、彼も顔をほころばせた。
「うん。俺もそう思う。お互い、キラキラネームに片足突っ込んでるし」
「画数やたら多いし」
「辞書登録しないと変換候補に出てこないし」
一通り吐き出し終えると、どちらからともなく、クスッと笑った。
「自宅からこの公園まで歩いて何分?」
ふいに訊かれ、「五分もかからないです」と答える。
「なら、うちも大丈夫だ。そんなわけで明日、家出たタイミングで連絡ちょうだい。電話で道案内するから」
「そんな回りくどいことしないで、今教えてくれればいいのに」
言うと、「それじゃあ味気ないだろ」とむくれられる。
「ついでに、いいもの見せてあげるよ」
「いいもの?」
「そう。俺の雪だるまをバカにしたこと、後悔させてやる」
しかも、なかなか根に持つらしい。意外と面倒くさいタイプか? まあそこも、お互いさまってやつだけど。
「バカにはしてません。っていうか、アヤシイ人ですね。初対面の女の子をいきなり家に誘うなんて」
「見せるだけなんだから、家の中じゃなくて、前で充分だ」
「ふうん」
単なる言い訳じゃん、というツッコミを呑み込んだ私の脇を、彼は悠々と通り過ぎていく。
「またね。キンギョちゃん」
「キンギョちゃんはやめてください」
遠ざかる背中に向かって抗議すると、彼も顔だけでこちらを振り返り、ふっと淡く微笑んだ。
「じゃあ、アカネ」
――この人、天然タラシだ。
「おしゃれでかわいくていいと思うんだけどなぁ、キンギョちゃん」
彼は惜しがりながら公園を後にする。
取り残された、私とミニ雪だるま。
「おしゃれでかわいい、か……」
でもね、知ってる? ユキさん。
金魚ってもともと、突然変異したフナをかけ合わせて、観賞用に作られたものなんだって。
だから私は、母から与えられた水槽の中で、母の思い通りに、きれいに泳ぎ続けなくちゃいけないの。
そうしないと、きっと愛されない。
「……なんてね」
責め立てるように降り続けていた雪は、いつの間にか優しさを取り戻していた。
*
これも、ナンパのうちに入るのだろうか。
玄関で靴を脱ぎながら、考える。
八割付加価値理論。
多少すれてる感じはあったけど、面白いことを言う子だなと思った。ただの通りすがりの誰か、で終わらせたくなかったのは事実だ。
彼女の考えに基づくなら、俺は残りの二割になれていたかもしれない人間で、古傷をえぐられたのが、ちょっと痛かった。
だけど、けっして嫌な痛みではなくて。
他の女の子とは、どこか違う。なんていうか、新しい変化をもたらしてくれる気がしたんだ。
1
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【本編完結】繚乱ロンド
由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。
更新日 2/12 『受け継ぐ者』
更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話)
02/01『秘密を持って生まれた子 2』
01/23『秘密を持って生まれた子 1』
01/18『美之の黒歴史 5』(全5話)
12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』
12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』
本編は完結。番外編を不定期で更新。
11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』
10/12 『いつもあなたの幸せを。』
9/14 『伝統行事』
8/24 『ひとりがたり~人生を振り返る~』
お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで
『日常のひとこま』は公開終了しました。
7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。
6/18 『ある時代の出来事』
-本編大まかなあらすじ-
*青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。
林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。
そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。
みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。
令和5年11/11更新内容(最終回)
*199. (2)
*200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6)
*エピローグ ロンド~廻る命~
本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。
※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。
現在の関連作品
『邪眼の娘』更新 令和7年1/25
『月光に咲く花』(ショートショート)
以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。
『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結)
『繚乱ロンド』の元になった2作品
『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
わかばの恋 〜First of May〜
佐倉 蘭
青春
抱えられない気持ちに耐えられなくなったとき、 あたしはいつもこの橋にやってくる。
そして、この橋の欄干に身体を預けて、 川の向こうに広がる山の稜線を目指し 刻々と沈んでいく夕陽を、ひとり眺める。
王子様ってほんとにいるんだ、って思っていたあの頃を、ひとり思い出しながら……
※ 「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」のネタバレを含みます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる