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🌕最終夜 僕と私の後悔
おかえり
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帰り道は、マダムの相棒だという不思議な動物が付き添ってくれた。もう魔力を持たない彩とわたしだけでは、秘密の森を抜けられないからだ。
トワイと呼ばれたその子が、マダムの肩から自分の頭に飛びのってきたとき、彩はなぜだかまた、ちょっぴり切なげな顔をしていた。
「トワイちゃんは、なんの動物なの?」
木漏れ日が照らす森を歩きながら、隣の彩に尋ねる。
「サルの仲間。なんだっけ? ショウガザ――」
――ショウガラゴだってばっ!
「うわっ!」
突然、頭の奥から少年のような声が響いてきて、無意識に叫ぶ。
「えっ、何!? 何が起こったの!?」
狼狽するわたしとは対照的に、
「こらっ、いきなり大声で脳内に語りかけてくんな。沙那がびっくりしたでしょうが」
彩はうんざりした様子で頭上の小動物を睨みつけた。どうやらトワイちゃんの仕業らしい。
――アヤが世にもめずらしいパートナーアニマルであるボクをバカにするからだっ! ってゆーかキミ、さっきちょっとしんみりしてたでしょ? 魔力を失って、ボクの言葉が分からなくなるとでも思った? キミはマダムに弟子入りする前から聞き取れていたし、ある意味先天的魔女だから、それくらい微量の魔力は残ってるはずだよ。まぁ、今はお友だちにも聞こえるように、テレパシーを使ってるけどね。
なるほど。それであんな顔を。
こっそり納得したわたしをよそに、彩は「あーもうペラペラうっさい」とため息をついた。
「べつにしんみりしてないし。あんたとなんて、会話できなくなったほうが清々するわ」
――なんだとぉ! それ以上かわいくないこと言ったら、ここでオシッコしてやるぅ!
「わー、やめろー!」
ふたりがやいのやいの言い合い、それに笑っているうち、前方に光が見えてきた。出口だ。
そうして無事に森を抜けると、トワイちゃんは彩の肩までおりてきた。
――さあ、アヤ。キミの大事な人たちがお待ちかねだ。今度こそ逃げちゃダメだよ。
「大事な人?」
トワイちゃんは小首をかしげる彩には答えず、――じゃあね。とだけ言ってくるりと一回転し、煙とともに姿を消す。
直後、彩に倣って振り返ると、背後にあった森も、徐々に薄れて見えなくなった。話には聞いていたけれど、実際に目の当たりにするとやはり驚いてしまう。
「ほんとに消えちゃった……」
呆然と呟いたとき、遠くからぱらぱらと足音が聞こえてきた。
怪訝に思って目を凝らせば、ふたりの人影が近づいてくる。――スポーツ刈りの男性と、栗色のポニーテールの女性。
そう認識した瞬間、
「お父さん! 理佳子さん!」
彩が突然叫んで、マントをはためかせながら走り出した。その言葉で、彼女の家族だ、と理解し、反射的に後を追う。
そういえば、たった今トワイちゃんもああ言っていたし、マダムが連絡してくれたのかもしれない。
わたしは適切な距離を保って立ち止まったけれど、彩はそのままふたりの胸に飛び込んだ。
「おかえり。おかえり、彩」
「ずいぶん心配したのよ?」
再会に声を震わせるふたりに、彩は泣きじゃくりながら「ごめんなさい。ごめんなさい」と繰り返す。
「私、私……」
あふれる感情をうまく言葉にできない彼女に、お父さんは「お前にずっと言いそびれてたことがあるんだ」と告げた。
「いいかい? よく聞いて。アユの頭の傷は、致命傷じゃない」
衝撃的な事実に目を見張ったわたしとは裏腹に、彩は「嘘」といやいやするように首を左右に振る。
「だって、あんなに血が……」
「ちゃんと診断した結果だ」
風が吹いて、一瞬、時が止まった。
「診断した、結果?」
噛み砕くように、ゆっくりと繰り返す彩。
「アユが救急車で運ばれた後、死因をはっきりさせるためにいろいろ調べたんだ。そしたら、アユの喘息は心不全に起因するものだったみたいでね。直接的な死因はそれによる心臓発作だと言われた」
「じゃあ、もしかしてあのとき、ちゃんと話を、って言ったのは――」
何か思い当たったような彩の反応に、お父さんはうなずき、
「ああ。あの日、お前が家を飛び出す直前にそう伝えようとしたんだが、説得しきれなくてね。すまなかった。それと、『未亜と理佳子のどっちが好きか』って質問、答えは『どっちも』だ。それぞれに対して愛はあるけど、微妙に形が違うから、順位はつけられない。当然、お前に対してもな」
そう言って、言葉通り、彩の頭を愛おしそうに撫でた。
「ちょっと頭を打ったくらいじゃ、人間は、お前の弟は死なない」
「でもっ、でも――」
なおも主張を続けようとする娘を、彼は「彩」と静かに遮る。
「どんなに自分を責めても、もうアユは帰ってこないんだよ。本当に悔やんでいるなら、頑張って前を向きなさい。あいつはきっと、後悔なんかしてないだろうさ。大好きなお姉ちゃんを、自分の手で守れたんだから」
お父さんの激励を、理佳子さんが「そうよ」と引き継ぐ。
「彩、いつか言ってくれたでしょ? アユを産んでくれた人だから、恨むわけないって。アタシだってそうよ。たとえ半分でも、アユと同じ血が、愛する人の血が流れてるんだもの。それに、あなたまでいなくなったら、未亜が生きた証がなくなっちゃうじゃない」
ふたりの言葉に、彩の嗚咽が大きくなった。
最近の彼女は、とてもよく泣く。今までため込んでいたものを、一気に吐き出すように。洗い流すように。
おかげでちょっと、もらい泣きした。
落ち着いてから挨拶を済ませ、彩の家族と一旦別れたわたしたちは、タカシさんと遊んだ川まで来ていた。
彩が、「遠くへいきたい」なんて言うから。
「わたし、母と話してみたんだ」
河原に並んで座り、わたしは彼女に報告する。少し冷たい風が、頬を撫でていった。
約束の満月の日の前夜――先日の口喧嘩を謝るとともに、勇気を振り絞って本音をぶつけてみたのだ。
高校卒業後は、スイーツ作りの腕を磨きたいこと。
これまでずっと言えずにいた気持ちも、感情的にならず、冷静に、簡潔に。
――お母さん。わたし、分かったよ。ただ一生懸命だったんだよね。
誰かを想うあまりに、失敗や間違いを犯すこともある。それはこの一ヶ月で、亡者たちが、そして、彩が教えてくれたから。
――だけどね、わたしはもう、生まれたての赤ちゃんじゃないよ。
そう告げた直後の母の表情を、たぶん、わたしは一生忘れない。ひどく驚いたように目を見開き、それから穏やかに微笑んだ、あの瞬間を。
「それで、専門学校、行ってもいいよって言ってくれた」
――そうね。必死になりすぎてたのかもしれないわ。あなたを産んだときのあの感情のまま、守ってあげなきゃって。
「自宅から通う条件付きだけど。寂しくて死んじゃうんだって」
苦笑交じりで言うと、彩も小さく笑った。
「そっか。頑張ったね」
「うん。頑張ってよかった」
何もかも無意味だと嘆くのは、ちゃんと頑張ってみてからでいい。明日を生きる理由なんて、そんな大層なものじゃなくていい。
おいしいスイーツが作りたい。彩と一緒に笑い合いたい。
それで充分だ。
「彩は? 卒業したらどうするの?」
尋ねると、彼女は「そうだなぁ……」と首にかけたままの小瓶を握った。
「できるなら、もう一回モデルやろうかな。取柄、それくらいしかないし。それに――」
アユが、喜ぶかなって。
小瓶を見つめながら呟く横顔に、
「ねぇ。それ、まだ持っていたい?」
思いきって切り込んでみる。
すると、
「んー、もういいかも」
彼女は意外にあっさりと答えた。
「よしっ。だったら、今流しちゃおう」
「えっ、川に?」
「だいじょーぶっ。わたしが責任取るから」
陽気に言って立ち上がり、手招きするわたしに、彩は「え~」と戸惑いながらもついてくる。
ふたりで水面付近に腰をおろすと、小瓶を首から外して栓を抜き、そっと傾けた彼女。
透明な容器から、音もなく赤い液体が流れ落ち、川の水に溶けていく。
見る人が見たら、環境汚染だと怒られてしまうかもしれない。それでも、川から始まった悪夢は、川で終わらせるべきだと思った。
かなしい過去と、叶わない幸せが、ちゃんと思い出に変わるように。
最後の一滴まで流し終えると、彩はまだ側面や底に赤みが残る小瓶を閉め、おずおずとこちらへ差し出してきた。
「ごめん。これは沙那が捨ててくれないかな? ほんとは自分でケリをつけなきゃいけないんだけど……」
さすがに瓶までは川に捨てられないし、これだけ血痕が残っていれば、いくらきれいにしても、他の物を入れるわけにはいかないだろう。
「――分かった。けど代わりに、わたしの頼み事も聞いて?」
受け取って再び立ち上がりながら言うと、彩は身構えるように「……なに?」と訊き返す。
「これからうちまで戻って、あの黒いてるてる坊主に顔描いてあげよう。最初の願いとは形が変わったけど、わたしと彩は幸せになったんだから、のっぺらぼうじゃかわいそうだよ」
てるてる坊主。彩と彼女のママとの、切なくもかけがえのない、思い出の品。
わたしの意見に、
「そうだね」
彩もほっとしたように同意して、腰を上げた。
「じゃあ、ここから競争!」
「あっ、ずるい! 待って、沙那」
わたしと彼女はいつか、別々の道を行く。でも、今はまだ、もう少しだけ。
そんなことを思いつつ、やけに高く感じる秋空の下、親友とふたりで、わたしたちをつないでくれた、てるてる坊主のもとへ急いだ。
帰り道は、マダムの相棒だという不思議な動物が付き添ってくれた。もう魔力を持たない彩とわたしだけでは、秘密の森を抜けられないからだ。
トワイと呼ばれたその子が、マダムの肩から自分の頭に飛びのってきたとき、彩はなぜだかまた、ちょっぴり切なげな顔をしていた。
「トワイちゃんは、なんの動物なの?」
木漏れ日が照らす森を歩きながら、隣の彩に尋ねる。
「サルの仲間。なんだっけ? ショウガザ――」
――ショウガラゴだってばっ!
「うわっ!」
突然、頭の奥から少年のような声が響いてきて、無意識に叫ぶ。
「えっ、何!? 何が起こったの!?」
狼狽するわたしとは対照的に、
「こらっ、いきなり大声で脳内に語りかけてくんな。沙那がびっくりしたでしょうが」
彩はうんざりした様子で頭上の小動物を睨みつけた。どうやらトワイちゃんの仕業らしい。
――アヤが世にもめずらしいパートナーアニマルであるボクをバカにするからだっ! ってゆーかキミ、さっきちょっとしんみりしてたでしょ? 魔力を失って、ボクの言葉が分からなくなるとでも思った? キミはマダムに弟子入りする前から聞き取れていたし、ある意味先天的魔女だから、それくらい微量の魔力は残ってるはずだよ。まぁ、今はお友だちにも聞こえるように、テレパシーを使ってるけどね。
なるほど。それであんな顔を。
こっそり納得したわたしをよそに、彩は「あーもうペラペラうっさい」とため息をついた。
「べつにしんみりしてないし。あんたとなんて、会話できなくなったほうが清々するわ」
――なんだとぉ! それ以上かわいくないこと言ったら、ここでオシッコしてやるぅ!
「わー、やめろー!」
ふたりがやいのやいの言い合い、それに笑っているうち、前方に光が見えてきた。出口だ。
そうして無事に森を抜けると、トワイちゃんは彩の肩までおりてきた。
――さあ、アヤ。キミの大事な人たちがお待ちかねだ。今度こそ逃げちゃダメだよ。
「大事な人?」
トワイちゃんは小首をかしげる彩には答えず、――じゃあね。とだけ言ってくるりと一回転し、煙とともに姿を消す。
直後、彩に倣って振り返ると、背後にあった森も、徐々に薄れて見えなくなった。話には聞いていたけれど、実際に目の当たりにするとやはり驚いてしまう。
「ほんとに消えちゃった……」
呆然と呟いたとき、遠くからぱらぱらと足音が聞こえてきた。
怪訝に思って目を凝らせば、ふたりの人影が近づいてくる。――スポーツ刈りの男性と、栗色のポニーテールの女性。
そう認識した瞬間、
「お父さん! 理佳子さん!」
彩が突然叫んで、マントをはためかせながら走り出した。その言葉で、彼女の家族だ、と理解し、反射的に後を追う。
そういえば、たった今トワイちゃんもああ言っていたし、マダムが連絡してくれたのかもしれない。
わたしは適切な距離を保って立ち止まったけれど、彩はそのままふたりの胸に飛び込んだ。
「おかえり。おかえり、彩」
「ずいぶん心配したのよ?」
再会に声を震わせるふたりに、彩は泣きじゃくりながら「ごめんなさい。ごめんなさい」と繰り返す。
「私、私……」
あふれる感情をうまく言葉にできない彼女に、お父さんは「お前にずっと言いそびれてたことがあるんだ」と告げた。
「いいかい? よく聞いて。アユの頭の傷は、致命傷じゃない」
衝撃的な事実に目を見張ったわたしとは裏腹に、彩は「嘘」といやいやするように首を左右に振る。
「だって、あんなに血が……」
「ちゃんと診断した結果だ」
風が吹いて、一瞬、時が止まった。
「診断した、結果?」
噛み砕くように、ゆっくりと繰り返す彩。
「アユが救急車で運ばれた後、死因をはっきりさせるためにいろいろ調べたんだ。そしたら、アユの喘息は心不全に起因するものだったみたいでね。直接的な死因はそれによる心臓発作だと言われた」
「じゃあ、もしかしてあのとき、ちゃんと話を、って言ったのは――」
何か思い当たったような彩の反応に、お父さんはうなずき、
「ああ。あの日、お前が家を飛び出す直前にそう伝えようとしたんだが、説得しきれなくてね。すまなかった。それと、『未亜と理佳子のどっちが好きか』って質問、答えは『どっちも』だ。それぞれに対して愛はあるけど、微妙に形が違うから、順位はつけられない。当然、お前に対してもな」
そう言って、言葉通り、彩の頭を愛おしそうに撫でた。
「ちょっと頭を打ったくらいじゃ、人間は、お前の弟は死なない」
「でもっ、でも――」
なおも主張を続けようとする娘を、彼は「彩」と静かに遮る。
「どんなに自分を責めても、もうアユは帰ってこないんだよ。本当に悔やんでいるなら、頑張って前を向きなさい。あいつはきっと、後悔なんかしてないだろうさ。大好きなお姉ちゃんを、自分の手で守れたんだから」
お父さんの激励を、理佳子さんが「そうよ」と引き継ぐ。
「彩、いつか言ってくれたでしょ? アユを産んでくれた人だから、恨むわけないって。アタシだってそうよ。たとえ半分でも、アユと同じ血が、愛する人の血が流れてるんだもの。それに、あなたまでいなくなったら、未亜が生きた証がなくなっちゃうじゃない」
ふたりの言葉に、彩の嗚咽が大きくなった。
最近の彼女は、とてもよく泣く。今までため込んでいたものを、一気に吐き出すように。洗い流すように。
おかげでちょっと、もらい泣きした。
落ち着いてから挨拶を済ませ、彩の家族と一旦別れたわたしたちは、タカシさんと遊んだ川まで来ていた。
彩が、「遠くへいきたい」なんて言うから。
「わたし、母と話してみたんだ」
河原に並んで座り、わたしは彼女に報告する。少し冷たい風が、頬を撫でていった。
約束の満月の日の前夜――先日の口喧嘩を謝るとともに、勇気を振り絞って本音をぶつけてみたのだ。
高校卒業後は、スイーツ作りの腕を磨きたいこと。
これまでずっと言えずにいた気持ちも、感情的にならず、冷静に、簡潔に。
――お母さん。わたし、分かったよ。ただ一生懸命だったんだよね。
誰かを想うあまりに、失敗や間違いを犯すこともある。それはこの一ヶ月で、亡者たちが、そして、彩が教えてくれたから。
――だけどね、わたしはもう、生まれたての赤ちゃんじゃないよ。
そう告げた直後の母の表情を、たぶん、わたしは一生忘れない。ひどく驚いたように目を見開き、それから穏やかに微笑んだ、あの瞬間を。
「それで、専門学校、行ってもいいよって言ってくれた」
――そうね。必死になりすぎてたのかもしれないわ。あなたを産んだときのあの感情のまま、守ってあげなきゃって。
「自宅から通う条件付きだけど。寂しくて死んじゃうんだって」
苦笑交じりで言うと、彩も小さく笑った。
「そっか。頑張ったね」
「うん。頑張ってよかった」
何もかも無意味だと嘆くのは、ちゃんと頑張ってみてからでいい。明日を生きる理由なんて、そんな大層なものじゃなくていい。
おいしいスイーツが作りたい。彩と一緒に笑い合いたい。
それで充分だ。
「彩は? 卒業したらどうするの?」
尋ねると、彼女は「そうだなぁ……」と首にかけたままの小瓶を握った。
「できるなら、もう一回モデルやろうかな。取柄、それくらいしかないし。それに――」
アユが、喜ぶかなって。
小瓶を見つめながら呟く横顔に、
「ねぇ。それ、まだ持っていたい?」
思いきって切り込んでみる。
すると、
「んー、もういいかも」
彼女は意外にあっさりと答えた。
「よしっ。だったら、今流しちゃおう」
「えっ、川に?」
「だいじょーぶっ。わたしが責任取るから」
陽気に言って立ち上がり、手招きするわたしに、彩は「え~」と戸惑いながらもついてくる。
ふたりで水面付近に腰をおろすと、小瓶を首から外して栓を抜き、そっと傾けた彼女。
透明な容器から、音もなく赤い液体が流れ落ち、川の水に溶けていく。
見る人が見たら、環境汚染だと怒られてしまうかもしれない。それでも、川から始まった悪夢は、川で終わらせるべきだと思った。
かなしい過去と、叶わない幸せが、ちゃんと思い出に変わるように。
最後の一滴まで流し終えると、彩はまだ側面や底に赤みが残る小瓶を閉め、おずおずとこちらへ差し出してきた。
「ごめん。これは沙那が捨ててくれないかな? ほんとは自分でケリをつけなきゃいけないんだけど……」
さすがに瓶までは川に捨てられないし、これだけ血痕が残っていれば、いくらきれいにしても、他の物を入れるわけにはいかないだろう。
「――分かった。けど代わりに、わたしの頼み事も聞いて?」
受け取って再び立ち上がりながら言うと、彩は身構えるように「……なに?」と訊き返す。
「これからうちまで戻って、あの黒いてるてる坊主に顔描いてあげよう。最初の願いとは形が変わったけど、わたしと彩は幸せになったんだから、のっぺらぼうじゃかわいそうだよ」
てるてる坊主。彩と彼女のママとの、切なくもかけがえのない、思い出の品。
わたしの意見に、
「そうだね」
彩もほっとしたように同意して、腰を上げた。
「じゃあ、ここから競争!」
「あっ、ずるい! 待って、沙那」
わたしと彼女はいつか、別々の道を行く。でも、今はまだ、もう少しだけ。
そんなことを思いつつ、やけに高く感じる秋空の下、親友とふたりで、わたしたちをつないでくれた、てるてる坊主のもとへ急いだ。
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