花魔女とリグレット~あなたの未練、解消します~

雨ノ川からもも

文字の大きさ
上 下
28 / 40
🌕最終夜 僕と私の後悔

「満月の夜に」

しおりを挟む
 *

 翌日も、ママが帰ってくる前に、早めに起きて出かける準備開始。
 ぱぱっと着替え、トーストで手短に朝食を済ます。
 もう彩がうちの中に戻ってこなくてもいいように、あらかじめ荷物も持っていってもらわなくてはならない。
「荷物、持って歩くの面倒でしょ? ごめんね。こっちの都合に合わせてもらってばっかりで」
「全然。一泊ぶんで軽いから。楽しかったし」
 そんな会話をしつつ、自室で彩が荷物をまとめるのを手伝う。
 楽しかったという言葉通り、彼女はとても晴れやかな顔をしていた。――昨日の涙なんて、嘘みたいに。
「ならよかった」
 触れるべきではないと分かっていながらも、胸の片隅でうずく己の探求心に蓋をして、にこりと微笑んだとき、彼女が突然手を止める。
 怪訝に思って視線をたどると、
「あ……」
 壁掛けのハンガーラックに、わたしの薄紫色のマントが吊るされていた。
 彼女と会うときは、任務前にもたつかないよう、こうしてあらかじめ用意しておく。
 今回は不要だったのだけれど、いつもの癖でつい出してしまっていた。
「マントがどうかした……?」
 あまりにもじっと見ているので、何か不審な点でもあったのかと問いかける。
「もしかして、返したほうがいい?」
 考えてみれば、彼女とは今日を最後に、次の満月まで会わない。その間、マントを使用する機会もないだろう。
 特殊な力が宿ったものだから、素人が理由もなく所持するのは、よくないかもしれない。
 やたら心配するわたしに、
「ううん。それなら大丈夫。迷惑じゃなければあげるよ。沙那の魔力が消滅するのと一緒に、あれも普通のマントになるから」
 彼女はそう答えて、「ただ」と続けた。
「アイロンくらいかけてあげればよかったかなって」
「えっ、アイロン?」
「そう。毎回じゃないんだけど、重大な任務が終わった後なんかは、洗濯して天日干ししてアイロンかけて、きれいにしてあげるんだ。お疲れさまって気持ちを込めてね」
 ――彩の言葉に、大事なことに気づかされた気分になる。
 最近はまたママに見られたりしたくないから、基本的にチェストの奥にしまいっぱなし。
 羽織ものだから洗濯もろくにしないし、ましてや衣類をねぎらうなんてこと、考えもしなかった。
 わたしは立ち上がってマントに歩み寄り、
「そうだね。お疲れさま」
 そっと触れながら、語りかける。
 このシルクのような感触に守られることは、もうないかもしれない。
 どうしてだろう。昨日からやけに終わりを意識してしまう。
 わたしはマントから手を離すと、ラックからハンガーごと取り外して、出窓を開け放った。
 そして、少し背伸びしてカーテンレールにハンガーを引っかける。マントは晴天の下、秋風を受けて気持ちよさそうにはためいた。
 今は時間がないのでこれくらいしかしてあげられないけれど、チェストの奥や薄暗い室内に閉じ込められているよりはマシなはず。
 帰ったらちゃんと洗濯してあげようかな、なんて考えながら視線を横に移したとき、ちょっとしたハプニングに気がついた。
「やだ。このてるてる坊主、逆さまになってる」
 レールの端に吊るした黒てるてる坊主が、上下逆になっていた。これではいよいよ雨乞いだ。輪ゴムをセロハンテープで止めただけなので、重心が安定しないのだろう。
 夜じゃないからまだいいけど、のっぺらぼうだし、黒いせいもあってやっぱりちょっと不気味だな……などと思って苦笑しつつ元通りにかけ直した直後、彩がバッグのファスナーを閉めて立ち上がる音がした。
「お待たせ。行こうか」

 どこに行くかは特に決めていなかったので、近所のショッピングモールで時間を潰すことにした。
 といっても目的がないのは変わらずで、当てもなく店内をふたりでぶらついていたら、
「あっ……かわいい」
 ふいに、彩が足を止めた。
 彼女が見つめる先には、小さなカワウソのマスコットキーホルダー。
「カワウソ、好きなの?」
 尋ねると、ちょっぴり恥ずかしそうにうなずく。
 その姿がなんだか微笑ましくて、せっかくだから毛色の違うものをお揃いで買おうと提案した。
 彩のはスタンダードな灰色で、わたしのは少し茶色がかっている。
 彼女は「僕」なんて言うわりに、独特な感性で物を大切にするし、案外かわいいものが好きで。
 それに、強くて優しくて、繊細だ。
 心の根っこの部分は、わたしなんかよりずっと「女の子」だと思う。

 買い物をして、フードコートでお昼を済ませた後は、思い出の場所を巡回しながらゆっくりと帰った。
 少々強引に訪れた折原家。
 ハルカさんに連れてこられたコンビニ。
 タカシさんと歩いた田舎道。
 どれもほんの数週間前のことなのに、遠い昔のように感じられた。
「じゃあ、また満月の夜に」
「うん。満月の夜に」
 夕暮れの中、彩の口調につられておしゃれな合言葉みたいに言い合い、同時にくすりと笑って、家の前で別れる。
「じゃあね」
 もう一度言って、背を向けた彼女のボストンバッグには、買ったばかりのカワウソが揺れていた。わたしも後でかばんに付けよう。
 満月は四日後。――それで、わたしの未来が決まるんだ。
 蜜色に照らされながら遠ざかっていく彩の後ろ姿は、いつにも増して眩しかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...