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🌙三夜目 頑固なおじいちゃんの未練
「厄介な案件を君に押し付けます!」
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無事わたげ荘に到着し、抜け出したときと同じように自室に入り込んで――ぎょっとした。
「彩ちゃーん? 今日は外出禁止だって言ったよねぇ?」
窓の前に、無機質な笑顔を浮かべたハル兄が、立っていたから。
「どこ行ってたのかなぁ? うーん?」
表情を変えずに詰め寄られ、僕は体をのけぞらせる。
「え、えっと……」
覚悟していたって、やっぱり怖いものは怖い。
「目が覚めたから、懐中時計の浄化をして……ました」
素直に白状するふりをして、当たり障りのない事実だけ告げた。できれば、ここから先は目を瞑っていただきたいが。
懐中時計は机の上に置きっぱなしだ。せめて握っていればよかった。どうにかうまくごまかされてくれないだろうか。
「それだけじゃないでしょ? 今朝様子見たときは顔色良くなってたのに、今またしんどそうだもん。そもそも浄化が目的なら、外出なくてもいいはずだし」
無駄な願いだったようだ。
「あと、彩って、テンパると分かりやすく敬語になるんだよね。お兄ちゃんをナメてもらっちゃ困るよ」
重ねられ、僕はため息をついてシッシッと右手を振った。
降参するから離れてくれ。
ハル兄も、逃げることはないと判断したようで、従って距離を取ってくれる。表情はピエロみたいなままだけど。
「……浄化したのは本当。で、その後、昨日の依頼者が残していった想いの残滓があったから、よみがえらせて――」
「え、ちょっと待って?」
てっきり、「それは今日やらなくてもいいことだよね?」なんて具合で無機質な笑みを深められるかと思ったのに、彼は目を丸くして意外な反応を示した。
「よみがえらせたの? 想いの象徴を?」
「う、うん……」
再確認されて、戸惑いながらうなずくと、「まじか……」と驚きと感服の滲んだ一言が返ってきた。
「なに? そんなにすごいことなの? 僕、普通にできちゃったんだけど」
「みんな、知識としては持ってても、実際にできる魔女はそうそういないんじゃないかな? 僕なんかは、担当する亡者の系統的にすっきり成仏できなくて残滓を残していく人も多いからさ。遺族に届けてあげられたらなって、何度かチャレンジしたことあるけど、一回もうまくいった試しがないよ。残滓が消えちゃうか、バラバラになるだけ」
成功率が低いからこそ、己のために有効活用する魔女が多いのだという。
僕はべつに自分のために使う気なんて端からなかったし、胸の奥に滞っているわだかまりを消し去りたいからよみがえらせて、よみがえらせたからにはふさわしい人のもとへ届けただけだ。
ハル兄すら成功させたことがないような高度な技をやっている自覚は、まったくなかった。
彼は「さすがマダムに気に入られてるだけのことはあるな……」としみじみ呟いた後、
「って、そうじゃなーい!」
突然、我に返ったように叫んで、
「安静にしてなさいって言ったのに! ほんっとじっとしてられないんだから!」
また僕に迫ってきた。
「罰として、僕が持て余してる厄介な案件を君に押し付けます!」
続けられた言葉に「え~……」と心の声が漏れる。
「僕、まだ魔女になって一年も経ってない新参者なんですけどぉ」
「今度の金曜日に連れてくるから、一度会ってみて」
拒否権はないらしい。
「……どんな感じなの?」
ともあれ、約束を破ったのは僕だ。諦めて詳細を尋ねると、
「まー頑固なおじいちゃん。何言っても『後悔なんかない!』の一点張りで」
「うわぁ……」
本当に厄介そうな答えが返ってきた。
「数日前に水魔女のクラスから引き取ったのはいいんだけど、成仏に失敗して苦しんでるわけでも、誰かを恨んでるわけでもなさそうなんだよな。いつも怒ってるけど、それは、なんていうか……自分自身に対してって感じで」
クラスとは、いわゆる学校での組み分け的なものではなく、僕らのように、ひとつ屋根の下で暮らす魔女の集団を指す。
タイプに合わない依頼や、自分たちの手に負えないと判断した案件については、他のクラスに回す場合があるのだ。
テリトリーこそ分散されているが、タイプにかかわらず、すべてのクラスはこの秘密の森内にあるので、案件のトレードもめずらしくない。
いつだったか僕も、亡者とは少しばかり事情が違う、幽体離脱した魂を、月魔女に引き渡したことがある。
「彩がダメだったら、僕らも他の花魔女クラスに回さないといけないと思うから、頑張ってねー」
「そんな勝手な……」
ハル兄は、一時の感情に流されて面倒な案件に手を出しがちだ。優しいと言えば聞こえはいいかもしれないが、最後までひとりで成し遂げられないのなら、足手まといにしかならない。
「まあまあそう言わず。よろしく」
軽々しく言ったハル兄に見切りをつけ、「あーもうはいはい」と生返事して、部屋を出ようと歩き出したとき、
「ちょっとちょっと、どこ行く気?」
あわてたように手首を掴まれた。
「シャワー浴びてくるのっ! ついてこないでよね、この変態!」
そこまで言ってもなお、彼はじっとりと疑い深い目で僕を見つめてくる。
「……本当だね?」
「ほんとだって! シャワー浴びたらパジャマに着替えておとなしく寝ますぅ! 頭痛いんだからあんまり大声出させるなっ!」
捲し立てて手を振り払い、足音荒く部屋を後にすると、
「次抜け出したら、催眠の魔法かけるからね~」
閉めたドアの向こう側で、やたら甘い声で脅迫された。
「彩ちゃーん? 今日は外出禁止だって言ったよねぇ?」
窓の前に、無機質な笑顔を浮かべたハル兄が、立っていたから。
「どこ行ってたのかなぁ? うーん?」
表情を変えずに詰め寄られ、僕は体をのけぞらせる。
「え、えっと……」
覚悟していたって、やっぱり怖いものは怖い。
「目が覚めたから、懐中時計の浄化をして……ました」
素直に白状するふりをして、当たり障りのない事実だけ告げた。できれば、ここから先は目を瞑っていただきたいが。
懐中時計は机の上に置きっぱなしだ。せめて握っていればよかった。どうにかうまくごまかされてくれないだろうか。
「それだけじゃないでしょ? 今朝様子見たときは顔色良くなってたのに、今またしんどそうだもん。そもそも浄化が目的なら、外出なくてもいいはずだし」
無駄な願いだったようだ。
「あと、彩って、テンパると分かりやすく敬語になるんだよね。お兄ちゃんをナメてもらっちゃ困るよ」
重ねられ、僕はため息をついてシッシッと右手を振った。
降参するから離れてくれ。
ハル兄も、逃げることはないと判断したようで、従って距離を取ってくれる。表情はピエロみたいなままだけど。
「……浄化したのは本当。で、その後、昨日の依頼者が残していった想いの残滓があったから、よみがえらせて――」
「え、ちょっと待って?」
てっきり、「それは今日やらなくてもいいことだよね?」なんて具合で無機質な笑みを深められるかと思ったのに、彼は目を丸くして意外な反応を示した。
「よみがえらせたの? 想いの象徴を?」
「う、うん……」
再確認されて、戸惑いながらうなずくと、「まじか……」と驚きと感服の滲んだ一言が返ってきた。
「なに? そんなにすごいことなの? 僕、普通にできちゃったんだけど」
「みんな、知識としては持ってても、実際にできる魔女はそうそういないんじゃないかな? 僕なんかは、担当する亡者の系統的にすっきり成仏できなくて残滓を残していく人も多いからさ。遺族に届けてあげられたらなって、何度かチャレンジしたことあるけど、一回もうまくいった試しがないよ。残滓が消えちゃうか、バラバラになるだけ」
成功率が低いからこそ、己のために有効活用する魔女が多いのだという。
僕はべつに自分のために使う気なんて端からなかったし、胸の奥に滞っているわだかまりを消し去りたいからよみがえらせて、よみがえらせたからにはふさわしい人のもとへ届けただけだ。
ハル兄すら成功させたことがないような高度な技をやっている自覚は、まったくなかった。
彼は「さすがマダムに気に入られてるだけのことはあるな……」としみじみ呟いた後、
「って、そうじゃなーい!」
突然、我に返ったように叫んで、
「安静にしてなさいって言ったのに! ほんっとじっとしてられないんだから!」
また僕に迫ってきた。
「罰として、僕が持て余してる厄介な案件を君に押し付けます!」
続けられた言葉に「え~……」と心の声が漏れる。
「僕、まだ魔女になって一年も経ってない新参者なんですけどぉ」
「今度の金曜日に連れてくるから、一度会ってみて」
拒否権はないらしい。
「……どんな感じなの?」
ともあれ、約束を破ったのは僕だ。諦めて詳細を尋ねると、
「まー頑固なおじいちゃん。何言っても『後悔なんかない!』の一点張りで」
「うわぁ……」
本当に厄介そうな答えが返ってきた。
「数日前に水魔女のクラスから引き取ったのはいいんだけど、成仏に失敗して苦しんでるわけでも、誰かを恨んでるわけでもなさそうなんだよな。いつも怒ってるけど、それは、なんていうか……自分自身に対してって感じで」
クラスとは、いわゆる学校での組み分け的なものではなく、僕らのように、ひとつ屋根の下で暮らす魔女の集団を指す。
タイプに合わない依頼や、自分たちの手に負えないと判断した案件については、他のクラスに回す場合があるのだ。
テリトリーこそ分散されているが、タイプにかかわらず、すべてのクラスはこの秘密の森内にあるので、案件のトレードもめずらしくない。
いつだったか僕も、亡者とは少しばかり事情が違う、幽体離脱した魂を、月魔女に引き渡したことがある。
「彩がダメだったら、僕らも他の花魔女クラスに回さないといけないと思うから、頑張ってねー」
「そんな勝手な……」
ハル兄は、一時の感情に流されて面倒な案件に手を出しがちだ。優しいと言えば聞こえはいいかもしれないが、最後までひとりで成し遂げられないのなら、足手まといにしかならない。
「まあまあそう言わず。よろしく」
軽々しく言ったハル兄に見切りをつけ、「あーもうはいはい」と生返事して、部屋を出ようと歩き出したとき、
「ちょっとちょっと、どこ行く気?」
あわてたように手首を掴まれた。
「シャワー浴びてくるのっ! ついてこないでよね、この変態!」
そこまで言ってもなお、彼はじっとりと疑い深い目で僕を見つめてくる。
「……本当だね?」
「ほんとだって! シャワー浴びたらパジャマに着替えておとなしく寝ますぅ! 頭痛いんだからあんまり大声出させるなっ!」
捲し立てて手を振り払い、足音荒く部屋を後にすると、
「次抜け出したら、催眠の魔法かけるからね~」
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