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🌙二夜目 一途な彼女の未練
「いつから、こんなふうになっちゃったんだっけ?」
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*
い、痛い。でもってだるい。めちゃくちゃだるい……
何度も倒れそうになりながら、どうにかログハウス――わたげ荘に到着した。限られた人間しか出入りできないから、鍵は基本的にかかっていないはずだ。
フードを脱ぎ、ドアを体で押し開け、重い足を引きずって、リビングまで歩を進める。
開け放たれた出入り口から顔を覗かせ、
「た、ただいまー……」
疲労感たっぷりのかすれた声で言って、室内を確認すれば、ショウ兄がソファーでくつろいでいた。
何気なく、といった感じでちらりとこちらを見やり、
「うおっ、なんだお前。ヘロッヘロじゃん」
僕の存在に気づくなり、ぎょっと目を見開いた。
ひとつに結ったロン毛を揺らしながら、「大丈夫かよ」とめずらしくうろたえた様子で駆け寄ってくる。
妙なこともあるものだ。
「わー、ショウ兄に心配されたぁ。僕、明日死ぬ、の、かも……」
茶化そうとしたが、途中で力尽き、ふらりとショウ兄の体に倒れかかる。
「ちょっ、おいっ!」
「もうダメ。一歩も動けない……」
消え入りそうな声で訴えると、
「魔力使いすぎだろ、ったく」
彼は舌打ちしながら吐き捨て、ずるずるとへたり込んでいく僕を手荒く担ぎ上げた。
そしてそのまま、さっきまで彼が座っていたソファーに寝かされる。
「また悪霊か?」
ぶっきらぼうに尋ねられ、
「まあね。たまごだけど」
同じように素っ気なく答えると、彼は面倒くさそうに顔をしかめて頭を掻いた。
「……ちょっと待ってろ」
仏頂面でそう言い残して、二階に消えたかと思えば、
「彩ー?」
程なくして、ふたりぶんの足音と、ハル兄の声が聞こえてきた。テリトリーに出るのは当番制なので、今日、兄貴たちはオフなのだ。
「なんちゃって悪霊と闘ってクタクタなんだってー? 大丈夫?」
ハル兄は言いながら階段をおり、横たわる僕の傍らでひざを折った。その後ろでは、ショウ兄が相変わらず渋い顔で立っている。
それにしても、帰宅してから、揃いも揃ってヘロヘロだのクタクタだのと散々な言われようだ。まぁ、事実だけど。
「どれどれ……」
ハル兄はあらたまった口調で呟くと、まるで気功でもするかのように、僕の額に左手をかざした。
「あー、これはたしかにきついね。頭痛はひどいし、体中痛いしだるいし」
どうやら、魔法を使って、今の僕の身体状況を疑似体験しているらしい。
金木犀の魔女である彼は、普段、肉体を離れても病気や怪我の苦しみからうまく逃れられなかった亡者を癒す仕事をしているので、こういった能力や回復魔法に長けているのだ。
「もー、ひとりで無理しないようにって、今朝言ったばっかりじゃん……」
困ったように眉を下げるハル兄に、反省を込めて苦笑すると、
「後先考えずに暴れてんじゃねぇぞ」
背後でショウ兄が苛立ったようにこぼす。
「なっ……! 暴れたのは僕じゃない! 亡者だもんっ!」
乗ったら思うツボだと分かっていながら、つい噛みついてしまう。
「他人の復讐手伝ってるショウ兄のほうが、よっぽど暴れてんじゃないの?」
薊の魔女である彼の仕事は、死んでもなお腹の虫がおさまらない亡者の恨みや妬みを晴らすこと。
ときには悪事にも手を染めるのだろう。――考えただけで恐ろしい。
「んだと……!」
「はいそこまで。ふたりとも喧嘩しないの」
ハル兄は、落ち着き払った声で僕らをたしなめると、
「ほら彩、じっとして」
そう言って、僕の右手を、左手でそっと包み込んだ。彼の中指の爪に描かれた金木犀が、淡く光る。
すると、全身を覆っていた痛みやだるさがすーっとやわらぎ、緩やかにまどろみが訪れた。
「癒しの魔法をかけておいたけど、一時的な気休めにしかならないから、しばらく安静にしてなきゃダメだよ」
ハル兄が手を離した後も、ゆっくりと注ぎ込まれるように、眠気が強くなっていく。まぶたが重い。
「明日は外出禁止ね」
「うん……」
続けられた一言に、内心で「えっ」と思いつつ、反抗する気力もなく素直に答えたときには、もはや目も開けられなくなっていた。
外出禁止令は痛いけれど、今回の案件は一応片付いているし、まあいいだろう。この際、たっぷり寝てやる。
ふわふわとする意識の中で、半ば意地になっていると、
「将悟。部屋のベッドまで運んであげて」
「チッ。めんどくせぇな……」
兄たちのそんな会話の後、また担ぎ上げられる感覚がした。
「こらこら。ダメだろ? 女の子には優しくしてあげないと。そうじゃなくても、ただでさえ満身創痍なんだから」
「うるせぇ。文句があるならお前が連れてけ」
「僕もついていくよ。ドア開け係としてね。役割逆にしたら、将悟、絶対に手伝ってくれないでしょ?」
「ふんっ」
ふたりの足取りに合わせて、担がれた体が揺れる。
「つーかこいつ、女のくせして『僕』とか言うし、全然女らしくねぇじゃねぇか」
うるさいな。余計なお世話だ。
そう思ったが、言い返すほどの余力はない。
「でもさ、彩って、ここに来たばっかりの頃はちゃんと『私』って言ってたし、髪も長かったよね? いつから、こんなふうになっちゃったんだっけ?」
「あぁ? 覚えてねぇよ、そんなもん」
やがて、階段をのぼり始める音と、ショウ兄の不機嫌な一言を最後に、僕の意識は完全に途切れた。
い、痛い。でもってだるい。めちゃくちゃだるい……
何度も倒れそうになりながら、どうにかログハウス――わたげ荘に到着した。限られた人間しか出入りできないから、鍵は基本的にかかっていないはずだ。
フードを脱ぎ、ドアを体で押し開け、重い足を引きずって、リビングまで歩を進める。
開け放たれた出入り口から顔を覗かせ、
「た、ただいまー……」
疲労感たっぷりのかすれた声で言って、室内を確認すれば、ショウ兄がソファーでくつろいでいた。
何気なく、といった感じでちらりとこちらを見やり、
「うおっ、なんだお前。ヘロッヘロじゃん」
僕の存在に気づくなり、ぎょっと目を見開いた。
ひとつに結ったロン毛を揺らしながら、「大丈夫かよ」とめずらしくうろたえた様子で駆け寄ってくる。
妙なこともあるものだ。
「わー、ショウ兄に心配されたぁ。僕、明日死ぬ、の、かも……」
茶化そうとしたが、途中で力尽き、ふらりとショウ兄の体に倒れかかる。
「ちょっ、おいっ!」
「もうダメ。一歩も動けない……」
消え入りそうな声で訴えると、
「魔力使いすぎだろ、ったく」
彼は舌打ちしながら吐き捨て、ずるずるとへたり込んでいく僕を手荒く担ぎ上げた。
そしてそのまま、さっきまで彼が座っていたソファーに寝かされる。
「また悪霊か?」
ぶっきらぼうに尋ねられ、
「まあね。たまごだけど」
同じように素っ気なく答えると、彼は面倒くさそうに顔をしかめて頭を掻いた。
「……ちょっと待ってろ」
仏頂面でそう言い残して、二階に消えたかと思えば、
「彩ー?」
程なくして、ふたりぶんの足音と、ハル兄の声が聞こえてきた。テリトリーに出るのは当番制なので、今日、兄貴たちはオフなのだ。
「なんちゃって悪霊と闘ってクタクタなんだってー? 大丈夫?」
ハル兄は言いながら階段をおり、横たわる僕の傍らでひざを折った。その後ろでは、ショウ兄が相変わらず渋い顔で立っている。
それにしても、帰宅してから、揃いも揃ってヘロヘロだのクタクタだのと散々な言われようだ。まぁ、事実だけど。
「どれどれ……」
ハル兄はあらたまった口調で呟くと、まるで気功でもするかのように、僕の額に左手をかざした。
「あー、これはたしかにきついね。頭痛はひどいし、体中痛いしだるいし」
どうやら、魔法を使って、今の僕の身体状況を疑似体験しているらしい。
金木犀の魔女である彼は、普段、肉体を離れても病気や怪我の苦しみからうまく逃れられなかった亡者を癒す仕事をしているので、こういった能力や回復魔法に長けているのだ。
「もー、ひとりで無理しないようにって、今朝言ったばっかりじゃん……」
困ったように眉を下げるハル兄に、反省を込めて苦笑すると、
「後先考えずに暴れてんじゃねぇぞ」
背後でショウ兄が苛立ったようにこぼす。
「なっ……! 暴れたのは僕じゃない! 亡者だもんっ!」
乗ったら思うツボだと分かっていながら、つい噛みついてしまう。
「他人の復讐手伝ってるショウ兄のほうが、よっぽど暴れてんじゃないの?」
薊の魔女である彼の仕事は、死んでもなお腹の虫がおさまらない亡者の恨みや妬みを晴らすこと。
ときには悪事にも手を染めるのだろう。――考えただけで恐ろしい。
「んだと……!」
「はいそこまで。ふたりとも喧嘩しないの」
ハル兄は、落ち着き払った声で僕らをたしなめると、
「ほら彩、じっとして」
そう言って、僕の右手を、左手でそっと包み込んだ。彼の中指の爪に描かれた金木犀が、淡く光る。
すると、全身を覆っていた痛みやだるさがすーっとやわらぎ、緩やかにまどろみが訪れた。
「癒しの魔法をかけておいたけど、一時的な気休めにしかならないから、しばらく安静にしてなきゃダメだよ」
ハル兄が手を離した後も、ゆっくりと注ぎ込まれるように、眠気が強くなっていく。まぶたが重い。
「明日は外出禁止ね」
「うん……」
続けられた一言に、内心で「えっ」と思いつつ、反抗する気力もなく素直に答えたときには、もはや目も開けられなくなっていた。
外出禁止令は痛いけれど、今回の案件は一応片付いているし、まあいいだろう。この際、たっぷり寝てやる。
ふわふわとする意識の中で、半ば意地になっていると、
「将悟。部屋のベッドまで運んであげて」
「チッ。めんどくせぇな……」
兄たちのそんな会話の後、また担ぎ上げられる感覚がした。
「こらこら。ダメだろ? 女の子には優しくしてあげないと。そうじゃなくても、ただでさえ満身創痍なんだから」
「うるせぇ。文句があるならお前が連れてけ」
「僕もついていくよ。ドア開け係としてね。役割逆にしたら、将悟、絶対に手伝ってくれないでしょ?」
「ふんっ」
ふたりの足取りに合わせて、担がれた体が揺れる。
「つーかこいつ、女のくせして『僕』とか言うし、全然女らしくねぇじゃねぇか」
うるさいな。余計なお世話だ。
そう思ったが、言い返すほどの余力はない。
「でもさ、彩って、ここに来たばっかりの頃はちゃんと『私』って言ってたし、髪も長かったよね? いつから、こんなふうになっちゃったんだっけ?」
「あぁ? 覚えてねぇよ、そんなもん」
やがて、階段をのぼり始める音と、ショウ兄の不機嫌な一言を最後に、僕の意識は完全に途切れた。
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